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毎朝満タンになる補充トラックで異世界配送を始めました  作者: たむ


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第93話 名のない預かり手

補給網中枢へ続く回収経路は、百パーセントまで復旧しました。


残る準備は、返送庫に預けられた第一配送者宛ての書簡と、姿を見せない第三配送者候補との引継ぎです。


誠司たちは相手を探し回るのではなく、安心して姿を現せる「待ち合わせの仕組み」を作ることにしました。

回収便の運行表には、まだ空欄が一つ残っていた。


水車町返送受入所。


北砦。


冬季中継所。


北方返送庫。


北方引継所。


人送路。


北方第三引継所。


補給網中枢。


往路と帰路の経由地は、すべて記されている。


担当者も決まった。


誠司。


ロウグ。


ガラン。


リア。


カイル。


交代要員は冬季中継所と北方引継所で待機する。


満タン便の荷台には、低温休眠容器を載せる可動枠。


回収そり。


温度計。


氷晶石。


救急用品。


振動確認用の木片。


連絡用の紐。


必要なものは、一つずつ準備されていた。


それでも、誠司は出発日の欄へ日付を書かなかった。


「まだ足りませんか?」


水車町配送所の机を挟み、ロウグが尋ねた。


「人も道具も揃っています」


「第一配送者宛ての手紙が、返送庫に残っている」


誠司は運行表の途中を指した。


回収便付随荷物――第一配送者宛書簡

預託者――第三配送者候補

最終配送先候補――補給網中枢・返送不能品保管区画


「回収作業には不要だと、中枢の管理人は言っていました」


「不要だから、確認しなくていいわけじゃない」


手紙は北方一号の指定により、同じ回収便で運ぶことになっている。


だが、差出人の名はない。


預けた第三配送者候補も、姿を見せていない。


最終配送先は候補のまま。


第一配送者本人へ渡せるかどうかも分からない。


「宛先候補だけで荷物を出発させることはできない」


誠司は言った。


「少なくとも、どういう条件なら渡していいのか、預けた人へ確認したい」


エレナが北方返送庫の記録を広げた。


第三配送者候補が残した文。


書簡を預けます。

回収便へ積んでください。


私は、まだ名乗れません。


「名乗れない事情があるのでしょうか」


「あるんだと思います」


「補給網へ登録されるのを避けている?」


「それも分かりません」


誠司は白紙を一枚取り出した。


「だから、名乗らなくても引継ぎできる形にします」


紙の一番上に、名前の欄を作る。


ただし、その横に小さく書き加えた。


――記入しなくてもよい。


次に、本人確認の方法。


名前。


受領印。


所持札。


合言葉。


どれか一つで確認できるようにする。


「名前が分からなければ、同じ人かどうか確認できません」


ロウグが言った。


「前回手紙を置いた人と、今回会う人が同じとは限らない」


「だから、手紙の封印を説明してもらいます」


誠司は記録を見た。


白い布。


三本線の印。


第一配送者宛て。


差出人欄なし。


外から確認できる情報だけでも、預けた者なら答えられる。


「中身を言わせるのではないんですね」


「未開封です。中身を知っていると言われても、それは確認に使えません」


開封していないはずの荷物。


中身を本人確認に使えば、相手に開封を促すことになる。


確認するのは、外装。


預けた場所。


預けた時刻。


一時保管の方法。


「相手が話したくない場合は?」


リアが尋ねた。


「記号だけでも答えられるようにします」


返送庫で使っている石板と同じ印を用意する。


手紙。


満タン便。


北。


南。


待つ。


受け取る。


戻す。


さらに、二つの手が向かい合う引継ぎの印。


「会話ができなければ、引継ぎできないと思わないことにします」


誠司は言った。


「相手が使える方法に合わせます」


最後に、待ち合わせの時間を決めた。


正午を中心に、前後一時間。


その時間、誠司たちは返送庫の中へ入らない。


満タン便も入口から離して止める。


小屋の前には、引継ぎ用の台だけを置く。


相手が警戒して近づけない場合は、手紙の横へ回答石板を残す。


追わない。


囲まない。


名前を尋ねない。


「そこまで決める必要がありますか?」


カイルが運行表を見た。


「相手は補給所を正しく使い、記録も残している。敵意はないように見える」


「敵意がなくても、怖がっている可能性はあります」


誠司は答えた。


「こちらは五人です。満タン便もある。相手が一人なら、それだけで圧になります」


「では、何人で会う?」


「最初は俺とロウグだけ」


ガランとカイルは、返送庫から見えない場所で待機する。


リアは満タン便のそば。


怪我や体調不良があった場合だけ呼ぶ。


「相手に、逃げる道を残します」


誠司は待ち合わせ図に、返送庫の北側を空けて描いた。


人を迎える準備は、入口を作ることだけではない。


帰りたくなったとき、帰れる道を塞がないことも必要だった。


*


待ち合わせの日。


満タン便は、予定より少し早く北方返送庫へ到着した。


天候は曇り。


風は弱い。


夕方から雪が強くなる予報だった。


誠司は返送庫の中を確認する。


保存食。


薪。


毛布。


薬。


在庫に変化はない。


施錠箱に保管した第一配送者宛ての書簡も、そのままだった。


二つの鍵を使い、箱を開ける。


白い布。


封印。


三本線の印。


異常なし。


開封はしない。


書簡は引継ぎ台の上へ置かず、透明な油紙で包んだまま、返送庫の入口近くへ移した。


相手から見える。


だが、簡単には持ち去れない位置。


引継ぎが終わるまで、誠司の管理下に置く。


小屋の前には、低い木の台を一つ。


台の上に、回答石板。


黒炭。


温かい飲み物。


乾いた保存食。


飲み物には蓋をした。


湯気が目印になる。


青い布を入口の左へ。


白い布を右へ。


青は、話し合い中。


白は、いつでも帰ってよい。


「時間です」


ロウグが小さく言った。


正午。


誠司とロウグは木の台から数歩離れて立った。


手には何も持たない。


ガランたちは、返送庫の南側に停めた満タン便のさらに向こうで待機している。


雪原には、誰もいない。


五分。


十分。


十五分。


風が青い布を揺らした。


誠司は北の街道を見た。


足跡はない。


「来ないでしょうか」


「一時間は待つ」


「予定どおりですね」


さらに十分が過ぎた。


そのとき。


返送庫の屋根から、雪が細く落ちた。


さらさら、と。


音のした方角へ目を向ける。


小屋の北側。


青い標識棒の陰に、人が立っていた。


いつからそこにいたのか分からない。


灰色の外套。


頭には深いフード。


背には小さな革鞄。


足元には、細長い木の板を付けている。


雪へ沈まないための雪板だった。


板の後端には、柔らかな枝が束ねられている。


歩くたび、枝が雪面を撫でる。


足跡が残らなかった理由を、誠司は理解した。


足跡を消すための魔法ではない。


後ろへ引いた枝が、通った跡を平らにしていたのだ。


「来てくれて、ありがとうございます」


誠司はその場から動かずに言った。


人影は答えない。


背丈は、エレナより少し低い。


体格から見れば、十代後半か、二十歳前後。


外套の隙間から見える手は細かった。


「近づきません」


誠司は続ける。


「名前も、今は尋ねません」


人影の顔が、わずかに上がった。


フードの奥に、淡い色の瞳が見えた。


「手紙について、確認したいことがあります。声で答えにくければ、石板を使ってください」


しばらく、何も起こらなかった。


やがて、人影は雪板をゆっくり動かした。


一歩。


また一歩。


木の台へ近づく。


誠司とロウグは動かない。


人影は台の前で止まり、温かい飲み物へ目を向けた。


それから回答石板を手に取る。


黒炭で、最初に一つの印を描いた。


折り畳まれた四角。


手紙。


次に、三本の線。


最後に、丸の中の数字の三。


「手紙を預けた第三配送者候補」


ロウグが確認する。


人影が頷いた。


誠司は、外装について尋ねた。


「包みは何色ですか?」


人影は石板に、白を示す雪の印を描く。


「封の印は?」


三本線。


「どこへ置きましたか?」


床下を示す四角と、上向きの矢印。


返送庫の奥。


第一配送者の返送箱が見つかった床板の近く。


記録と一致している。


「確認できました」


誠司は言った。


「あなたを、この書簡の預託者として扱います」


人影は黒炭を置かなかった。


石板へ短い文を書く。


名前は、荷札に書かなくてもよいのですか。


共通語だった。


筆跡は、返送庫に残されていた文字と同じ。


「はい」


誠司は答えた。


「必要なのは、誰が責任を持って預けたか確認できることです。名前だけが確認方法ではありません」


人影は、自分の革鞄から小さな木片を取り出した。


丸の中に三。


裏側には、二本の手の印。


表面は長く使われたように滑らかだった。


「これを、預託者の印として使ってもいいですか?」


初めて、人影が声を出した。


若い女性の声だった。


静かで、少し掠れている。


「確認させてください」


誠司はその場から手を伸ばさない。


女性は木片を台へ置き、数歩下がった。


ロウグが布越しに持ち上げる。


形。


傷。


刻印。


すべてを帳面へ記録する。


「第三配送者候補の預託印として登録します」


ロウグが言った。


女性は小さく息を吐いた。


安堵したように見えた。


誠司は第一配送者宛ての書簡を、油紙ごと台へ置いた。


「この手紙の最終配送先について確認します」


女性の表情が固くなる。


「補給網は、返送不能品保管区画を候補にしています。ただし、そこに第一配送者本人がいるかは確認できていません」


「います」


女性はすぐに答えた。


ロウグが顔を上げる。


「会ったのですか?」


「いいえ」


「では、どうして?」


女性は革鞄から、一枚の薄い金属札を取り出した。


そこには古い配送記録が刻まれている。


返送不能品保管区画

人員記録――一名

受領資格――第一配送者


「人員記録があるからではありません」


女性は札の裏を見せた。


裏面には、短い言葉が刻まれていた。


ここにいる者へ、私の荷物を渡せ。

受け取ることができたなら、その者が私だ。


「第一配送者が残した指定です」


女性は言った。


「本人確認を、名前や顔ではなく、荷物を受け取れるかどうかで行う」


誠司は金属札を見た。


第一配送者の正体は分からない。


現在の姿も分からない。


長い年月が過ぎている。


顔や年齢が変わっている可能性もある。


だから、受領資格を持つ者を本人として扱う。


「それでも、区画へ置いて帰ることはできません」


誠司は言った。


女性の瞳が細くなる。


「中枢は、最終配送先として認めています」


「場所は認めています。でも、受取人の確認は別です」


誠司は新しい荷札を台へ置いた。


水車町で用意してきたものだった。


宛先――補給網中枢・返送不能品保管区画

受取人――第一配送者

配送方法――対面受領のみ


第一配送者の受領資格を確認すること。

確認できない場合、保管区画へ置かない。

水車町返送受入所へ持ち帰る。


「そこまで条件を付けるのですか」


「この手紙は、第一配送者に届ける荷物です」


誠司は答えた。


「保管区画へ届ける荷物ではありません」


女性は長い間、荷札を見つめた。


風が外套の裾を揺らす。


やがて、彼女は黒炭を手に取った。


荷札の預託者欄へ、丸の中の三を描く。


次に、対面受領のみの欄へ印を付けた。


「同意します」


「受領資格を持つ相手がいなければ、持ち帰ります」


「はい」


「第一配送者が受け取りを拒否した場合も、持ち帰ります」


女性は少し驚いたようだった。


「拒否するかもしれないと?」


「受け取る側にも、受け取らない選択があります」


手紙は、長い年月をかけて運ばれてきた。


だからといって、必ず受け取らせてよいわけではない。


届けることは、押し付けることではない。


「分かりました」


女性は今度こそ、はっきり頷いた。


誠司とロウグが署名する。


第三配送者候補は預託印を押す。


三者で荷札を確認する。


その瞬間。


返送庫の中から、淡い光が漏れた。


配送帳面のページが、ひとりでにめくられる。


第一配送者宛書簡

最終配送先――登録完了


補給網中枢・返送不能品保管区画

対面受領指定

受領資格確認必須

不達時返送先――水車町返送受入所


続いて、別の項目が現れる。


第三配送者候補

登録条件――達成

仮登録を開始します。


女性の肩が、わずかに揺れた。


「登録を止められますか」


誠司が帳面へ問いかける。


表示が変わった。


本人同意を確認してください。


「登録を望みますか?」


誠司は女性を見た。


彼女はすぐには答えなかった。


丸の中に三と刻まれた木片を握る。


「第三配送者になることが、何を意味するのか分かりません」


「俺にも、まだ分かりません」


誠司は正直に答えた。


「名前を登録されるかもしれない。満タン便のような車両を使うことになるかもしれない。補給網の仕事を任されるかもしれない」


「断った場合は?」


「断れるかを確認します」


配送帳面に新しい文が現れた。


仮登録は辞退できます。

辞退後も預託者資格は失われません。


女性はその文を、何度も読んだ。


「候補でなくなっても、手紙を預けた責任は残る」


「はい」


「返送庫の補給品も使えますか」


「必要な人なら、誰でも使えます」


「名前を言わなくても?」


「在庫を記録してもらえれば」


女性の口元が、わずかに緩んだ。


初めて見せる表情だった。


「では、仮登録だけ受けます」


「本登録は?」


「回収便が帰ってきてから決めます」


「分かりました」


誠司は帳面へ答える。


第三配送者候補本人

仮登録に同意。

本登録は保留。


表示が変わった。


第三配送者――仮登録

登録名――未申告

呼称――返送庫預かり手

担当区間――北方返送庫周辺

初回業務――第一配送者宛書簡の引継ぎ


女性は、自分に付けられた呼称を見た。


「預かり手」


「変えたい場合は、あとで変更しましょう」


「今は、それで構いません」


誠司は書簡を新しい外装箱へ収めた。


濡れを防ぐ油紙。


角を守る木枠。


対面受領を示す二本の手の印。


第一配送者の受領資格を確認するための金属札も、別の封筒へ入れる。


書簡と確認札を同じ箱へ入れるが、直接重ねない。


どちらかが濡れても、もう一方へ広がらないよう仕切りを付ける。


「回収便へ載せるまで、返送庫で二鍵保管します」


誠司が言った。


「鍵は俺とロウグが持ちます」


預かり手の女性が、首を横に振った。


「一つは私が持ちます」


「ですが」


「私は預託者です」


静かな声だった。


「引き渡すまでの責任は、私にもあります」


誠司は少し考えた。


二つの鍵を、運ぶ側だけで持つ必要はない。


預ける側と受け取る側で分けるほうが、引継ぎの意味に合っている。


「分かりました」


一本を預かり手。


もう一本を誠司が持つ。


箱を閉める。


二人が同時に鍵を掛けた。


「回収便の朝、ここで開けます」


誠司が言った。


「時間は、今日と同じ正午より前。太陽が一番高くなる二時間前です」


女性は頷いた。


「待っています」


*


話し合いが終わっても、預かり手は帰らなかった。


台に置かれた温かい飲み物へ目を向ける。


「飲んで構いません」


誠司が言う。


「記録は必要ですか」


「保存食ではないので、今日は必要ありません」


「次からは?」


「飲み物も補給品として管理するなら、必要です」


女性は蓋を開けた。


湯気が上がる。


少しだけ口を付け、両手で器を包んだ。


「温かいものを飲むのは、久しぶりです」


リアが満タン便の方角から姿を見せた。


相手が会話を続ける意思を示したため、誠司が合図を出していた。


「手が冷えていますね」


リアは距離を保って言った。


「痛みはありますか?」


「ありません」


「感覚は?」


女性は指を曲げた。


「少し鈍いです」


リアは温めた布を台へ置く。


「急に火へ近づけないでください。これを外套の中へ入れて、ゆっくり温めてください」


女性は布を受け取り、礼を言った。


ガランとカイルも近づいてきたが、囲まないよう入口の南側に立つ。


「雪板は自分で作ったのか?」


ガランが足元を見た。


「直しながら使っています」


「後ろの枝は、足跡を消すためか」


女性は一度、北の道を見た。


「追われないためでもあります」


「誰に?」


女性は答えなかった。


誠司も繰り返さなかった。


話せることだけでよい。


最初に返送庫へ残した文にも、そう書いた。


代わりに、女性は革鞄から細長い金属片を取り出した。


氷晶石を薄い板で挟んだような品だった。


中央に、温度計と同じ目盛りがある。


「これを渡すために来ました」


「何ですか?」


「出庫温度基準札です」


女性は金属片を台へ置いた。


「北方一号の容器を中枢から出すとき、この札へ温度が記録されます」


リアが慎重に近づき、触れずに観察する。


「容器の表面温度ではなく、内部の基準温度ですか?」


「はい」


「なぜ、あなたが持っているんです?」


女性は少し迷った。


「預かり手が、代々保管していました」


「代々?」


エレナが尋ねる。


女性は器を台へ戻した。


「この返送庫の預かり手は、私が七人目です」


全員が黙った。


女性の年齢は、どう見ても若い。


長い年月を生きているようには見えない。


「家族で引き継いだのですか?」


ロウグが尋ねる。


「家族だった人もいます。違う人もいます」


「どうやって次の預かり手を決めるんです?」


「この道を通り、返送庫の在庫を使い、次の便のために一つ補充した人です」


誠司は石板の在庫記録を思い出した。


保存食を使った者。


薪を置いた者。


毛布を畳み直した者。


名前がなくても、補給所を使い、次の人のために何かを残す。


「最初の預かり手から、何を引き継いできたんですか」


「三つです」


女性は指を一本ずつ立てた。


「第一配送者宛ての書簡」


二本目。


「出庫温度基準札」


三本目。


「次の配送者を追わないこと」


「追わない?」


「来ると信じて、返送庫を空にしないことです」


女性は石造りの小屋を見た。


「待つ者がいなくなれば、ここは倉庫ではなく、置き去りの場所になります」


誠司はその言葉を、帳面へ書き留めた。


預かり手は、荷物を運んでいない。


道を大きく直したわけでもない。


それでも、返送庫を使える状態で残してきた。


保存食を補い。


記録を直し。


手紙と温度札を、次の者へ渡せるよう保管した。


待つことも、物流の仕事だった。


「温度基準札を、回収便用の設備へ登録します」


誠司が言った。


女性は札を両手で持ち、リアへ渡した。


引継ぎ時刻。


荷姿。


発見された傷。


受渡人。


受取人。


一つずつ記録する。


札は満タン便の荷台にある氷晶石制御箱へ差し込まれた。


低い音が鳴る。


目盛りに青い光が走った。


補給網中継器の表示が変わる。


出庫温度基準札――照合完了

北方一号・低温休眠容器と一致


温度保持設備――適合


これまで「仮適合」だった項目が、初めて正式な適合へ変わった。


続けて、回収便の確認表が現れる。


搬送空間――適合

温度保持設備――適合

振動軽減設備――適合

回収経路――百パーセント

乗員配置――適合

受取人意思――確認済み

本人返送意思――確認済み

付随荷物――引継ぎ完了


最後に。


北方一号回収便

出発準備――完了


長く準備してきた回収便。


空席。


可動枠。


受入所。


人送路。


照会所。


署名原本。


第一配送者宛ての書簡。


そして、容器の温度を守る基準札。


一つずつ不足を埋め、ようやくすべてが揃った。


「出発日は、明日ですか?」


エレナが尋ねた。


誠司は空を見た。


西の雲が厚くなっている。


夕方から雪。


翌朝まで続く可能性がある。


「明日は道の確認だけにします」


「準備は完了しています」


「準備が完了したことと、今すぐ出ていいことは違います」


雪が止んだあと、北砦から人送路までの状態を確認する。


新雪の量。


雪崩の危険。


標識。


照会所。


荷重分散橋。


一度点検してから、正式な回収便を出す。


「出発は二日後を予定します」


誠司は運行表へ、初めて日付を書いた。


預かり手の女性が、それを見つめる。


「必ず来ますか」


「天候や道に問題がなければ」


「問題があったら?」


「直してから来ます」


「何日遅れても?」


「続けられる形になってから来ます」


女性はしばらく黙っていた。


やがて、ゆっくり頷く。


「分かりました。待ちます」


その言葉は、七人の預かり手が繰り返してきたものなのかもしれなかった。


*


水車町へ戻る前。


誠司は返送庫の在庫を確認した。


保存食。


薪。


毛布。


薬。


温かい飲み物を、新しく補給品へ加える。


飲み物そのものを置くのではない。


乾燥した茶葉と、湯を沸かすための小さな燃料。


石板には、器から湯気が上がる印を作った。


使用した数。


補充した数。


預かり手は、自分で最初の線を引いた。


「一つ使用」


ロウグが記録する。


「茶葉と小型燃料を一組補充」


女性は革鞄から、小さな乾燥果実の袋を出した。


「これは、私からです」


「何人分ですか?」


「三人分」


「品目を記号にできますか?」


女性は石板に、小さな実が三つ並ぶ絵を描いた。


その横へ三本の線。


返送庫の在庫表に、新しい品目が加わった。


受け取るだけだった者が、次の人のために品を置く。


それが預かり手を引き継ぐ条件。


彼女は今も、その役目を続けていた。


誠司たちは返送庫を出た。


女性は満タン便へ乗らなかった。


北側の道へ戻る。


雪板の後ろに付けた枝が、足跡を少しずつ消していく。


途中で一度だけ振り返り、白い布を上げた。


帰ることを示す色。


誠司も、返送庫の白い布を持ち上げて応えた。


*


その夜。


冬季中継所で配送帳面が淡く光った。


第一配送記録・北方第二十四便

返送庫には、名を名乗らない預かり手がいた。


私は、受領帳へ名前を書くよう頼んだ。

名前がなければ、次の便が困ると思ったからだ。


預かり手は、丸の中へ三本目の印を描いた。


「私の名ではなく、次に渡す人のための印です」


私はそれを、一人分の配送者登録として帳面へ記した。


今になって思う。

あれは人の名前ではなかった。

約束を引き継ぐ場所の名前だったのだ。


記録の下に、第三配送者の仮登録情報が表示される。


第三配送者――仮登録

登録名――未申告

呼称――返送庫預かり手

継承申告回数――七


続いて、補給網側の照合結果。


登録個体数――一

初回補給利用――百四十二年前

年齢情報――変化なし


誠司は眉を寄せた。


七人が引き継いできた役目。


それなのに補給網は、七人を別々の人物として扱っていない。


最初の預かり手から現在まで、同じ一人が返送庫を使い続けていると記録している。


さらに、新しい一行が現れた。


初代返送庫預かり手

登録時同行者――第一配送者


現在の返送庫預かり手

登録時同行者――田村誠司


最初と現在。


二つの記録を結ぶ線が、帳面の上に浮かぶ。


その中央に、見慣れない表示が現れた。


引継ぎ未完了者――五名


七人の預かり手。


初代と現在を除けば、間には五人いる。


その五人の引継ぎは、補給網上では完了していなかった。


最後に、短い警告が表示された。


未完了の預かり手は、返送不能品として記録されています。


返送不能品保管区画にいる人員は、一名だけのはずだった。


だが帳面は今、届け先を失った預かり手が五人いると告げている。


第一配送者。


北方一号。


中枢管理人。


そして、名も残さず役目をつないだ五人の預かり手。


補給網中枢の奥には、まだ帳面に現れていない返送記録が眠っていた。

第三配送者候補との正式な引継ぎが行われ、第一配送者宛ての書簡には「対面受領・不達時返送」という配送条件が設定されました。


さらに、低温休眠容器の出庫温度基準札が引き継がれ、北方一号回収便の出発準備は完了しています。


第三配送者候補は、返送庫を守ってきた七人目の「預かり手」。


しかし補給網は、七人を同じ一人として記録していました。


そして、歴代の預かり手のうち五人が「返送不能品」として残されているようです。

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