第89話 二つの空席
回収便に求められたのは、二つの空席。
一つは、中枢から自力で乗車する同行者のため。
では、もう一つは誰のためなのでしょうか。
誠司たちは答えを推測する前に、「空席」とは何を意味するのか確かめることにしました。
助手席の扉は、朝になっても鍵が開いたままだった。
誠司は水車町配送所の前で、赤い満タン便を見つめた。
運転席側の扉には鍵が掛かっている。
荷台も閉じている。
開いているのは、助手席だけだった。
「閉めてもいいんでしょうか」
ロウグが尋ねる。
「まず状態を記録しよう」
誠司は扉に触れる前に、時刻と天候を書き留めた。
助手席に荷物はない。
座面に傷もない。
足元にも、誰かが乗った跡は見当たらなかった。
ガランが車体の下を覗き込む。
「錠が壊れたわけじゃないな」
助手席の扉を閉める。
ガランが取っ手を引いた。
開かない。
もう一度、誠司が運転席の鍵を回す。
左右の扉が同時に開いた。
錠前の動きに異常はなかった。
「昨日だけ勝手に開いた、ということですね」
エレナが配送帳面へ目を向ける。
開かれたページには、昨夜と同じ表示が残っていた。
回収時必要空席――二席
回収対象――北方一号
同行者――一名
登録状態――未返送
「空席が二つというのは、運転席と助手席のことで間違いないでしょうか」
ロウグが言った。
「決めつけないほうがいい」
誠司は満タン便の座席を見た。
「試してみよう」
最初に、荷台を空にした。
回収用の可動枠は残す。
飲料水や救急用品は左右へ寄せ、中央の搬送空間を確保する。
誠司とロウグは満タン便から降り、すべての扉を閉めた。
数分待つ。
配送帳面に変化はない。
次に、ロウグだけが助手席へ座った。
誠司は外に立つ。
帳面の表示が揺れた。
回収時必要空席――一席不足
「座席を見ています」
エレナが言った。
ロウグが降りると、警告は消えた。
今度は誠司が運転席へ座る。
再び表示が変わる。
回収時必要空席――一席不足
「運転する人も、空席を一つ使ったことになるのか」
ガランが腕を組んだ。
「当然といえば当然だが、それじゃ車を動かせんぞ」
二人が座る。
表示はすぐに変わった。
回収時必要空席――二席不足
次に、助手席へ荷物を置いた。
毛布。
工具箱。
保存食の袋。
人ではなくても、ある程度の重さを載せると空席ではなくなった。
誠司は結果を表へ書き込んだ。
「人を見分けているんじゃない。座面に重さが掛かっているかを確認している」
「ということは」
エレナが助手席を見る。
「回収の瞬間には、運転席にも助手席にも、誰も座っていてはいけない」
「満タン便を無人で中枢まで走らせるのか?」
カイルが低い声で言った。
北砦から早朝便で到着したばかりだった。
雪崩跡の先には、まだ道がない。
誘導線は続いているが、車両が安全に通れる保証もない。
「それはしません」
誠司は即答した。
「動く車から運転手を降ろす方法は考えない。満タン便を勝手に走らせることもしない」
「だが、二席を空けたまま中枢へ届ける必要がある」
「満タン便を、中枢まで届ける必要があるとは書かれていません」
ロウグが帳面を見直した。
「回収先は補給網中枢です。しかし、車両到着地点は記されていません」
誠司は北方の地図を机へ広げた。
雪崩跡。
回収待機所。
その先へ伸びる誘導線。
「満タン便は、待機所まででいいのかもしれない」
「そこから歩く?」
「はい」
誠司は地図の雪崩跡に指を置いた。
「待機所で全員が降りる。満タン便には誰も残らない。その状態を回収車両として登録する」
「容器はどうやって運ぶんだ」
ガランが尋ねる。
「そりを使います」
北方では、雪の上で薪や獲物を運ぶためのそりが使われている。
車輪の荷車より軽く、深い雪でも動かしやすい。
だが、普通のそりでは低温休眠容器を安全に運べない。
傾き。
振動。
温度。
満タン便の荷台で考えた問題を、雪上でも解決しなければならなかった。
「中枢から待機所までは、回収そり」
誠司は地図に短い線を引いた。
「待機所から水車町までは、満タン便。運び方を切り替えます」
「車が通れないなら、人が運べる道を作る」
カイルが頷く。
「全部を同じ道具で運ぼうとしない、ということか」
「はい。道に合わせて荷物を移します」
ガランは地図を見ながら、顎髭を撫でた。
「そりを作るなら、幅を狭くしすぎるな。細けりゃ引きやすいが、傾きやすい」
「人が左右を支えられる持ち手も必要です」
リアが言った。
「容器に異変があった場合、すぐ止められるようにしてください」
「止めるための爪も付けるか」
ガランが紙を引き寄せる。
「坂で手を放しても、雪へ食い込む仕組みにする」
一つの問題が、次の作業へ変わった。
運転席を空ける方法を考えるのではない。
満タン便を止めた場所から、人と荷物を安全に受け渡す方法を作る。
「乗り換える場所が必要ですね」
ロウグが言った。
「はい」
誠司は回収待機所の横に、新しい名前を書いた。
――北方引継所。
荷物を降ろす場所。
運び方を変える場所。
責任を引き継ぐ場所。
そこまで準備できれば、空席を二つ残せる。
*
回収そりの製作は、ガランの工房で始まった。
最初に作られたのは、北方で使われている一般的な木ぞりを少し大きくしたものだった。
二本の滑走板。
荷台。
前方の引き綱。
「これに可動枠を載せる」
ガランが、満タン便用に作った金属枠をそりの上へ置いた。
しかし、枠の端が大きくはみ出す。
「このままじゃ駄目だな」
「そりを大きくしますか?」
ロウグが尋ねる。
誠司は首を横に振った。
「大きくすると、雪崩跡の細い場所を通れなくなる」
「枠を小さくすれば、容器が入らんかもしれん」
ガランが金属枠を叩く。
誠司は可動枠とそりを見比べた。
固定するための枠を、そのまま運搬台に使おうとしている。
だが、満タン便の荷台と雪上では、揺れ方が違う。
「同じ枠を使うのをやめましょう」
「作り直すのか?」
「満タン便では左右の揺れを帯へ逃がしました。でも、そりは雪面に沿って傾きます」
誠司は二本の滑走板の間へ棒を渡した。
「容器を高く載せると倒れやすい。できるだけ低くする」
ガランは金属枠を外した。
そりの荷台中央を削り、容器を半分沈めるようなくぼみを作る。
寸法が分からないため、底板は取り外し式にした。
小さな容器なら板を重ねる。
大きければ外す。
左右には、幅の調整ができる木製の支えを置いた。
容器を固く挟むのではなく、厚い布と縄で包む。
「これなら形が違っても合わせられる」
ガランが言った。
「下へ潜り込ませる帯も必要です」
リアが太い布帯を広げる。
「容器を持ち上げず、少し傾けるだけでそりへ移せるように」
誠司は布帯を床へ敷いた。
その上へ、試験用の木箱を置く。
帯の端を引き、箱の下へ通す。
四人で持ち手を持つと、箱を大きく傾けずに浮かせることができた。
「持ち上げる高さは、手の幅一つでいい」
誠司が言った。
「その下へそりを差し込む」
高く持ち上げれば、落としたときの衝撃が大きくなる。
必要なのは力ではなく、順番だった。
帯を通す。
容器を少し浮かせる。
そりを差し込む。
ゆっくり下ろす。
布を挟む。
固定する。
ガランはそりの後部へ、鉄製の爪を取り付けた。
普段は上げておく。
停止するときに縄を引けば、爪が雪へ食い込む。
さらに、左右へ長い持ち手を付ける。
引く者が一人。
押す者が一人。
左右で支える者が二人。
「四人いれば安定する」
カイルが実際に持ち手を握った。
「狭い場所では?」
「片側の持ち手を外せます」
ガランが留め金を抜く。
持ち手は簡単に外れた。
通過後に、再び取り付けられる。
誠司は作業表へ項目を書き加えた。
回収そり
幅調整――可能
停止爪――装備
左右持ち手――着脱式
容器固定――布帯方式
最後に、そりの前後へ色の違う布を結んだ。
前は青。
後ろは白。
雪原の標識と同じ色だった。
進む方向と、戻る方向。
疲れていても、見れば分かる。
*
試験には、水を満たした樽を使った。
重量は、人ひとりより重くした。
樽の中には小さな木片を浮かべる。
大きく傾けば、木片が側面へぶつかり音を立てる。
最初の試験は、平らな雪面だった。
四人でそりを引く。
動き始めは重い。
だが一度滑り出せば、荷車より少ない力で進んだ。
停止爪を下ろす。
そりは短い距離で止まった。
二度目は、斜面。
下りでは前の引き手が速度を抑え、後ろの者が縄を引く。
左右の者は持ち手で傾きを支えた。
樽の中から、小さく音がした。
「右へ傾いています」
リアが言う。
停止。
雪面を見る。
右側の滑走板だけが、雪へ深く沈んでいた。
誠司は荷物の重さではなく、そりの前後を確認した。
「前を引く人が、左へ寄りすぎています」
「俺か」
カイルが立ち位置を直す。
「力の強い人が、一人で方向を変えないようにしましょう」
引き綱を一本から二本へ分ける。
左右二人で引く。
進行方向を変えるときは、声を掛けて同時に動く。
「右へ半歩」
「右、半歩」
「止まります」
「停止」
合図を復唱する。
三度目。
斜面を下りても、樽の中の木片はほとんど音を立てなかった。
四度目は、幅の狭い道。
片側の持ち手を外し、二人が同じ側から支える。
通過後、持ち手を戻す。
五度目は、引き手の交代。
疲れてから交代すると、そりが止まる時間が長くなる。
そこで一定距離ごとに、疲れていなくても担当を替えることにした。
「まだ動けます」
ロウグが言った。
「動けるうちに替わるんだ」
誠司は答えた。
「限界になってから替わると、次の人へ手順を伝える余裕がなくなる」
急がない。
疲れる前に休む。
壊れる前に直す。
足りなくなる前に補う。
それは、荷物にも人にも同じだった。
試験が終わると、ガランは滑走板の傷を確認した。
深い傷はない。
固定帯の緩みもない。
停止爪の変形もなかった。
「北へ持っていける」
「一度、空荷でも試します」
誠司が言った。
「空なら軽いだろう」
「軽いと、違う動きをします」
容器を迎えに行くとき、そりは空で進む。
帰りは重い。
同じ道でも、条件が違う。
空のそりを斜面へ置くと、わずかな風でも動いた。
停止爪を下ろしていなければ、ひとりで滑り始めていた。
「空のほうが危ない場所もあるのか」
ガランがそりを押さえる。
「だから、行きにも固定が必要です」
そりに荷物がなくても、引き綱を離さない。
停止時は必ず爪を下ろす。
風が強いときは、杭へつなぐ。
空だから安全だとは限らない。
空いている場所にも。
空の荷台にも。
空席にも。
それぞれ役割と扱い方があった。
*
二日後、回収そりを積んだ満タン便は北へ向かった。
北砦。
冬季中継所。
返送庫。
三本線をたどり、回収待機所まで進む。
前回整備した道は、部分的に新しい雪で覆われていた。
カイルたちが中央の歩行線を確かめる。
ガランが車輪の通る二本を掘り直す。
誠司は前回の作業時間と比較した。
初めて通ったときより短い。
すでに標識がある。
舗装石の位置も記録してある。
雪の深い場所も分かっている。
同じ仕事を繰り返しているように見えて、二度目は少し早く、少し安全になっていた。
回収待機所へ着くと、満タン便を南向きに停車させた。
帰る方向へ車首を向ける。
雪が増えても、切り返さず出発できる。
車輪止め。
駐車ブレーキ。
燃料。
荷台の温度保持設備。
可動枠。
すべてを確認する。
誠司たちは回収そりを荷台から降ろした。
空のそりへ引き綱を付ける。
その前に、誠司は運転席から鍵を抜いた。
「満タン便を離れて大丈夫ですか?」
ロウグが尋ねる。
「離れる時間を決めます」
誠司は待機所の石板へ記した。
出発時刻。
最大活動時間。
帰着予定時刻。
予定を過ぎた場合、返送庫の待機要員が捜索を始める時刻。
ただし、すぐに全員で北へ進まない。
最初は回収待機所まで。
次に雪崩跡まで。
連絡標識を確認しながら、範囲を広げる。
「今日の目的は、雪崩跡の向こうに人送路を作ること」
誠司が言った。
「中枢へ着いても、容器は回収しません」
「見つけてもか?」
カイルが確認する。
「はい。道と所要時間を確認してから、正式な回収便を出します」
ガランが苦笑した。
「目の前に置いてあっても持ち帰らんのか」
「安全に持ち帰れると確認できなければ、その場で守られているほうがいい」
低温休眠容器は、中枢の設備によって保たれている。
無理に動かして、雪原で止まるほうが危険だった。
誠司は満タン便の扉を閉めた。
運転席。
助手席。
どちらにも誰もいない。
配送帳面を開く。
表示が変わった。
回収時必要空席――二席確保
続けて、新しい項目が浮かぶ。
車両待機状態――適合
引継地点――未登録
「ここを登録すればいいのか」
ロウグが周囲を見た。
待機所には車両を止める広さがある。
物資を置く雪棚。
氷晶石の石箱。
方向転換の場所。
だが、荷物を引き渡すための印がなかった。
誠司は水車町返送受入所で使っている受領印を取り出した。
向かい合う二本の手。
その印を石板へ押しても、何も残らない。
ガランが石板の表面を削り、同じ形を刻んだ。
片方の手が渡す。
もう片方の手が受け取る。
ロウグがその下へ記す。
北方引継所
車両運搬から人力運搬へ切替
責任者――田村誠司
最後の文字を書き終えた瞬間、補給網中継器が淡く光った。
引継地点――登録完了
回収経路――七十二パーセント
前回は未完成とだけ表示されていた経路に、初めて数字が現れた。
「あと二十八パーセント」
エレナが雪崩跡を見る。
「中枢までの人送路ですね」
「距離とは限りません」
誠司は言った。
橋。
坂。
扉。
途中の休憩所。
必要なものが、どれだけ残っているかは分からない。
数字だけを見て、近いと決めることはできない。
「一つずつ確認します」
五人は空の回収そりを引き、雪崩跡へ向かった。
青白い誘導線が、中央の溝で光る。
雪崩の正面は、前回より硬く凍っていた。
上を越えるのは危険だった。
左右を調べると、西側の岩壁沿いに、わずかな平地が続いている。
雪を掘る。
岩壁に金属製の輪が見つかった。
一つ。
その先に、もう一つ。
一定間隔で埋め込まれている。
「縄を通すための輪だ」
ガランが雪を払った。
古いが、腐食は少ない。
さらに雪を除くと、細い石畳が姿を現した。
車両用ではない。
人が歩き、そりを引くための幅だった。
エレナが古地図を広げる。
「北端線の横に、細い点線があります」
「避難路か?」
カイルが尋ねる。
ロウグは岩壁に残る文字を読んだ。
「人送路」
人を送る道。
車が進めない場所で、人や荷物を受け渡すための道。
第一配送者の時代にも、同じ仕組みが使われていた。
「向こうも、全部を車で運ぼうとはしていなかったんだ」
誠司は石畳へ手を置いた。
雪の下に、すでに答えの一部が残されていた。
彼らは新しい道を発明したのではない。
途切れた仕組みを見つけ、今の道具で使える形に直している。
金属輪へ新しい縄を通す。
古い輪は一つずつ荷重を確かめる。
弱いものには、ガランが補助杭を打った。
石畳の幅を広げすぎない。
雪崩の斜面を削れば、上の雪が崩れる危険がある。
そりの通る幅だけ。
人の足を置く場所だけ。
少しずつ進む。
空のそりを引き、最初の曲がり角まで到達した。
そこには、雪に埋もれた低い柱があった。
表面を払うと、二本の手の印が刻まれている。
北方引継所と同じ印。
ガランは、しばらく柱を見つめた。
「俺が作った印じゃなかったのか」
「昔から使われていた印を、同じ形で作ったのかもしれません」
エレナが言う。
「知らずに?」
「補給網が、必要な形を満タン便へ積んだ可能性もあります」
誠司は柱の下を調べた。
小さな金属板がはめ込まれている。
ロウグが文字を読む。
この先、車両進入不可。
荷物と責任を引き継げ。
北方引継所を作るという判断は、正しかった。
満タン便を無理に進ませず。
人送路へ切り替える。
二つの空席を残す。
回収の手順が、少しずつつながっていく。
その日は、最初の曲がり角から先へ進まなかった。
縄を張り。
標識を立て。
石畳の状態を記録する。
回収そりを何度も往復させ、狭い場所での持ち替え手順を確認した。
待機所へ戻ったとき、予定時刻より十分早かった。
誠司は満タン便の助手席を開けた。
誰も乗っていない。
けれど、空席はもう単なる空白には見えなかった。
一つは同行者のため。
もう一つは、帰路の運転手が戻るため。
行きは徒歩で中枢へ向かい。
帰りは誠司が運転席へ座る。
同行者が助手席へ乗る。
低温休眠容器は荷台へ収める。
ようやく、二つの空席の意味が見えた。
「運転席は、誠司さんが帰ってくる場所だったんですね」
ロウグが言った。
「ああ」
誠司は運転席へ乗り込んだ。
「行きに座っているから、帰りも自分の場所だと思っていた」
回収時には一度、降りる。
満タン便を空にする。
そして誰かと一緒に、もう一度乗る。
届けるための運転席ではない。
帰るための運転席。
満タン便のエンジンを掛ける。
補給網中継器の表示が変わった。
回収時必要空席――条件適合
回収経路――七十二パーセント
同行者乗車手順――確認待ち
「同行者が乗る手順まであるのか」
カイルが助手席を見る。
「普通に扉を開けるだけではないのでしょうか」
エレナが言った。
誠司は答えなかった。
助手席の扉が勝手に開いた理由。
自力で乗車すると記録された同行者。
第一配送者ではない、北方一号。
まだ分からないことは残っている。
だが今日、帰るための道が一つ増えた。
それで十分だった。
*
水車町へ帰還した夜。
配送帳面に、新しい記録が現れた。
第一配送記録・北方第二十便
私は赤い車を北端に置き、ひとりで人送路を歩いた。
運転席も、助手席も空けた。
荷台には、帰ってくる者の場所を作った。
ようやく中枢は扉を開いた。
私は眠る者を運び出そうとした。
だが、そばにいた管理人は動かなかった。
「私は返送品ではありません」
彼女はそう言った。
「私は、この人の宛先です」
誠司は記録を読み返した。
中枢にいる同行者。
自力で乗車する一名。
その人物は、北方一号を管理しているだけではない。
北方一号の受取人。
つまり、宛先だという。
記録の下に、新しい項目が表示された。
回収対象――北方一号
登録名――非表示
本来の宛先――補給網中枢管理人
現在の返送先――田村誠司
最後に、一行が現れた。
宛先変更申請者――北方一号本人
「本人が……」
低温休眠状態にあるはずの北方一号が、自分の返送先を誠司へ変更している。
いつ。
なぜ。
そして、誠司のことをどこで知ったのか。
配送帳面の端に、小さな文字が浮かんだ。
宛先変更申請日――田村誠司が異世界へ到着する三日前。
誠司がこの世界へ来るより前から。
北方一号は、彼が来ることを知っていた。
北方引継所が登録され、車両運搬から人力運搬へ切り替える「人送路」が復旧しました。
二つの空席は、同行者と、徒歩で中枢へ向かった誠司が帰るための席。
しかし北方一号は、誠司が異世界へ来る三日前に、自ら返送先を田村誠司へ変更していました。
眠っているはずの人物は、なぜ誠司の到着を知っていたのでしょうか。




