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毎朝満タンになる補充トラックで異世界配送を始めました  作者: たむ


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第90話 宛先確認票

北方一号が返送先を田村誠司へ変更したのは、誠司が異世界へ到着する三日前。


けれど、日付の謎だけを追っても、眠る人物を安全に連れ帰ることはできません。


誠司たちはまず、「本人は本当に帰ることを望んでいるのか」を確かめる手段を探します。

朝の配送所で、誠司は一枚の紙を三つに分けた。


一つ目には、送り出す者。


二つ目には、運ぶ者。


三つ目には、受け取る者。


それぞれの欄を、線で結ぶ。


「普通の荷物なら、これで足ります」


集まった仲間たちが、机を囲んでいた。


配送帳面には、昨夜現れた記録が残っている。


回収対象――北方一号

登録名――非表示

本来の宛先――補給網中枢管理人

現在の返送先――田村誠司

宛先変更申請者――北方一号本人

宛先変更申請日――田村誠司が異世界へ到着する三日前


誠司は紙の中央に、もう一つ欄を加えた。


「でも、今回運ぶのは人です」


新しい欄の上に書く。


――本人の意思。


「宛先変更の記録はあります」


ロウグが言った。


「北方一号本人が申請したとも表示されています」


「いつ申請したかは分かる。でも、どういう状態で申請したのかが分からない」


誠司は北方一号の送り状を見た。


低温休眠容器。


生命反応あり。


今も意思を伝えられる状態なのか。


申請したときには起きていたのか。


誰かに頼んで記入したのか。


そもそも、北方一号は田村誠司という人間を知っていたのか。


分からないことが多すぎた。


「記録があるから、連れて帰る。それだけでは駄目です」


誠司は言った。


「本人が望んでいないなら、返送じゃなくて持ち出しになる」


リアが静かに頷いた。


「眠っている人を治療するときも同じです。命を守るために必要な処置はします。でも、どこへ連れていくかまで、周りだけで決めていいとは限りません」


「しかし、本人へ尋ねる方法がない」


カイルが腕を組む。


「容器を開ければ危険かもしれない。中枢の管理人に会うまでは、状態も分からん」


「だから、開けずに確認できる仕組みを探します」


誠司は新しい紙を取り出した。


上部に、宛先確認票と書く。


その下へ、確認する内容を並べた。


返送先。


受取人。


本人の意思。


容器を動かしてよいか。


温度を変えてよいか。


中枢の管理人が同行するか。


「質問が多すぎませんか?」


エレナが紙を覗き込んだ。


「中枢へ送る方法が見つかっても、長い文章をやり取りできるとは限りません」


「そうですね」


誠司は文章を消した。


代わりに、簡単な記号を描く。


人の印。


家の印。


手を差し出す印。


眠っている顔。


開いた箱と、閉じた箱。


青い雪の印と、赤い火の印。


「文字が違っても、意味が伝わる形にします」


ロウグが横へ古い異世界語を書き添えた。


エレナは第一配送者の記録で使われていた古い記号を探し、同じ意味を持つものへ置き換えていく。


リアは温度に関する項目の横へ、急に変えてはいけないという印を加えた。


最後に、誠司は一番下へ二つの枠を作った。


一つは、返送を希望する。


もう一つは、返送を希望しない。


どちらか一方だけに印を付ける。


ガランが紙を見て、眉を寄せた。


「眠ってる本人が書けん場合はどうする」


「代理確認者の欄を作ります」


「管理人か」


「おそらくは」


誠司は代理確認者の欄へ、向かい合う二本の手を描いた。


水車町返送受入所の受領印。


北方の人送路で見つけた引継ぎの印。


渡す者と、受け取る者。


「ただし、代理人だけで決めた場合は、その理由も必要です」


「ずいぶん慎重だな」


ガランが言った。


「北方一号は、誠司を指名しているんだろう?」


「だからこそです」


誠司は自分の名前が書かれた送り状を見た。


「俺が受取人だから、都合よく解釈しないようにしないといけない」


受取人に選ばれた。


だから連れて帰っていい。


そう考えるのは簡単だった。


けれど、受取人になることと、相手の意思を引き受けることは同じではない。


「この確認票を、中枢へ届ける」


ロウグが言った。


「今度は荷物を届ける便になるんですね」


誠司は少し考えたあと、首を横に振った。


「確認票そのものが目的じゃない」


「では?」


「返事を受け取れる道を作る便です」


送りっぱなしでは、確認にならない。


向こうへ届き。


誰かが読み。


答えを記し。


こちらへ戻ってくる。


往復して初めて、一つの確認になる。


「返送経路だけではなく、照会経路が必要です」


誠司は北方の地図を広げた。


「人送路の先に、連絡を往復させる設備が残っていないか探しましょう」



満タン便の荷台には、回収そりと工具のほか、小さな木箱が積まれた。


箱の中には、宛先確認票が三枚。


一枚は送信用。


一枚は控え。


もう一枚は、途中で破損した場合の予備だった。


紙は油紙で包み、薄い板で挟む。


折れないよう、木箱の中央へ固定する。


「紙一枚に、ずいぶん大げさですね」


ロウグが荷姿を確認した。


「大事な紙ほど、壊れたことに気づきにくいからな」


陶器なら、割れれば音がする。


食料なら、濡れれば匂いが変わる。


けれど紙は、端が少し破れただけでも文字が読めなくなることがある。


一か所の汚れで、肯定と否定を取り違えるかもしれない。


誠司は木箱の外側へ、上下を示す印を付けた。


さらに、濡らさないことを示す屋根の記号。


開封場所を示す、北方引継所の印。


「送り先は、どこにしますか?」


「今は補給網中枢としか書けません」


誠司は宛先欄へ記した。


北方補給網中枢

管理人殿


受取人の名前は分からない。


それでも役職は分かっている。


中枢には管理人がいる。


第一配送者の記録では、女性だった。


そして今も、自力で満タン便へ乗る同行者として登録されている可能性が高い。


「差出人は?」


「水車町返送受入所」


誠司は一度、筆を止めた。


個人名ではなく、施設名を書く。


「田村誠司ではないんですか?」


「これは俺個人の質問じゃない」


返送品を受け取る施設。


医療を担当する者。


輸送を担当する者。


道を整える者。


全員が確認を必要としている。


「仕組みとして尋ねます」


最後に、照会責任者として田村誠司の名を記した。


荷物は小さい。


だが、送り出すまでの確認には時間をかけた。


宛先。


差出人。


内容。


封。


控え。


返答方法。


一つずつ、ロウグと読み合わせる。


「宛先、北方補給網中枢管理人」


「確認」


「内容、北方一号返送意思および搬送条件の照会」


「確認」


「返答先、水車町返送受入所」


「確認」


「途中開封、不可」


「確認」


「異常があった場合は、北方引継所へ返送」


「確認」


誠司は荷台の扉を閉めた。


「出発します」


赤い満タン便は、北へ向かった。



北方引継所までの道は、前回よりも雪が締まっていた。


冬季中継所から返送庫へ。


返送庫から、雪原の三本線へ。


一行は途中の標識を確認し、裂けた布を交換した。


返送庫では、保存食が一つ減っていた。


石板の線も、正しく一つ削られている。


今度は薪に変化がない。


毛布も残っていた。


「また誰かが使っています」


ロウグが言った。


「道を使う人が増えたのでしょうか」


エレナが小屋の外を調べる。


新しい足跡は、やはり見つからなかった。


前夜の風で消えた可能性はある。


しかし、返送庫へ至る青い標識棒は倒れていない。


補給品だけが、記録どおり減っている。


誠司は保存食を一つ補充した。


「今は、在庫が合っていることを確認します」


「誰が使ったかは調べないんですか?」


「調べる必要が出たら調べます」


誠司は石板へ補充の線を足した。


「困っている人が使ったなら、補給所として正しく動いています」


ただし、次回からは使用時刻を示す印も作ることにした。


名前は必要ない。


けれど、いつ使われたかが分かれば、利用頻度を計算できる。


補充の間隔。


必要な保存食の数。


冬季中継所から運ぶ量。


使われている事実を、次の改善へつなげる。


それが補給所の役割だった。


北方引継所では、前回張った縄と金属輪を点検した。


緩みはない。


補助杭にも変形はなかった。


回収そりを降ろす。


今日は空ではない。


宛先確認票を収めた小さな箱が一つだけ載っている。


軽い荷物だった。


そのため、そりは風に動かされやすい。


停止爪を下ろし、引き綱は常に二人で持つ。


「重い荷物の練習だけでは足りませんでしたね」


リアがそりを押さえた。


「軽ければ安全というわけではない」


「軽い荷物には、軽い荷物の危険がある」


誠司は確認票の箱を、布帯でそりの中央へ固定した。


小さいからといって、端へ置かない。


重さが偏れば、そりが傾く。


荷物が一つでも、積む場所は中央だった。


五人は人送路へ入った。


前方をカイル。


その後ろで、誠司とロウグが引き綱を持つ。


左右をガランとリアが支える。


エレナは最後尾で、距離と標識を記録した。


最初の曲がり角。


二本の手の印が刻まれた低い柱。


そこから先は、まだ整備していない。


雪を掘ると、細い石畳が続いていた。


岩壁の金属輪も、一定間隔に残されている。


だが三つ目の輪は、半分が折れていた。


「このまま縄を通すのは危ない」


ガランが断面を調べる。


古い金属は内側から錆び、外見より弱くなっていた。


周囲の岩に、新しい穴を開ける。


補助杭を二本。


その間に縄を張る。


古い輪は目印として残し、荷重は掛けない。


エレナが地図へ記号を付けた。


「使用不可の印も必要ですね」


「赤い布を結びましょう」


使用できる輪には青。


使用できない輪には赤。


一目で分かるようにする。


修理できるまで、古い設備を信じて使わない。


残っていることと、使えることは違う。


人送路は、岩壁の内側へ緩やかに曲がっていた。


風は弱くなった。


代わりに、頭上から細かな氷が落ちてくる。


誠司たちは一定の距離ごとに立ち止まり、そりの固定を確認した。


荷物に異常はない。


けれど道幅は、徐々に狭くなっていく。


やがて、そりの左右の持ち手を外さなければ通れない場所へ出た。


左は岩壁。


右は深い雪のくぼみ。


底は見えない。


「一人ずつ渡る」


カイルが足場を確かめる。


「そりは縄を二本使う。前から引き、後ろから支える」


誠司は木箱の固定をやり直した。


小さな荷物でも、落とせば回収できない。


前方の金属輪へ縄を通す。


そりの後部にも別の縄。


カイルとガランが前へ回り、ゆっくり引く。


誠司とロウグは後ろから速度を抑えた。


「前、手の幅一つ」


「手の幅一つ、進めます」


「停止」


「停止」


短い合図を復唱する。


一度に進めるのは、ほんのわずかだった。


それでも確実に進む。


そりが狭い場所を抜ける。


最後にリアとエレナが渡った。


全員が揃ってから、持ち手を付け直す。


ロウグが時刻を記録した。


「この区間だけで、十二分です」


「帰りは容器を載せる」


誠司は答えた。


「もっと時間がかかると考えよう」


地図に、低速区間の印を付ける。


距離ではなく時間を記す。


同じ百歩でも、平らな場所と狭い場所では必要な時間が違う。


回収経路で大事なのは、距離だけではなかった。


しばらく進むと、人送路は小さな平地へ出た。


岩壁のくぼみを利用した場所だった。


中央に、腰ほどの高さの石柱が立っている。


上部には、錆びた金属箱。


箱からは二本の管が伸びていた。


一本は北へ。


もう一本は南へ。


「街道の目印ではありませんね」


エレナが雪を払う。


箱の正面には、口のような漏斗と、小さな投入口があった。


ロウグが側面の古い文字を読む。


「送達確認柱」


「確認票を送る設備か」


ガランが箱を開けた。


中には、小さな歯車と筒が並んでいる。


多くは錆びついていた。


下部には、氷晶石を収めるらしい空洞。


一番奥に、青黒く変色した石が残っている。


エレナが携帯していた氷晶石を近づけると、石柱の中で弱い光が瞬いた。


だが、すぐに消えた。


「中継器と同じです」


「石だけ替えても動かんぞ」


ガランは歯車へ油を差した。


一つずつ、手で動きを確かめる。


固まった箇所を無理に回さない。


小さな留め具を外し、錆を落とす。


折れたばねは、持参した細い鋼線で作り直した。


誠司は投入口の大きさを測った。


宛先確認票の木箱は入らない。


中の紙だけなら入る。


「ここで開封していい荷姿に変更する必要があります」


「途中開封不可と書きました」


ロウグが言った。


「この設備へ入れるためなら、引継ぎ作業になります」


誠司は木箱の記録を確認した。


開封場所は北方引継所。


現在地は、そこから先の人送路。


正確には指定と違う。


「勝手には開けません」


誠司は送達確認柱を調べた。


正面の下に、小さな台がある。


そこにも、二本の手の印が刻まれていた。


さらに、古い文字。


ロウグが読む。


「荷姿を解き、内容を引き継げ」


荷物を別の運び方へ切り替える場所。


北方引継所で車両からそりへ移したように。


ここでは、箱から確認票へ切り替える。


「引継ぎ記録を残します」


ロウグが控えへ記入した。


外装木箱より照会票を取り出す。

送達確認柱へ投入。

外装は返送まで保管。


誠司とロウグが署名する。


ガランが荷姿を確認する。


エレナが時刻を記す。


二人以上で開封するという、返送受入所の決まりも守った。


木箱を開ける。


油紙に包まれた三枚の確認票。


送信用の一枚だけを取り出す。


予備と控えは、箱へ戻した。


そのころ、ガランの修理も終わった。


新しい氷晶石を収める。


歯車が、ゆっくり動き始めた。


からり。


からり。


長く止まっていた音が、岩壁のくぼみに響く。


北へ伸びる管に、青い光が走った。


補給網中継器の表示が変わる。


送達確認柱――再稼働

照会経路――接続確認中


数字が現れた。


十。


二十三。


四十一。


途中で止まる。


「北側に、まだ止まっている設備があるのかもしれません」


エレナが北へ伸びる管を見る。


誠司は確認票を投入口へ入れた。


すぐには落ちない。


内部の板の上で止まる。


横に、小さな取っ手があった。


その上に、差出人確認と書かれている。


「名前を言うのかもしれません」


ロウグが漏斗を指した。


誠司は口元を近づけた。


「水車町返送受入所。照会責任者、田村誠司」


石柱の中で、何かが一度鳴った。


確認票が吸い込まれる。


細い風の音。


紙は筒の中を北へ運ばれていった。


青い光が追いかける。


照会経路の数字が動いた。


四十二。


四十三。


四十四。


少しずつ増える。


だが、五十七で止まった。


照会票――中継待機


「届いてはいない」


カイルが言った。


「途中までは進みました」


誠司は送達確認柱の横へ、確認票の外装箱を固定した。


雨や雪が入らないよう、防寒布で覆う。


照会票が戻ってきたとき、同じ箱へ収めて持ち帰る。


そのための返送準備だった。


「今日はここまでにします」


「この先の柱まで行けば、接続できるかもしれません」


エレナが北を見た。


人送路は、岩壁の奥へ続いている。


「今から探すと、帰着予定を超えます」


誠司は時刻を確認した。


「送れた場所まで記録して戻ります」


一枚の紙を中枢へ届けるだけでも、道が必要だった。


設備を直す者。


荷姿を変える場所。


差出人を確認する仕組み。


返事を受け取る準備。


どれか一つが欠けても、照会は往復しない。


誠司たちは送達確認柱の周囲を整えた。


雪を除き。


足場を平らにし。


そりが方向を変えられる場所を作る。


緊急用の毛布と小型燃焼炉を、石柱の下の収納へ入れた。


ロウグが新しい名称を記す。


――北方第一照会所。


補給網中継器に、経路の表示が現れた。


回収経路――七十八パーセント

照会経路――五十七パーセント

北方第一照会所――稼働開始


人送路が、六パーセント進んだ。


そして初めて、水車町から中枢へ質問を送る経路が動き始めた。


帰路。


狭い区間を抜け。


二本の手の柱を通り。


北方引継所へ戻る。


満タン便は、行きと同じ場所で待っていた。


運転席も助手席も空いている。


誠司は車体の周囲を点検し、鍵を開けた。


そのとき。


北方第一照会所の方角から、低い音が響いた。


遠い鐘のような音だった。


一度。


間を置いて、もう一度。


ロウグが補給網中継器を見る。


「照会経路の数字が動いています」


五十八。


六十四。


七十。


八十二。


九十六。


そして。


照会経路――接続完了

回答案内――返送中


「もう返事が来るのか」


ガランが人送路を振り返る。


「確認票が中枢へ届いたのでしょうか」


数字の下に、新しい表示が現れた。


回答者――北方補給網中枢管理人

本人意思確認――有効

搬送許可――条件付き


誠司は表示を読み進める。


条件一

低温休眠容器を開封しないこと。


条件二

容器内温度を中枢出庫時の値から変化させないこと。


条件三

北方一号の登録名を、本人覚醒まで照会しないこと。


エレナが眉を寄せた。


「名前を調べてはいけない?」


「理由が書かれています」


ロウグが次の行を読む。


登録名の照会は、休眠解除命令として処理されます。


名前を知ろうとするだけで、容器が開く。


補給網中枢では、名前が識別番号ではなく、起動のための鍵になっているらしい。


「だから非表示だったのか」


カイルが言った。


「知らないようにしているんじゃない。起こさないために隠している」


最後に、本人の意思確認に関する詳細が表示された。


返送希望――確認済み

返送先――田村誠司

確認方法――本人署名

署名保管先――北方補給網中枢


誠司は息を吐いた。


少なくとも、誰かが勝手に宛先を変えたわけではない。


本人の署名がある。


返送を望んでいる。


それでも、疑問は残った。


なぜ自分なのか。


なぜ、異世界へ来る前から名を知っていたのか。


表示は、そこで終わらなかった。


受取人確認――未完了


「俺の確認が必要なのか」


誠司が言った。


北方第一照会所にて、受領意思を回答してください。


今日はもう戻る。


予定を変更して人送路へ入り直すことはしない。


回答は次の便で届ける。


誠司はその場で判断した。


「受領しますか?」


ロウグが尋ねる。


誠司はすぐには答えなかった。


人を受け取る。


その言葉には、物を受領するのとは違う重さがある。


生きている人物を水車町へ連れ帰る。


目を覚ましたあと、行く場所があるのか。


望む暮らしができるのか。


この世界の人なのか。


別の世界から来た人なのか。


病気や記憶の問題を抱えている可能性もある。


受領印を押して終わる話ではない。


「条件を付けます」


誠司は答えた。


「安全に運べること。目を覚ましたあと、本人が望む場所へ移動できること。俺のところに留まることを強制しないこと」


「受取人なのにですか?」


「受け取るのは、所有するためじゃない」


誠司は満タン便の助手席を見た。


「帰ってきた人が、次の行き先を選べるところまでつなぐためです」


ロウグは、その言葉を回答票へ書き留めた。



水車町へ戻った二日後。


北方第一照会所から回答票が届いた。


紙が自ら飛んできたわけではない。


冬季中継所の定期便に合わせ、カイルの部下が人送路へ入り、送達確認柱の返却口から回収した。


北方引継所。


返送庫。


冬季中継所。


北砦。


そこから通常便へ引き継がれ、水車町まで運ばれた。


一枚の返事が、複数の人の手を通って届く。


配送所で正式な受領手続きを行う。


外装の状態。


封印。


途中経路。


回収者。


引継時刻。


すべてを確認してから、木箱を開けた。


返送された宛先確認票には、青い印が押されていた。


返送を希望する。


容器を動かしてよい。


温度は維持する。


管理人は同行する。


四つの回答。


代理確認者欄には、北方補給網中枢管理人と記されている。


その下には、本人署名を確認したことを示す印。


しかし署名そのものは隠されていた。


登録名を見れば、休眠解除として扱われる。


そのため、薄い金属板が上から重ねられている。


誠司は金属板を外さなかった。


必要のない情報は、見ない。


それも安全確認の一つだった。


ロウグが用紙の下部を読む。


「受取人回答欄があります」


誠司は椅子へ座った。


ペンを取る。


田村誠司は、北方一号の返送受入れに同意します。

ただし、本人覚醒後の行き先は、本人の意思を優先します。

水車町返送受入所は、一時的な受入れと安全確認を担当します。


一字ずつ、丁寧に書く。


最後に署名した。


田村誠司。


書き終えた瞬間、誠司の手が止まった。


紙の下。


本人署名を隠す金属板の端から、わずかに黒い線が見えている。


署名の最後の一画らしい。


右上から左下へ払う、独特の癖。


誠司には、見覚えがあった。


自分が「司」の最後を書くときと、同じ線だった。


「どうしました?」


ロウグが尋ねる。


「いや」


誠司は金属板へ触れなかった。


似た筆跡はある。


一画だけで判断はできない。


見てはいけないと記されているものを、確かめるためだけに開くべきではない。


「封をします」


確認票を戻す。


水車町返送受入所の受領印を押す。


二本の手。


渡す手と、受け取る手。


その夜。


配送帳面に新たな記録が現れた。


第一配送記録・北方第二十一便

管理人は、眠る者の宛先確認票を私に見せた。


そこには、まだこの世界にいない男の名が書かれていた。


私は日付の間違いだと思った。

だが管理人は、宛先ではなく署名を指した。


「この確認票を書いたのは、あなたです」


私は否定した。

筆跡も、名前も、私のものではなかった。


それでも配送印だけは、私が使っていたものだった。


記録の下に、宛先確認の結果が表示される。


北方一号返送意思――確認済み

受取人返送受入意思――確認済み

回収便出発条件――残り二項目


一つ目。


回収経路を百パーセントまで復旧すること。


二つ目。


受取人署名の原本を、中枢へ返送すること。


そして最後に、新しい照合結果が現れた。


受取人署名――田村誠司

北方一号本人署名――非表示

筆跡一致率――九十八パーセント


誠司は、しばらく動けなかった。


北方一号の名前は分からない。


署名を見ることもできない。


それでも補給網は、二人の筆跡がほぼ同じだと判定している。


配送帳面の最下部に、短い一文が浮かんだ。


両署名は、同一人物の異なる登録名として保管されています。


北方一号と、田村誠司。


補給網中枢は、二人を同一人物として記録していた。

人送路に残されていた送達確認柱が復旧し、水車町と補給網中枢を結ぶ照会経路が動き始めました。


北方一号本人の返送意思も確認され、誠司は受入れに同意します。


しかし、二人の署名は九十八パーセント一致。


補給網中枢では、北方一号と田村誠司が「同一人物の異なる登録名」として保管されていました。


眠っている人物は、いったい誰なのでしょうか。

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