第79話 南への中継所
東補給庫から南へ続く補給路。
誠司たちは無理に先へ進まず、「帰れる道」を整えることを優先した。
目印を立て、危険を記録し、安全を確認する。
その次に必要なのは、荷物だけでなく人も休める場所。
西方で「満宿」を築いたように、南への道にも最初の拠点を作る時が来た。
翌朝。
東補給庫には朝早くから人が集まっていた。
風見の村の若者。
柳渡の村の大工。
水車町の石工。
北砦の兵士。
そして満タン便。
荷台には建築資材が積まれている。
切り出した板材。
屋根板。
釘。
ロープ。
石灰。
工具箱。
そして、いつもの飲み物。
誠司は荷台を見回しながら言った。
「今日は宿を建てるわけじゃない。」
皆が顔を上げる。
「まずは休める場所を一つ。」
「雨をしのげて、水が飲める。」
「それだけで十分だ。」
西方の経験が、そのまま南への教科書になっていた。
南方分岐路へ到着すると、まず場所を選ぶ。
沢の近く。
石橋から見える場所。
森を切り開きすぎない場所。
誠司は何度も歩き回り、最後に一本の大きな樫の木の下で立ち止まった。
「ここにしよう。」
枝葉が天然の屋根になる。
沢まで歩いて一分。
橋からも見える。
荷車が回転する広さもある。
「条件は揃ってる。」
皆も納得した。
建設は簡単なものだった。
柱を四本立てる。
屋根を掛ける。
長椅子を二脚。
荷物を一時的に置く棚を一つ。
井戸は掘らない。
沢の水を煮沸して使うため、大きな鍋だけを備え付ける。
誠司は木札へ文字を書く。
南休所
ガランが笑った。
「相変わらず名前がそのままだな。」
「分かりやすい方がいい。」
誰も異論はなかった。
昼頃。
屋根を固定していると、遠くから鈴の音が聞こえた。
チリン……。
チリン……。
誠司たちは作業を止める。
森の向こうから、一台の小さな荷車が現れた。
荷車を引いているのは、灰色の毛並みをした細身の獣。
馬でも鹿でもない。
南方特有の家畜らしい。
荷車には、一人の女性が乗っていた。
日に焼けた肌。
深緑色の外套。
腰には短い鉈。
女性は建設中の休所を見ると、驚いたように目を見開いた。
「……人?」
ロウグが前へ出る。
共通語で話しかける。
女性は少したどたどしいが、同じ言葉を返した。
「ここ、誰も来ない道。」
誠司は笑顔で答える。
「今日から来る。」
女性は少し考え、それから小さく笑った。
「変な人。」
ガランが吹き出した。
「よく言われる。」
場が一気に和んだ。
女性はリアと名乗った。
南方の「花渓の里」から来た旅人だった。
荷車には色とりどりの乾燥した花や薬草が積まれている。
「薬師です。」
そう言って、一束の青い花を見せてくれた。
「熱を下げる花。」
ロウグが目を丸くする。
「見たことがありません。」
南方には、東とも西とも違う植物が数多くあるらしい。
誠司は無理に買わなかった。
一本だけ見本として譲ってもらう。
代わりに冷えたスポーツドリンクを一本渡す。
リアは恐る恐る口をつけた。
「冷たい……!」
その驚いた表情は、西方で初めて水を飲んだサーラと同じだった。
誠司は思わず笑う。
世界が違っても、人の反応は変わらない。
休所が完成すると、リアは荷車を屋根の下へ入れた。
「助かる。」
「急に雨。」
そう言って空を指差す。
見上げると、南の空には黒い雲が広がり始めていた。
数分後。
ザーッ!
激しい雨が森を打ち始めた。
東でも西でも見たことのない、勢いのある雨だった。
もし屋根がなければ、荷物はずぶ濡れになっていただろう。
皆は休所の中へ避難する。
ガランが笑う。
「建てた初日に役立ったな。」
誠司も頷いた。
「タイミングが良すぎる。」
リアは温かい薬草茶を煎れ始めた。
誠司たちは持ってきたパンを並べる。
自然と、小さな昼食会になった。
雨宿りをしながら、リアが話してくれた。
「南は雨、多い。」
「だから道、すぐ崩れる。」
「橋も流れる。」
誠司は帳面へ記録する。
南方課題
・豪雨
・ぬかるみ
・橋の流失
西方とは正反対だった。
向こうは水不足。
こちらは水が多すぎる。
物流は土地ごとに姿を変える。
だから面白い。
雨が上がる頃、リアは一枚の木札を取り出した。
南方独特の細長い札。
そこへ短く文字を書く。
花渓の里
そして誠司へ渡した。
「今度、来て。」
「歓迎。」
誠司は両手で受け取る。
「ありがとう。」
すぐには行かない。
まずは道を整える。
その約束も忘れない。
帰る前。
誠司は休所の柱へ、新しい掲示板を取り付けた。
本日の通行情報
・橋 異常なし
・沢 増水注意
・休所 利用可
リアは嬉しそうに笑った。
「これ、便利。」
旅人が情報を書き足せるよう、木炭も置いておく。
西方の満宿で生まれた工夫が、南でも根付き始めていた。
夕暮れ。
東補給庫へ戻ると、中継器が静かに光る。
帳面へ新しい表示。
南休所 登録完了
旅人利用確認 一件
補給網中継器 稼働率 27%
誠司は数字より、「旅人利用確認」の文字が嬉しかった。
建物は使われて初めて意味を持つ。
それを第一配送者から学んだ。
夜。
帳面へ記録が現れる。
最初の休所に泊まった旅人は、
一人だけだった。
「作っても無駄だ」と笑われた。
でも翌月には三人。
半年後には十人。
一年後には、
その旅人たちが休所を直してくれるようになった。
人は、助けられた場所を忘れない。
誠司は静かに帳面を閉じた。
今日泊まった旅人は、一人。
でも、それで十分だった。
明日は二人かもしれない。
その積み重ねが、やがて一本の道を育てていく。
翌朝。
満タン便の荷台は、いつものように満タンだった。
そして新しく積まれていたのは、小さな木箱。
中には南方の薬草を保護するための、通気性の良い保存箱が入っていた。
物流は、一方通行ではない。
届けるだけでなく、持ち帰ることで、また新しい繋がりが生まれる。
赤いトラックは朝露に濡れた森を抜け、今日も南への道をゆっくりと走り始めた。
第79話では、南方配送路最初の拠点となる**「南休所」**が誕生しました。
また、南方で初めての人物となる薬師・リアが登場し、雨の多い土地ならではの物流の課題が明らかになります。
次回、第80話では、誠司が初めて花渓の里を訪れます。そこでは豪雨によって寸断された道と、薬草を必要としている町々を結ぶ、新たな物流の課題に向き合うことになります。




