第78話 南へ続く分岐路
東補給庫が再び使われ始めたことで、補給網中継器の光は少しずつ強くなっていた。
稼働率は二十一パーセント。
そして表示された、新たな目的地。
南方配送路。
誠司たちは、まだ見ぬ道へ繋がる最初の手掛かりを探し始める。
朝。
東補給庫の管理室では、静かな機械音だけが響いていた。
カチ……。
カチ……。
補給網中継器は昨夜よりも規則正しく光っている。
誠司は帳面を開き、その横へ置いた。
青白い光が二つ重なり、管理室の壁へ淡い模様を映し出す。
ロウグが息を呑んだ。
「見てください。」
壁に掛けられた大地図の一部が、ぼんやりと光り始めた。
東補給庫から一本の細い線。
それは街道ではなく、森の南へ向かって伸びている。
帳面へ文字が浮かぶ。
旧補給路を検出
南方分岐点まで 半日
「街道じゃないな。」
誠司は地図を見つめる。
「補給専用の道かもしれない。」
第一配送者は、人目につかない補給路も使っていたのだろう。
その日の配送は短縮した。
風見の村への定期便。
工具の貸し出し確認。
給水設備の点検。
すべて午前中で終わらせる。
村長の娘が心配そうに尋ねた。
「南へ行くのですか?」
「ああ。」
「でも探索だけ。」
「道を見つけたら戻る。」
無理はしない。
それは皆が知っている満タン便の約束だった。
昼前。
誠司たちは地図の示す場所へ向かった。
森の中へ続く細い獣道。
普通なら見逃してしまうほど目立たない。
しかし近づいてみると、不自然に石が並んでいる。
人が置いた石だ。
ロウグがしゃがみ込む。
「道標です。」
苔を払う。
小さな矢印が刻まれていた。
南。
さらに、その下へ小さな赤い車の絵。
誠司は思わず笑う。
「第一配送者だ。」
誰にも分からないよう、小さな印だけを残していた。
道は狭い。
トラックが通るには枝が多すぎる。
誠司は鋸を取り出した。
全部切らない。
車幅より少し広げるだけ。
森を傷つけないよう、一枝ずつ払っていく。
柳渡の若者も手伝う。
「これなら荷車も通れそうだ。」
誠司は頷いた。
「トラックだけの道じゃ意味がない。」
配送網は、皆が使える道でなければならない。
一時間ほど進むと、小さな石橋へ出た。
橋は壊れていない。
だが草に覆われ、長い間使われていなかったことが分かる。
橋のたもとには石碑が立っていた。
半分ほど土へ埋まっている。
皆で掘り起こす。
刻まれていた文字は、かすれて読みにくい。
エレナが紙へ写し取る。
「……読めました。」
そこにはこう刻まれていた。
南方補給路
緊急物資優先
一般通行不可
「補給路だ。」
誠司は静かに呟いた。
商人の街道ではない。
災害や事故の時だけ使う、特別な道。
第一配送者は、そんな道まで整備していたのだ。
橋を渡ると、空気が変わった。
湿った森から、暖かな風が吹いてくる。
花の香り。
遠くで鳥ではない鳴き声。
見たことのない木々。
ロウグが周囲を見回す。
「植物が違います。」
東とも、西とも違う。
南の世界が始まっていた。
その時だった。
ガサリ。
茂みが揺れる。
皆が身構える。
現れたのは、大きな角を持つ草食獣だった。
鹿によく似ているが、体は一回り大きい。
誠司たちを見ると驚いたように立ち止まり、すぐ森の奥へ駆けていった。
「初めて見るな。」
「南の生き物でしょうか。」
帳面へ記録する。
大型草食獣 確認
未知の土地では、小さな情報も大切な荷物になる。
さらに進もうとした、その時。
帳面が震えた。
文字が浮かぶ。
推奨行動
本日はここで引き返してください。
誠司は少し驚いた。
今まで帳面が行動を勧めることはあっても、「戻れ」と表示したことはない。
理由もすぐ表示された。
補給拠点未整備
帰路の安全を優先してください。
誠司は苦笑する。
「帳面に怒られたな。」
ロウグも笑った。
「配送屋らしい判断です。」
行けるところまで行くのではない。
帰って来られるところまで行く。
それが配送だ。
帰り道。
誠司は要所ごとに目印を立てていく。
赤い布。
小さな石積み。
倒れた木へ矢印。
誰が来ても迷わないように。
第一配送者も、きっと同じことをしたのだろう。
夕暮れ。
東補給庫へ戻ると、中継器の光が少しだけ明るくなった。
帳面が反応する。
南方分岐路 確認
補給網中継器 稼働率24%
新規目印 登録完了
誠司は静かに息をついた。
今日は何も届けていない。
誰とも取引していない。
それでも配送網は広がった。
道を確認し、目印を立てる。
それだけでも未来の配送になる。
夜。
第一配送者の記録が現れる。
誰も通らない道へ、
目印を立てる日がある。
無駄だと言われた。
でも私は知っていた。
今日通らなくても、
明日、
誰かが助かるかもしれない。
配送屋の仕事は、
今日だけを見る仕事じゃない。
誠司は帳面を閉じ、静かに微笑んだ。
「明日のための目印、か。」
西方で立てた目印柱も。
東で作った橋の休憩所も。
すべて同じ意味を持っていた。
未来の誰かが、安全に帰って来られるように。
翌朝。
荷台はいつもどおり満タンだった。
飲み物。
ガソリン。
そして新たに積まれたのは、丈夫な目印柱と案内板。
南への旅は、まだ始まったばかり。
まずは「帰れる道」を完成させること。
それが、満タン便の最初の配送だった。
第78話では、南方配送路への最初の分岐路が発見されました。
重要なのは、新しい土地へ突き進むことではなく、「安全に戻れる道を作る」という誠司らしい判断です。
次回、第79話では、南方分岐路に最初の補給拠点を設置する計画が始まります。その建設中、誠司たちは南方から初めてやって来た旅人と出会い、南の世界の一端を知ることになります。




