第76話 止まったままの補給庫
東補給庫で見つかった一冊の管理帳簿。
そこに残されていた最後の記録は、二十八年前のものだった。
補給完了。次回補充予定 翌朝。
そして第一配送者は、その先にこう記していた。
「毎朝、満タンになる理由を知りたければ、最後の補給庫へ来てください。」
誠司はついに、この世界最大の謎へ足を踏み入れる。
補給庫の中は静まり返っていた。
外では鳥の声が聞こえる。
しかし建物の中だけは、不思議なくらい音が吸い込まれていた。
誠司は懐中灯を手に、ゆっくり棚を見て回る。
木箱には丁寧に札が付いている。
工具
保存食
薬品
交換部品
どれも整然と並び、埃こそ積もっているものの荒らされた形跡はない。
「まるで……。」
ロウグが小さく呟く。
「誰かが戻ることを信じていたみたいですね。」
誠司も静かに頷いた。
「閉めて終わりじゃない。」
「続きがある前提で片付けてある。」
配送屋らしい。
そんな整理の仕方だった。
ガランは棚を調べながら感心している。
「工具も錆びてねぇ。」
木箱の中には油紙で包まれたスパナやハンマーが並んでいた。
一本取り出してみる。
磨けば、まだ十分使えそうだ。
「手入れの仕方まで書いてある。」
帳簿の横には、小さな札が置かれていた。
使ったら戻す。
壊れたら直す。
足りなくなる前に補充する。
誠司は苦笑した。
「物流の基本だな。」
「どこの倉庫でも同じか。」
建物の奥には、もう一枚の扉があった。
普通の木の扉ではない。
鉄で補強された重い扉。
鍵穴はない。
代わりに帳面と同じような紋様が刻まれていた。
誠司が近付く。
帳面が淡く光る。
補給庫管理室
認証しますか?
「管理室……。」
ロウグが息を呑む。
誠司は少し考えた。
すぐには開けない。
まず周囲を確認する。
床。
壁。
天井。
異常なし。
ガランも頷く。
「罠なんざ無さそうだ。」
「よし。」
誠司は帳面を扉へ近付けた。
カチッ。
小さな音が響く。
鉄の扉がゆっくり開いていく。
中は小さな部屋だった。
机が一つ。
本棚。
地図。
そして壁いっぱいに貼られた、一枚の巨大な地図。
誠司は思わず足を止めた。
「これは……。」
今まで見たどの地図よりも広かった。
西方。
東方。
北砦。
森。
水車町。
すべてが描かれている。
さらに、その外側まで。
まだ一度も訪れたことのない土地が続いていた。
そして、その中心。
水車町の位置に、小さな赤い印。
そこから無数の青い線が伸びている。
まるで血管のように。
「配送網……。」
エレナは地図を見つめたまま呟く。
「こんな広い世界だったのですね。」
机の上には、一冊の手帳が置かれていた。
表紙には何も書かれていない。
誠司が開く。
中には日記ではなく、業務記録が綴られていた。
補給庫管理記録
一日目。
補給完了。
異常なし。
二日目。
東街道良好。
三日目。
西方へ追加配送。
四日目。
隊商合流。
……
淡々と続いている。
配送屋の日報だった。
しかし最後の数ページだけ、文字が乱れていた。
各地で補給庫との接続が不安定。
原因不明。
朝の補充に遅延なし。
調査継続。
誠司は眉をひそめた。
「補充に遅延なし……?」
つまり二十八年前には、すでに毎朝補充される現象が起きていた。
第一配送者も、それを利用していた。
だが、その仕組みは彼自身にも完全には分かっていなかったらしい。
さらにページをめくる。
最後の業務記録。
東補給庫閉鎖。
原因 配送網断裂。
最終確認後、西方へ向かう。
必ず戻る。
そこで記録は終わっていた。
戻れなかった。
その事実だけが静かに残っていた。
その時だった。
部屋の隅から、小さな音が聞こえた。
カチ……。
カチ……。
一定の間隔で鳴る音。
誠司たちは顔を見合わせる。
音のする方へ歩く。
棚をどける。
壁際には、小さな木箱が置かれていた。
蓋を開ける。
中には、一つの古びた金属製の装置。
丸い文字盤。
細い針。
そして、青白く光る小さな結晶。
「動いてる……。」
二十八年経っているのに。
止まっていない。
帳面が反応する。
補給網中継器 確認
稼働率 18%
「中継器?」
誰も聞いたことのない名前だった。
結晶は弱々しく明滅している。
まるで、どこかと通信しているように。
ロウグが小さく言う。
「この光……。」
「まだ、どこかへ繋がっています。」
誠司は息を呑む。
配送網は完全には途切れていない。
まだ生きている。
どこかで。
その瞬間。
中継器の光が一度だけ強く輝いた。
そして帳面へ、新しい文字が浮かぶ。
最終補給庫を検索中……
一件、応答あり。
部屋中が静まり返る。
応答。
誰かがいるのか。
それとも——。
表示はすぐに消えた。
残ったのは、一行だけ。
南方配送路
「南方……。」
誠司はその文字を見つめた。
西でもない。
東でもない。
まだ一度も帳面へ現れたことのない、新しい方角だった。
夕暮れ。
東補給庫を出る前に、誠司は入口へ新しい木札を掛けた。
東補給庫
点検開始
その下へ、管理帳簿へ一行を書き加える。
復旧一日目 異常なし。
第一配送者が途切れた記録。
その続きを書く。
それが誠司にできる、何よりの供養だった。
夜。
第一配送者の記録が浮かぶ。
私は最後まで、
「なぜ満タンになるのか」は分からなかった。
でも一つだけ分かった。
この力は、
一人のためには使えない。
人と人を繋ぐ時だけ、
荷台は満ちる。
だから私は、
最後まで配送屋でいようと思った。
誠司は静かに帳面を閉じる。
謎はまだ解けていない。
しかし確信だけはあった。
この奇跡は、「運ぶこと」そのものではない。
誰かのために運び続けることと、深く結びついている。
翌朝。
いつものように荷台を確認する。
飲み物は満タン。
ガソリンも満タン。
そして帳面の地図では、西と東の青い線に加えて、南へ向かう一本の銀色の線が、夜明けの光を受けて静かに輝き始めていた。
第76話では、東補給庫の内部と、第一配送者の業務記録が明らかになりました。
重要なのは、「毎朝満タンになる現象」は第一配送者が作ったものではなく、彼もまた受け継いでいたという事実です。
そして、新たな舞台となる南方配送路の存在が示されました。
物語はここから、「配送網の起源」と「満タンの奇跡」の真実へ向けて、大きく動き始めます。




