第75話 東補給庫への鍵
二十八年越しの手紙は、ようやく風見の村へ届けられた。
その配達は終わりではなく、新たな始まりだった。
村長から託された一本の真鍮の鍵。
それは第一配送者が最後まで守ろうとしていた「東補給庫」へ続く、たった一つの鍵だった。
翌朝。
水車町へ戻った誠司は、まだ夜明け前の集荷所に立っていた。
荷台は、いつものように満タン。
飲み物。
缶詰。
保存食。
工具。
ガソリン。
すべて昨日と変わらない。
だが運転席のダッシュボードには、一つだけ新しいものが置かれていた。
真鍮の鍵。
小さく刻まれた文字。
東補給庫
誠司はその鍵を手に取り、ゆっくり回してみる。
古いが、丁寧に手入れされていた。
二十八年もの間、大切に保管されていたことが分かる。
「重いな……。」
思わず口をついて出た。
ロウグが微笑む。
「鉄の重さではありませんね。」
「そうだな。」
約束の重さだった。
朝食を終える頃、集荷所へエレナがやって来た。
手には大きな筒を抱えている。
「古い地図庫を調べてきました。」
広げられた羊皮紙には、東方街道が細かく描かれていた。
現在の地図にはない印が、一つだけ残っている。
風見の村のさらに東。
山裾に、小さな四角。
その横に書かれた文字。
補給倉
「倉ではなく……補給倉。」
誠司は帳面と見比べる。
位置はほぼ一致している。
帳面が静かに光った。
東補給庫候補地 照合成功
到達推定 一日半
「思ったより近い。」
「ですが。」
エレナが指を止める。
「この先は街道ではありません。」
山道だった。
しかも二十八年間、誰も使っていない。
その日の午後。
風見の村で小さな会議が開かれた。
村長の娘。
柳渡の長老。
水車町の町長。
ガラン。
バシール。
そして誠司。
鍵を机の中央へ置く。
「補給庫を探します。」
誰も反対しなかった。
だが村長の娘が静かに言う。
「一つだけ。」
「父が話していたことがあります。」
皆が耳を傾ける。
「補給庫には、食料だけじゃない。」
「道具もある。」
「そして……。」
少し言葉を選ぶ。
「第一配送者の"約束"が残っている。」
部屋が静まり返る。
荷物ではない。
約束。
第一配送者は何を残したのだろう。
翌日。
満タン便は風見の村から東へ向かった。
舗装は消えている。
草が道を覆い、木の枝が垂れ下がる。
トラックはゆっくり進む。
時には誠司が降りて枝を払う。
時には皆で石をどかす。
急がない。
西でも東でも、それだけは変わらない。
昼頃。
小さな沢へ出た。
橋は無い。
昔は木橋が架かっていたらしいが、流されてしまっていた。
誠司は渡れる場所を探す。
深さを測る。
流れを見る。
帳面へ書き込む。
仮橋設置候補
「今日は無理だ。」
ロウグが頷く。
「戻りますか。」
「いや。」
誠司は周囲を見回した。
少し上流に、大きな倒木がある。
橋には使えない。
だが、人が渡るだけなら。
柳渡の若者たちも手伝い、枝を払い、滑らないよう縄を張る。
簡易の渡橋。
まずは人だけが渡れる道を作る。
その先を歩く。
十分ほど進んだところで、森が開けた。
石積みの壁。
崩れかけた建物。
屋根は半分落ちている。
しかし正面には、錆びた鉄の扉が残っていた。
扉の中央。
丸い鍵穴。
真鍮の鍵と、同じ形だった。
誠司は静かに息を呑む。
「見つけた。」
帳面が強く輝く。
東補給庫 確認
鍵認証待機中
だが誠司は、すぐに鍵を差し込まなかった。
建物を一周する。
壁を調べる。
屋根を見る。
危険はないか。
中で崩れる場所はないか。
ガランも頷く。
「先に確認だ。」
北砦の兵士も壁を叩く。
問題は少ない。
誠司はようやく鍵を取り出した。
真鍮の鍵を鍵穴へ差し込む。
カチリ。
乾いた音が響く。
ゆっくり回す。
ギィ……。
二十八年間閉ざされていた扉が、少しずつ開いた。
中から流れ出たのは、冷たく澄んだ空気だった。
誠司は思わず目を見開く。
建物の中は驚くほど整然としていた。
棚。
木箱。
樽。
工具。
すべて布が掛けられ、大切に保管されている。
まるで昨日まで使われていたようだった。
「……すごい。」
ロウグも息を呑む。
「時間が止まっています。」
誠司は一歩、中へ入る。
入口のすぐ横に、一冊の分厚い帳簿が置かれていた。
表紙には美しい文字。
東補給庫 管理記録
その一番上には、最後の記録が残っていた。
補給完了。
次回補充予定 翌朝。
翌朝。
その翌朝は、二十八年間来なかった。
誠司は静かに帳簿を閉じた。
「……帰れなかったんだな。」
誰も何も言わない。
静かな空気だけが流れる。
その時。
帳面が、これまでで最も強く光った。
新しい表示が現れる。
第一配送者最終計画
第一段階 解除
ページがゆっくり開く。
そこに記されていたのは、たった一文だった。
「毎朝、満タンになる理由を知りたければ、
最後の補給庫へ来てください。」
誠司は固まった。
「……え?」
ロウグも言葉を失う。
今まで当たり前だった奇跡。
毎朝、荷台が満タンになる理由。
その答えが、ついに示されたのだった。
第75話では、ついに東補給庫を発見しました。
そして物語最大の謎である「なぜ毎朝トラックが満タンになるのか」に、初めて第一配送者自身が言及します。
ここから先は、この作品全体の核心へ入る章になります。
「異世界物流」の物語は、単なる配送の話から、「満タン」という奇跡の真実へと、大きく舵を切り始めます。




