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毎朝満タンになる補充トラックで異世界配送を始めました  作者: たむ


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第73話 風の止まった村

東街道の倒木は取り除かれ、人々の手で再び道がつながった。


帳面には、風見の村まで残り三日と記されている。


誠司が運ぶのは、一通の手紙。


二十八年間、誰にも開かれることなく守られ続けた約束だった。

三日後の朝。


満タン便は、まだ朝露の残る東街道をゆっくり走っていた。


西方とは違い、道の両脇には深い森が続いている。


木漏れ日がフロントガラスへ落ち、風が若葉を揺らしていた。


運転席の隣には、革袋。


その中には、変わらず一通の手紙がある。


誠司は信号待ちでもないのに、何度も視線を向けてしまう。


「緊張していますね。」


ロウグが微笑む。


「……少しな。」


「届ける相手がいるといいんだけど。」


ロウグは静かに頷いた。


「まずは行ってみましょう。」


昼前。


街道は少しずつ細くなり、やがて石畳が姿を現した。


古い道だった。


苔が生え、所々に草が伸びている。


しかし、不思議なことに完全には崩れていない。


誰かが、ときどき歩いているような跡が残っていた。


誠司はトラックを止める。


荷台から箒を取り出し、小さな石をどけながら進む。


「車が通れるくらいにはしておこう。」


急がない。


それがいつものやり方だった。


やがて森が開けた。


そこには、小さな村があった。


……いや。


正確には、村だった場所だった。


木造の家々は立っている。


畑も残っている。


井戸もある。


しかし煙は上がっていない。


人の声もしない。


風だけが静かに吹き抜けていた。


「誰も……いない。」


誠司はゆっくり車を降りた。


帳面が光る。


旧風見村 確認


居住反応 なし


ロウグも辺りを見回す。


「争った跡はありません。」


家々も壊されてはいない。


窓は閉じられ、道具も整然と置かれている。


まるで昨日まで人が暮らしていたようだった。


誠司は一軒の家へ近付く。


扉は鍵が掛かっていない。


「失礼します。」


中へ入る。


机。


椅子。


食器棚。


暖炉。


すべてきれいに片付けられている。


埃は積もっているが、荒らされた様子はない。


机の上には、一枚の木彫りの風車が置かれていた。


柳渡の少年がくれた物と、よく似ている。


誠司がそっと回すと、羽根は静かに回った。


「風はまだ吹いているんだな。」


その時だった。


カタン。


小さな音がした。


誠司たちは身構える。


しかし現れたのは、一羽の白い鳥だった。


窓から入り込み、風車の上へ止まる。


しばらくこちらを見つめると、また飛び立った。


「驚かせるなあ。」


誠司は苦笑した。


村の広場へ出る。


中央には、大きな風車が建っていた。


羽根は止まっている。


しかし壊れてはいない。


ロウグが軸を調べる。


「固まっています。」


「油が切れただけかもしれません。」


誠司は荷台から工具箱を持ってきた。


軸を掃除し、古い油を拭き取る。


ガランから預かった潤滑油を少し差す。


二人でゆっくり押す。


ギ……。


軸が少し動く。


もう一度。


ギィ……。


そして三度目。


風が吹いた。


大きな羽根が、ゆっくりと回り始める。


ギィ……。


ギィ……。


やがて規則正しい音へ変わる。


その瞬間。


森中へ風車の音が響いた。


まるで二十八年ぶりに、村が目を覚ましたようだった。


帳面が淡く光る。


風見村 象徴施設稼働


環境変化を確認


「環境変化?」


誠司が首を傾げた、その時だった。


森の奥から、人影が現れた。


一人。


また一人。


警戒するように、ゆっくり近付いてくる。


老人。


女性。


子ども。


十数人。


皆、村の外れの森で暮らしていたらしい。


先頭の老人が震える声で言った。


「……風車が。」


ロウグが通訳する。


「動いた。」


老人は目を潤ませる。


「もう誰も直せないと思っていた。」


誠司は驚いた。


「村を捨てたんじゃないんですか?」


老人は首を横に振る。


「捨てていない。」


「風車が止まってから、水路が止まった。」


「だから森へ移った。」


風見村の風車は、ただの風車ではなかった。


風の力で揚水機を動かし、畑へ水を送る設備だったのだ。


止まれば、水が来ない。


だから暮らせなくなった。


「壊れたんじゃなく……。」


「直す人がいなかった。」


誠司は静かに呟いた。


物流が止まれば、部品も職人も来ない。


その結果、村は眠ってしまったのだ。


老人は誠司へ深く頭を下げた。


「ありがとう。」


誠司は首を横に振る。


「まだです。」


そして運転席へ戻る。


革袋を手に取る。


二十八年間、届けられなかった手紙。


帳面が優しく光る。


配送先を確認しました。


手紙を届けてください。


誠司は老人へ尋ねた。


「この手紙。」


「宛名をご存じですか?」


老人は封筒の名前を見る。


目を大きく見開いた。


そして、震える声で呟いた。


「……これは。」


「村長宛てだ。」


広場が静まり返る。


村長。


今もいるのだろうか。


それとも──。


誠司は両手で手紙を抱えたまま、静かに息をついた。


ここまで運んできた。


でも届ける相手が、本当にいるのか。


その答えは、まだ分からない。


夕暮れ。


風車はゆっくりと回り続けていた。


その音を聞きながら、森から戻ってきた人々は、少しずつ家の掃除を始める。


誰も命令していない。


それでも自然と動き始めていた。


止まっていた時間が、再び流れ始めていた。


夜。


帳面に第一配送者の記録が浮かぶ。


東で一番悲しかったのは、


村がなくなることではなかった。


村がそこにあるのに、


誰も帰れなくなることだった。


風車が回れば、


人は帰ってくる。


私はそう信じていた。


誠司は静かに帳面を閉じた。


窓の外では、風車が回る音が聞こえている。


そして運転席の横には、まだ届けられていない一通の手紙。


明日。


その約束が、ようやく果たされる。

第73話では、風見の村が「滅んだ村」ではなく、「眠っていた村」であることが明らかになりました。


村を止めたのは戦争でも災害でもなく、物流の途絶によって風車を直せる人が来なくなったことでした。


次回、第74話では、いよいよ二十八年間届けられなかった手紙が村長へ届けられます。その中に記されている内容は、第一配送者が東へ向かおうとした本当の理由を明らかにする、大きな転機となります。

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