第72話 みんなで開く一本道
東街道を塞ぐ一本の大木。
誠司は一人で無理に動かそうとはしなかった。
西方で学んだことがある。
道は、一人で作るものではない。
人が集まって初めて、本当の道になるのだから。
翌朝。
水車町の広場には、いつもより早い時間から人が集まっていた。
荷物を待つ人ではない。
今日は「道を直す便」に参加する人たちだった。
柳渡の村から五人。
水車町から四人。
北砦から三人。
鍛冶町からガランを含めて二人。
そして満タン便。
荷台には飲み物の他に、
滑車。
太い麻縄。
斧。
鋸。
木槌。
楔。
作業用手袋。
昼食用のパンとスープの材料。
今日は荷物を届ける配送ではない。
「仕事を運ぶ配送」だった。
「全員、水は持ったな?」
誠司が声を掛ける。
皆が革袋を見せる。
西方で覚えた確認だ。
暑くなくても、水は必要になる。
ガランが笑う。
「東でも水確認か。」
「癖になった。」
皆が笑った。
東街道へ向かう途中。
柳渡の村では、さらに三人の若者が加わった。
「橋には世話になってるからな。」
そう言って荷車を押してくる。
その荷車には丸太を転がすための木の棒が積まれていた。
「それ、いいな。」
誠司が感心すると、
若者は少し照れたように笑う。
「じいちゃんの知恵。」
物流は新しい知識だけではない。
昔から続く知恵も、大切な荷物だった。
昼前。
倒木のある石橋へ到着する。
昨日と同じ景色。
橋の真ん中を、大きな樫の木が塞いでいる。
誠司は皆を集めた。
「切る前に確認。」
まず橋を点検する。
石は割れていない。
欄干も無事。
橋そのものは生きている。
問題は倒木だけだった。
「なら橋は守れる。」
ガランが頷く。
「木だけ動かそう。」
作業が始まる。
若者たちが枝を払う。
北砦の兵士が滑車を設置する。
ガランが楔を打ち込む。
誠司は全体を見ながら、無理な力が掛かっていないか確認する。
「引くぞ!」
ロープが張る。
ギシ……。
倒木が少しだけ動く。
「止め!」
誠司がすぐ声を掛ける。
皆が手を止める。
橋を確認。
異常なし。
「もう一回。」
今度は少しだけ強く引く。
ゆっくり。
本当に少しずつ。
西方で橋を守った時と同じだった。
急がない。
一度動いた木は、次も動く。
その積み重ねで十分だった。
昼になる頃。
倒木は橋の半分まで移動していた。
皆で腰を下ろし、昼食にする。
ガランが鍋でスープを作る。
柳渡の村から持ってきた野菜。
水車町のパン。
北砦の燻製肉。
東の川で釣れた小魚。
「なんだか復旧市みたいだな。」
誠司が笑う。
若者の一人が答える。
「仕事の飯はうまい。」
皆が頷いた。
食事の後。
柳渡の長老がゆっくり橋を歩いてきた。
手には古びた木箱。
「これも見つかった。」
中から取り出したのは、錆びた鉄製の標識だった。
表面を布で拭く。
かすかに文字が見える。
東街道
その下には矢印。
さらに、小さく刻まれた文字。
風見村 二里
誠司は思わず息を呑む。
「本物だ……。」
帳面へ近づける。
すると青い光が標識を包み込む。
旧街道標識確認
風見村位置 補正中
地図の青い線が、少しだけ東へ伸びた。
ロウグが嬉しそうに笑う。
「近づいています。」
午後。
最後の作業。
皆でロープを握る。
「せーの!」
ゆっくり。
ゆっくり。
大木が橋から外れ、地面へ倒れた。
ドスン。
静かな音が森へ響く。
しばらく誰も動かなかった。
誠司は橋を渡る。
石畳を確かめる。
問題ない。
振り返って笑った。
「開通だ!」
拍手が起こる。
誰かが歓声を上げる。
子どもたちが橋を走り抜ける。
その姿を見て、長老が目を細めた。
「また子どもの声が戻った。」
その一言が、誠司には何より嬉しかった。
帳面が静かに光る。
東街道第一橋 復旧
共同復旧完了
東方配送路到達率 15%
その下へ、新しい文字。
風見村まで残り 三日
「三日。」
誠司は小さく呟く。
西方より短い。
けれど、その三日は二十八年止まっていた三日でもある。
帰り際。
柳渡の村の若者が、倒した大木を見て言った。
「これ、捨てるの?」
誠司は首を横に振る。
「橋の休憩所にしよう。」
丸太を半分へ割る。
簡単な長椅子を作る。
橋のたもとへ並べる。
旅人が休める場所になる。
長老が嬉しそうに笑った。
「道がまた一つ育った。」
橋を直しただけではない。
人が立ち止まれる場所も増えた。
夜。
帳面へ第一配送者の記録が浮かぶ。
私は倒木を邪魔者だと思っていた。
でも村の老人は言った。
「木も旅を終えたんだ。」
だから橋を塞いだ木は、
橋を守る椅子になった。
道を作るとは、
捨てることではない。
生かし直すことでもある。
誠司は静かにページを閉じた。
窓の外では、東の風が木々を揺らしている。
革袋の中の手紙は、まだ届けられていない。
でも、確実に近づいている。
一歩ずつ。
急がず。
確かに。
翌朝。
荷台は今日も満タンだった。
飲み物。
ガソリン。
そして、新しく作った橋の休憩所へ置く、小さな木製の案内板。
そこには、たった一行だけ書かれている。
「次の村まで、あと二里。」
誠司はエンジンを始動する。
目指すのは風見の村。
二十八年間、届かなかった手紙を抱いて。
満タン便は、新しく開いた東街道をゆっくりと走り始めた。
第72話では、東街道最初の共同復旧を描きました。
西方では「水」が人々をつなぎましたが、東方では「道そのもの」が人々を再び結び始めます。
そして、風見の村までの距離が初めて明確になりました。
次回、第73話では、東街道をさらに進み、風見の村の跡地へたどり着きます。しかし、そこに待っているのは人の姿ではなく、今までとは違う静かな謎です。手紙が届けられる日は、もうすぐそこまで来ています。




