第7話 鍛冶町と鉄の荷台
水車町の応急修理に成功した誠司。
次に必要なのは、本格修理のための金具と部品。
帳面が示した第三配送候補は、山すその鍛冶町だった。
水車町を出る時、田村誠司の荷台には粉袋が積まれていた。
最初の村へ二袋。
隣村へ三袋。
山の集落へ一袋。
さらに、水車町の役人から預かった木札。
内容は、鍛冶町への修理依頼だった。
「水車の軸受け、歯車の補強金具、太い釘、留め具……」
ロウグが木札を読み上げる。
助手席に座った商人は、すっかり通訳役になっていた。
「かなり急ぎですね。応急処置で動いているうちに、本修理をしないとまた止まります」
「つまり、粉の配送と部品の配送を同時にやるわけか」
「ええ。あなたの鉄の車なら」
誠司は苦笑した。
最近、その言葉を何度も聞いている気がする。
あなたの鉄の車なら。
確かにトラックは便利だ。
速い。
多く積める。
毎朝ガソリンは満タン。
飲み物も満タン。
だが、万能ではない。
道が崩れれば進めない。
荷物が多すぎれば積めない。
そして誠司自身は、ただの元補充員だ。
それでも走るしかない。
粉を届けなければ村の食事が減る。
部品を届けなければ水車が止まる。
配送路は、もう一本の線ではなく、網になり始めていた。
まず誠司は第一配送路を回り、粉を届けた。
最初の村では、粉袋を見た村人たちが歓声を上げた。
村長は何度も頭を下げる。
誠司は地面に水車町の絵を描き、壊れた水車と修理部品の絵を添えた。
村長はすぐに理解したようで、倉から炭や薪を出してくれた。
鍛冶町への対価に使えるらしい。
隣村では、女性村長が粉を受け取る代わりに、布と薬草を追加で預けた。
「鍛冶町では布も売れるでしょう。職人は手袋や布きれをよく使います」
ロウグがそう説明した。
山の集落では、少女が粉袋を見て飛び跳ねた。
小さな集落にとって粉一袋は大きい。
彼女は代わりに、赤い実を詰めた袋を二つ持ってきた。
「これも鍛冶町へ?」
誠司が尋ねると、ロウグはうなずいた。
「疲労回復に効く実として知られています。鍛冶職人には喜ばれますよ」
荷台は、いつになく混雑していた。
飲料ケース。
粉袋。
炭。
布。
薬草。
赤い実。
そして水車町からの修理依頼。
誠司は荷崩れしないよう、ロープで何度も固定した。
「本当に補充トラックじゃなくて配送トラックになってきたな」
そう呟くと、ロウグが笑った。
「商売とは、名前が変わった時が始まりです」
鍛冶町へ向かう道は、川沿いから外れ、山すそへ伸びていた。
遠くからでも煙が見える。
いくつもの煙突から黒い煙が立ち上り、金属を叩く音が風に乗って響いてくる。
町に近づくにつれ、空気が熱を帯びた。
鍛冶町は石壁に囲まれていた。
門番はトラックを見て槍を構えたが、ロウグが身を乗り出して叫ぶと、警戒が少し緩んだ。
「ロウグ商会の者です! 水車町からの修理依頼を運んできました!」
門が開く。
トラックが町へ入ると、通りの人々が一斉に振り返った。
鉄を扱う町の人間でさえ、トラックの車体には驚くらしい。
ある職人は、荷車を落としかけた。
ある子どもは、口を開けたまま追いかけてくる。
町の中心にある大きな工房で、誠司たちは鍛冶長に会った。
鍛冶長は背の低い、がっしりした老人だった。
白い髭を三つ編みにし、腕は誠司の太ももほど太い。
老人はトラックを一目見るなり、目を輝かせた。
「鉄の箱か」
ロウグが通訳する。
「この方は鍛冶長ガラン。腕は確かですが、気難しいです」
ガランは水車町の木札を受け取ると、ふんと鼻を鳴らした。
「またあの町は手入れを怠ったか」
ロウグが苦笑して訳す。
ガランは必要な部品を確認し、すぐに職人たちへ指示を飛ばした。
金具、釘、軸受けの補強。
作れる。
だが問題は時間だった。
「三日かかるそうです」
ロウグが言った。
誠司は顔をしかめた。
「三日?」
「普通なら早い方です」
水車町の応急処置が三日もつかどうか分からない。
誠司は工房の中を見た。
炉。
金床。
工具。
積まれた鉄材。
そして、水車部品に使えそうな金具の半完成品。
「全部新しく作る必要はあるのか?」
ロウグが訳すと、ガランが眉をひそめた。
誠司は身振りで説明する。
今必要なのは完璧な新品ではなく、応急処置を本修理に近づける部品。
まず一番傷んでいる部分を補強し、あとで残りを作る。
段階修理。
ガランはじっと誠司を見る。
職人としての誇りが傷ついたかもしれない。
だが誠司は引かなかった。
「水車が止まれば、パンが止まる。今いるのは最高品じゃなくて、今日動かす部品だ」
ロウグが訳す。
ガランはしばらく黙ったあと、にやりと笑った。
「分かっているじゃないか、鉄の箱の若造」
そこから工房の空気が変わった。
ガランは部品を三段階に分けた。
今日中に作る最低限の補強金具。
明日作る交換部品。
三日後に完成する本格修理用の部品。
誠司は帳面に書き込む。
水車町へ第一便、本日。
第二便、明日。
本修理便、三日後。
「配送が前提の修理計画ですね」
ロウグが感心したように言う。
「一度に全部運べないなら、分ければいい」
「それができるのは、あなたが毎日走れるからです」
その通りだった。
馬車なら、分けて運ぶほど時間と費用がかかる。
だが誠司のトラックは毎朝満タンになる。
定期的に走れる。
分割配送が成立する。
待っている間、誠司は荷台の品を売った。
鍛冶町では、冷たい水が大人気だった。
炉のそばで働く職人たちにとって、冷たい飲み物は衝撃だったらしい。
特にスポーツドリンクは、汗をかく鍛冶職人に喜ばれた。
ガランも一本飲み、目を見開いた。
「これは……鍛冶場の水だ」
ロウグが笑いながら訳す。
「気に入ったそうです」
ただし誠司は売りすぎない。
作業者優先。
本数制限あり。
独占なし。
それを説明すると、ガランはむしろ満足そうに頷いた。
「良い道具は、使いすぎると壊れる」
職人らしい言葉だった。
夕方、第一便の部品が完成した。
太い釘。
金具。
軸受けに当てる金属板。
そして、ガランからの修理指示を書いた木札。
誠司はそれらを丁寧に荷台へ積んだ。
炭や布、薬草、赤い実の対価として、鍛冶町からは工具も少し譲ってもらえた。
鉄のくさび。
丈夫なロープ。
大きめのハンマー。
「これは助かる」
誠司が本気で喜ぶと、ガランは満足そうに髭を撫でた。
町を出る前、ガランはトラックの側面を軽く叩いた。
金属音が響く。
彼は何かを呟く。
ロウグが少し笑いながら訳した。
「いつか、この鉄の箱の中身を見せろ、と」
誠司は即答した。
「駄目だ」
ロウグが訳すと、ガランは大笑いした。
「そのくらい用心深い方がいい」
夜道を、水車町へ戻る。
荷台には修理部品。
ヘッドライトが道を照らす。
助手席のロウグは、帳面を眺めながら言った。
「第一配送路から、水車町、鍛冶町。もうこれは小さな商会ですよ」
「商会じゃない。まだ個人営業だ」
「名前をつけた方がいい」
「名前?」
「人は名前のあるものを信じます。道にも、便にも、店にも」
誠司は少し考えた。
名前。
補充トラック配送。
満タン便。
異世界配送便。
どれもしっくりこない。
「考えとく」
そう言った時、水車町の明かりが見えた。
水車はまだ回っている。
だが音が弱い。
間に合った。
誠司はアクセルを少し踏み込んだ。
翌朝まで待たない。
必要なものは、必要な時に届ける。
それが配送だ。
水車町の職人たちが、トラックの到着を見て歓声を上げた。
部品が下ろされる。
ガランの指示木札が読まれる。
夜のうちに修理が始まる。
誠司はスポーツドリンクを配り、ヘッドライトで作業場を照らした。
火花が散る。
水音が響く。
金属が木に打ち込まれる。
深夜。
二番目の水車が、昨日より滑らかに回り始めた。
町に大きな歓声が上がる。
誠司はその音を聞きながら、荷台にもたれた。
疲れている。
だが、悪くない疲れだった。
帳面を開く。
そこには新しい文字が浮かんでいた。
第二配送路、仮登録。水車町―鍛冶町。
誠司は思わず笑った。
「仮、か」
まだ完全ではない。
だが、道はでき始めている。
そして、その下に小さく、もう一文。
名称未設定。
ロウグがそれを覗き込み、にやりと笑った。
「ほら、車も名前を欲しがっていますよ」
誠司は夜の水車を見ながら、深く息を吐いた。
確かに、そろそろ名前が必要なのかもしれない。
このトラックと、自分の仕事に。
第7話では鍛冶町が登場し、配送と修理計画が結びつきました。
一括納品ではなく分割配送できることが、トラックの強みとして見えてきます。
次回は配送業の名前決めと、初めての「正式な依頼受付」を描きます。




