第6話 水車町へ、粉を届けに
帳面に浮かんだ第二配送候補は、川下の水車町。
水車が止まり、小麦を挽けなくなった町では、パンが消えかけていた。
誠司は新しい配送先へ向かいます。
「パンが消える?」
田村誠司は、ロウグの言葉を聞き返した。
商人ロウグは、いつもの軽い笑みを消していた。
「川下に水車町があります。小麦を粉にする町です。そこが止まると、周辺の村は粉を得られない。粉がなければ、パンも粥も減る」
誠司は帳面を見る。
第二配送候補:川下の水車町。至急。
文字は確かにそこにある。
自分が書いたものではない。
だが、意味は分かる。
またトラックが、必要な配送先を示している。
「水車が壊れたのか?」
「水量が減ったのか、歯車が折れたのか、詳しくは分かりません。ただ、私の馬車では遅い」
ロウグは肩をすくめる。
「でも、あなたの鉄の車なら早い」
誠司は地図を広げた。
第一配送路の青い線。
その先、川を下る方向に、うっすらと新しい線が浮かんでいる。
まだ薄い。
行けば濃くなるのだろうか。
「積むべき荷は?」
ロウグは即答した。
「小麦。粉ではなく、小麦粒です。水車町に届けても、挽けなければ意味がない。逆に水車が直れば、すぐ粉にできます」
最初の村にも小麦はある。
隣村にも少しある。
水車町へ運べば、まとめて粉にできる。
そして粉を各村へ戻す。
誠司は頭の中で流れを描いた。
小麦を集める。
水車町へ運ぶ。
粉にする。
各村へ返す。
これは飲み物の販売ではない。
本格的な物流だ。
「分かった。まず村の小麦を集めよう」
その日、第一配送路はいつもより忙しくなった。
最初の村では、村長が倉から小麦袋を出してくれた。
大きな袋は重い。
誠司一人ではきついが、村の若者たちが手伝ってくれる。
荷台の飲料ケースを片側に寄せ、配送スペースを広げる。
小麦袋を積み、倒れないようにロープで固定する。
「重心、気をつけないとな」
舗装路ではない。
山道や川沿いの道で荷崩れすれば終わりだ。
誠司は何度も固定を確認した。
隣村では、女性村長がさらに小麦を出した。
代わりに、前回届けた塩や針の代金として、粉が欲しいと言う。
誠司は帳面に記録する。
隣村、小麦三袋。
粉で返却。
山の集落では、小麦は少なかった。
代わりに、乾燥した赤い実と薬草を預かった。
水車町で売れるかもしれない、とロウグが助言する。
「粉だけではなく、交易品も動かす。空荷で走らないことです」
「商人らしいな」
「空気を運ぶ馬車ほど無駄なものはありません」
誠司は少し笑った。
確かにその通りだ。
元の世界でも、帰り便の積載は大事だった。
空で戻るより、何かを運ぶ方がいい。
夕方前、トラックは川下へ向かった。
ロウグは馬車ではなく、今回は助手席に乗っていた。
本人が道案内をするためだ。
初めて助手席に人を乗せる。
誠司は少し落ち着かなかった。
「揺れるぞ」
「この速度で揺れ程度なら天国です」
ロウグは窓の外を見ながら、子どものように目を輝かせている。
「速い。実に速い。馬がいないのに走る。しかも荷が多い」
「燃料がある限りな」
「その燃料も朝には満ちるのでしょう?」
誠司はロウグを見た。
「そこまで聞いてるのか」
「商人は噂を食べて生きています」
ロウグはにこりと笑った。
「ただし、私は秘密を売る相手を選びます」
「信用していいのか?」
「完全にはしない方がいいでしょう」
正直な答えだった。
誠司は苦笑する。
「分かった。半分だけ信用する」
「商人相手なら、それで十分です」
川下へ進むにつれ、道は広くなった。
荷車の往来が多いのだろう。
だが、そのわりに人影は少ない。
途中の小さな集落では、粉が届かないせいか、パン屋らしき店の前に人が集まっていた。
ロウグが顔をしかめる。
「思ったより深刻ですね」
誠司は速度を上げた。
水車町に着いたのは、日が沈む少し前だった。
町は川沿いに広がっていた。
大きな水車が三つ。
そのうち二つは止まっている。
残る一つも、ぎこちなく回っていた。
川の流れはある。
だが、水車の音が弱い。
町の広場には、粉袋を抱えた人々が列を作っていた。
しかし列は進んでいない。
誠司のトラックが近づくと、町の人々が一斉に振り向いた。
ロウグが先に降り、町の役人らしき男と話す。
誠司は荷台を開け、小麦袋を確認した。
役人は最初、怪訝な顔をしていた。
だがロウグが説明すると、目の色が変わった。
「小麦を持ってきた。粉にできるか?」
ロウグが通訳する。
役人は苦い顔で水車を指差した。
「できない、と言っています。一番大きな水車の軸が傷み、二番目は歯車が割れ、三番目だけで細々と挽いているそうです」
誠司は水車を見る。
木製の巨大な歯車。
軸。
水を受ける羽根。
専門家ではない。
だが、機械の構造を見るのは嫌いではなかった。
自販機の内部も、補充員時代に何度も見ている。
詰まり、摩耗、ズレ。
壊れ方には理由がある。
「見せてもらえるか?」
ロウグが訳すと、役人は半信半疑ながら案内してくれた。
水車小屋の中は、木の粉と油の匂いがした。
歯車の一部が欠けている。
軸受けは擦り減り、滑りが悪くなっている。
水の力がうまく伝わっていない。
誠司は工具箱を取り出した。
スパナ、ハンマー、バール、結束バンド、養生テープ。
本格修理には足りない。
だが応急処置ならできる。
「完全には直せない。でも一晩くらい動かすだけなら……」
町の職人たちが集まってくる。
誠司は欠けた歯車に木片を当て、金具とロープで固定する方法を示した。
軸受けには、ロウグが持っていた油を使う。
緩んだ部分は締め直す。
町の職人たちは最初こそ怪しんでいたが、誠司が手を動かすとすぐに理解した。
彼らは職人だ。
言葉より構造で会話できる。
夜になる頃、二番目の水車がゆっくり動き出した。
ぎしぎしと不安な音を立てながらも、確かに回っている。
町の人々から歓声が上がった。
「今のうちに挽けるだけ挽く!」
ロウグが叫ぶ。
誠司が運んできた小麦袋が次々に運び込まれる。
水車が回る。
石臼が動く。
小麦が粉になる。
その白い粉を見た瞬間、町の空気が変わった。
飲み物を渡した時とは違う。
これは明日の食事そのものだ。
誠司は汗を拭いながら、荷台からスポーツドリンクを出した。
職人たちへ配る。
「作業者優先だ」
ロウグが訳すと、職人たちは笑って受け取った。
冷たい甘さに驚き、疲れた顔が少し明るくなる。
夜遅くまで粉挽きは続いた。
誠司はトラックのヘッドライトで水車小屋の前を照らした。
明かりがあるだけで作業効率が上がる。
町の人々は、その光にも驚いていた。
「あなたの鉄の車は、荷を運ぶだけではないのですね」
ロウグが隣で言った。
「たまたまだ」
「たまたまを仕組みにするのが商売です」
誠司は返事をしなかった。
だが、その言葉は胸に残った。
翌朝。
水車町の広場には、粉袋が積まれていた。
すべてではない。
だが、周辺の村へ返す分は確保できた。
誠司の荷台には、粉袋が積まれる。
最初の村へ二袋。
隣村へ三袋。
山の集落へ一袋。
さらに水車町からの依頼として、修理用の木材と金具を近くの鍛冶町から運んでほしいという話も出た。
新しい配送先だ。
誠司は帳面を開く。
そこには、また新しい文字が浮かんでいた。
第三配送候補:鍛冶町。水車修理部品。
誠司は空を見上げ、ため息をついた。
「次から次へと……」
だが、嫌ではなかった。
水車町の子どもが、焼きたてではないが久しぶりのパンを手に笑っている。
その顔を見れば、走る理由は十分だった。
誠司は運転席に乗り込む。
荷台には粉。
助手席には帳面。
後ろでは、水車がぎこちなくも回り続けている。
「配送先、追加だな」
トラックは川沿いの道を走り出す。
第一配送路は、もう三つの村だけでは終わらない。
粉を運び、部品を運び、町と村を繋ぐ。
異世界配送業は、少しずつ広がり始めていた。
第6話では水車町の危機を、輸送と応急修理で乗り越えました。
飲み物の価値だけでなく、トラックの積載力・速度・ライト・工具が活躍しています。
次回は鍛冶町へ。水車修理部品を求めて、職人たちとの交渉が始まります。




