第62話 水だけでは足りないもの
西方乾燥地帯への第一便は無事に終わった。
一本の冷たい水と、「また来ます」という約束。
その約束を守るため、満タン便は二度目の西方便へ向かう。
しかし誠司は、水を届けるだけでは解決できない現実を目の当たりにすることになる。
朝。
水車町の集荷所には、西方第二便の荷物が静かに並んでいた。
誠司は帳面を見ながら、一つ一つ積み込んでいく。
水。
スポーツドリンク。
薬草茶。
塩。
保存食。
包帯。
口布。
そして今回は、小さな木製の水桶を十個。
ロウグが不思議そうに尋ねた。
「桶ですか?」
「ああ。」
「向こうで水を運ぶのに使えるか見たい。」
「飲み水だけ運び続けても限界があるからな。」
荷台にはいつものように余白も残す。
何が必要になるか分からない。
そのための空間だった。
満宿へ着くと、建設はさらに進んでいた。
屋根の半分が完成し、井戸の周囲には石畳が敷かれている。
ガランは柱を叩きながら笑った。
「昨日の砂風でもびくともしなかったぞ。」
森の民は宿の裏へ風除けの低木を植えていた。
何年もかけて根を張る種類らしい。
「宿は今日だけじゃない。」
ミナが通訳する。
「十年先も守る。」
誠司は静かに頷いた。
その考え方が好きだった。
満宿から西へ。
目印柱は五本。
すべて異常なし。
新しい補給箱も誰かが使った形跡はない。
それが一番良かった。
「使われない備えが、一番いい。」
誠司は帳面へ記録する。
昼前。
西方第一集落へ到着した。
前回ほどの警戒はない。
子どもたちはトラックを見ると、小さく手を振った。
若い女性――名前はサーラというらしい――が笑顔で迎えてくれる。
「また来ました。」
片言だが、前回より共通語が増えていた。
誠司も笑う。
「約束だから。」
集落の長も現れ、静かに頷く。
今回は水だけではない。
薬草茶の飲み方。
塩の使い方。
保存食の保管方法。
ロウグとサーラが通訳しながら、一つずつ説明していく。
誰も急がない。
分からなければ、何度でもやり直す。
荷物を渡し終えた後、サーラが誠司へ声を掛けた。
「見て。」
案内されたのは集落の外れだった。
浅い井戸。
底には少しだけ水がある。
「雨、少ない。」
「だから水、運ぶ。」
誠司は井戸を覗き込む。
水はある。
だが、とても少ない。
集落の人々は朝早くから並び、少しずつ汲み上げている。
運ぶ距離も長い。
そこで誠司は持ってきた木桶を渡した。
しかし長は、困ったような顔をした。
サーラが訳す。
「桶は嬉しい。」
「でも……。」
「運ぶ人が足りない。」
誠司は言葉を失った。
道具があっても、人手がなければ意味がない。
水を運ぶ仕事は重労働だ。
若者は遠くの採石場へ働きに出ている。
村には老人と子どもが多い。
だから水を運びきれない。
「そういうことか……。」
水を届けるだけでは足りない。
桶を渡すだけでも足りない。
暮らし全体を見なければ、本当の問題は見えない。
午後。
誠司は集落を歩かせてもらった。
畑は小さい。
乾燥に強い作物だけが育っている。
家々の屋根には布が掛けられ、夜露を集める工夫がされていた。
一軒一軒が、少ない水を大切に使っている。
無駄遣いしている様子はない。
だからこそ、水不足は深刻だった。
その時、一人の少年が転んだ。
抱えていた水瓶が倒れる。
中の水が砂へ吸い込まれていく。
少年は泣きそうな顔で立ち尽くした。
誰も責めない。
ただ静かに残った水を集め始める。
誠司は胸が締め付けられた。
一本のペットボトルを差し出そうとして、手を止める。
今渡せば助かる。
でも、それでは明日も同じことが起きる。
必要なのは、その場しのぎではない。
続く方法だ。
誠司は少年の横へしゃがみ込み、木桶を指差した。
それから井戸までの道を見た。
荷車。
ロープ。
滑車。
頭の中で少しずつ形になる。
「運び方を変えれば……。」
ロウグが頷く。
「配送屋らしい発想ですね。」
帰る前。
誠司は長へ一つだけ約束した。
「次は、水を運びやすくする方法を考えてきます。」
サーラが通訳すると、長はゆっくり頭を下げた。
対価として渡されたのは、前回と同じ青い鉱石ではなかった。
小さな砂時計だった。
透明なガラスの中を、細かな白い砂が静かに落ちている。
サーラが言う。
「西では、約束の印。」
「砂が落ちたら、また会う。」
誠司は両手で受け取った。
「必ず来ます。」
帰り道。
満宿へ着く頃には夕日が西を赤く染めていた。
誠司は帳面を開く。
新しい文字が浮かぶ。
西方第一集落
継続課題を確認
・水運搬効率
・井戸保全
・人員不足
物資のみでは解決不可
「やっぱりな。」
誠司は苦笑した。
配送は万能じゃない。
荷物だけでは救えない暮らしもある。
だからこそ、知恵を運ぶ必要がある。
その夜。
第一配送者の記録が現れた。
私は水を運び続けた。
皆は喜んだ。
でも、私が来られない日は困っていた。
その時ようやく気付いた。
配送屋の仕事は、
「運び続けること」ではない。
「いつか運ばなくても困らなくすること」でもある。
誠司は静かに帳面を閉じた。
その一文は、今までで一番重く感じられた。
翌朝。
満タン便の荷台は、いつも通り満タンだった。
だが誠司が最初に帳面へ書き込んだ荷物は、水ではない。
滑車試作一式
荷車部品
丈夫なロープ
水を運ぶための道具。
暮らしを変えるための道具。
満タン便は今日も、物だけではなく「続けられる仕組み」を積んで、西への道を走り始めた。
第62話では、西方第一集落で「水不足」の本当の課題が明らかになりました。
問題は水そのものではなく、「水を運ぶ仕組み」が足りないことでした。
次回、第63話では、誠司の物流の知識を活かし、滑車・荷車・共同運搬による「水運びの改善計画」が始まります。物語は「物を届ける配送」から、「暮らしを支える物流」へとさらに一歩進んでいきます。




