第60話 帰るための道しるべ
西方街道で初めて経験した砂嵐。
満宿は完成前にもかかわらず、人々の命を守る避難所となった。
しかし砂嵐が去った後、誠司たちを待っていたのは、"道そのものが消える"という新たな問題だった。
砂嵐から二日後。
満タン便は朝早く水車町を出発した。
荷台には、これまでとは違う荷物が積まれている。
長い丸太。
白く塗られた木柱。
赤い布。
黒蔓札。
小さな鐘。
そして工具。
飲み物はいつも通り満タンだが、今日は配送よりも工事が目的だった。
誠司は運転しながら西の空を見る。
雲はない。
風も穏やかだ。
「今日は大丈夫そうだな。」
ロウグが帳面を確認する。
「砂嵐の危険は低いようです。」
満宿へ着くと、昨日までの景色とは少し違っていた。
宿の周囲には、まだ砂が吹き溜まっている。
兵士たちは朝から砂をかき出していた。
ガランは柱の傷を点検し、大工たちは屋根材を乾かしている。
誠司は荷台から木柱を降ろした。
一本の長さは大人二人分ほど。
先端は赤く塗られている。
「これが目印ですか。」
ロウグが尋ねる。
「うん。」
「砂に埋もれても見える高さが必要だ。」
さらに柱の上には、小さな木製の風向板を取り付ける。
風を受けるとゆっくり回る仕組みだ。
砂嵐の後でも、風向きが分かれば道を探しやすい。
「一本目は宿の前。」
誠司はスコップを握る。
北砦の兵士も、大工も手伝い始めた。
深く穴を掘る。
石を詰める。
柱を立てる。
ガランが鉄の留め具で固定する。
森の民は蔓を巻き、揺れを吸収するよう補強した。
「よし。」
誠司が柱を軽く押す。
びくともしない。
帳面へ記録する。
第一目印柱設置
すると地図の宿の位置へ、小さな白い印が灯った。
「見える……。」
ロウグが驚く。
帳面には柱まで表示されるようになっていた。
「次へ行こう。」
二本目は、倒れた石柱の近く。
三本目は、小さな岩山。
四本目は、古い井戸跡。
一本ずつ立てるたびに、帳面の地図へ白い点が増えていく。
まるで星座を結ぶようだった。
昼頃になると、西から旅人が二人歩いてきた。
荷物は少ない。
疲れ切った表情をしている。
彼らは立ち止まり、新しい目印柱を見上げた。
ロウグが話を聞く。
どうやら乾燥地帯の手前まで薬草採集へ行っていたらしい。
帰り道で砂嵐に遭い、一晩迷ったという。
「柱が見えて助かった。」
そう言っているらしい。
誠司は少し驚いた。
まだ四本しか立っていない。
それでも役に立った。
旅人たちは水を受け取り、満宿で少し休んでから帰っていった。
「これが道なんだな。」
誠司は小さく呟く。
荷物を運んでいなくても、人を帰らせることができる。
それも配送屋の仕事なのかもしれない。
午後になると、森の民が新しい提案をした。
ミナが地面へ絵を描く。
昼は柱。
夜は灯。
つまり、目印柱へ小さな灯火を付けるという案だった。
ガランが腕を組む。
「火事にならねえか?」
森の民は首を振る。
葉で覆う特殊な灯籠を持ってきた。
風には強いが、火は外へ漏れにくい構造だった。
北砦でも似た物を使っているという。
「試してみよう。」
宿の前の柱へ、小さな灯籠を取り付ける。
夕方。
火を灯す。
淡い光が、西風に揺れながら静かに輝いた。
遠くからでもよく見える。
「いいな。」
誠司は思わず笑う。
橋の灯。
中継所の灯。
そして街道の灯。
異世界へ来たばかりの頃は、水を渡すだけだった。
今は、帰る道まで届けている。
帳面が静かに光る。
街道目印柱 四基設置
夜間誘導灯 登録
西方旧街道 安全度上昇
さらに新しい項目が追加された。
推奨
柱間距離の統一
緊急補給箱の設置
「補給箱か。」
ロウグが頷く。
「水や包帯を少し置ければ、迷った人が助かります。」
誠司は帳面へ書き込む。
次の便で小箱を作ろう。
誰でも使えるように。
必要な時だけ使うように。
夕日が砂地を赤く染める頃、皆で立てた四本の柱は、一直線に並んでいた。
まだ短い。
だが確かに、西への道を示している。
帰る前、誠司は老人から預かった羊皮紙を取り出した。
そこには昔の街道が描かれている。
その上へ今日の柱を書き加えた。
「少しずつ近づいてるな。」
第一配送者が見た景色へ。
その夜。
帳面に記録が浮かぶ。
私は目印を石だけにした。
砂は石を隠した。
風は足跡を消した。
だから人は帰れなかった。
道とは地面にあるものではない。
人が見つけられる場所にあって初めて、道になる。
誠司は静かにページを閉じた。
翌朝。
満タン便の荷台には、新しい荷物が積まれていた。
木柱。
灯籠。
小さな補給箱。
そして、いつもの飲み物。
今日も満タン。
だが運ぶものは少しずつ変わっている。
今は西へ行くためではない。
誰も迷わず帰ってこられるように。
その一本一本の目印を運ぶために。
満タン便は朝日に照らされた街道を、ゆっくりと西へ向かって走り出した。
第60話では、西方街道へ「帰るための道しるべ」を設置しました。
この物語では、道は舗装ではなく「安心して帰れる仕組み」の積み重ねとして描いています。
次回、第61話では、西方街道で初めて正式な配送依頼が入り、いよいよ西方乾燥地帯への第一便が出発します。これは第一配送者が最後まで守ろうとした道を、誠司が受け継ぐ大きな節目となります。




