第51話 仮橋、最後の一本
雨季は終わりを迎え、各地の配送路は少しずつ通常運行へ戻り始めた。
しかし、リーベルへ続く仮橋だけは、いまだ大型車両の通行が禁止されたままだ。
満タン便は、長く続いた「受け渡し方式」に一区切りをつけるため、橋の本格復旧へ動き出す。
朝の水車町は、久しぶりに乾いた木の匂いがしていた。
町中では洗濯物が並び、子どもたちが走り回っている。
雨季の間は聞こえなかった笑い声が、町に戻ってきていた。
誠司は受付所へ向かう前に、いつものようにトラックの荷台を確認する。
飲み物は満タン。
ガソリンも満タン。
荷台には余白もある。
「今日も異常なし」
そう呟くと、ミナが帳面を抱えて駆け寄ってきた。
「リーベル」
帳面には新しい依頼が表示されていた。
仮橋本復旧作業開始
木材輸送依頼
鍛冶町製補強金具輸送依頼
作業員飲料補給依頼
「いよいよか。」
ロウグが静かに笑った。
「雨季の最後の仕事ですね。」
誠司は頷いた。
「いや。」
「たぶん次の季節の最初の仕事だ。」
満タン便は朝一番で鍛冶町へ向かった。
ガランはすでに作業を始めていた。
鍛冶場には、新しく鍛えられた鉄の金具が山積みになっている。
以前より形が違った。
木材を傷めにくく、雨水が抜けやすい構造になっている。
「改良したのか?」
ガランは腕を組んで笑った。
「前の橋で学んだからな。」
「水が溜まる場所を減らした。」
「長持ちする。」
誠司は金具を手に取った。
以前より少し軽い。
それでいて丈夫そうだった。
「いい仕事だ。」
ガランは照れ隠しのように鼻を鳴らした。
次は水車町の製材所。
大工たちが橋板を仕上げている。
雨季の間に乾燥させた木材だ。
「急いで切った木は使わない。」
親方が言う。
「ちゃんと乾かした木は長持ちする。」
誠司は思わず笑う。
「配送も同じだな。」
急ぎすぎた荷物は、どこかで無理が出る。
少し待つことで長く続く。
それは橋も同じだった。
昼前。
満タン便は仮橋へ到着した。
橋の両岸には、多くの人が集まっていた。
リーベル商会。
鍛冶町。
水車町。
北砦。
そして森の民まで来ている。
森の民は橋を作るわけではない。
だが木材を固定する丈夫な蔓を持ってきてくれた。
文化の違う者たちが、一つの橋を囲んでいる。
誠司はその光景を見て少し胸が熱くなった。
雨季の前なら考えられなかった。
作業は順調だった。
古い橋板を外す。
橋脚を確認する。
腐った部分を交換する。
ガランが金具を固定し、
大工たちが板を並べ、
北砦兵が資材を運び、
リーベル商会が食事を配る。
森の民は蔓で木材を締め上げる。
誠司は飲み物を配りながら、必要な資材を荷台から下ろしていく。
誰かが喉を渇かせればスポーツドリンク。
疲れた者には缶コーヒー。
熱中症になりそうな者には冷たい水。
今日は配送先が一つしかない。
橋だ。
昼過ぎ。
問題が起きた。
橋脚の一本に亀裂が見つかった。
雨季の増水で土台が削られていたのだ。
「ここを直さなければ意味がない。」
ガランが厳しい顔で言う。
橋板だけ新しくしても駄目。
土台が弱ければ、また流される。
作業は一時中断した。
誰も焦らなかった。
以前なら、
「とりあえず渡れるように」
と言ったかもしれない。
今は違う。
全員が理解している。
急いだ橋は、長く持たない。
誠司は帳面へ記録する。
橋脚補修追加
本日開通延期
すると帳面が光る。
判断:適切
「また延期か。」
誠司は苦笑した。
ロウグが笑う。
「最近、その表示ばかりですね。」
「急がない方が褒められる。」
「いい物流です。」
夕方。
橋脚補修は半分まで終わった。
今日はここまで。
満タン便は帰る準備を始める。
その時、エレナが誠司へ近づいてきた。
「商会からです。」
そう言って、小さな木箱を差し出した。
中には古びた真鍮の名札が入っていた。
表には小さく文字が刻まれている。
第一配送者
誠司の表情が変わる。
「……どこで?」
「橋の古い橋脚の隙間から見つかりました。」
雨季の増水で土が流れ、姿を現したらしい。
名札は錆びていた。
だが文字だけは読めた。
第一配送者。
帳面が突然強く光る。
ページが勝手に開く。
今までで一番長い記録が浮かび上がった。
私は橋を急いで渡った。
何度も。
一度も止まらなかった。
道が壊れても、
人が疲れても、
私だけは走れた。
だから気づかなかった。
道は私一人のものではない。
橋は皆で渡るものだった。
もし次に、この帳面を持つ者が現れたなら──
一人で道を背負うな。
誠司はしばらく動けなかった。
ロウグも。
エレナも。
ミナも。
誰も言葉を発しない。
やがて誠司は静かに名札を握りしめた。
「……受け取るよ。」
誰かを超えるためではない。
誰かの失敗を笑うためでもない。
続きを引き継ぐために。
水車町へ戻る頃には夕焼けが広がっていた。
雨季が終わってから初めて見る、大きな夕日だった。
帳面には新しい表示が浮かぶ。
第一配送者の遺品を確認
記録継承率 上昇
新規記録 解放準備中
誠司は静かに帳面を閉じた。
橋はまだ完成していない。
だが、一つだけ確かなことがある。
第一配送者は、失敗だけを残したわけではなかった。
失敗を繰り返さないための道も、残してくれていたのだ。
誠司はトラックの運転席へ乗り込む。
エンジンをかける。
今日も荷台は満タン。
そして、少しだけ未来へ進んでいた。
第51話では、仮橋の本格復旧と、橋脚から見つかった第一配送者の名札を描きました。
物語も折り返しを過ぎ、第一配送者の存在が少しずつ「謎」から「歴史」へ変わり始めます。
次回、第52話では、帳面に新たな記録が解放され、第一配送者がなぜ異世界へ来たのかという物語の核心へ、一歩近づいていきます。




