第50話 雨季で残ったもの
長かった雨季が明けようとしていた。
満タン便は、止めること、分けること、知らせること、余白を守ることを学んだ。
だが雨季が残したものは、改善だけではなかった。
雨が止んで三日目。
水車町の道は、ようやく乾き始めていた。
田村誠司は集荷所の前で、荷札を一枚ずつ確認していた。
雨季制限中の札。
分割便の札。
遅延連絡札。
黒蔓札。
葉形札。
盾形札。
ずいぶん増えた。
最初は水と飲み物を積んで走るだけだった満タン便が、今では札と規則だらけだ。
けれど、それは面倒が増えたというより、道が育った証拠だった。
ロウグが横に立ち、帳面を眺める。
「雨季前より、依頼は減っていませんね」
「むしろ増えてるな」
「ですが混乱は減っています」
誠司は頷いた。
それが大きい。
以前なら、依頼が増えれば荷台をいっぱいにして走った。
今は違う。
優先順位を付ける。
分ける。
遅れるなら知らせる。
危ないなら止める。
その仕組みがあるから、増えた依頼にも押し潰されずに済んでいる。
だが、問題が消えたわけではない。
午前中、リーベル受付所から拠点札経由で知らせが届いた。
雨季中の滞留荷、処理希望。
滞留荷。
雨季の間、後回しになっていた荷物だ。
香辛料。
布。
金具。
陶器。
書簡。
商用品が多い。
命に関わらないから後回しになった。
だが、持ち主にとっては大事な荷物だ。
「たまってるな……」
帳面に表示された一覧を見て、誠司は思わず呻いた。
ロウグは苦笑する。
「雨季が明けると、今度は滞留処理です」
「終わらないな」
「物流は終わりません」
正論だった。
誠司はすぐに全部を通常便へ戻さなかった。
まず、滞留荷を三つに分ける。
一、劣化しやすいもの。
二、契約期限があるもの。
三、急がないもの。
高価かどうかではない。
時間に弱いかどうか。
それを基準にする。
陶器は急がない。
香辛料は湿気に弱い。
書簡は内容による。
布は契約期限次第。
ロウグとエレナの協力で、リーベル側でも同じ分類をしてもらうことになった。
満タン便は、雨季明け最初の大仕事として、滞留荷整理便を始めた。
荷台には香辛料の小箱。
湿気を避けるため、布で包み直す。
水車町行きの薬草。
鍛冶町へ戻す金具見本。
山の集落への布。
そして、いつも通り余白。
もう、荷台を全部埋めることはしない。
リーベル方面の仮橋は、まだ完全復旧していない。
だが軽荷なら安定して渡せる。
満タン便は橋の手前で止まり、対岸から渡された小箱を受け取る。
以前なら、橋を渡れないことに苛立ったかもしれない。
今は違う。
橋を渡らなくても、荷物は届く。
その仕組みを雨季が教えてくれた。
水車町へ戻る途中、誠司は妙なことに気づいた。
帳面の地図に、薄い灰色の点が残っている。
雨季中に危険札を立てた場所だ。
通行止めを解除した場所も、まだ灰色のまま。
「これ、記録が残ってるのか」
ロウグが覗き込む。
「過去の危険箇所ですか?」
「たぶん」
これは便利だった。
雨季が終わっても、危なかった場所は忘れない方がいい。
来年また同じことが起きる可能性がある。
誠司は帳面に書いた。
雨季記録を保存。次季点検に使用。
すると文字が浮かぶ。
季節運行記録:登録
誠司は少し笑った。
「来年の俺に引き継ぎだな」
その言葉を口にした瞬間、少しだけ胸が引っかかった。
来年。
自分はまだこの世界にいるのだろうか。
元の世界へ帰る方法は、今も分からない。
満タン便の謎も、第一配送者の記録も、まだ途中だ。
だが、来年のために記録を残している。
それは、この世界で続ける前提の行動だった。
ロウグは何も言わなかった。
ただ、少しだけ誠司を見ていた。
夕方、水車町へ戻ると、ミナが集荷所で待っていた。
彼女は新しい札を作っていた。
雨粒の形をした札。
「雨季用か?」
ミナは頷く。
雨季に危ない荷物、雨季に優先する荷物、雨季に止める荷物。
そういう札らしい。
誠司は思わず笑った。
「気が早いな」
ミナは胸を張る。
早い方がいい。
そう言いたげだった。
その夜、帳面に第一配送者の記録が浮かんだ。
私は季節を記録しなかった。
雨が終われば、雨のことを忘れた。
そして次の雨で、同じ失敗をした。
誠司は静かにページを閉じた。
忘れないこと。
それも物流の仕事だ。
失敗も。
危険も。
遅れも。
助かった理由も。
全部を記録し、次へ渡す。
翌朝。
空は晴れていた。
水車町の屋根から、雨の雫が最後のように落ちている。
帳面には新しい表示が出ていた。
雨季運行総括:完了条件接近
残課題:仮橋本復旧、滞留荷処理、灰牙狼監視継続
誠司はハンドルを握った。
雨季は終わりかけている。
だが、雨季で生まれた仕事はまだ残っている。
満タン便は、今日も走る。
雨季が残した問題を、ひとつずつ片づけるために。
そして、次の雨で同じ失敗をしないために。
第50話では、雨季後の滞留荷と季節運行記録を描きました。
雨が終わっても、雨季の仕事は終わりません。
次回は仮橋の本復旧へ進みます。




