第48話 森の民からの正式依頼
北砦、満タン便、西方大森林の三者で、灰牙狼との境界線が作られた。
人の道、森の道、獣の道。
その約束が守られたことで、森の民は初めて正式な配送依頼を出す。
その朝、森入口受渡所から届いた木札には、いつもの葉形札とは違う紐が結ばれていた。
深い緑の蔓。
ミナがそれを見た瞬間、背筋を伸ばした。
「正式な依頼」
田村誠司は木札を受け取り、ロウグに渡した。
ロウグは慎重に読み上げる。
「西方大森林より満タン便へ。泉の回復祝いに必要な品を求む。鉄を使わぬ器、清い水、薬師の確認済み薬草袋、そして……冷たい甘い水、少量」
「冷たい甘い水?」
「スポーツドリンクか、甘い炭酸でしょうね」
誠司は少し笑った。
森の民も、あの味を覚えたらしい。
だが今回は商売ではない。
泉の回復祝い。
森の生活の中に入る荷物だ。
誠司は帳面を開き、慎重に書いた。
森正式便。祝い用。少量。鉄不使用。過剰販売禁止。
荷台には木の器、木箱、薬草袋、冷たい水、スポーツドリンクを数本だけ積んだ。
保冷区画には薬草袋。
ミナは当然のように助手席へ座った。
誠司も今回は止めなかった。
森との橋渡しに、彼女は欠かせない。
森入口受渡所に着くと、年長の女性だけでなく、多くの森の民が待っていた。
以前のような警戒は薄い。
ただし、距離は保っている。
信頼はできたが、馴れ合いではない。
それがちょうどよかった。
誠司は荷を一つずつ下ろした。
木の器。
薬草袋。
水。
そして甘い飲み物。
森の子どもたちが目を輝かせる。
ミナが胸を張って、飲み方を説明している。
甘い水は小さな木の杯に少しずつ分けられた。
森の民たちは一口だけ飲み、驚き、静かに笑った。
大騒ぎはしない。
だがその笑みは、これまでで一番柔らかかった。
年長女性が誠司に木札を渡す。
対価は森香実と、泉の水で育った薬草。
ただし、薬師確認後に扱うこと。
その条件まで添えられていた。
誠司は頷いた。
森側も、満タン便の規則を理解している。
一方的に渡すのではなく、互いに守る形になってきた。
その時、帳面が淡く光った。
西方大森林正式配送:初回完了
森入口受渡所:本登録条件達成
誠司は目を見開いた。
本登録。
つまり、仮ではなくなる。
帳面には続きが浮かぶ。
条件:共同管理、文化配慮、危険区域表示、過剰流通防止。達成。
そして。
西方大森林受渡所:本登録完了
ミナが何かを感じ取ったのか、嬉しそうに笑った。
森の民たちも、木々の間に新しい葉札を立てた。
それは満タン便の印ではない。
森と満タン便が共有する受渡所の印だった。
帰り道、誠司は少しだけ胸が軽かった。
西方大森林は、商都リーベルのように大きな利益を生む場所ではない。
北砦のように常に緊急でもない。
だが、最も慎重に繋いだ道だった。
だからこそ、本登録の文字が重い。
水車町へ戻ると、ロウグが感慨深そうに言った。
「森の民と正式取引できる商人は、そう多くありません」
「満タン便は商人じゃない」
「ええ。だからできたのでしょう」
その夜、第一配送者の記録が浮かんだ。
私は森と取引しようとした。
だが、森の速度を待てなかった。
信頼が育つ前に、荷を増やした。
森は扉を閉じた。
誠司は静かにページを閉じた。
待つこと。
少量で始めること。
相手の文化を守ること。
それが、第一配送者にはできなかったのだ。
翌朝。
帳面には新しい通常依頼が並んでいた。
森の器。
北砦の包帯。
漁村の干し魚。
リーベルの薬。
山の集落の塩。
どれも派手ではない。
だが、全部が道の上でつながっている。
誠司は運転席に乗り込んだ。
満タン便は今日も走る。
少しずつ、無理なく、相手の速度に合わせて。
それが長く続く道の作り方だった。
第48話では、西方大森林受渡所が正式登録されました。
森の民との関係は、急がず、増やしすぎず、文化を守ることで成立しました。
次回は、雨季終盤。各地の配送網が少しずつ通常へ戻り始めます。




