第43話 消えた中継所の灯
山道便は条件付き運行となり、満タン便は新たな運用を始めた。
止めるべき時は止める。続けられる条件を整える。
そんな中、北砦補給路から届いた一枚の札が、誠司たちを不安にさせる。
朝。
雨は少し弱まっていた。
だが空は厚い雲に覆われたままだ。
田村誠司は、いつものように帳面を開いた。
今日の予定。
北砦便。
中継所へ包帯、保存食、水。
そして、砦から依頼された鍛冶町宛ての修理部品。
運行自体は問題なさそうだった。
しかし、受付所へ走ってきたミナの表情が硬い。
手には盾形の木札。
北砦からの札だ。
誠司は受け取った。
そこには短い文章が書かれていた。
ロウグが読み上げる。
「昨夜、中継所の灯が見えなかった。確認を願う」
誠司は顔を上げた。
中継所の灯。
北砦補給路では、夜間や悪天候時の目印として、中継所の軒先に灯火を置いている。
北砦側からも、水車町側からも見える位置だ。
灯が消えているということは、何かあった可能性が高い。
「行こう」
満タン便はすぐに出発した。
荷台には通常の補給品に加え、予備の灯油、ランタン、板材、油布。
念のため工具箱も積む。
道はぬかるんでいた。
しかし以前より走りやすい。
各地に標識が整備され、危険箇所には札が立っているからだ。
途中、赤布の目印を確認する。
異常なし。
黒蔓札も増えていない。
だが、中継所が近づくにつれて、ミナの耳が落ち着かなく動き始めた。
「……変」
「何がだ?」
「静か」
誠司も気づいた。
確かに静かだ。
鳥の声が少ない。
風の音しか聞こえない。
中継所へ到着した瞬間、その理由が分かった。
灯台代わりの柱が倒れていた。
しかも自然に倒れたのではない。
根元が何かに強く押し倒されたように折れている。
「これは……」
誠司はすぐに周囲を確認した。
扉は閉まっている。
中へ入る。
補給物資は無事。
荒らされた様子もない。
しかし外壁に大きな傷が残っていた。
まるで巨大な爪で引っかいたような跡。
ミナが震える。
「大きい獣」
その時だった。
森の奥から遠吠えが聞こえた。
低く、重い声。
誠司は思わず外を見る。
木々の間。
一瞬だけ、大きな影が動いた。
すぐに消えたが、明らかに普通の獣ではない。
「魔物か……?」
ミナは首を振る。
「分からない。でも、怖い」
誠司は帳面を開いた。
文字が浮かぶ。
北砦補給路:大型生物活動増加
危険度:中
推奨:夜間運行停止
「大型生物?」
さらに文字が続く。
雨季による生息域変化の可能性
雨で住処が変わったのか。
あるいは食料を求めて移動してきたのか。
いずれにせよ、問題だった。
中継所は北砦便の要だ。
ここが危険になれば、補給そのものが難しくなる。
その時、北砦側からカイルたち兵士がやって来た。
彼らも傷跡を見て顔をしかめる。
カイルは地面を調べた。
「足跡、ある」
巨大な足跡。
狼に似ている。
だが大きすぎる。
兵士の一人が言った。
ロウグが訳す。
「灰牙狼かもしれない」
灰牙狼。
雨季になると山側から下りてくる大型の魔獣らしい。
普段は人里に近づかない。
しかし今年は異常気象が続いている。
森の汚染や雨季の影響もあるのかもしれない。
誠司は少し考えた。
「中継所を閉じるか?」
カイルは首を横に振る。
「必要」
補給は止められない。
ならば。
「条件付き運用だ」
誠司は決めた。
・夜間利用禁止
・単独利用禁止
・必ず二人以上で利用
・灯は高い位置へ移設
・非常用クラクション缶を追加
さらに、中継所の周囲へ赤布と黒蔓札を増設する。
危険区域を明確にするためだ。
北砦の兵士たちも協力した。
倒れた灯柱を立て直す。
今度は高さを上げる。
遠くからでも見えるように。
作業が終わる頃には夕方になっていた。
帰り際。
再び森の奥から遠吠えが聞こえた。
今度は二つ。
誠司は表情を引き締める。
「増えてるな……」
水車町へ戻ると、帳面が光った。
北砦中継所:条件付き運用開始
夜間利用停止
大型生物警戒中
その夜。
第一配送者の記録が浮かぶ。
私は獣を恐れていなかった。
恐れるべきは、異常を異常として扱わなくなることだった。
「いつものことだ」と言い始めた時、道は壊れ始める。
誠司は静かにページを閉じた。
中継所の灯が消えた。
それは小さな異変だった。
だが、その異変を見逃さなかったからこそ、今対策ができている。
満タン便は、異常に慣れない。
それが道を守ることにつながる。
翌朝。
受付所には新しい札が掛けられた。
北砦補給路:大型生物警戒中
夜間利用禁止
単独行動禁止
ミナは新しく狼の絵を描いた注意札を作っていた。
雨季はまだ終わらない。
そして、北砦方面では新たな問題が動き始めていた。
第43話では、北砦補給路の中継所で発生した異常と、大型生物の出現を描きました。
小さな異常を見逃さないことが、物流を守る第一歩になります。
次回は、北砦兵と協力して「灰牙狼」の行動範囲を調査します。




