第41話 余白を狙う者たち
雨季の満タン便は、緊急搬送のために荷台の余白を残すようになった。
だが、空きがあると知れば、それを狙う者も現れる。
山道の晴れ間、満タン便は初めて“余白”を奪われそうになる。
雨が止んだ朝だった。
山道便を出せるかもしれない。
田村誠司は帳面を確認する。
第一配送路:山道一時通行可
推奨:軽荷・午前中のみ
積む荷物は少ない。
山の集落への塩小袋。
布。
薬草。
それから水を数本。
いつも通り、荷台には余白を残してある。
雨季中は緊急搬送に備える。
それが満タン便の新しい規則だった。
ミナは助手席で山用の三角札を抱えている。
「今日は早く戻るぞ」
ミナは頷いた。
山道連絡箱を確認すると、山の集落からの受領札が入っていた。
塩、前便分受領。
次便、少量でよい。
誠司は少し安心する。
知らせは届いている。
道はまだ信じられている。
だが、崩落箇所の手前で異変があった。
倒木。
道の真ん中に、太い木が横たわっている。
自然に倒れたようにも見える。
だが位置が不自然だった。
誠司はトラックを止めた。
ミナの耳が立つ。
「人、いる」
その瞬間、茂みから男たちが出てきた。
三人。
雨具を着て、手には短い槍や斧。
盗賊というより、山道に慣れた荒くれ者たちだった。
男の一人が荷台を指差す。
ロウグがいないので言葉は完全には分からない。
だが意味は伝わる。
荷台を開けろ。
空きがあるなら乗せろ。
あるいは積ませろ。
誠司は首を横に振った。
「無理だ」
男たちは笑った。
一人が荷物袋を持ってくる。
中身は分からない。
だが急ぎでも救援でもないだろう。
満タン便が雨季中、荷台に余白を残していると聞きつけたのだ。
その空きを自分たちの荷に使わせようとしている。
ミナが低く唸る。
誠司は彼女を手で制した。
争えば危険だ。
だが、譲るわけにはいかない。
この余白は、誰かの命のために空けている。
金や脅しで埋めていい場所ではない。
男の一人が荷台へ近づいた。
誠司はクラクションを短く鳴らした。
バァン!
山道に音が響く。
男たちが一瞬たじろぐ。
誠司はその隙に、地面へ絵を描いた。
荷台の空き。
倒れた人。
子ども。
薬。
そして、余白に大きな丸。
「緊急用だ」
言葉は通じない。
だが、ミナが山の言葉で叫ぶ。
男たちは顔をしかめた。
それでも引かない。
一人が斧で倒木を叩き、通行料を要求するような仕草をした。
道を塞いで、満タン便を止めている。
誠司は深く息を吸った。
「分かった」
そう言って荷台を開ける。
男たちの顔が緩む。
だが誠司が取り出したのは、荷物を積むための空箱ではなかった。
黒蔓札。
通行止めの札。
それを道の手前に立てた。
さらに帳面を開き、書く。
山道:人為的障害発生。通行停止。
文字が光る。
地図の青い線が一時的に灰色になる。
誠司は男たちを見た。
「道を塞ぐなら、今日は運ばない」
ミナが訳す。
男たちの表情が変わった。
満タン便を脅せば得をすると思っていたのだろう。
だが、運行そのものを止められれば、山の集落も困る。
そして、その集落から男たちは責められる。
しばらく睨み合いが続いた。
やがて、山道の上から声がした。
山の集落の若者たちだった。
連絡箱を確認に来たらしい。
彼らは倒木と男たちを見て、すぐ状況を理解した。
怒声が飛ぶ。
男たちは不利を悟ったのか、荷物袋を持って森へ逃げた。
山の若者たちは倒木をどかすのを手伝ってくれた。
誠司は黒蔓札を外さない。
完全に安全確認が終わるまで、通行止めだ。
若者たちは頷いた。
以前なら、誠司はすぐ通ろうとしたかもしれない。
だが今は違う。
道を塞ぐ者が出た以上、再発防止が必要だ。
山の集落と相談し、山道連絡箱の近くに新しい札を設置した。
満タン便の余白は緊急用
私用荷は受付を通すこと
道塞ぎは運行停止
ミナが絵を描いた。
荷台の空きに、寝ている人の絵。
その上に守る印。
山の若者たちは真剣に見ていた。
山の集落に着いたのは昼前ぎりぎりだった。
塩小袋と布を届けると、集落の長が事情を聞き、深く頭を下げた。
「こちらでも見張る」と言っているらしい。
誠司は頷いた。
道は満タン便だけのものではない。
利用する人々も守らなければ続かない。
帰り道、崩落箇所は無事だった。
だが誠司の気持ちは重かった。
便利になると、善意だけでは済まなくなる。
空きがある。
なら使わせろ。
そう考える者も出る。
だから、余白にもルールが必要なのだ。
水車町に戻ると、ロウグが話を聞いて険しい顔になった。
「早めに規則化しましょう」
その日の夕方、満タン便受付所に新しい札が掛かった。
荷台余白は緊急搬送・救援用です
通常荷物は受付順・優先順位に従います
道を塞ぐ行為があった場合、その路線は運行停止します
町の人々は静かにそれを読んだ。
中には気まずそうな顔をする者もいた。
おそらく、同じことを少し考えた者がいたのだろう。
夜。
帳面に第一配送者の記録が浮かんだ。
私は空きを奪われた。
一度だけならと思った。
それから、空きはいつも誰かに予約された。
緊急の荷を積む場所はなくなった。
誠司はページを閉じた。
余白は、守らなければ消える。
それが今日の教訓だった。
翌朝。
帳面には新しい規則が記されていた。
満タン便規則十:余白にも用途を定めること。
誠司は静かに頷いた。
荷台の空きは、空いている場所ではない。
誰かを救うために取っておく場所だ。
満タン便は今日も、満タンの荷台に余白を積んで走る。
第41話では、荷台の余白を狙う者たちを描きました。
空きがあるから使っていい、ではなく、余白にも目的と規則が必要です。
次回は、この運行停止規則が波紋を呼びます。




