第4話 三つの村を結ぶ定期便
赤い印の先で山の集落を助けた誠司。
翌朝、地図には三つの村を結ぶ青い線が浮かび上がっていた。
それは偶然ではなく、最初の配送ルートの始まりだった。
翌朝、田村誠司は荷台ではなく、助手席の地図を見つめていた。
最初の村。
川沿いの隣村。
山の集落。
三つの場所を結ぶ青い線。
昨日まではなかった。
「ルート表示……ってことか?」
スマホのナビなら見慣れたものだ。
だが、これは紙の地図だ。
しかも異世界の村長が地面に描いたものを、あとから木札に写してくれた粗い地図にすぎない。
それなのに、青い線は妙にはっきりしていた。
まるで、この世界の方が配送ルートを認めたみたいだった。
誠司は荷台を開ける。
飲み物は満タン。
ガソリンも満タン。
昨日、山の集落で配った水も、獣避けに使った炭酸も、全部戻っている。
「よし」
怖さはまだある。
だが、今はそれ以上にやることがある。
三つの村を繋ぐ。
一回きりの救助ではなく、定期的に回る仕組みを作る。
それができれば、薬草も手紙も食料も、必要な時に動かせる。
誠司は山の集落の少女に、地面に三つの丸を描いて見せた。
ここ。
隣村。
最初の村。
そして、それぞれを線で繋ぐ。
さらに、太陽の絵を描き、一日ごとに指を動かした。
少女はじっと見つめ、やがて理解したように頷いた。
定期的に来る。
そう伝わったらしい。
集落の人々が集まってくる。
怪我をしていた男の熱は下がっていた。
まだ歩けないが、顔色は昨日よりずっといい。
男は寝床から身を起こし、誠司に深く頭を下げた。
誠司は慌てて手を振る。
「いい、いい。仕事だから」
言葉は通じない。
だが、少女が笑ったので、なんとなく伝わった気がした。
山の集落から預かった荷物は多かった。
干した赤い実。
薬草。
木彫りの小さな道具。
そして、隣村への手紙。
これまで孤立していたぶん、届けたいものが溜まっていたのだろう。
誠司は荷台の一角を空ける。
飲料ケースの間に荷物を直接置くと崩れる。
段ボールを仕切りにして、揺れにくい場所を作る。
「ここを配送スペースにするか」
飲料は毎朝戻る。
だが預かった荷物は戻らない。
壊したら終わりだ。
誠司は元の世界で使っていた養生テープを取り出し、段ボールを固定した。
異世界の人々は、その手際を不思議そうに見ている。
少女は特に興味津々で、テープを貼る音に耳を近づけていた。
誠司は少しだけテープを切り、少女の手の甲に貼って見せた。
少女は驚き、剥がして、また貼って、目を輝かせる。
「遊ぶなよ。貴重品なんだから」
そう言いながら、誠司も少し笑った。
山道を下る。
昨日より道が分かっているぶん、少し楽だった。
危険な石。
倒木の場所。
獣が出た森の影。
すべて頭に入れる。
「ここは徐行。ここはクラクション。ここは雨が降ったら無理だな」
配送に必要なのは、荷物だけではない。
道の記憶だ。
どこで止まるか。
どこで曲がるか。
どこが危ないか。
それを知っているだけで、次の配送は速く、安全になる。
昼前、隣村に着いた。
村長の女性は、山の集落からの手紙を見るとすぐに表情を変えた。
薬草を届けた結果が書かれているのだろう。
女性はほっとしたように胸を押さえ、誠司に頭を下げた。
誠司は山の集落から預かった赤い実と木彫りを渡す。
代わりに、隣村からは布、塩、薬草、そして小麦粉の袋を預かった。
「今度は山へ戻す分か」
片道ではない。
荷物が循環し始めている。
村人たちは、誠司のトラックをただの奇妙な鉄の箱としてではなく、村と村を繋ぐものとして見始めていた。
そこで誠司は、地面に大きく三つの丸を描いた。
山の集落。
隣村。
最初の村。
そして、矢印を順番につける。
山から隣村。
隣村から最初の村。
最初の村から山。
一周する線。
女性村長は興味深そうに見ていた。
誠司はさらに、太陽を三つ描いた。
三日に一度。
完全に伝わったかは分からない。
だが、女性村長はすぐに村人を呼び、何かを指示した。
木の板が用意される。
そこに村の文字で何かを書き始めた。
おそらく配送表だ。
誠司は思わず感心した。
「話が早いな」
言葉が通じなくても、仕組みは通じる。
決まった日に来る。
預ける荷物をまとめておく。
受け取る荷物を確認する。
それだけで、無駄が減る。
隣村では飲み物を十本だけ販売した。
水、スポーツドリンク、炭酸。
以前より反応は落ち着いている。
冷たい飲み物の衝撃はまだあるが、それ以上に村人たちは荷物の方へ関心を向けていた。
それが誠司には嬉しかった。
飲み物だけが価値ではない。
配送そのものに価値が生まれ始めている。
午後、最初の村へ向かう。
荷台には塩、小麦粉、布、薬草。
飲料ケースとは別の重みがある。
誠司は慎重に運転した。
途中、川沿いで荷車の男たちに再会した。
昨日ぬかるみから助けた二人だ。
男たちは誠司を見ると笑顔で手を振った。
そして、今度は自分たちから道の先を指差し、崩れかけた橋があることを身振りで教えてくれた。
情報もまた、配送の一部だ。
誠司は礼に水を一本渡そうとしたが、男たちは首を横に振り、代わりに乾いた木の枝を数本くれた。
橋を補強するために使え、という意味らしい。
「ありがたい」
誠司は受け取り、橋へ向かった。
確かに橋は危なかった。
荷車なら通れても、トラックでは不安がある。
誠司は枝と板を使い、簡単に補強する。
完全ではない。
だが今日通る分には耐えそうだった。
「ルート整備も仕事に入るな、これ」
走れば走るほど、問題が見える。
問題が見えれば、次に直せる。
物流は道を育てる。
誠司はそんなことを考えながら、ゆっくり橋を渡った。
最初の村に着いたのは夕方だった。
村長は誠司が持ち帰った荷物を見ると、目を丸くした。
隣村からの塩。
山の集落からの赤い実。
薬草。
木札の手紙。
村人たちは荷物の周りに集まり、ざわめく。
誠司は地面に三つの村を描き、ぐるりと線を引いた。
「定期便だ」
村長はその意味を理解したのか、何度も頷いた。
そして、村の倉から袋を持ってこさせた。
干し豆。
修理した農具。
隣村への返礼品。
山の集落へ渡す毛布。
また荷物が生まれた。
誠司は笑った。
「配送ルート一号、本格稼働だな」
その夜、村長の家の前で簡単な会合が開かれた。
三つの村の名前が木板に書かれ、預ける荷物、受け取る荷物、必要な品が整理される。
誠司は文字を読めない。
だが表の形は分かる。
元の世界の納品リストに似ている。
違うのは、そこに人の顔があることだった。
誰の薬か。
誰への手紙か。
どの家の毛布か。
荷物には、宛先だけではなく事情があった。
翌朝。
誠司は荷台を確認した。
飲み物は満タン。
ガソリンも満タン。
そして助手席の地図には、青い線が少し太くなっていた。
その線の横に、小さな文字が浮かんでいる。
読めないはずなのに、意味だけは分かった。
第一配送路。
誠司はハンドルを握り、深く息を吐いた。
「よし。今日も納品に行くか」
その時、村の入口から慌ただしい声が聞こえた。
見張りの男が走ってくる。
指差す先は、川沿いの道。
そこには一台の馬車が止まっていた。
荷台に大きな樽を積んだ商人風の男が、誠司のトラックをじっと見つめている。
男はにこりと笑い、深く頭を下げた。
その笑顔は、村人のものとは違っていた。
値踏みする者の笑顔だった。
第4話では、三つの村を結ぶ「第一配送路」ができました。
飲み物だけではなく、手紙・薬・塩・布などが動き始め、配送業らしくなってきました。
次回は商人の登場。物流に目をつける外部勢力との初交渉です。




