第33話 雨の中継所
川下漁村路では、満タン便が初めて本格的な通行止めを判断した。
雨季は始まったばかり。
次に確認すべきは、北砦補給路の中継所だった。
北砦へ向かう森道は、雨でまるで別物になっていた。
昨日まで固かった土は柔らかく沈み、枝葉から落ちる水滴がフロントガラスを叩く。
田村誠司はワイパーを動かしながら、慎重にハンドルを握っていた。
「視界が悪いな……」
助手席のミナは、盾形札と赤布を抱えて外を見ている。
後ろの荷台には、水、包帯、干し肉、缶コーヒー。
そして中継所補修用の板材と油布。
北砦補給路は、雨季でも完全には止められない。
砦が孤立すれば、街道全体が危険になる。
だが、無理に走るわけにもいかない。
そのための中継所だった。
森に入ってしばらくすると、最初の異常があった。
赤布の目印が落ちている。
雨で紐が緩んだらしい。
誠司はトラックを止め、ミナと一緒に降りた。
泥が靴に絡みつく。
「ここは付け直しだ」
ミナは頷き、赤布を木の高い位置に結び直す。
雨でも見えるよう、少し大きめの布に替えた。
帳面に書く。
北砦補給路:目印補修一件。
さらに進む。
中継所が見えた時、誠司は顔をしかめた。
屋根から水が漏れている。
扉も半分開いていた。
中に入ると、棚の下段が濡れていた。
幸い、薬と包帯は上段へ移してあったため無事だった。
だが干し肉の一部が湿気を吸っている。
「危なかったな」
ミナが悔しそうに耳を伏せた。
誠司は首を振る。
「前に上段へ移しておいたから助かった。点検の意味はあった」
二人で作業を始める。
屋根に油布をかぶせる。
隙間に板を打つ。
扉の蝶番代わりの革紐を締め直す。
中の棚を少し高くする。
床には石を敷き、荷物を直接置かないようにする。
雨の音が強くなる。
森の奥から、低い唸り声が聞こえた。
ミナが顔を上げる。
「獣」
誠司は手を止めた。
中継所の外。
木々の向こうに、灰色の影が動いている。
魔物か、ただの獣か分からない。
だが近い。
誠司はトラックに戻り、クラクションを短く鳴らした。
バン!
雨の森に音が響く。
影は一度止まり、ゆっくり離れていった。
「雨の日は音も届きにくいな」
誠司は炭酸缶を数本、中継所に置いた。
飲むためではない。
緊急時の威嚇用だ。
ただし、勝手に開けられると危ない。
ミナに絵で説明してもらい、盾形札の横に注意札を作る。
振って投げる。顔に向けない。子どもは触らない。
絵で描けば、文字が読めない者にも伝わる。
作業が終わる頃、砦側からカイルがやってきた。
雨具を着て、泥だらけになっている。
「中継所、大丈夫?」
「今直した」
カイルは中を見て、安心したように頷いた。
砦では、雨で巡回が減り、魔物の動きが読みにくくなっているらしい。
補給便は週二回から、天候次第に変更する必要があった。
誠司は帳面に書いた。
北砦補給路:雨季運行。晴れ間優先。荒天時は中継所止まり。
カイルは少し不安そうだった。
「砦、困る」
「完全には止めない。でも危ない日は中継所まで。砦側が取りに来られるなら、ここで受け渡す」
カイルは考え、頷いた。
砦側にも役割を持たせる。
満タン便だけが無理をしない。
それが続けるための仕組みだ。
帰り道、雨はさらに激しくなった。
誠司は速度を落とす。
何度かタイヤが滑った。
だが、無理に急がない。
水車町に戻ると、ロウグが待っていた。
「どうでした?」
「中継所は使える。ただし運行は減らす」
ロウグは頷いた。
「正しい判断です」
受付所には新しい札が掛かった。
北砦補給路:雨季中は天候運行。中継所受渡あり。
町の人々はそれを読み、不安そうにしながらも納得していた。
夜。
帳面に第一配送者の記録が浮かんだ。
中継所を作らなかった。
すべてを自分の車で届けようとした。
雨の日も、夜も、壊れた道も。
そして、戻れなくなった。
誠司はその文を見て、静かに息を吐いた。
満タン便は、走れる。
でも、走らない日があっていい。
途中で渡してもいい。
相手に取りに来てもらってもいい。
全部を自分で抱えないこと。
それが第一配送者との違いになる。
翌朝。
雨は少し弱まっていた。
帳面には新しい表示が出ている。
北砦補給路:雨季運行安定
中継所機能:有効
誠司は小さく頷いた。
そして、次の点検予定を見る。
仮橋水位上昇。確認推奨。
今度はリーベルへ続く仮橋だ。
雨季は、まだ始まったばかりだった。
第33話では、雨の北砦補給路と中継所の重要性を描きました。
満タン便だけが無理に走るのではなく、中継所で受け渡す仕組みができました。
次回はリーベル方面の仮橋。増水した川が試練になります。




