第34話 増水する仮橋
雨季が始まり、川下漁村路と北砦補給路では運行制限が始まった。
次に満タン便が確認すべきは、商都リーベルへ続く仮橋。
そこは一度、皆で繋ぎ直した大切な道だった。
仮橋へ向かう朝、雨は細く降り続いていた。
田村誠司はワイパー越しに灰色の空を見上げる。
帳面には、昨夜から警告が出ていた。
仮橋水位上昇。確認推奨。
商都リーベルへ続く橋。
一度落ち、満タン便が各地を繋いで復旧させた橋だ。
あれが流されれば、リーベル方面との配送はまた止まる。
荷台には木材、ロープ、金具、土嚢代わりの砂袋。
鍛冶町のガランから預かった補強具も積んでいる。
助手席にはロウグ。
ミナは水車町で留守番だ。
「増水しているなら、危険ですよ」
ロウグが言う。
「分かってる。見て、駄目なら止める」
「良い判断です」
「まだ見てもいない」
「以前なら、あなたはたぶん走りました」
誠司は苦笑した。
否定できなかった。
以前の自分なら、急ぎの荷があれば走ったかもしれない。
だが今は違う。
通れない道を通らないのも、配送屋の仕事だ。
仮橋へ着くと、川はかなり増水していた。
いつもより水面が高い。
濁った水が木の橋脚を叩いている。
橋そのものは残っている。
だが、安心できる状態ではなかった。
対岸にはリーベル商会の作業員たち。
こちら側には北砦の兵士と水車町の大工。
皆、険しい顔をしていた。
ガランも来ていた。
雨具を着ても腕の太さは隠せない。
彼は橋を見て、低く唸った。
ロウグが訳す。
「今なら補強できる。明日なら分からない、と」
誠司は頷いた。
「今日やる」
ただし、トラックは渡らない。
まずは歩行者と軽荷用の補強。
大型の荷馬車と満タン便の通行は一時停止。
それを決めると、リーベル商会の一部の者が不満を漏らした。
荷物が滞るからだ。
ロウグが対応する。
「橋が流れれば全部止まる。今日止めるのは、明日も使うためです」
誠司はその言葉を聞いて少し感心した。
商人らしいが、今は味方として頼もしい。
作業が始まる。
水車町の大工が木材を組み、ガランの金具で留める。
北砦の兵士がロープを張り、作業員が流されないよう支える。
リーベル商会は人手と食料を出す。
満タン便は、資材と飲み物を運び、作業者にスポーツドリンクを配った。
雨の中での作業は体力を奪う。
冷たい飲み物が良いのか迷ったが、作業者たちは汗をかいている。
少量ずつなら役に立った。
昼過ぎ、川の水位がさらに上がった。
橋の下流で流木が引っかかる。
このままでは橋脚に負担がかかる。
誠司はロープを持って駆け寄る。
北砦の兵士たちと協力し、流木を引き寄せ、岸へ流す。
危険な作業だった。
一歩間違えれば川に落ちる。
だが放置すれば橋が壊れる。
作業後、全員が泥だらけになった。
ガランが大声で笑う。
「配送屋が橋守りになったな」
ロウグが訳す。
誠司は息を切らしながら答えた。
「道がなきゃ配送できないからな」
夕方には、最低限の補強が終わった。
橋はまだ危うい。
だが完全に流される危険は少し下がった。
帳面を開く。
仮橋:大型通行停止
歩行・軽荷のみ可
満タン便通行不可
「不可、か」
誠司は静かに頷いた。
悔しいが、正しい。
橋が満タン便に耐えられないなら、渡らない。
代わりに、受け渡し方式に切り替える。
リーベル側の荷は対岸まで運んでもらう。
満タン便は水車町側で受け取る。
必要なら人力で橋を渡す。
量は減る。
速度も落ちる。
だが道は生きる。
その夜、仮橋の両側に新しい札が立てられた。
大型通行止め
軽荷受渡所
雨季中、満タン便は橋を渡りません
リーベル商会の若い商人が不満そうに言った。
「満タン便なら渡れるのでは?」
ロウグが訳す。
誠司は首を横に振った。
「渡れるかもしれない。でも、渡らない」
「なぜ?」
「一度渡れたら、次も渡れと言われる。限界を無視する道になる」
ロウグが訳すと、周囲は黙った。
ガランが満足そうに頷く。
「良い判断だ」
その夜、帳面に第一配送者の記録が浮かんだ。
私は一度だけ無理をした。
成功した。
だから皆が次も求めた。
そして二度目で橋は落ちた。
誠司はページを閉じた。
一度の成功が、悪い前例になることがある。
だから、できることと、やっていいことは違う。
翌朝。
雨はまだ止まない。
仮橋の水位は高いままだった。
だが受渡所は動き始めていた。
リーベル側から薬箱が人力で渡される。
こちら側で満タン便が受け取る。
水車町からの粉袋は、軽く分けて橋を渡す。
大きな荷物は後回し。
不便だ。
だが止まってはいない。
帳面に文字が浮かぶ。
仮橋受渡方式:有効
雨季物流維持
誠司は少しだけ笑った。
速くなくていい。
派手でなくていい。
流れが細くなっても、途切れなければいい。
満タン便は今日、橋を渡らなかった。
それでも、荷物は届いた。
第34話では、リーベル方面の仮橋を雨季仕様へ切り替えました。
「渡れるかもしれない」ではなく「渡らない」と決めることが、道を守る判断になります。
次回は、細くなった物流の中で発生する“優先順位争い”を描きます。




