第21話 西方大森林への積荷
第一部完結から第二部へ。
満タン便の帳面が示した新たな目的地は、西方大森林。
そこは人の街道が途切れ、古い森の民が暮らす未知の領域だった。
翌朝、帳面にはまだ同じ文字が浮かんでいた。
新規方面候補:西方大森林
田村誠司は腕を組む。
「森か……」
ロウグが横から言った。
「西方大森林は、普通の商人なら避けます」
「理由は?」
「道が悪い。魔物が多い。森の民との交渉が難しい」
「三拍子そろってるな」
ミナは逆に目を輝かせていた。
森。
未知の場所。
新しい荷物。
彼女にとっては冒険なのだろう。
だが誠司は慎重だった。
満タン便は万能ではない。
第20話でそれを決めたばかりだ。
無理に広げれば壊れる。
だから今回は、いきなり本格配送路にはしない。
「調査便だ」
帳面に書く。
西方大森林調査便。少量積載。危険時撤退。
荷台には水、スポーツドリンク、薬、包帯、保存食。
保冷区画には薬のみ。
商売品は積まない。
ロウグが少し残念そうにする。
「交易品は?」
「初回はなし」
「森の民は珍しい品を好みますよ」
「だからこそ、最初に売り込まない」
ロウグは肩をすくめた。
「賢明です」
水車町を出て西へ向かう。
最初は畑道。
次に草原。
やがて道は細くなり、木々が増えた。
昼過ぎには、前方に巨大な森が見えた。
普通の森ではない。
木が高い。
幹が太い。
枝が空を覆い、森の入口だけで夜のように暗い。
カイルがいない代わりに、今回はミナが助手席に座っている。
彼女は緊張しながらも、耳を澄ませている。
森へ入る前、誠司はトラックを止めた。
「ここからは慎重に行く」
ミナが頷く。
森の道は、ほとんど獣道だった。
枝が車体をこする。
地面は柔らかく、タイヤが沈む場所もある。
誠司は何度も降りて確認しながら進んだ。
「これは定期便には向かないな……」
その時、前方の木に矢が刺さった。
誠司はブレーキを踏む。
ミナが鋭く森の奥を見る。
木々の間から、人影が現れた。
耳が長い。
弓を持っている。
エルフ、という言葉が誠司の頭に浮かんだ。
森の民だ。
彼らは警戒している。
誠司は両手を上げた。
敵意はない。
荷台から水を一本取り出し、地面に置く。
それから一歩下がる。
森の民の一人が近づき、瓶を拾った。
冷たさに驚く。
だが飲まない。
慎重だ。
年長らしい女性が現れた。
彼女は誠司を見て、トラックを見て、低い声で何か言った。
ミナが少しだけ言葉を理解できるらしい。
片言で誠司に伝える。
「森、入るな。鉄、嫌い」
「だろうな」
誠司は頷いた。
無理に入らない。
地面に絵を描く。
水。
薬。
困った人。
届ける。
そして、森の入口を指差し、そこで止まる絵を描く。
森の奥へは行かない。
入口まで届ける。
女性はじっと絵を見ていた。
やがて、森の奥へ合図する。
しばらくして、若い森の民が一人、怪我人を連れてきた。
腕に深い切り傷がある。
誠司は薬と包帯を出した。
治療は彼ら自身に任せる。
薬を渡すだけ。
森の民の女性は、誠司の対応を見て少し警戒を緩めた。
ロウグがいれば交渉が早かったかもしれない。
だが、いないからこそ商売臭さが薄れたのかもしれない。
治療が終わると、女性は小さな木の実の袋を差し出した。
対価だ。
誠司は受け取る。
そして水を数本だけ置いた。
売りすぎない。
入りすぎない。
初回はそれでいい。
帰り際、女性が木の板を渡してきた。
そこには森の印が刻まれていた。
ミナが言う。
「また来い。でも、奥はだめ」
誠司は頷いた。
「十分だ」
森を出ると、帳面が淡く光った。
西方大森林:接触成功
森入口仮受渡所:候補登録
誠司は少し笑った。
「まずは入口からだな」
水車町へ戻る途中、ミナが木の実を一粒食べようとしたので、誠司は慌てて止めた。
「毒かもしれないだろ」
ミナは不満そうだった。
その夜、ロウグに木の実を見せると、彼の目の色が変わった。
「これは森香実です。高級薬材ですよ」
「売るなよ」
「言われると思いました」
誠司は帳面に書いた。
森との取引は薬・救援優先。高額品目的の乱入禁止。
西方大森林は、新しい商売の場ではない。
まずは信頼を作る場所だ。
翌朝。
帳面に新しい依頼が浮かんだ。
森入口仮受渡所より依頼:冷たい水、薬、鉄を使わない道具。
誠司は少し考え、ロウグを見る。
「鉄を使わない道具って何がある?」
ロウグは笑った。
「木工職人の出番ですね」
満タン便の第二部は、森の入口から静かに始まった。




