第17話 商都リーベルからの正式依頼
川下の漁村との保冷輸送試験に成功した満タン便。
その直後、まだ未接続だった商都リーベルから正式依頼が届く。
大きな町との接続は、満タン便にとって新たな転機となる。
赤い紐の木札を前に、田村誠司はしばらく黙っていた。
至急。リーベル商会より正式依頼。
ロウグの表情も硬い。
普段なら商機を見つけてすぐ笑う男が、今は慎重な顔をしている。
「まずい依頼なのか?」
誠司が尋ねると、ロウグは木札を読み直してから答えた。
「まずい、というより大きすぎます」
「内容は?」
「リーベル商会の荷が、街道の途中で止まっています。護衛はいるが、橋が落ちて馬車が進めない。積み荷は薬と保存食。届け先は北砦方面の避難村」
「避難村?」
「魔物の群れを避けて、北の村人たちが一時的に集まっている場所です」
誠司は帳面を開いた。
北砦補給路。
中継所。
水車町。
その先に、まだ薄い線が伸びている。
リーベル方面。
未接続。
「つまり、リーベルへ行くんじゃなくて、リーベルの荷を拾いに行くのか」
「そうです。向こうから道が詰まった。そこを満タン便で繋げ、という依頼ですね」
誠司は深く息を吐いた。
大きな町に入るよりはましだ。
だが、大商会の正式依頼。
失敗すれば、満タン便の名前は悪い意味で広がる。
ミナが心配そうに誠司を見る。
カイルも北砦から来た伝令として待機している。
避難村に薬と保存食が届かなければ、困る人が出る。
迷う時間は少なかった。
「受ける。ただし条件がある」
ロウグが頷く。
「村と砦の緊急便を優先。リーベル商会の荷は必要分だけ。独占契約はしない。ですね?」
「よく分かってるな」
「あなたならそう言うと思いました」
誠司は帳面に書いた。
臨時接続便:リーベル商会荷受取。避難村向け。独占不可。必要量優先。
文字が紙に染み込む。
そして新しい線が、北砦補給路の先へ少しだけ伸びた。
目的地は、落ちた橋の手前。
満タン便は出発した。
荷台には水、スポーツドリンク、薬師の薬、包帯。
空きスペースは広く取ってある。
リーベル商会の荷を積むためだ。
助手席にはカイル。
ロウグは今回は同行する。
リーベル商会との交渉役が必要だからだ。
ミナは留守番。
受付所で荷物の仕分けを任された。
不満そうだったが、誠司が「満タン便を守る大事な仕事だ」と伝えると、渋々ながら胸を張った。
北砦補給路を進む。
中継所を越え、さらに北西へ。
道はだんだん悪くなる。
しばらく進むと、川の音が大きくなった。
そして橋が見えた。
いや、橋だったものが。
木の橋は中央で崩れ、川に落ちていた。
対岸には馬車が三台。
護衛と商人たちが困り果てている。
誠司のトラックが近づくと、対岸から大きな声が上がった。
リーベル商会の旗。
エレナの紋章と同じもの。
ロウグが川岸で叫び、向こうと話す。
橋は完全に落ちている。
トラックも渡れない。
だが川は浅い場所がある。
少し上流に、石の多い浅瀬。
馬車は無理でも、荷物を人力で渡すことはできそうだった。
「積み替えだな」
誠司は言った。
ロウグが訳す。
商会側はすぐ動いた。
薬箱と保存食の袋を優先する。
重い品や急がない品は後回し。
誠司は川岸に臨時の積み替え場を作った。
水に濡らしてはいけない薬は、布で包む。
保存食は袋ごと運べる。
護衛たちが川を渡り、荷物を担いでくる。
カイルも手伝う。
誠司は荷台で受け取り、棚に積む。
薬は保冷区画へ。
保存食は下段へ。
水と飲み物は別区画。
作業は思ったより時間がかかった。
途中、川で足を滑らせる者もいた。
誠司はロープを張り、渡る人が掴めるようにした。
トラックに積んでいたロープが役に立つ。
ようやく必要分を積み終えた頃、対岸の商人が大声で何かを言った。
ロウグが眉をひそめる。
「全部運べと言っています」
「無理だ」
「分かっています。ですが、向こうは高額商品も積んでいる。薬よりそちらを優先したい者もいるようです」
誠司は一瞬だけ腹が立った。
避難村へ行く薬と保存食。
それより高い商品。
商人なら当然の考えかもしれない。
だが満タン便の優先順位は違う。
「薬と食料が先だ。それ以外は橋が直ってから」
ロウグが強い口調で訳す。
対岸で揉める声がした。
その時、一人の女性が前へ出た。
エレナだった。
中継所で保護した、リーベル商会主の娘。
彼女は対岸から深く頭を下げた。
そして、他の商人たちを一喝した。
ロウグが少し驚いた顔で訳す。
「エレナ様が、満タン便の判断に従え、と」
誠司は小さく頷いた。
助かった。
大商会内部にも、話の分かる人間がいる。
荷積みを終え、誠司は運転席に戻る。
避難村は北砦のさらに手前、古い牧草地にあるらしい。
カイルの案内で道を進む。
夕方、避難村に着いた。
そこは村というより、仮設の集まりだった。
布の屋根。
壊れた荷車。
焚き火。
疲れ切った人々。
子どもたちは腹を空かせ、老人は咳をしている。
満タン便が到着すると、最初は警戒された。
だがカイルが北砦の印を見せ、ロウグがリーベル商会の荷だと説明すると、人々は一斉に集まった。
誠司は荷台を開けた。
保存食。
薬。
水。
スポーツドリンク。
配布は避難村のまとめ役に任せる。
奪い合いを避けるためだ。
薬師が薬箱を見て涙ぐんだ。
子どもが水を飲んで、驚いた顔をする。
老人がスポーツドリンクを少し飲み、息をつく。
届けた。
今回も、間に合った。
夜。
避難村の外れで、誠司は帳面を開いた。
新しい文字が浮かんでいた。
臨時接続成功。リーベル方面接続率上昇。
さらに。
新規課題:橋梁復旧
誠司は苦笑した。
「今度は橋か」
ロウグが横から覗き込み、頷いた。
「物流は橋に泣かされます」
「分かってる」
橋がなければ道は繋がらない。
満タン便だけで運べる量には限界がある。
商都リーベルと本格的に繋がるには、橋を直さなければならない。
翌朝。
荷台は満タン。
ガソリンも満タン。
だが、避難村の人々が必要としているものは、まだ満タンではない。
食料も薬も、足りない。
そして橋の向こうには、まだ荷が残っている。
誠司はハンドルを握った。
「まずは橋を直す準備だな」
カイルが頷く。
ロウグは商人らしく笑う。
「鍛冶町と水車町の職人を呼びましょう。満タン便の出番です」
誠司は空を見上げた。
商都リーベルへの道は、思ったより大きな仕事になりそうだった。
第17話ではリーベル商会の正式依頼を受け、橋の崩落地点で荷を積み替え、避難村へ届けました。
満タン便の次の課題は「橋の復旧」。
次回は水車町・鍛冶町・北砦を巻き込んだ、初めての大規模共同作業になります。




