第12話 砦補給路を作れ
北の砦へ緊急配送を行い、負傷兵リオを水車町へ搬送した誠司。
次に必要なのは、一度きりの救援ではなく、砦へ定期的に補給を届ける仕組みだった。
北の砦への依頼は、緊急ではなくなった。
だが、消えたわけではない。
水車町の受付所には、砦行きの荷物が少しずつ集まり始めていた。
包帯。
薬草。
干し肉。
塩。
矢羽根。
修理用の革紐。
そして、缶コーヒー十本。
誠司は最後の品目を見て苦笑した。
「完全に夜勤用だな」
ロウグが帳面を覗き込み、笑う。
「砦の兵士たちの間で、眠気を追い払う黒い水として評判だそうです」
「黒い水……まあ間違ってはいないけど」
問題は、砦への道だった。
魔物が出る。
道が悪い。
片道だけでも神経を使う。
毎回緊急便のように走っていたら、いずれ事故を起こす。
誠司は帳面に新しい項目を書いた。
北砦補給路整備案
やることは三つ。
危険地点の確認。
休憩地点の確保。
砦との定期便化。
「道を作るのですか?」
ロウグが尋ねる。
「作るというより、使える道にする。倒木をどかす。目印を置く。危ない場所を記録する」
「それだけでも価値がありますね」
「配送は、走る前の準備が半分だからな」
その日の満タン便は、荷物を積むだけでなく、木杭と赤い布も積んだ。
鍛冶町のガランから借りた丈夫なハンマーもある。
危険箇所に目印を置くためだ。
助手席にはカイルが座った。
砦の若い兵士で、前回も道案内をした男だ。
彼はもうシートベルトに慣れたらしく、自分でぎこちなく留めていた。
「慣れるの早いな」
カイルは少し誇らしげに胸を張った。
水車町を出て北へ向かう。
森に入る前、誠司は最初の目印を打った。
赤い布を結んだ木杭。
ここから砦道。
次に、ぬかるみやすい場所。
大きな石がある場所。
魔物が出た場所。
一つずつ印を残していく。
カイルも真剣に手伝った。
彼は兵士だが、道作りには慣れていない。
それでも、砦を守るために必要だと分かっているのだろう。
昼過ぎ、問題の森に入った。
誠司は速度を落とす。
助手席のカイルが耳を澄ます。
魔物の気配はない。
だが、壊れた荷車が残っている場所で、誠司はトラックを止めた。
「ここを片づける」
荷車の残骸は道幅を狭めていた。
急いで通る時に引っかかれば危険だ。
二人で木片をどかし、使えそうな板を脇に積む。
誠司は板に赤い布を結び、簡単な警告板にした。
「ここ、襲撃跡。警戒」
カイルが砦の文字で書き足す。
言葉が二つ並ぶ。
満タン便の文字と、この世界の文字。
少しずつ、道が共有物になっていく。
砦に着いたのは夕方前だった。
門の上から兵士たちが手を振る。
前回より明るい。
補給が来ると分かっている顔だった。
荷台を開けると、兵士たちが整列する。
水。
スポーツドリンク。
缶コーヒー。
薬。
包帯。
干し肉。
塩。
誠司は帳面を見ながら一つずつ渡した。
隊長は缶コーヒーの箱を見て、珍しく表情を緩めた。
「夜番が喜ぶそうです」
カイルが訳す。
誠司は言った。
「飲みすぎ注意だ。眠れなくなる」
カイルが訳すと、兵士たちが笑った。
その後、砦の会議室で補給路の話し合いが行われた。
隊長、カイル、ロウグの代理として来た商会の若者、そして誠司。
地図の上に、誠司は今日打った目印の位置を書き込んだ。
砦側からも情報が出る。
魔物が出やすい沢。
雨で崩れる坂。
休める古い番小屋。
それらを線で繋いでいく。
「週二回なら走れる」
誠司は指を二本立てた。
「通常補給は週二回。緊急時は赤い紐の木札」
隊長は頷いた。
砦側は、毎回護衛兵を一人同行させることになった。
さらに、森の中間にある古い番小屋を補給中継所として整備する。
そこに水と包帯を少し置く。
魔物に襲われた旅人の避難にも使える。
誠司は帳面に書いた。
北砦補給路:仮登録
すると文字が淡く光り、紙の上に新しい線が浮かんだ。
水車町から北砦へ。
途中に小さな点。
中継所。
隊長もカイルも、その光景に目を見開いた。
誠司は慌てて帳面を閉じた。
見せすぎた。
だが、もう遅い。
隊長はしばらく黙ったあと、低く言った。
カイルが訳す。
「その帳面も、あなたの鉄の車の一部なのか、と」
誠司は少し迷い、正直に答えた。
「分からない。でも、必要な道を示す」
隊長は頷いた。
「ならば、その道を守るのは我らの役目だ」
その言葉に、誠司は少し救われた。
全部を自分だけで背負わなくていい。
満タン便が走る。
砦が守る。
町が荷を集める。
村が待つ。
仕組みは、誰か一人の力ではなく、役割でできていく。
夜、砦に泊まることになった。
兵士たちは缶コーヒーを少しずつ分けて飲み、眠気に耐える番兵がありがたそうにカップを握っていた。
誠司は城壁の上から森を見た。
暗い。
怖い。
だが、そこに道ができつつある。
翌朝。
荷台は満タン。
ガソリンも満タン。
そして帳面には、新しい規則が浮かんでいた。
満タン便規則三:危険路には中継所を置くこと。
誠司は静かに頷いた。
「その通りだ」
砦からの帰り道、カイルと数人の兵士が同行し、中継所の整備を始めた。
古い番小屋の扉を直し、水と包帯を置き、赤い布の目印を立てる。
誠司は荷台から水を数本下ろした。
毎朝補充される水。
だが、ここに置いた水は戻らない。
誰かが使えば減る。
だから意味がある。
中継所の棚に水が並ぶと、カイルが小さく笑った。
「ここ、命の場所」
片言でそう言った。
誠司は頷いた。
「そうだな。命の場所だ」
水車町へ戻ると、受付所の看板の横に新しい札が増えた。
北砦補給便:週二回
町の人々がそれを見上げている。
砦が守られれば、街道も守られる。
街道が守られれば、物流が続く。
物流が続けば、町も村も食べていける。
満タン便の役割は、また少し広がった。
その夜、ロウグが戻ってきた。
彼は札を見て、満足そうに言った。
「これで満タン便は、村の便利屋から地域の血管になりましたね」
「大げさだ」
「いいえ。血が流れなければ、体は死にます。物が流れなければ、土地も死にます」
誠司は返事をしなかった。
だが、その言葉は胸に残った。
翌朝。
帳面に、新しい依頼が浮かんでいた。
北砦中継所より救援要請。旅人三名、保護中。食料不足。
誠司は顔を上げた。
中継所が、さっそく役に立った。
そして満タン便の次の仕事が始まる。
第12話では北砦補給路ができました。
危険な道に中継所を置き、砦・町・満タン便が役割を分担する形になりました。
次回は中継所で保護された旅人たち。満タン便の噂が、さらに遠くへ広がっていきます。




