第118話 帰着を教える便
田村誠司が日本で四千二百十八回、仕事を終えて戻っていた配送拠点。
その帰着受入系統――SR-01は、水車町配送所へ引き継がれました。
しかもSR-01が作られた目的は、
「田村誠司が、帰る方法を覚えるため」
誠司が配送の仕事を始めるより前から、用意されていたというのです。
けれど誠司は、すぐに「誰が自分を仕組んだのか」とは考えません。
まず確認するのは。
自分はいったい、何を「帰る方法」として覚えてきたのか。
そしてそれは、次の運転者にも渡す価値のある手順なのか。
「作成者探しは、あとにします」
朝。
水車町運行安全受付所。
誠司は。
SR-01の記録を閉じた。
ロウグが尋ねる。
「気にならないんですか」
「気になります」
「なら」
「先に中身です」
誰が。
何のために。
誠司が働き始める前から。
帰着受入系統を用意したのか。
それは重要だった。
だが。
SR-01は。
四千二百十八回。
実際に誠司の帰着へ使われている。
もし。
その中に。
危険な手順。
強制。
誤った記録。
そうしたものがあれば。
作成者より先に。
知る必要がある。
「帰る方法って」
ガランが言う。
「車庫へ戻るだけじゃないのか」
誠司は。
日本で毎日していたことを。
思い出しながら書いた。
帰着
一、所定位置へ停止
二、駐車状態確認
三、車両異常確認
四、残荷・未配達・回収品確認
五、鍵・端末・帳票返却
六、事故・異常報告
七、運転者状態確認
八、翌運行への未処理事項引継ぎ
ロウグが。
紙を見る。
「水車町で作った手順と、かなり同じですね」
車両返却所。
安全受付。
返送受入。
運行者一時帰着所。
役目札。
二枚札。
違う場所で。
別々に必要となって。
一つずつ作った。
だが。
並べれば。
誠司が日本で毎日していた終業手順に近い。
「俺が知っていたから」
誠司が言う。
「作るときも、たぶん影響しています」
「覚えていた?」
エレナが尋ねる。
「手順としては」
だが。
一つ一つを。
教わった記憶は薄い。
新人の頃。
先輩の横。
点呼。
車庫。
鍵。
日報。
慣れてしまえば。
考えなくてもできる。
「四千回やれば」
サーラが言う。
「身体のほうが覚えますね」
「はい」
雪板も。
満タン便の操作を。
身体が先に覚えていた。
同じことかもしれない。
*
「水車町でも、新しい運転者へ帰着教習を作りましょう」
サーラが言った。
誠司は。
少し考えた。
「まず試験します」
配送教習。
これまでにもある。
荷車。
積載。
固定。
道路標識。
橋。
天候。
だが。
ほとんどが。
出発後。
どう安全に走るか。
荷物をどう届けるか。
そこが中心。
「帰着だけを練習する便」
ロウグが表題を書く。
帰着教習便
ガランが笑う。
「どこにも届けないのか」
「届けます」
「何を?」
誠司は答えた。
「運転者自身を、水車町へ」
*
教習を受けるのは。
水車町の若い運び手。
イオ。
普段は。
東方共同便の助手。
荷物の固定。
荷降ろし。
車輪確認。
経験あり。
短距離なら。
荷車の運転もしている。
「今日は、何を運ぶんですか」
イオが尋ねた。
「空箱二つ」
「宛先は?」
「構内西倉庫」
「近いですね」
「届けたら終わりではありません」
誠司は。
教習票を渡した。
帰着教習便
出発――水車町配送所
配送先――構内西倉庫
積荷――空箱二
配送完了後
車両を車両返却所へ返却
未処理事項報告
鍵返却
本人帰着確認
イオが。
首を傾げる。
「空箱を西倉庫へ持っていくだけですよね」
「はい」
「歩いても行けます」
「はい」
「教習になってます?」
「帰りが本番です」
*
小型荷車。
出発。
空箱。
二つ。
固定。
西倉庫。
到着。
荷降ろし。
受領。
異常なし。
ここまでは。
十分も掛からない。
イオが。
空の荷車で戻る。
水車町配送所。
「終わりました」
「まだです」
誠司が言う。
「車両返却所へ」
「あ」
イオは。
いつもの荷車置き場へ。
入れようとしていた。
助手として仕事をするとき。
荷車は。
担当運転者が最後に戻す。
自分は。
荷降ろしが終われば。
仕分け場へ行く。
運転者として。
帰着する経験は少ない。
車両返却所。
停止線。
イオ。
少し手前。
「ここ?」
ガランが。
首を横に振る。
「返却線まで」
数歩。
前進。
停止。
駐車具。
確認。
車輪。
外周。
右後輪。
小枝。
一本。
挟まっている。
「異常?」
イオが尋ねる。
「自分で判断してください」
折れている。
細い。
車輪を傷つけていない。
だが。
入った経路。
不明。
イオは。
枝を抜こうとする。
サーラが止めた。
「抜く前に?」
イオが。
手を止める。
しばらく考える。
「記録」
「はい」
水車町安全受付。
黄色。
異常・未事故。
帰着時
右後輪内側に小枝一
車輪損傷――見当たらず
発生地点――不明
記録。
そのあと。
枝。
除去。
車輪。
回転。
問題なし。
「これで終わり?」
「鍵」
「あ」
鍵返却。
走行札。
帰着票。
イオは。
一つずつ返す。
「本人状態」
リアの補助担当。
「問題なし」
イオが答える。
「疲労」
「少し」
「怪我」
「なし」
運転者帰着――確認
やっと。
教習票に。
完了印。
「空箱は十分前に届いていたのに」
イオが言う。
「便が終わったのは今なんですね」
「はい」
「面倒です」
誠司は頷く。
「最初は」
「慣れたら?」
「忘れやすくなります」
イオが。
微妙な顔をする。
「慣れたら楽になる、じゃないんですか」
「動作は楽になります」
誠司は答えた。
「確認を飛ばしやすくもなります」
だから。
教習だけではなく。
仕組みにする。
*
一回目で。
すでに改善点が出た。
帰着票。
車両異常欄が。
下のほうにある。
イオは。
先に鍵返却へ意識が向いた。
「外周確認を」
ガランが言う。
「鍵を抜く前にする?」
「エンジン停止後です」
順番を。
車体点検。
未処理貨物。
鍵。
運転者。
と並べる。
さらに。
帰着票を。
車両内へ置かない。
運転席から降りたあと。
持ち忘れる可能性。
車両返却所の入口で。
受け取れるようにする。
「でも」
サーラが言う。
「帰着票を取りに行くため、車を途中へ止めたら困ります」
受取場所。
停止線より前。
ではない。
車両を停め。
降車したあと。
徒歩で取れる位置。
小さな箱。
帰着票
屋根下。
夜間灯火あり。
第一回教習。
それだけで。
配置が変わった。
*
第二回。
別の運び手。
今度は。
小袋一つを。
東側保管棚へ。
出発。
配送。
受領。
帰着。
車両点検。
異常なし。
未処理貨物。
なし。
鍵。
返却。
本人状態。
問題なし。
完了。
「早い」
ロウグが言う。
「でも」
誠司は。
荷台を見る。
空。
そのあと。
受取帳。
「荷物の受領印は?」
運び手が。
止まる。
東側保管棚。
荷物は置いた。
担当者も。
受け取った。
しかし。
受領票を。
持ち帰っていない。
「取りに戻ります」
「車で?」
運び手が。
満タンではない小型荷車を見る。
もう。
鍵を返した。
車両。
返却完了。
「歩いて行きます」
東側保管棚。
数分。
受領票。
受け取る。
帰着所へ。
配送先受領確認――完了
「鍵を返したあとでも」
若い運び手が言う。
「便が未完了のことがあるんですね」
「はい」
車両返却。
配送記録。
人員帰着。
三つ。
それぞれ。
終わる時刻が違うことがある。
だから。
「帰着済み」と。
一語だけで。
全部を終わらせない。
車両――返却済み
荷物――受領確認済み
運転者――帰着済み
分けて記録する。
「第一配送者の記録と同じですね」
ロウグが言った。
車は戻った。
人の帰着は。
終わっていなかった。
今度は。
小さな教習から。
同じ穴を塞ぐ。
*
三回の教習を終え。
帰着標準の原案を作った。
水車町帰着標準・仮案
一、車両を決められた場所へ安全に停止する
二、車両状態と異常を確認する
三、未配達・返送・未確認貨物を申告する
四、鍵・役目札・車両記録を返す
五、配送先の受領状態を確認する
六、事故・異常・未処理事項を報告する
七、運転者本人の状態と帰着を確認する
八、次回へ残る事項を引き継ぐ
「日本でやっていた手順より」
エレナが言う。
「今の水車町向けに整理されていますね」
「そのままコピーはしません」
誠司は答えた。
日本の設備。
水車町の設備。
違う。
言葉も。
車両も。
違う。
必要な意味だけ。
残す。
「第何版にしますか」
ロウグが尋ねる。
「まだ仮案です」
「SR-01に、同じものがあるか確認してから?」
誠司は少し考えた。
「違います」
日本側と同じなら採用。
違えば不採用。
ではない。
まず。
今の水車町で。
安全に使えるか。
教習で確認する。
問題がなければ。
自分たちの判断で採用する。
そのあと。
日本側と照合する。
「未来に書いてあるから作る、にしたくない」
「はい」
ロウグが頷いた。
*
四回目。
教習。
日没後。
昼と同じ手順が。
夜でもできるか。
停止線。
灯火。
帰着票箱。
鍵箱。
未確認貨物区画。
全部。
前回の夜間帰還訓練で改善した。
運転者。
無事。
車両。
無事。
未処理。
なし。
ただし。
問題。
帰着票の文字が。
暗くて読みにくい。
灯火は。
箱を照らす。
だが。
記入台が。
影になる。
「明るくすればいい?」
ガランが言う。
「光源の位置を変えます」
上。
ではなく。
横。
覆い。
手元だけ。
眩しくない。
試す。
読める。
記入。
完了。
五回目。
雨。
屋根から。
一滴。
記録台へ。
紙。
濡れる。
樋。
位置変更。
水受け。
追加。
六回目。
疲れた運転者。
長距離ではない。
荷降ろし作業後。
意図的に。
最後に帰着教習。
本人が。
鍵番号を一度読み間違える。
「異常?」
「疲労あり」
本人状態。
疲労――中
次運行――本日不可
記録。
その日は。
もう運転させない。
「帰着確認って」
イオが。
見学しながら言う。
「次の便を止めるためにもあるんですね」
「はい」
帰ってきた。
すぐ次へ。
ではない。
本人の状態を見て。
次を出す。
*
六回。
大きな問題。
なし。
改善。
三件。
誠司たちは。
仮案を。
正式に採用することにした。
「名前は?」
ロウグが尋ねる。
誠司は。
少し考えた。
水車町帰着標準・第0版
ガランが。
笑う。
「最初なのに一じゃないのか」
「まだ試用です」
全地域へ。
いきなり義務化しない。
水車町。
東方。
西方。
それぞれ。
小規模試験。
問題が出れば。
第0版のうちに直す。
安定したら。
第一版。
「第0版」
ロウグが。
表紙へ書く。
その瞬間。
始発照会口で。
小さな音がした。
からん。
誰も。
送信していない。
「受信です」
サーラ。
二人確認。
緊急。
なし。
始発側。
日本。
返答票。
昨日送ったものではない。
表題。
SR-01・帰着教育記録
参照情報更新
誠司が。
表紙を見る。
「更新?」
始発線が。
現在の水車町記録と。
日本側過去記録を。
照合したらしい。
一枚目。
SR-01
教育内容照合――一致項目あり
日本側。
誠司が新人時代に。
受けた帰着教育。
内容。
一、所定位置停止
二、車両異常確認
三、残荷・未完了貨物申告
四、鍵・車両物品返却
五、配送完了確認
六、異常報告
七、運転者状態確認
八、次便への引継ぎ
水車町。
第0版。
ほぼ。
同じ。
表現が。
少し違うだけ。
ロウグが。
二枚を並べる。
「一致しすぎてる」
誠司は。
すぐには答えない。
日本で覚えた習慣を。
水車町で。
必要に応じて。
作り直した。
同じ人間が考えれば。
似ることはある。
だが。
返答には。
照合元があった。
SR-01教育原票
教材名――水車町帰着標準・第0版
全員が。
黙った。
ガランが。
ゆっくり表紙を見る。
今。
ロウグが書いたばかり。
水車町帰着標準・第0版
同じ名前。
「偶然……じゃないな」
「まだ最後まで見ます」
誠司が言う。
*
SR-01教育原票。
作成年月。
日本側。
誠司の入社以前。
しかし。
原資料。
水車町配送帳面原本
第二最終帰還便・収録資料
ロウグの顔が。
固まる。
「第二最終帰還便」
いつか。
満タン便を日本側工場へ返す。
そのあと。
水車町配送帳面原本を。
日本側へ返す。
そこには。
今。
彼らが作った。
帰着標準第0版も。
記録される。
日本側工場は。
その原本を受け取る。
そして。
始発線を通じ。
もっと前の日本側配送拠点へ。
帰着教育の資料として。
渡す。
「だから」
エレナが言う。
「誠司さんが仕事を始める前から、SR-01にあった」
誠司は。
机の第0版を見る。
今。
作ったもの。
それを。
未来。
日本側へ返す。
それが。
過去の誠司を。
教える。
誠司は。
四千二百十八回。
その手順で。
帰ってきた。
そこで覚えた習慣を。
異世界へ来て。
水車町へ作った。
そして。
今。
その手順を。
第0版として。
文章にした。
輪。
だが。
誠司は。
すぐに印を押さなかった。
「内容を変えます」
ロウグが驚く。
「同じだから?」
「一箇所足りません」
誠司は。
第0版の八項目を見る。
車。
荷物。
鍵。
事故。
人。
引継ぎ。
全部。
ある。
でも。
最近。
三浦直人。
雪板。
佐伯澪。
そこから学んだことが。
一つ。
ない。
九番目。
誠司は。
書いた。
九、帰着完了後、次の役目を直ちに引き受ける義務はない
部屋が。
静かになる。
ロウグが。
その文を読む。
「日本側のSR-01には?」
返答票。
八項目。
九番目。
ない。
「なら」
サーラが言う。
「同じにしない?」
「はい」
誠司は答えた。
過去の教材が。
八項目だったから。
現在の自分たちも。
八項目にする必要はない。
水車町では。
さらに学んだ。
帰着した人には。
役目を置く時間が必要。
次の便へ。
すぐ乗らなくてもいい。
「第一配送者には」
リアが言う。
「これがなかった」
帰ってきたら。
次。
次。
次。
自分が走らなければ。
物流が止まる。
そう思って。
休まなかった。
報告を隠した。
降りられなかった。
雪板も。
返送庫を降りてから。
普通の乗客として水車町へ来た。
直人も。
満タン便の鍵を返したあと。
三浦直人として休んでいる。
「帰着と」
誠司が言う。
「再出発の間を、空けます」
名称。
――無役目時間。
ロウグが。
少し考える。
「仕事をしてはいけない時間?」
「違います」
本人が。
希望すれば。
次の仕事を受けてもいい。
ただし。
帰ってきた瞬間。
自動的に。
次の役目へ移さない。
一度。
役目なし。
個人。
そこから。
本人が選ぶ。
「何分?」
ガランが尋ねる。
「時間で固定しません」
長距離。
短距離。
緊急便。
体調。
違う。
手順。
帰着完了
↓
個人状態確認
↓
旧役目終了
↓
次役目――本人再同意
これだけ。
一分でも。
一日でも。
本人が。
もう一度。
引き受ける。
それまでは。
前の役目が。
次へ自動継続しない。
「これなら」
ロウグが言う。
「当番表で連続していても?」
「再確認します」
「同じ人が毎日やっていても?」
「はい」
毎朝。
役目札。
受け取る。
毎晩。
返す。
翌朝。
また受け取る。
人を。
役目へ。
固定しない。
*
第0版。
九項目。
六回の教習結果。
改善。
灯火。
記録台。
雨。
疲労確認。
全部。
添付。
誠司。
ロウグ。
サーラ。
ガラン。
リア。
確認。
水車町帰着標準・第0版
試用開始
正式。
ただし。
試用。
配送帳面へ。
収録。
その瞬間。
始発照会口の返答票。
SR-01側。
表示が変わる。
教材照合率――八十八パーセント
「百じゃない」
若い仕分け係が言う。
「九番目が違うからです」
そして。
もう一つ。
水車町帰着標準・第0版
現行版――九項目
SR-01旧教材――八項目
過去を。
書き換えなかった。
昔の誠司は。
八項目で教わった。
今。
水車町は。
九項目を作った。
改善。
因果の輪があっても。
同じものを永遠に繰り返す必要はない。
一周するたび。
少し。
良くできる。
「これも工場へ返るんですね」
エレナが言う。
「はい」
「そうすると、過去のSR-01も九項目に変わる?」
誠司は。
返答を見る。
過去教育記録――変更なし
変わらない。
改訂版適用先――未登録
第0版。
九項目。
未来で日本側へ届いても。
誠司の過去。
八項目。
そこは。
変えない。
では。
九番目は。
どこへ行くのか。
*
夕方。
後継正式帳面への転記。
帰着標準第0版。
重要運用記録として。
優先転記。
照合。
青点。
後継帳面。
ロウグが。
受取人予定として。
内容を確認する。
「九番目」
もう一度読む。
帰着完了後、次の役目を直ちに引き受ける義務はない。
「これ」
「はい」
「三浦さんにも適用されますね」
誠司が。
手を止める。
再出発担当候補。
三浦直人。
未来の日本側工場で。
満タン便を。
もう一度。
水車町へ送り出す役。
候補。
まだ。
本人は引き受けていない。
「適用します」
「第三配送単位だから?」
「誰でもです」
直人だけ。
例外にしない。
雪板。
ロウグ。
サーラ。
誠司。
全員。
役目を終えたら。
一度。
役目を降りる。
次を。
選び直す。
*
その夜。
三浦直人へ。
帰着標準第0版を見せた。
直人は。
九番目で。
長く止まった。
「これ」
「今日追加しました」
「昔のSR-01には?」
「ありません」
直人が。
小さく笑う。
「いいですね」
「再出発担当のことは」
誠司が言う。
「これを読んだあとでも、まだ候補です」
「分かっています」
「今決めなくていい」
「はい」
直人は。
九番目を。
もう一度見る。
「帰ってきたあと」
「はい」
「何者でもない時間があっていい」
「役目としては」
誠司が答える。
「人としては、ずっと三浦直人です」
直人は。
少し困ったように笑う。
「まだ、それに慣れてないんですよね」
「時間はあります」
「なら」
直人が言う。
「明日、一日」
「はい」
「何も引き受けない日にします」
再出発担当。
保留。
満タン便。
運転しない。
安全受付。
手伝わない。
配送所。
見学もしない。
「何をしますか」
誠司が尋ねた。
「分かりません」
直人は。
そこで。
少し笑った。
「それをやってみます」
*
深夜。
配送帳面が。
開いた。
第一配送記録・帰着第四便
私は帰着手順を八つ作った。
車を止める。
車を確認する。
荷物を確認する。
鍵を返す。
受領を確認する。
異常を報告する。
運転者を確認する。
次へ引き継ぐ。
それで十分だと思っていた。
続く。
足りなかった。
帰ってきた人を。
すぐ次の役目へ載せない手順がなかった。
三浦直人の。
過去の記録。
私は帰着するたび。
次の便を確認した。
次の便がなければ。
翌朝の便を確認した。
役目がない時間を。
仕事がない時間だと思っていた。
だから。
空白を埋め続けた。
最後。
満タン便の荷台だけではない。
私自身にも。
余白が必要だった。
そこまで。
第一配送記録。
そして。
別の表示。
SR-01
水車町帰着標準・第0版
改訂項目――九
「帰着後の無役目時間」
適用先。
過去田村誠司――適用なし
水車町配送網――適用開始
日本側次期受入系統――適用予定
「次期?」
ロウグが読む。
日本側。
SR-01。
現在営業所では。
使用終了予定。
後継受入系統。
接続先未表示。
そう記録されていた。
詳細。
日本側次期受入系統
系統番号――SR-02
教材――水車町帰着標準・第0版改訂版
九項目。
今作った手順。
それは。
誠司の過去へは届かない。
代わりに。
日本側の。
次の帰着系統へ。
届く。
誰が使うのか。
SR-02初回訓練対象――一名
氏名。
非表示。
対象区分。
日本側配送運転者
開始予定。
満タン便M-001完成検査後
誠司が。
表示を見つめる。
満タン便が。
日本側工場へ返り。
完成し。
水車町へ再出発したあと。
日本側には。
新しい帰着教育が残る。
八項目ではない。
水車町で加えた。
九項目。
「帰ってきたら、すぐ次の役目を引き受けなくていい」
それを最初に教わる。
次の運転者。
最後。
氏名欄の代わりに。
一つだけ。
表示された。
初回訓練車両――白色小型貨物車
車台番号――K2D-0713
全員が。
言葉を失った。
K2D-0713。
満タン便と。
同じ車台番号。
日本側工場に。
今も置かれている。
まだ特装されていない。
白いベース車。
満タン便になる前の車。
完成検査後。
赤い満タン便は。
水車町へ再出発する。
それなのに。
SR-02の初回帰着訓練には。
同じ車台番号の。
白いK2D-0713が使われることになっていた。
一台の車が。
赤い満タン便として水車町へ送られたあと。
日本側では。
もう一度。
白い状態で。
誰かの「帰る練習」に使われる。
時間の輪は。
満タン便を作るだけでは終わっていなかった。
SR-01の作成者を追う前に、水車町では「帰着そのものを教える」教習を実施しました。
荷物を届けるだけで便を完了とせず、
車両。
荷物の受領。
鍵。
事故・異常。
運転者本人。
次便への引継ぎ。
それぞれを分けて確認する「水車町帰着標準・第0版」が作られています。
そして始発線の照合によって、日本で田村誠司が新人時代に教わったSR-01の教材も、将来日本側へ返される水車町配送帳面原本に収録された「水車町帰着標準・第0版」が元になっていたことが判明しました。
ただし、水車町は過去をそのまま繰り返しません。
SR-01にはなかった九番目の項目、
「帰着完了後、次の役目を直ちに引き受ける義務はない」
を追加しました。
この改訂は誠司の過去を変更せず、次の日本側帰着系統――SR-02へ引き継がれる予定です。
ところがSR-02の初回訓練車両として登録されていたのは。
満タン便と同じ車台番号――K2D-0713。
しかも、赤い満タン便ではなく。
日本側工場にあるはずの、白い状態の車両でした。




