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毎朝満タンになる補充トラックで異世界配送を始めました  作者: たむ


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104/156

第104話 未来からの差出票

日本で事故に遭う三日前。


田村誠司の配送端末には、まだ水車町へ来ていないはずの「田村誠司」から、緊急救援便が登録されていました。


記録上の発行地点は、水車町配送所。


つまり誠司は、自分を救った便を、これから自分で手配することになります。


けれど、「すでに助かったのだから」と署名するだけでは、正しい配送にはなりません。


まず確かめるべきなのは、その指示が事故を起こしたものなのか、それとも事故のときだけ開く救援経路だったのか。

「送信は、まだしません」


朝。


水車町配送所の机には、日本側から届いた記録と、配送帳面が並べられていた。


臨時救援配送

対象――田村誠司

登録日時――事故三日前


登録命令発行地点――水車町配送所

命令発行者――田村誠司


ロウグは何度読んでも、同じ場所で眉を寄せる。


「でも、この命令があったから誠司さんは助かった」


「そうらしいです」


「なら、今ここから送らないと」


「結果が分かっているから送る、では駄目です」


誠司は白紙を一枚置いた。


「何を命令したのか確認します」


もし。


この指示そのものが誠司を事故へ向かわせるものだったら。


事故が起きるよう配送車両を操作する指示だったら。


本人の意思を無視して強制的に異世界へ送るものだったら。


すでに起きたことだからといって、認めることはできない。


「過去の記録と、今から出す指示を分けます」


サーラが安全受付帳を開いた。


「日本側に残っていたのは結果です」


「はい」


事故三日前。


救援枠が端末へ登録された。


事故当日。


誠司が意識を失う。


第一配送者が満タン便で回収する。


異世界側へ移送。


そこまでは確認できている。


だが。


水車町から送られたという「登録命令」の原本は、まだ見つかっていなかった。


「始発照会口に未送信票が残っていないか調べます」


前回。


運転席の下にある始発照会口を開いたとき。


詰まっていた古い残置票が三組見つかっている。


それらは、開封権限が分からないため保管中。


さらに。


始発照会口そのものには、未処理の予約領域がある可能性があった。


満タン便を車両返却所へ入れる。


今日も作業時間を決めた。


午前の共同便がすべて出発したあと。


昼までの二時間。


救援要請が入れば三十分以内に復旧する。


ガランが言う。


「前より短いな」


「構造は分かっています」


誠司は答えた。


「同じ確認に、同じ時間は使いません」


前回の作業記録。


外す部品。


戻す順番。


交換した紙送り車輪。


すべて残っている。


記録があれば。


二度目の作業は、早く安全にできる。


*


灰色の板を外す。


始発照会口。


紙送り車輪。


正常。


送信筒。


異常なし。


返却口。


空。


今回は。


管理人が箱の右側を指した。


「ここです」


細い金属板。


以前は、ただの補強材だと思っていた部分。


表面を布で拭くと。


古い文字が現れた。


エレナが読む。


「予定票……保留槽」


「予約した便を置いておく場所ですね」


ロウグが言った。


ガランが金具を調べる。


鍵穴はない。


代わりに、二つの押し板。


片方には車輪。


片方には家。


「運行側と受入側の二人確認でしょう」


誠司は押さない。


まず、どこへつながっているか確認する。


管理人が古い図面を調べた。


「始発線へ出す前の一時保管です。ここにある限り、命令は実行されません」


「では、開けても送信にはならない」


「はい」


二人確認。


運行側。


誠司。


受入側。


サーラ。


同時に押す。


かちり。


薄い板が手前へ滑った。


奥には。


一枚の票が入っていた。


白い紙。


汚れも。


折れもない。


まるで、つい先ほど置かれたようだった。


ロウグが時刻と位置を記録する。


誠司は触らない。


サーラが外装を確認する。


未発行・緊急救援予約票


その下に。


対象――田村誠司

適用地点――日本側道路上

適用条件――運転者生命危険


指示発行者――未署名

実行担当――第一配送者

受入単位――第二配送単位


「未署名です」


エレナが言った。


「つまり、今ここにあるこの票へ、誠司さんが署名する?」


「まだです」


票の続きを確認する。


重要なのは、実行条件。


細かな条件が記されていた。


通常救援が間に合う場合――実行禁止

本人が安全に停止可能な場合――実行禁止

他者による救助が可能な場合――実行禁止


運転者が意思表示不能かつ、生命危険が切迫している場合のみ実行


車両――転送対象外

積荷――転送対象外

運転者――一時救援対象


到着後、本人意思を再確認すること

帰還または残留を強制しないこと


誠司は、そこで初めて長く息を吐いた。


「事故を起こす指示ではない」


リアが言った。


「事故が起きた場合だけ、有効になる救援条件です」


「しかも、普通の救援が間に合うなら使わない」


サーラも確認する。


第一配送者が日本側で記録した事故状況。


制動不能。


運転者、意識反応なし。


通常救援到着まで生命維持困難。


すべて、この救援予約票の条件と一致している。


「車両を捨てた理由も書かれています」


ロウグが読む。


一時救援では、生命を荷物より優先する。


車両および積荷を回収するため、人員転送を遅らせてはならない。


日本側では。


事故車両も回収済み。


配送中だった荷物も。


別の運転者へ引き継がれている。


第一配送者は。


車も。


荷物も。


仕事も。


誠司から切り離して。


人だけを先に運んだ。


「本人同意の欄は?」


誠司が尋ねる。


事前同意――未取得


緊急時適用条件――意思表示不能時のみ


救援後確認――必須


「事前同意がなくても、意識がない緊急時なら実行できる」


リアが言う。


「医療搬送と同じです」


「ただし、あとから本人へ説明し、確認する」


「はい」


誠司は、安全受付所で作った発送事実証明票を思い出す。


本人同意。


確認済み。


未確認。


緊急時省略。


本人拒否。


すでに水車町で作った仕組みが。


この救援予約票にも、そのまま使えた。


「署名する前に」


誠司は言った。


「今回の署名が、事故三日前の俺の同意として扱われないことを確認します」


管理人が補給網へ照会する。


表示が現れた。


現在署名の扱い


緊急救援予約の発行承認

事前本人同意への変更――不可


過去の本人状態

意思表示不能

緊急時省略――維持


誠司は頷いた。


今ここで署名しても。


「昔から同意していた」ことには書き換わらない。


事故当時。


本人同意は取れなかった。


その事実は残る。


「なら、次です」


ロウグが言う。


「なぜ、今出した命令が三日前へ届くのか」


それは。


まだ確認できていない。


*


始発照会口の脇に。


小さな時刻欄があった。


普段は消えている。


予約票を差すと。


二つの時刻が表示された。


発行時刻――未確定

適用時刻――事故三日前


「時刻が二つあります」


エレナが言った。


「発行する時刻と、使われる時刻」


管理人が説明する。


「始発線では、命令を過去へ送るという記録方法をしません」


「では?」


「便の適用時点へ、予約枠を配置します」


言葉は似ている。


だが意味は違う。


今から事故三日前の誠司へ。


何かを命令するわけではない。


事故三日前の時点に。


もし条件が成立したら使える救援枠を置く。


条件が成立しなければ。


使われない。


「予約した荷車と同じです」


ロウグが言った。


「明日荷物が出るか分からなくても、必要なら使える荷車を先に押さえておく」


「ただ」


エレナが言う。


「この場合、押さえるのが今で、使われたのが過去」


管理人が頷く。


「二つの世界を結ぶ始発線では、発行順と適用順が一致しないことがあります」


誠司は票の裏側を見た。


そこに。


小さな注意書き。


始発線予約票は、発行後にのみ成立する。


すでに適用結果が観測されている場合でも、未発行票を放置してはならない。


未発行の場合、適用結果は仮受領状態となる。


「仮受領……」


誠司自身。


今も配送状態は運送中。


救援された。


届いた。


けれど。


その救援を出した側の手続きだけが。


まだ完了していない。


「過去を作るために署名するんじゃない」


サーラが言った。


「すでに実行された緊急便の、差出票を今受け取って出す」


「そういう扱いです」


誠司は予約票を見た。


それなら。


水車町で何度も行ってきたことと同じだった。


途中で差出札が失われた荷物。


発送事実は確認できる。


荷物も届いている。


あとから差出確認を取り。


記録を完成させる。


時間の順序だけが。


大きくねじれている。


「これを『過去への命令』として運用しないほうがいい」


誠司が言った。


「名前を付けます」


安全受付票へ書く。


――先行救援予約。


「発行より先に適用される可能性があるからですか」


「はい。ただし、使える条件をかなり狭くします」


水車町での運用条件を決める。


人命救援のみ。


通常救援が使えるなら禁止。


本人が意思表示できるなら本人確認を優先。


生命危険が切迫しているときのみ。


配送結果が観測されているからといって、無条件に発行しない。


発行者と安全受付責任者の二人確認。


適用後は、必ず本人へ事後説明。


本人拒否の場合。


帰還または別の受入先を用意する。


「便利な未来便にはしません」


誠司は言った。


「商売のために、明日の値段を過去へ送る。そういう使い方はしない」


「道路工事の事故を事前に止めることも?」


エレナが尋ねる。


誠司は少し考えた。


「その情報が、どこから来たか確認できません」


事故を防げる。


一見、よいことに見える。


だが。


起きていない事故の情報を送り続ければ。


通常の点検や安全確認を。


未来からの警告に頼るようになる。


「今ある道を確認する仕組みを先にします」


「未来が教えてくれるから大丈夫、にはしない」


ロウグが言った。


「はい」


今回だけは。


すでに人命救援が実行され。


日本側と水車町側の両方で記録が一致している。


だから。


未発行票を処理する。


例外として。


正式に受け付ける。


水車町安全第八号

区分――特殊救援記録


名称――先行救援予約

対象――田村誠司

適用結果――確認済み

人命救援――成功


事故誘発指示――なし

本人事前同意――なし

緊急時省略――適用

本人事後確認――実施


発行可否――承認


サーラが安全受付印を押す。


赤ではない。


救援を示す青。


ごん。


「これで」


サーラが言う。


「運行側へ戻します」


受け付けたからといって。


サーラが発行するわけではない。


発行責任者は。


田村誠司。


誠司は予約票を受け取った。


*


署名前に。


北方一号へ確認を取った。


返送受入所。


北方一号は、短時間なら椅子に座れるまで回復している。


助手席箱の鍵は、今も本人が保管していた。


誠司は救援予約票の内容を説明する。


自分が事故に遭ったときだけ。


通常救援が間に合わず。


意識もない場合だけ。


第一配送者が回収する。


帰還か残留かは。


救援後に本人が選ぶ。


「この便について、何か知っていますか」


北方一号は、票を見た。


「全部は……知りませんでした」


「一部は?」


「第一配送者が、始発線に空きがあると言っていました」


「田村誠司用の?」


彼女が頷く。


「でも、誰が作ったか分からないと」


第一配送者自身も。


未来から来た予約票の差出人が誰なのか。


最初は知らなかった。


音声事故報告の記録とも一致している。


「俺が今、これを発行すれば」


誠司は言った。


「第一配送者が事故の日に、その枠を使うことになります」


北方一号は。


少しだけ目を伏せた。


「あの人は、使います」


「覚えているんですか」


「出発前に……迷っていました」


第一配送者は。


救援枠を見つけた。


対象者。


田村誠司。


まだ知らない名前。


「勝手に人を運んでいいのかと」


北方一号は言った。


「何度も聞きました」


「あなたは何と?」


「生きたまま、選べる場所まで運ぶなら」


北方一号は、ゆっくり息を整える。


「選択を奪うのではなく……残すための配送になると」


その結果。


誠司は生きて。


水車町にいる。


帰るか。


残るか。


まだ決めなくてよいと。


日本側からも確認されている。


「分かりました」


誠司は言った。


「発行します」


*


満タン便。


始発照会口。


未発行救援予約票を、投入口へ入れる。


今回は。


原本そのものが必要だった。


水車町には。


表裏を写した控え。


安全受付番号。


発行前の写真図。


すべて残している。


誠司が運転席へ座る。


サーラは車外の安全受付台。


ロウグは記録。


ガランは車両側。


管理人は補給網表示。


役割を分ける。


予約票に。


誠司は署名した。


田村誠司。


その下へ。


発行理由


緊急時に、過去の自分が生きたまま選択できる状態を残すため。


最後に。


本人事後確認


現在、安全な受入先にいる。

救援実行を承認する。

帰還意思については保留する。


「水車町始発予約第一号」


ロウグが読み上げる。


「対象、田村誠司」


「実行担当、第一配送者」


「適用条件、生命危険」


「発行者、田村誠司」


誠司が押し板へ手を置く。


一瞬。


止まる。


この紙を送れば。


自分がこの世界へ来た原因になるのか。


それとも。


もう来ている自分の救援記録を完成させるだけなのか。


完全には分からない。


それでも。


分かっていることはある。


事故を起こす指示ではない。


意識のない自分を。


死なせないための救援枠。


目を覚ましたあと。


選ぶ権利を残す。


「送信します」


押す。


からり。


紙送り車輪が回る。


票が吸い込まれる。


始発線の風音。


前回より。


ずっと長い。


補給網中継器に二つの時刻が現れた。


発行時刻――水車町・現在

適用時刻――日本側・事故三日前


数字が動く。


十。


二十八。


四十六。


六十九。


八十三。


九十九。


一度止まる。


最後に。


百。


先行救援予約――発行完了


その直後。


表示の時刻欄が変わった。


日本側端末・救援枠登録――完了

登録時刻――事故三日前


ロウグが息を呑む。


「今、登録されたのに」


「向こうでは三日前」


管理人が言う。


だが。


それだけではなかった。


日本側から届いていた端末記録も。


目の前で変化した。


登録命令発行地点――水車町配送所

命令発行者――田村誠司


発行確認――済


以前は。


命令発行者だけが表示され。


署名は未受領だった。


今。


その横に。


誠司がつい先ほど書いた署名番号が加わった。


「同じ記録だ」


エレナが言った。


今送った票が。


日本側に残っていた三日前の救援登録の原本。


一つの輪が。


記録として閉じた。


配送帳面へ表示が現れる。


第二配送単位

差出担当指示――受領


先行救援予約――完了

田村誠司・発送事実――確定


だが。


配送状態は。


まだ。


運送中


のままだった。


「差出署名は第一配送者です」


ロウグが言う。


「今やったのは、救援枠の発行」


「実際に俺を満タン便へ移したのは第一配送者」


「その人の差出署名が、まだ終わっていない」


第一配送者。


音声事故報告。


残り二十九パーセント。


北方一号による帰着受領。


未完了。


第一配送者自身の降車。


未完了。


誠司の救援便を閉じるには。


第一配送者の運行を先に閉じる必要がある。


一つの荷物が。


別の未完了便へつながっている。


物流網らしい。


一件だけを切り離して。


終わらせることはできなかった。


*


午後。


北方一号の診察。


歩行練習はしない。


今日は、移乗椅子に十分座っていられるかだけを見る。


五分。


問題なし。


七分。


脈。


安定。


十分。


少し疲労。


「音声記録は五分以内です」


リアが言った。


「前回残りは、長くても二分程度でしょう」


「再生します」


北方一号が、自分から言った。


「今日?」


「はい」


「理由は?」


リアは、意思が焦りから来ていないか確認する。


北方一号は少し考えた。


「田村さんの救援票が……出たから」


「第一配送者の署名が必要だから?」


「それもあります」


彼女は首を横に振る。


「でも、あの人の報告を……途中のままにしたくない」


聞き終えるため。


無理をするのではないか。


リアはもう一度脈を確認する。


「停止条件は前回と同じです」


「はい」


「息苦しさ。目眩。胸の痛み。怖くなった。どれでも止めます」


「分かりました」


「最後まで聞けなくても、失敗ではありません」


北方一号が頷いた。


再生便は、夕方に行うことになった。


*


前回と同じ手順。


返送受入所。


移乗椅子。


坂板。


曲がり角。


屋根付き通路。


運行者一時帰着所。


満タン便助手席。


助手席と同じ高さの移乗台。


車輪停止。


移乗板。


布帯。


手の幅一つだけ浮かせる。


助手席へ。


背中の支え。


足元。


安全帯。


北方一号の右手には。


青黒い鍵。


誠司は車両返却所で満タン便の鍵を受け取る。


便種――音声事故報告確認便・第二回

車両走行――なし

予定乗車時間――五分以内


誠司が運転席へ。


北方一号が助手席箱の鍵を差す。


助手席前の板が開く。


丸い音声板。


前回停止した位置から再生可能と表示される。


第一回再生――四分三十二秒

続きから再生しますか。


誠司は北方一号を見る。


彼女が頷く。


「お願いします」


再生。


ざっ。


一瞬の雑音。


そして。


誠司には。


自分自身の声で。


北方一号には。


初代預かり手の声で。


第一配送者の報告が続いた。


「私の本当の登録順は――第二配送単位、第四担当」


ロウグが車外で記録する。


音声は続く。


「差出担当だ」


誠司の視線が、わずかに動いた。


第二配送単位。


四つ目の役目。


日本側で田村誠司を発送した者。


すでに記録上。


第一配送者と表示されていた役目。


「私は、第二配送単位を作った者ではない」


「運ぶ者でもない」


「帰る者でもない」


「待つ者でもない」


「必要な人を、その三人へ送り出す役だった」


差出担当。


日本側で誠司を満タン便へ移し。


第二配送単位へ引き渡した者。


「第一配送者という呼び名は、私の名前ではない」


「私の古い個人番号でもない」


音声が、一度途切れる。


「私が最初に帰着を失敗したから、補給網がそう呼んだ」


第一配送者。


最初に荷物を運んだ者ではない。


最初に帰れなくなった配送契約の運行者。


その説明が。


ようやくつながった。


「私の個人登録は、差出担当」


「だが、名前は返した」


北方一号の指が。


青黒い鍵を強く握った。


「誰に?」


彼女が思わず呟く。


音声は答えるように続く。


「始発線へ」


「人を送り出す者が、自分の名前を宛先に使わないためだ」


「私は役目だけを残した」


「それが間違いだった」


誠司は、息を止めず聞く。


「名前を消せば、中立になれると思った」


「誰にも偏らず」


「どの世界の荷物でも」


「必要なら運べると思った」


「だが、名前を消したのではない」


「帰る先を消しただけだった」


第一配送者は。


役目のために。


個人を薄くしていった。


配送者。


運転者。


差出担当。


誰かを助ける者。


それだけを残した。


だから。


自分が帰ったとき。


誰が帰ってきたのか。


受け取ることができなくなった。


「田村誠司」


また。


声が誠司の名前を呼ぶ。


「救援枠は、お前が出す」


「私は、それを日本側で受け取る」


「事故の日」


「お前は私を知らない」


「私も、お前を知らない」


「それでいい」


「配送は、知り合いだけを助ける仕組みではない」


誠司の手が、膝の上で静かに握られる。


「条件が揃えば、運べ」


「本人が選べる場所まで」


「それ以上は、運ぶな」


第一配送者の声が。


少しだけ遠くなる。


「私は、それを守れなかった」


「北方一号を」


「本人が起きる前に、起こそうとした」


「私の失敗は、そこにある」


「差出人は、受取人の到着を急がせてはいけない」


「運転者は、荷物の未来まで決めてはいけない」


「そして」


雑音。


「帰ってきたら」


「誰かに、帰ったと言え」


長い沈黙。


北方一号の呼吸。


安定。


リアが車外から合図する。


まだ続けられる。


「以上」


第一配送者の声が言った。


「休眠解除事故報告を終わる」


一秒。


二秒。


そして。


最後の一文。


「北方一号」


彼女が顔を上げる。


「まだ受け取れるなら」


「私の帰着を、受け取ってほしい」


音声が止まった。


第一配送者音声事故報告――再生完了


再生時間。


一分五十一秒。


全体。


六分二十三秒。


北方一号の呼吸。


少し速い。


だが安定。


リアが確認する。


「すぐ答える必要はありません」


北方一号は目を閉じた。


「分かっています」


以前なら。


その場で受領を求めたかもしれない。


だが今は。


誰も急かさない。


第一配送者自身の報告も。


待つことを求めている。


誠司は再生終了を記録する。


助手席箱の鍵を戻す。


だが。


箱は閉じなかった。


奥の音声板の下から。


小さな金属札が一枚。


せり上がってきた。


車外のガランが身を乗り出しかける。


サーラが止める。


「触らない」


形状未確認。


一時帰着所の黄線。


まさに、そのために作った場所。


まず記録する。


大きさ。


色。


位置。


刻印。


金属札の表には。


何も書かれていなかった。


裏側に。


一つだけ。


二本の手の受領印。


「音声報告が降車したんでしょうか」


ロウグが言った。


補給網表示。


第一配送者・音声事故報告

提出率――百パーセント

安全受付――受領可能


サーラが、金属札を布越しに取り出す。


黄線の形状未確認区画へ。


直接机には置かない。


布。


記録板。


周囲確認。


異常なし。


「音声報告を受領します」


水車町安全第五号。


第一回再生。


一部。


第二回再生。


完了。


二つの記録をまとめる。


第一配送者音声事故報告

提出――完了

受領――完了


安全受付印。


ごん。


配送帳面が光る。


第一配送者・帰着完了条件


一、北方一号による帰着受領――未完了

二、休眠解除事故報告の提出――完了

三、事故報告受取人による確認――完了


残り。


一つ。


北方一号が。


第一配送者の帰着を受け取るかどうか。


「今日は決めなくていい」


誠司が言った。


北方一号は頷く。


「はい」


それから。


少し間を置いて。


「でも、降りる場所はあります」


運行者一時帰着所。


人員。


記録。


形の分からないもの。


どんな形で降りても。


まず受け取れる場所。


「あります」


サーラが答えた。


「帰ったあと、次の行き先も本人に選んでもらいます」


北方一号は。


小さく息を吐いた。


「なら」


言葉を切る。


「明日、受け取ります」


今ではない。


今日ではなく。


明日。


自分で決めた時刻。


それでよかった。


*


その夜。


始発照会口から。


短い返答票が届いた。


日本側。


緊急救援記録。


先行救援予約原票――受領

田村誠司救援便――差出指示確定


事故発生原因への影響――なし

救援経路のみ登録


誠司たちが確認したかったこと。


救援票が事故を作ったわけではない。


事故が起きたときだけ。


退避先を開いた。


正式に記録された。


さらに。


差出実行者――第一配送者

差出署名――帰着完了後に自動照合予定


第一配送者の帰着が終われば。


誠司の発送記録も。


ようやく閉じられる。


だが。


返答票には。


もう一件。


見慣れない欄が追加されていた。


未発行先行救援予約――一件


誠司は目を止める。


今送った自分用の予約ではない。


それは完了済み。


別の一件。


救援対象――第一配送者


実行地点――未登録

受入先――水車町運行者一時帰着所


命令発行者――北方一号

発行状態――未署名


全員が黙った。


明日。


北方一号は。


第一配送者の帰着を受け取ると言った。


だが。


補給網には。


そのさらに先の救援予約が用意されている。


第一配送者を。


どこかから。


水車町の運行者一時帰着所へ運ぶ便。


しかも。


発行者は北方一号。


まだ彼女自身は。


そんな予約票へ署名していない。


最後に。


適用条件が表示された。


適用条件――第一配送者の降車後、身体所在を確認できない場合。


運転席から降りても。


第一配送者の身体が現れない場合。


北方一号は。


もう一度。


その人を迎えに行く便を手配することになる。


その夜。


配送帳面に、新しい第一配送記録が現れた。


第一配送記録・始発第三便

未来から届いた救援予約票を、私は日本側で受け取った。


差出人は田村誠司。

救援対象も田村誠司。


私は誤配送だと思った。


補給網は言った。


「差出人と受取人が同じでも、出発地点と帰る場所が違えば配送は成立します」


私は彼を運んだ。


そのあと、自分の予約票を探した。


なかった。


誰にも、私を迎えに来てくれとは頼んでいなかったからだ。


だから私は、自分の便だけは最後まで作れないと思っていた。


記録の最後に。


第一配送者自身も知らなかったらしい追記が浮かぶ。


第一配送者救援予約

差出予定――北方一号


予約票生成時刻――第一配送者音声報告完了直後。


誠司は表示を見つめた。


第一配送者を迎える便は。


昔から用意されていたわけではない。


今日。


事故報告を最後まで受け取ったことで。


初めて生成された。


未来が決まっていたのではない。


報告を受け取ったから。


次に必要な配送が、今、生まれたのだった。

誠司は、自分を救った「先行救援予約」の原票を確認しました。


それは事故を起こす命令ではなく、通常救援が間に合わず、本人も意思表示できない生命危険時にだけ開く救援経路でした。


誠司自身が水車町から正式に発行したことで、日本側で事故三日前に登録されていた救援枠の記録も完成しています。


また、第一配送者の音声事故報告も最後まで再生されました。


第一配送者の本来の役目は、第二配送単位の第四担当――「差出担当」。


そして明日、北方一号は第一配送者の帰着を受け取る予定です。


しかし補給網には、新たにもう一件の救援予約が生成されました。


対象は第一配送者。


もし降車後も身体が見つからなければ、今度は北方一号が、第一配送者を迎えに行く便を出すことになります。

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