83話 破片
ちょっとショッキングかもしれません。
説明が終わり、下水道の戦いを終え、皆で外に出た所だった。
ルーク「……行くぞー」
子猫達の兄の衛兵ルークが戸口の脇に立ち、皆が先に出るのを待っていた。
後ろを見ると、遅れていた子供達が何やら盾を取り合って騒いでいた。
ルッコ「ねぇフィンっ、次は僕に装備させてー」
フィン「ちょっと待つにゃ! まだちゃんと装備してにゃいにゃ!」
抱いていたミウも、兄のフィンと、助け出したリス獣人のルッコの盾の取り合いを近くで眺めていた。
ミウ「こわれてる?」
鉄の盾は散々な扱いをしたのでひしゃげて歪んで、亀裂が入っていたが、街人の子供達には珍しかったようだ。
本来の持ち主の盗賊は溶かされてしまい、スライムの体内に溶け残っていたものだが手に入れて使っていたが、結局崩れ落ちた時に落としたものだったが、好きにさせていた。
アリエスタ「おーい何じゃれてんだ、行くぞお前ら―」
ベル「ごっはん♪ ごっはん♪」
フィン「にゃ! そうにゃっごはんにゃ!」
急に盾を渡さんと掴む手を離す。
ルッコ「わーっ」
盾を引っ張っていたルッコが転んで、掴み取った手を離した。
ガラアァンッ!
ミウ「にゃっ、うるさいっ」
カンッ!
コロンッ。
何か、小さなものが盾から飛び出た。
ご飯にゃ~とこちらに走るフィン。
ルッコがこちらを首を傾げて見るので、おいでとソニーが呼ぶ。
そうだ、一緒に食べよう。
パッと笑顔になりこちらに駆けて来る。
後はミウだな。
彼女を見た。
ミウ「いたっ……かまれた」
彼女もこちらにテテテと走り寄っていたが、途中で立ち止まり、顔をしかめて片足の履物と足の裏の、すき間を覗き見ようとしている。
履物の裏に、何か、外の明かりで反射して光っている。
瓶の破片だ。
待て、何の破片だ?
今、盾の亀裂から飛び落ちてこなかったか?
ミウ「なんかへん」
そう言ってこちらをみた途端、ミウがパタリと倒れた。
「!?」
アリエスタ「おい! どうした!?」
フィン「? ミウ?」
ルッコ「ミウー?」
ソニー「え、きゃっ!?」
ビュオッ――すぐさま駆け寄る。
ミウの足先が紫に変色している!
何か、噛まれたとか言って見ていた足だ!
すごい速さで片足が紫に染まり上がってゆくぞ!?
抱き起こした顔は汗ばんでる。
おいっ!
「る……な?」
意識がはっきりしてない!?
アリエスタ「おい! 毒の症状じゃねえかよ! なんだこの速さってこれあの濃縮した強いやつか!? 何で!?」
「解毒を頼む!」
「おう!」
彼はソニーの杖を借りたままだった。
喋ってる段階ですでに構え魔力が巡っていった。
すぐさま解毒の魔術をかける。
ソニー「神父様! 子供が強力な毒にかかりました!!」
彼女が緊張した声で外に出た神父を呼び戻してる。
そう言うやいなやこちらに駆け戻り予備の杖らしき物を取り出して、解毒魔術をかけ始めた。
重ね掛け?
「解毒効果が増加するんですっ!」
タタタッ、バサッ。
モードと青い鳥が凄い速さでアリエスタの隣に来て屈んだ。
男達も血相を変えて戻って来る。
「何ですかこの侵食速度は、すでに全身に回っていますネ」
硬い表情と声だが、冷静に観察している。
あっという間にミウの胴体、顔、腕の、指先まで全身が紫に染まった。
「ご……はん」
握った小さな手が冷たくなっていって、かなり弱弱しい。
「ミウ!」
解毒魔法がかけられているはずなのに、まるで治らないぞ!?
マイケル神父「!? なんと? 治療もかけますよっ……癒しよ!」
バタバタと巨体を屈みこませて瞬時に見て取って、彼も腰の杖を抜き、解毒ではなく治療を唱え始める。
大きな魔力の流れと共に、ミウ全体を柔らかな光が包み込む。
神父は続けて、まだ何か唱えているな。
レガリア「支給品の“解毒水”でス、サぁ、飲みなサい」
ミウの口に、彼が出した魔法薬らしき液体を慎重に口に流し込む。
ゼラも持っていたのか、手分けして、足裏の小さな傷口にも垂らしている。
履物の裏に刺さったガラス片にもかかり、僅かに湯気を出している。
「全然効き目ないぜレガリアさん! これ“中級薬”だよ!?」
「シューッこちらのもソうだ……更に強力な毒なんだろう」
「ミウ!」
フィン「ミウ! しっかりするにゃ!」 ルッコ「ミウー!」
ベル「ミウー! 起きてー!」
ゼラ「がんばれ嬢ちゃん!」
ギャレス「なんだなんだ? 何を騒いでおる? 毒だと? 近づいても大丈夫なのか!?」
ビクター「しっかりミウ!」
ソニー「ミウちゃん起きて!」
ギャレス「毒ごときで、どうしてこんなことになっとるのだ!?」
失せろ。
マイケル神父「詳しくない人は黙っていてください。邪魔です! ううむ、こちらも解毒をかけますよ! 集中を乱してはいけませんよっ……清浄よっ」
アリエスタ「おう! どんどん重ねろ!」
なんと、治療をかけながら、空いた手で解毒魔術もかけ始めた。
同時に詠唱できるのか!?
そして、アリエスタの者より強い解毒魔術なのか、強い青い光が放たれている。
神父はかなりきつそうだな。
顔が歪んでいる。
どうだ!?
いや、これでもミウの様子に変化はないっ。
馬鹿な!
アリエスタ「ぐぅっ、ルーナ! 魔力貸せ!」
「持ってけ!」
片手を出したアリエスタに握ってない方の手を、ミウの上で合わせた。
解毒をかけ続けていた彼の魔力はもうずいぶん少なかった。
元々水底に降りて来た時にはだいぶ消耗していたんだったな。
魔力譲渡で彼に大量の魔力が流れ、解毒がかけられ続ける。
ソニー「え? 先輩が魔力切れ? 解毒で? ま、魔力譲渡? ルーナさんと?」
ビクター「これなら大丈夫だ! ルーナさんの魔力は凄いあるんだよ!」
レガリア「なんと!」
モード「……」
解毒がかけられ続けているのに、ミウの身体の変色が一向に治らず、握った手がどんどん冷えていくっ!
アリエスタ「っがぁ! 何でだよ!!」
彼は汗だくになって叫んだ。
ポタポタさっきから床に汗が垂れている。
解毒魔術の魔法の、青い光が強くはっきりしていく。
モード「……もう十秒以上たってます、治療で延命してますが身体が保たないでしょう、通常も高度解毒も続けてもだめですっ、神父様!」
マイケル「? 今は私は、高度な解毒薬の持ち合わせはありません――はっ!」
神父がモードの頭の上にとまっている青い鳥を見た。
マイケル神父「“セレナール”! “見ている”なら、私の居室の薬棚にある、“上級解毒薬”でも“万能薬”でも、とにかく大急ぎで持って来てください! たまには役に立ちなさい!」
そう言った途端、鳥が神父を見て頷いた後、動かなくなった。
なんだ?
マイケル神父「よく気が付いてくれましたモード室長、さすがです」
「いえ、ですが……」
セレナールに伝言したのか? 直せる薬を持ってこいと?
だが間に合うのか?
私に何かできることはないのか!?
解毒魔術が弱いのか? 更にもっと強くすればいいのか?
フィンとルッコがわんわん泣いている。
魔力はたくさんあるのに、私は強いと思っていたのに、何も解決できないじゃないか!!
魔法が、強い解毒術が使えれば!
あ。
ミウが、死んだ。
コトンと力を失って顔が横に倒れた。
フィン「ミウ! ミウー!! にゃあああああん!」
アリエスタ「あああああ、くっっそおおおああ!!」
「まだだ!」
だめだ!
まだ間に合う!
解毒をかけるんだ!
ガッ。
アリエスタから手を放し、彼の握る手ごと杖を掴んだ。
魔力が大きく乱れた。
そのまま魔力の、魔法の、解毒の魔法の流れを真似する。
彼の魔力の巡りと一つになり、さんざん見て来た流れを維持して、強化して、咆哮の時のように、解毒の魔法の流れを私にも引き込んで、身体中に巡らせ、彼に戻して、杖に集中させた。
“散々見た”んだ、呪文はいらない。
魔力が教えてくれた。
やるんだ。
青い光が一段と強くなった。
更に強く! 強い解毒を! やるんだ!
ゥゥゥゥ。
それはマイケル神父の治療の暖かな光を包み、まるで日向の様に更に暖かくなる。
部屋中が清浄な青に染まり出した。
モード「なんという青、いえ、(紫?)」
マイケル神父「なっ、馬鹿な!? あなた、これでは解毒どころか、“浄化魔術”だ!」
ウウウウウウウッ!
ソニー「ルーナさん頑張れ!」
ビクター「がっ頑張れえ!」
自分の体の奥底に、腹に、激流巡る魔力の奥底に、何かを感じる。
なんだ?
なんというか、咆哮の力がやって来る“向こう”だ。
アリエスタ「ぐぅぅぅぅっ」
ルーナ「先輩!」
魔力はもはや激流の様に流れていた。彼の身体にもだ。
苦痛なのか、顔を歪めてる。
私も汗だくで恐らく苦しい顔をしているのだろう。
私達の持つ杖が激しく振動している。
無理をしてる余波か?
ヴヴヴヴヴヴヴッ!
ルッコ「グズっ、ブィンッ! ほらぁっ、ほらぁ~っ」
泣き崩れて丸くうずくまっているフィンを揺り起こす。
「にゃああああん、にゃあっ、!?」
辺りは明るい青に照らされていた。
その光に照らされたミウの身体に変化が訪れる。
徐々に体の紫色が消えていってゆく。
よしっ! 治ったぞ!
握ったミウの手も暖かくなってゆき、少し動いた!
バキイッ!
ソニー「きゃっ!」
マイケル神父「むっ!」
アリエスタ「痛てっ!」
私は破片が額にぶつかったがそれどころではなかった。
ヴヴヴウウゥンッ………………。
カランカランッ!
杖が割れて弾け飛んだ。
魔力の流れも霧散し、その影響なのか、アリエスタが吹っ飛んだ。
ゼラ「おおっとお!」
背後にいた彼が受け止め一緒転がった。
私も反動なのか、身体がのけぞるが、屈んでいた片方の足を大きく後ろに下げつつ、踏ん張って踏みとどまった。
魔術がばらけてしまい、辺りを照らす青い光が消え去り、一気に脱力しかける。
一同「「……」」
終った?
いや!
ミウの身体が、また紫に変色し始める。
まるで中にまだ巣食っていたように!
どれだけ強い毒なんだ。
モード「まだ解毒しきれていませんネ!」
ソニー「嘘」
ビクター「ええ!? そっそんな!?」
ゼラ「ええ!? 何でよ!」
アリエスタ「うぅ~」
マイケル「……水の神よ……」
またかけ直すんだ!
手をミウの身体に当てる。
解毒をかけるんだ!
だめだ。
光は出ない。
杖がないからか、魔力の流れも魔法も上手く発せられない。
手の平がわずかに解毒の光を出すだけだ。
アリエスタ! また来てかけてくれ!
マイケル!
ソニー!
なぜやめるんだ!
「……っ!?」
ゼラに被さって倒れていたアリエスタが起きて痛ましそうに言った
「……ルーナ、もういいんだ」
だめだ。
だめなのか。死ぬのか? ミウが?
聞こえるんだぞ。小さな心臓の鼓動が。
弱弱しくなって止まりかけたのが、せっかく動き出したのに、また。
これはもう動かせないのか、毒を止められないのか。
フィン「……ヒック、ヒック」
兄は茫然とした顔で涙を流すだけだった。
マイケル神父「……この幼子に水神様のご加護を」
だめだ。
それは、認めることはできない!
まだ何も始まってないんだ!!
上を見上げ両目をきつく閉じた。
その時だ。
“何か”ある。
魔力の奥、浄化とやらの力の奥、咆哮の力に似てるが、違う、何だ、光?
まるで、“樹の枝”の様な、“根元”の部分に、“別の力”が視える。
見える。
感じる。
暖かい。
腹の奥に、私の奥にある何かが視えた。
強くなったからか、魔力を激しく巡らせたからか、この暖かな、治療の光のようなもの、咆哮に似たものに、私は全てを掛けた。
息を大きく吸い、目を開き、ミウに向かってその力を吹き出した。
――崩落現場――
街民達「? なんだ?」「? どこから?」
衛兵達「ほら、行った行った、? 歌?」
――冒険者組合――
ピクピクッ!
毛羽蜥蜴「ゴロゴロ……! ……クルゥ~ン」
バキッ! ガシャアン! こらあ!
冒険者「んだコラぁ! ん? なん――あ痛てぇ!」
バキボグッ!
冒険者「へへばーか、何やって、うん? あ痛たぁ!」
――猫屋――
レイア「まったく、お昼ご飯だってのに、どこまで遊びに行ってるんだにゃあ、ん? ……誰か、歌ってるにゃ?」
――下水道――
魔法協会長セレナールは瞬時にして、使い魔である鳥と秘術を用いて体を入れ替え、皆のいる下水道の入口部屋に突然出現した。
協会から飛び出て、隣の水教会に乗り込み、神父の留守の居室に駆け込んで、大急ぎで棚の施錠されたガラス戸を叩き割って、仕舞われていた高価な薬を幾つもひったくるようにして魔法鞄に詰め込んだ後、すぐさま転移したのだ。
そしてそこで起きていた現象に荒げていた息が止まってしまう程、大層驚いた。
――――
あのエルフの娘が歌っておる。
その不思議な声は大きいようで、小さいようで、美しく、のびやかで、清涼なる我らが故郷のような、森の息吹を感じる。
そして、恐るべき力の籠った“言霊”を放っておる。
齢二千歳程になる儂の知らぬ言語で。
しかし、何と心を解す旋律か……。
それに、先程まで使い魔経由で見ていた光景と違うではないか。
ただの歌ではない。
放っておるこれは、ある種の魔術じゃ。
まるで、歌の、そうじゃ、“海辺の魔物”が使う“魔術歌”に似ておる。
すでにこと切れておる、ミウと言う幼猫の子に向かって放たれ、部屋も反響を手伝い響き渡っておる。
床に落ちた盾が細かく振動し揺れ動いとる。
しかし、間に合わなんだか……。
皆は我が弟子同様に、完全に呆けておるな。
涙を流している者もいる。
マイケル、鼻水が出ておるぞ。まったく、簡単に感化されおって。
小妖精の少女が手伝うかのように共に歌っておるが、こやつは“妖精郷”の者じゃ、元々普通ではない。
それは眩く輝く魔光を放ち、空間を歪ませておる。
これは、“咆哮”に近い作用を持っておると見た。
ミウの毒による紫化色は、みるみると治り元の肌に戻ってゆく。
となれば、身体は生きておるな。
かろうじて命の灯は消えておらんかったようじゃの。
”魔眼”で見ると、毒の気配は欠き消え、健全な状態になっておる。
紫化色は体の端から戻って、胴体に集まり、そして、傷口の足に”移動”し、傷口のある足裏に消えていった。
そこは履物で見えないが、儂の“魔眼”には見えておる。
毒の気配が傷口まで行って出て行き、ガラス片に戻って終わった。
そう、”戻った”のじゃ。
通常の解毒の治り方ではないの。
異常じゃ。
まるで、毒に罹患する以前に戻したかのような……。
もしや、“古のお方”の“理の法”? いや、それとはまた違うように視えるが。
ミウの様子は大丈夫じゃの。
心音も正常に戻っておる。
血色も良い、解毒や治療をかけ続け、幼い体力がだいぶ失われておるはずなのに、全く感じさせず元気そうじゃ。
すぐに目覚めるじゃろう。
彼女の竜眼は半眼の状態で、恐らく意識なく放っておるな。
まるで腐れ教会の聖母像の様じゃが、隙だらけじゃの。
この魔術歌は彼女の声帯から出力されてはおらず、急激に減少しつつある魔力の、更に深淵から出されてきておる。
この魔眼でもその深奥は視えぬぞ。
しかし減少量と発動時間から推察するに、なんという魔力の持ち主か。
これは、鍛えがいがあるのぅ。
……儂は、弟子が見せてくれた竜族が秘める超常の力の幾つかの一つ、究極の魔術と称される“竜魔法”を、又の名を”竜詩”と記された古代文書の記録のことを、何故か思い浮かべていた……それよりもじゃ。
いい加減止めんと、何事もやり過ぎは毒じゃぞ。
娘の魔力が枯渇しかけておるな。
儂は懐から取り出した“鈴”を鳴らした。
――水教会――
パリンッ!
ガラスの割れる音に、神父の部下である助祭の一人が何事かと、部屋の戸を開けた。
「うわあっ!?」
その途端、青い鳥が部屋から飛び出し、廊下を突き抜け中庭を舞い上がって、空に消えてった。
読んでくださりありがとうございます。
小っちゃい子がなんかなっちゃうのはしんどいですよね。




