76話 先
どうやらリゾットは変異丸をスライムにやり変異させて、湖にばらまいているらしい。
湖では異変が起きていて、捕まえた小さく透明なスライムと汚水がそれと関係してるかもしれない。
ザァーーーーッ。
水槽の部屋の先は、ずっと聞こえていた水音の発生源だった。
長い通路の両脇に、流れる水が暗闇の中へ落ちて行っている。
まるで滝、みたいに。
そう考えるとこの通路は橋の様にも見えてくるな。
右側は石材の壁だが、左手の壁のように流れる水の向こうは、窓があるのかところどころ明るい。
水の壁の向こう側には、柱が幾つも立っているようだ。
まるで誰かが隠れていそうだな。
弓を構え慎重に進む。
ひしゃげた盾を背中から出して、持ち手を左腕に通してある。
アリエスタ「なぁ、柱の影に隠れたりしてねえよな?」
「どうだろうな」
彼は基本的に罠を警戒し、背後の子供達を守るように、水球を出したままだ。
私はつがえた矢を緩め、鉄槍の下部の、石突、を床になるべく自然に、少し強めに打ち付けた。
カァン。
「?」
アリエスタが訝しんで彼女をチラリと見る。
通路の中ほど、広くなってる場所の中央、床の石材が模様のある作りになっている。そこの下に空間があるのが水や石突の響き方でわかった。
誰かが潜んでいるな。
そこを意識して集中すると、明らかな、何かが呼吸する音を感じ取れた。
(ちょっと耳を出してくれ)
(出るか。そういう時は貸してくれっつーんだよ。何だ?)
作戦を相談する。
スライムになってもらい、多分蓋になってるあそこを開けて突っ込んでもらえば簡単に捕まえられそうだが、得体のしれないやつを体内に入れたくないと断られた。
(……なぁ、回り見て見ろよ? 大量の水があるじゃないですか、ルーナ隊長?)
あ、それだ。
ザアアアアア――ドバアアッ。
アリエスタが先頭に立ち、いとも簡単に、流れる水を大量に操り、巨大な水球を作り出した。
フィン「すっげえにゃ!」
ミウ「すらいむ?」
ルッコ「違うよミウ、あれは大水球の術だよー」
またルッコが首元に昇ってきてしまった。
気に入ったのだろうか。
アリエスタ「いやー、元々あるもん使えばこんなもんよ。っておい! しっぽが顔に当たってんぞっ、こそばゆいってーのっ! はぁったく、いくぜ? そーれっ」
大水球を紋様、のある床に落とした。
「んん? ……うん、ルーナの言う通り空洞がありやがる。床下に水を落とせるぜ」
「そうか。ところで、水中呼吸の魔法ってあるのか?」
彼はにやりとこちらに笑った。
フィン「兄ちゃんがなんか悪い顔してるにゃ!」
ミウ「にゃんで?」
ルッコー「水攻めー?」
「ああ、蜥蜴族とかが大得意だな。後は俺様レベルでやっと使えるくらいじゃねえ?」
大水球はみるみると床の文様の縁の隙間に入り込んで小さくなっていった。
さて、飛び出してくる前に入れ替わって盾を構え近づく。
罠はないか?
待ち構えていたとして、蒸気銃でも撃ってくるか、それとも。
む?
天井に何かあるな。
何かを取り付けてある。
布で包まれて縛られて。
宝でも隠してるのか?
夜目でもないと見えないぞ。
む、蓋がガタガタと揺れている。
出てくるか?
バカァッ!
リゾット「ぷはぁっ! ぶへっ! げほっ! ごほっ! っなんなん――うわっ!」
ズドオンッ!
キュィンッ!
ルッコ「わあ!」
文様の彫られた石板の蓋を思い切り押し上げ、水槽のようになっている中から水浸しのリゾットが飛び出して咽る。
すかさず盾で殴ろうとしたが、手に握っていた蒸気銃を、私に勘付いて見もせず撃った。
弾道を予測して、盾でそのまま受け流す。
巻きついていたルッコが驚き首を絞める、が私は平気だ。
奴のもう片方の手に黒杖が、アリエスタから盗んだやつから、魔力が練られている。
リゾット「げほっ! まっ! 待て! ごほっ! わかった! こうさっ、降参する!」
アリエスタ「騙されんな! さっさとぶっ殺せ!」
そのまま盾で殴るか。
「待て! 全部話す! “あのお方”の事も! 命だけは勘弁してくれぇ!!」
む。
じりじりと尻もちついたまま後退してるな。
言葉と表情とは違い、その眼は鋭く、動き回っている。
奴の魔力は乱れはしたが、杖が良いものなのか、そこに集中し発動状態? にある。
「止まれ! その杖を離せ、魔法を放ったら終わりだ」
腰の小剣の柄を握りそう言った。
リゾット「けほっ、俺を殺したら止められなくなるぜ? この街はもうすぐ滅ぶんだぞ? ああ、みんなお終いさ、俺だけが止められる貴重な情報を知ってるんだぜえ?」
アリエスタ「嘘付けコラ!」
むう。
後ずさりはやめたが、周囲を窺ってるな、何を企んでいる。
危険だ、とりあえず気絶させよう。
盾を構え防御しつつ、小剣の腹で殴ろう。
グッ。
足に力を込めたのと、奴が手探りしていた目当ての、“床石の仕掛け”を押し込むのが同時だった。
ガコッ。
リゾット「そらぁ!」
とたんに、紫の光が通路を照らす。
ヴウウンッ。
まばゆく光る魔法陣が床に出現した。
この音!
くっ、例の魔法封じか!
だが、陣は飛び出した背後からだ。
奴を“のせ”れる!
だが、片足が光に照らされていた。
そこだけ急に重くなって引っ張られるようにして、つまずいてしまった。
ガラァンッ!
リゾット「くっくっくっ! ざまあみろ! 死ねぇ! もうここはお払い箱だしなぁ!」
咄嗟に盾を掴み直す。
高笑いしながら起き上がり、奴は杖を突きだし魔法を放った。
ボシュンッ!
天井へ向けて。
ボアアンッ!
火球より小さいが早い、火花のような、つぶてのような魔術が放たれた。
天井に設置してあった何かに当たる。
火花が弾けて設置物の一部が焦げついたと思うと、全体がみるみる赤熱し発光し始めた。
包まれている布が焼け落ちて中が見える。
何か、細かく普通のとは違う文字が浮かび上がっている。
かろうじて見えて読めたのは、連なる、熱?
赤熱がみるみる明るくなる。
そして魔力がどんどん高まっている!
両脇に水壁流れる通路が、上は赤々と、下部は紫に、異様に照らされていた。
アリエスタ「!? “爆発術式”か!? ルーナ! ここら辺全部吹っ飛ぶぞお!!」
何っ!
後退するアリエスタ達。
立ち上がる。
ぐっ、力が中々入らないっ!
――ボゴオッ!
アリエスタの警告の瞬間、天井のそれが膨れ上がった――。
ドガアアアアアアアアンッッッ!!!!
爆発した。
たちまち天井にヒビが蜘蛛の巣のように走り、爆発の火炎と破壊された場所の瓦礫が弾け飛んで、高速で降って来た。
ガラガシャガゴドゴッ!
ルッコを抑え、高熱の放射ごと降り注ぐ瓦礫を盾で防ぎ、素早くアリエスタの方へ走る。
いつもよりまったく速度が出ない。
魔法陣のせいで体の魔力が乱されてるのか。
よろよろとゆっくり歩くことしかできん!
だが、動けるぞ!
アリエスタ「走れこっち!」
彼は自分たちの上を包むようにして大水球状の厚めの膜、水球の壁を作り出しているところだ。
そこへ飛びこむ!
リゾット「おいイカれエルフ!」
チラと振り返ると、通路の向こう側の、閉めつつある扉の奥から、去り際に奴が何か投げていた。
――瓶だ。あの強力な、“濃縮毒”とかいう瓶だ! ――。
私の眼に全てはゆっくりと見えていた。
――咄嗟に短剣を抜き瓶に向けて投げる。
しかし、リゾットの方が先に蒸気銃を抜き撃っていた。
降り注ぐ瓦礫の中、金属球の弾が瓶を破壊し、毒液がこちらに飛び散る――。
後退しながらも、盾で毒液を防ぐ。
距離は徐々に離れてゆく、食らわないぞ。
ジュウ――少し付いた毒液が瞬時に鉄盾を腐食させた。
ルッコが髪を引っ張り、上を見ながら耳元で叫ぶ。
「“うえ”えええ!」
大きな瓦礫の塊が頭上に落ちてくるところだった。
見ると天井のヒビ割れからボロボロと瓦礫が落ちてきていた。
通路全体が揺れ、床に亀裂が入り始めた。
天井ごと、崩れ落ちてこようとしていた。
――「っ(アリエスタ!)」
ルッコを引き剥がし彼の方へ投げるのと、頭に瓦礫がぶつかるのが同時だった。
バガアアンッ!
「うっ」
立ち止まる。
弾け飛ぶ毒液が割れた瓶の破片ごと盾にかかる。
一部、身体にもかかったか。
これ以上背後に飛ばさせるわけにはいかん。
意識が遠くなる。
水球壁がルッコを抱きとめた兄妹を包み終わる。
瓦礫が落ちても、受け流すように防いでいる。しぶきを上げて流れ落ちている。
よかった。
足元がふわりと浮く。
通路も崩れ落ちるようだ。
魔法陣は崩れて消えたか?
体のだるさが消えてきたが……。
視界が暗くなるのと、崩れ落ちる下の真っ暗なのは、どっちが本当の闇だろうか。
かすかに見える、彼らの立ち位置は、崩れていないようだな。
落ちながら、その様を瓦礫と共に闇の中から見上げた。
よかった。
ドゴゴゴガララララアアアアアアッッ!!
読んでくださりありがとうございます。
リゾットが使った魔法は火礫です。
小鬼の腰巻程度しか燃やせそうにないものです。
まともに使い物になるのはそれくらいしか身に着けていないのかもしれません。




