74話 毒粘体
毒のプールに青い水玉がたゆたっていた。
そこにとりつく緑の粒の群れ。
更には大きく育ち異様に変形する同色の怪物が迫っていた。
周囲の毒スライムが青い水とに変身した彼にどんどんまとわりつき、恐らく毒と酸を出している。
魔物の臭い袋、の味がするのだろうか……。
(ぐうぅ~いって~な)
水泡で包んでいるとは言っていたが、それもやられているのだろうか?
どちらにせよ時間がない。
きっともうすぐ、変化が解けて皆で毒スライムの海に放り出されてしまう。
チャプ、スライム変化を維持できなくなろうとしているアリエスタが、身体をうごめかせ、私を水面上、自分の体内より上へと押し上げ出した。
弓矢は乾いている。
装備もだが、私はすぐさま、こちらに迫り来る大毒スライムの、魔力集中部分へ矢を放った。
あの大きさなら恐らく……。
ギギギ、バヒュンッ!
(はあ!? よけた!?)
よけたな。
巨大毒スライム「……」
正確には、中の魔石を動かした。
矢は勢いよくスライムの液体内へと突き刺さり進んで、すぐに止まって中でたゆたっていた。
矢じり以外が溶かされ始めている。木から小さな空気の粒が出て。
そこにあったと思われる魔力の塊はズレて動いたのは見えている。
ミウ「あたったよ?」
(違ぇ、中の心臓みたいなのがよけたんだよ)
彼はこの状態でしゃべるときは体がプルプル揺れるんだな。
「しんぞー?」
フィン「おむねの中でトクトク音してるのにゃ、今姉ちゃん達が戦ってるから、大人しくしてるにゃ!」
「にゃんで?」
「もー!」
待て。
「アリエスタもわかるのか?」
(普段は無理だけどな。何でだか“この姿だと”、僅かに魔力とか奴のそれ《魔石》があるっぽい(魔力の集まった)とこが微妙に見えてるぜ)
ほう。
(⦅ってか分るおめーが凄ぇんだけど⦆あいつの魔石も透明なんだな?)
「ああ」
多分な。
スライム状態だと魔力が見えているようだな。
眼がないからだろうか?
話しつつも、続けざまに矢を連射しているが……。
ヒュンッヒュンッヒュンッ!
ズブッズブズブッ!
また避けたな。
巨大毒スライム「……」
「アリエスタ揺らさないでくれ」
(この状態の俺にそれ言う?)
子供達「はえーすっごい!」「がんばれ!がんばれ!」「おしい!」
(見えてねぇだろお前らは!?)
ズブブ、巨大毒スライム「……」
むっ透明魔石を更に奥に引っ込めた。
これはだめだな。
しっかり狙われてるのを理解している。
リゾット「おいおい何だ今の弓の腕前は!? 足も撃ったのに、何で治ってやがる!? だとしても、効くわけねぇだろバカ女がっ悪あがきを……はっ、まさか魔石を?」
手下「お、親分、ズラかりましょーぜ」
「い、いや、ないない、あるわけねえ! ……へっ、まぁいい、どうせ無理だろうしな……くっくっく、そうだ!」
(ごっちゃごちゃと忙しい野郎だな)
何かまたやる気か、外套から取り出してきたぞ。
「くくく、ったく、仕方ねえなぁ、駄目押しで“こいつを”くれてやれば、きっと殺ってくれるはずだ! おいっ! でかスライム! こいつを食え!」
黒い球だ。
変異丸かっ。
いかん!
奴に向けて矢を放つ。
ヒュン!
手下「ひひぃっ!」
リゾット「あ、おいっ! おま――ぐはぁっ! ぎゃああああ!」
手下「ひゃあああ!」バチャーンッ!
(よっしゃあ! ざまーみろっ、バーカ!)
変異丸を大毒スライムへ投げようとした奴は狙撃を察知し、瞬時に手下に隠れた。
が、その手下も必死に死ぬまいと横に考えもせず飛び避け、そのままスライムの海へ落ちてゆき、結局リゾットは膝に矢をくらった、残り二。
リゾット「うううああああっ!」
(なんだあのでっかい鼻くそみてえなのは? って、おいおいこっち来るぞスライム!)
横目では、大毒スライムが触手を伸ばし迫って来る。
蠅を叩くかのように丁度振り上げたところだ。
ポテッ。
そして、その触手に、変異丸がめりこんだ。
巨大毒スライム「……、……ッ」
平手のような振り上げられた触手が停止した。
すると、ブルブルと振動し始める。
始まったか。
黒い雲の様なものが、緑の半透明な液状の身体の内部にどんどん広がってゆく。
バシャア、ドプン、ドポオン。
いや、もはや巨大毒スライムと呼べるほど成長した奴の全体が振動し、湖までもがそれに影響し波打つ。
巨大毒スライム「……Жピ×¶§ウッΘ°ΦズЖ×」
リゾット「ううぅぅう痛ぇええ! ちくしょう! ひひっ殺せっ殺せえ!」
奴は膝に刺さった矢を手下にひっこ抜かせてたところだ。
(一体何だよありゃあ!? あっ、だめだルーナ! 変化が解けちまうっ――そうだっ! 魔力よこせ! こうなりゃ合体技の出番だぜ!)
「いくらでも持ってけ」
魔力譲渡で、変化は長引かせられないのだろうか?
(だめならもうお終いだけどよ。まぁきっと、倒せっけどな)
私は彼のスライムの身体の上に乗ったまましゃがみ、両手を彼に付けた。
このスライムの身体は彼の意思次第で中に入ったり、こうやって上に乗っていたりできるようだ。
下の、中で子供たちがこちらを見ている。
なんだか、お互い抱き合ってるが表情は楽しそうだな、不安や恐怖はそんなにはないのだろうか。
魔力の流れが手の平を通じて、丸く青い球体に巡ってゆく。
片や、緑が更に濃く、毒々しく変容してゆく巨大毒スライム。
見ると取り込んだ中に、たくさんの様々な剣や、槍が影になって浮かんでいる。
盾もあるな。
うん?
あの槍……。
フィン(あっ、姉ちゃんあっち!)
中からくぐもった声で子猫兄が妙な方向を指さし何かを伝えた。
むっ!
ヒュインッ。
ザシュッ!
寸前で身をひねって避ける。アリエスタのスライム体が一部切りつけられた。
(痛ってぇ! 何よ?)
彼の魔力が瞬間、乱れた。
パシャッ、ピチャン!
一旦離れてしまった両手をまた青い体にぴったりつける。
突然、背後から剣で攻撃されたんだ。
見ると、先端から剣が飛び出した長い触手が蠢めいており、短くなって巨大毒スライムに戻ってゆく。
なんとあいつ、体内に溶け残っている盗品の武器を使ってきたのだ。
巨大毒スライム「……ア」
まるで王蜜蜂の尻針のように突き出して、スライムアリエスタの上にいる私に触手を鞭のようにしならせ斬りつけて来たんだ。
鞭のように、最後はとても早かった。
ヴァインの炎鞭ほどではないが。
リゾット「くっくっくっ、どうだ! すごいだろう変異丸の力は! いつつ……」
避けたし余裕なんだが、勝ち誇ったように両手を上げ喜んでいるな。
膝は平気か?
濡れているな。魔法薬でもかけたのだろうか。
変異したとたんにこの知能、戦法か。
いや、兆候はあった。
恐らく、触手に取り込んだ曲剣と私の短剣がかち合った時に、意味を知ったのだろう。多分。
離れたとこで浮かんでいるだけの小さな連中とは大違いだ。
「助かったぞ、フィン」
(うん!)
なんだ?
握った拳に親指だけ突き立てて前に出して見せたぞ。
ミウとルッコもマネしてる。
今私は手が空いてない。
今度はボルトが飛んで来た。
サッ。
遅すぎるから音だけ聞いてかわした。
ドプンッ。
(いっ痛え!)
頭に刺さる軌道だった。
いい狙いだ。
“弩”を向け悔しそうにしてるリゾットをチラと睨んだ。
蒸気銃じゃない。
撃ってしまってもう蒸気がないからか?
それよりも、巨大毒スライムが同じ戦法を仕掛けようと、次から次へと武器付きの触手を伸ばし始めた。ゆっくりと、広く。
だが、見えているぞ、体内に残る刃が全て、こちらに向いて動いたのを。
(きたきたきたもう少し! よし、詠唱するぞ!)
「氷か?」
あの時並に魔力を譲渡しているが……。
(まぁ、見ればわかるぜ! それより、おいチビッ子共、飛んでくる刃に気ぃつけろよ! もっと奥下がってろ!)
気の利く奴だな。
何か子供の扱いが慣れてるようだが。
解けそうという変化は大丈夫なのか?
渡した魔力を使ってるのかもしれないが。
しかし私のことはまるで心配してないんだな。ふふ。
まぁ、躱すが。
(おいルーナわかってると思うが、こいつスライムのくせにえげつねえぞ、あの本体に残ってる刃……)
「ああ、見えている」
お互いの決め手が、交差しようとしていた。
?
なんだか気温が高くなって――。
ドパアアアッ――巨大毒スライムが四方八方、に広げた触手を突如、素早く伸ばし、くねらせて先端に付きだした刃を向けて来た。
ニュニュニュニュ――刺し、横なぎにし、しならせ、振り下ろしてくる。
そして中央本体の幾つもの剣も、体内から飛び出そうと蠢いていた。
(魔力譲渡は)まだか?
動きたいのだが。
――(もう手ぇ放していいぞっ! 両手をだぞ! うわわよけろよけろ!!)
よし!
シャキンッ。
すぐさま離した手でナイフと短剣を抜き構える。
丁度いい、拳当ても装着しよう。
来た。
キキィィンッ! ガキィンッ! キインッ!
捻り、躱し、飛び、着地し、曲げて、わざと胸当てで受け流して、しゃがんだ。
同時に、跳ね返し、受け流し、蹴って、叩いて、殴って弾き飛ばした。
四方八方からだが、全て同時ではなく、順序良く伸ばした触手を繰り出してくるな。
多分、ぶつかり合わないように気を付けているのだろう。
ヴァインと違って剣術の技も、速度もない攻撃だ。
遅いし“拙い”。
まさか、奴に感謝することになるとはな。
壁に飛び刺さり揺れる剣、たわみながら湖に沈む幅広剣、簡単に折れた刺突剣、重心のおかしい恐らく不良品の槌は殴り落し、青いスライムをへこませた。
(痛いっつうの!)
これで最後だ。
ズサッ、パシッ、ガイイイン!
ヒュオウン。
触手を切って、落ちた鉄槍をひったくり、次の中型剣の先端を殴って触手からもぎ取り回転させたそれを、短剣を素早くしまった手でパシリと受け取った。
巨大毒スライム「……アア」
驚いているな。
巨大化と変異の影響かなんとなくだが、スライムのはっきりとしない感覚が、奴はそうではなくなっているようだ。
(マジかよ!)
フィン「すっげぇにゃん!」
ミウ「え? おどり? あんまみえなかった」
ルッコ「わぁー!」
リゾット「っ……!?」
敵達を警戒しながらも得物を素早く見る。
うむ、長さは中剣、片刃、拳当て状の防護付きの唾か。
よいものだ。
そして、槍だ。
これには魔力がある。ふふ。
ニュバアアアアンッ。!
そうやっていると、やはりスライム本体から、たくさんの剣が棘山のように凄い速度で飛び出してきた。
面だ。
女王蜂の風撃のような。
槍を握る感触を感じる。重さ、重心、硬さ、鉄の材質、そして触れ合う魔力。
……私は中剣から手を放し、とっさに槍を両手で構えた。
目の前に刃の群れが迫る。
スライムアリエスタ(おいおいおいお――)
――リゾットは外套に手を入れているな。
子供達の息遣いも、アリエスタの発動しようとする魔力の高まりと熱も、湖に浮かぶ毒スライムの、減りに減ったわずかな数も、巨大毒スライムの魔力の流れも、中枢の場所も、はっきりと全てを感じていた――。
巨大毒スライム「……アッ!」
――魔力槍が私の魔力に繋がり、薄く輝く。
やり方は何故か知っている。
あの時野営で触った槍、初めて目覚めた時の錆びた槍、あらゆる武器の使い方を、何故か私は知っていた――。
ブオオオオオオオオオオオンッ!!
ガギギキンッ、キィンッ、ガギギギイッ!
ブチュチュチュブシャアッ!
槍が高速で回転し、全ての刃を弾いて、折って、破片を、刃を、跳ね返し、触手を細切れにして弾き滅ぼした。
完全に飛び出たすべての刃を、手前で回転させた槍で防いだ。
パシッ。
そして“落ちかけている中剣”を受け掴む。
痛みがあるのか知らないが、全てがやられ、巨大毒スライムが怯えるか怒るかのように激しく揺れ動く。
巨大毒スライム「……ア、アァッ……」
(すっげ! こいつ槍も使えんのかよっ!?)
みう「すごおい! すごおい! もっかい! もっかい!」
フィン「もうスライム、武器持ってにゃいよ!」
ルッコ「わあ! 槍すごい! かっこいい!」
リゾットのやつは手下と共に、口をあんぐりと開けて茫然としているしかないようだった。
魔法はどうしたアリエスタ。
あ、もう出せるなこれは。もしかして待ってて溜めてくれてたのだろうか。
(……烈火よ、混じれ! おらぁ! くたばれ粘体野郎! 焔ぁ!!)
アリエスタがようやく魔術を放った。
カッ!
ボゴオオオオオオオアアアアアアアッッ!!
巨大毒スライム「……ッピギャЖ×¶§!! ――」
ボボボボボオオオ。
熱い。
辺りが眩しく照らされた。
炎の大火球を放った魔道具の“ワンド”なんて目じゃない。
本物の強力な激しい火炎の息吹、砲撃が、火線が巨大毒スライムに突っ込んでいった。
ボボボボボボオオオオオ。
突如私達の中空に火花を弾けさせたかと思うとそこから噴き出て、今も放たれ続けている。
まるで、“竜のブレス”のようだな。弱い方の。
……待て。
今、私はなんて言った?
脳裏? に浮かんだこの化け物は何だ?
竜?
ブレス?
だめだ、体がだるい。
魔力をかなり失ったからか。
叫んでばかりで喉もちょっと痛い。
辺りは朝焼けの何倍も明るく橙に染まり、熱波が室内に吹き荒れた。
なんと、彼のスライムの身体と、毒スライムの湖が突然の高温に波打ち、沸騰、して泡立った。
なんだか、騒がしいな。
スライムか?
いや違う。
何かがあちこちで騒めいている。
“嬉しそう”に。
氷の大魔法の時もそうだったな。
しかし大丈夫なのかこれは。
奴は食らったそこからパアンッ、と弾けとんでしまった。
が、集中した魔力、魔石は外れたようだ。向こうへ飛んでいった。
リゾットが茫然と佇む一人だけ残った手下を押しのけ、膝を引きずりながら逃げる後ろ姿が見えた。
だが私は奴よりも、湖に落ち、すぐさま飛び散った体を集める大毒スライムに注意を向け、槍を構えて放とうと――。
「!?」
(あっ)
水の足場がなくなる。
ニュニュニュ――フッ。
アリエスタ「くそっ、うおおっ!?」
魔術の砲撃もスライムの身体も突如消え去り、元の彼と、周りに子供達が浮かんで、そしてみんな毒の湖に落ちる。
フィン「ひうっ!」
ミウ「ふみぃっ!」
ルッコ「わあっ!?」
アリエスタはあわてて両側の兄妹を、私は武器を放ってルッコの首根っこを掴む。
バチャアンッ!
「っ」
だが、膝下までしかなかった。
靴で防げている状態だ。
ボチャアンッ、槍は沈んだ。
アリエスタ「うげぅっ」
寸前で彼も掴むが、彼は下半身が漬かってしまっていた。
「「いにゃ~!」」
子猫たちがしがみつく。
「痛ててて爪立てんな! あんがとなっさっさと降ろしやがれ」
なんだか不満そうに睨まれた。
だが全部浸かって毒になるぞ?
あ、解毒とか水泡があるか。
気が付けば、身体全てを飲み込む深さの湖が、ただの毒液の水たまりとなっていた。
何故だろう。
巨大毒スライムがほとんどのスライムを取り込んだからか?
ザバァ。
慎重? に浅い毒液を歩き、四人を瓦礫の大きくなった島に昇らせる。
アリエスタと、彼が掴んでる猫たちも。
ルッコがしがみついて離れない。
他にも瓦礫島が幾つも浮き出てきている。
こんなに低くなって減ったのはあれだ。
あのとてつもない火魔術で開いた大穴だろうか、今も毒液が数少なくなった毒スライムも一緒に流れ込んで行ってるが、あ、留まった。
穴は床上、膝のあたりまで開いている。
ルッコは私の腕を登りつたって、首元に抱き着いた。
まだ震えているからなでる。
しっぽの毛がチクチクするな。
森の中で見かけたら、大きいリスにしか見えないぞ。
彼ら獣人族は、個々が人族と動物のどちらかに偏っているな。
商人ケンウッドやこのルッコは動物寄りで、ギルマスのロムガルは人寄りだった。
フィン「ひえ~、熱かったぁ」
ミウ「あついの!」
ルッコ「魔法使い様だ!」
アリエスタの魔力はだいぶ少なくなっている。
それでもソニーよりは多いように思えるが。
またやり過ぎたのか、しんどそうにしている。
多分、成長した弊害、だろうな。
巨大酸スライムに氷を放った時とは魔力量が違っていたから。
私は……半分以下といったところか。
上の足場に居る唯一残った盗賊の男は膝をついて茫然としているな。
飛びちったスライムがくっついているが気にもしてない。
巨大毒スライム「……ァ……」
毒スライムが復活しようとしてる。
だがその巨体は戻りつつあるが、魔力が大きく削られたかのように少なく、身体と共に弱々しい。
また変異されてもいけない、とどめを刺そう。
巨大毒スライムだった欠片が、ゴポリと泡立った。
読んでくださりありがとうございます。
大魔法再び。今度は炎です。
ルーナの服が渇いていたのは、周囲の水分を利用してスライムに変化する足しにしたんだと思います。




