70話 落とし穴
ズザアアアーーッ。
落ちた下は、斜めになっていて、油か何かを塗ってるのか滑って止まれず、加速してはるか下へと滑り落ちていく。
ガランゴロンガシャアンバリィンゴロガラァッ。
盗賊の一人や、幾つかの盗品や剣や、樽や、椅子や様々な物を巻き込んでだ。
盗まれた木箱も一緒に幾つか落ちた。
バガァンバキャァッ! カラァンッ。
転がり、蓋が開かれ、中の薬品が零れ落ちる。
ギンッ――ジュルウッ。
短剣を突き刺すが、油で滑り止まらない。
盗賊「ひいいい!」
アリエスタ「またかよくそおおお」
穴の下が見えた。
緑に明るい。
そして、また独特な臭いがする。
「毒があるぞ!」
穴を出た。
一瞬見回すと、広い空間だ、そして、毒の、“緑の水”が池みたいに下一面に広がっていた。
まるで海だ。絵の荒海とは違って平たいが。
池?
その中からまるで島のように崩れた瓦礫がのぞいている。
壁に扉もあるが、足場が崩れている。
天井にいくつもある穴からわずかに灯が漏れ、壁にも穴――排水口? がある。
私達が落ち出て来たのはその一つか。
ガギッ!
空中に放り出される寸前――とっさに排水口の縁の、油の付いてない石材に短剣を突き刺した。
「アリエスタっ!」
ガッ。
壁に足をかけ、手を伸ばして彼を捕まえる。
「をををわああ、っとお!」
パシッ! よし、掴んだ。
盗賊は離れていて無理だ。
だが、浮いた片足を伸ばすっ。
「掴め!」
「ひっ、ひええ」
ハシッ! よし、だが重いな。
ガリィッ!
「っ」
短剣を刺した石材の亀裂が割れ砕けそうだ。
そして私ら以外の全てが池へと落ちてった。
ドボンボチャンバチャアアアンッ。
「あいでっ」
アリエスタは勢いよく壁に顔をぶつける。
が、握った手は強く、離さない。
軽くて助かる。
変化してくれたらもっと助かるのだが。
魔力を集中しないとできないのかもしれない。
盗賊「ぎゃあああっ、たっ、助けてくれえええ!!」
なんだ? 何を怖がっている。
ヌルッ、男の手が滑る、落とし穴の油のせいだ。
「たっ、助けっひひゃあああ!!」
「落ち着けっもっとちゃんとつかめ!」
ガリリッ、バキッ。
割れ目が大きくなって突き刺した短剣ごと私達は少し下がった。
剣がえぐってるんだ。
アリエスタ「んおわ!? おいルーナっそんな奴なんか落っことしちまえ! ――ひょわっ!」
盗賊「嫌だ! 離さないでくれええ!!」
軽いアリエスタを一瞬で持ち上げ、背中を掴ませる。
「っきなり何すんだっ」
ズガッ。
すぐさま空いた手で抜いた小剣を壁に突き刺す。
安定したか?
「!」
ドプ、その間、男の足元の緑の池がうねり、触手を伸ばした。
緑の池、いや湖は、生きていた。
アリエスタ「ひええ!? おいおいおい! これ全部スライムかよ!?」
スライムの湖「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」
「おいちゃんと掴め――」
あっ。
ズルッ!
盗賊「うわあああああああ!」
持っていかれた、落ちた。
恐慌状態の男の足に巻きついて、油で手が滑り落ちた。
ドポオオウンンッ!
盗賊「っうぎゃあああああ!」
バチャアッ、ドパァッ。
暴れる盗賊の男にまとわりつく大量のスライム。
大量のスライム「……」「……」「……」「……」
盗賊はみるみる皮膚が変色してゆく、まるで蜂に刺された箇所のように紫だ。
やはり毒だ。
ここは、あの巨大スライムを思い出すが、境目もありそれぞれ緑色が微妙に違うので一つじゃないとわかる。
一体何匹の群れなのか、数えきれない。
「アリエスタっ」
「無理だ! あんなにまとわりついちゃ水泡なんてすぐ弾けちまうっ、倒した方が早い! あの湖みてえな数をやれんならな! 見ろよっ……もう手遅れだぜ」
(ウボボババボッ……)
スライムが顔面に覆いかぶさり、顔影しかわからなくなる。
それぞれが酸を出しているのか、急速に皮膚が溶かされ覆い尽くすスライムごと血緑色に濁り、暴れる動作が大人しくなり、死んだ。
「またか……」
崖のスライムと同じだ。
「ひぇーざまぁねえな、お前見たか? あいつのしてた首飾り、全部“耳”だっただぜ……(誰のか想像したくもねえ)」
「……」
私は助けなかった。
飛び込むのは無謀だ。
いや、言い訳だな。
あの男《盗賊》には恨みも何もないが……命がけで助ける気は特になかった。
「ったく、おいっ! 悪党だろうと関係なしに何でも助けようなんて甘いこと考えてっと、お前でさえ簡単に死んじまうんだからな」
耳の側であまり大声出さないでくれ。
「神様じゃねえんだから、何でもできるわけないんだからな。そもそも、俺をぶら下げた状態でそんなマネできねぇし、しようったって許さねぇかんな!」
わかってる。
それもあるから動けなかった。
「いいからさっさとあそこの、瓦礫に降ろしてくれよっ、いつまでこうやってんだよ」
そこにお前を投げようとは考えていたんだがな。
「うむ……すまん……あ、変化はどうした?」
この“とっかかり”を蹴り跳べば届くか?
「簡単に奥の手を使うのは“二流魔道師”のやることだからな。この状況じゃそんな魔力使いたくねえしよ」
「うん? アリエスタは魔術士じゃなかったか?」
魔道師とは強力な、セレナールのような者のことを言うはずだ。
すると、彼は奥の手とやらを隠し持っているのだろうか。
「細かいことはいいんだよっ!」
しかし、手下をまた犠牲にしたのかリゾットめ。
私達ごと落とすとは。
「毒はやはり下の方にしかないのか」
スライムの湖からは、毒の煙が漂っているが、こちらまでは昇って来ない。
一番マシな島になってるのはあれだけか?
降りれて安全そうな瓦礫を見まわしたら、遠くで妙なものが目についた。
それに、あの泣き声だ。
すぐ近くからしている。
この広間から。
アリエスタ「ったく、スライム臭せぇなここは……んお? おい、なんかいるぞあそこ、ホラ」
ああ。
彼が指さす先の、ここから斜め向こうの、大きな瓦礫が壁に倒れ掛かっている、その天辺に、何かいる。
天井の方が近い程の天辺の所に、茶色い毛玉が見える。
いや、あれは尾だ、丸まってピクピクしている。
うずくまって泣いている、獣人の子供がいた。
けっこう騒いでいたのにこっちに気付いてない。
多分大きな“尾”に丸まって、中でうずまって泣いているからだろうか。
ほんの僅かに何か言ってるような声がするが、わからん。
コポ、ポコン……スライム達の立てる僅かに泡立つ音の方が大きいくらいだ。
(ひっく……っく、ぐすんっ、姉ちゃん……)
「獣人の、子供がいる」
「はぁ? よく見えるな……てゆうか降りようぜって!」
ちょっとずり落ちて来ているしな。
バッ。
近くのがれきに何とか飛び降りた。
両手の刃を抜きつつ壁を蹴って。
トッ。
アリエスタ「ひ~、もう二度とおんぶはごめんだぜ、こいつら、襲い掛かって来ないだろうな?」
「んぉ、そこにぶら下がるな」
足を乗せてた腰の小剣に、今度はぶらんと全体重をかけて降りたからのけぞった。
まだしっかり足を着けてないんだぞ。
ガラ、トポン。
着地した瓦礫の回りは緑の池、湖だ。
スライム達はあの巨大な谷底の奴と違い、反応してこないな?
ここから水面、いやスライム面からは、大人一人分程離れているが……これ以上近づくのはやめておこう。
これだけ多くの気配が集まって、毒を吐いたり毒の液の中で蠢いていると、街中とは違った、小さな泡が弾けるような声を感じる。
盗賊を溶かした連中が特に元気が良いように見える。
あの子供はずっとあそこにいたのだろうか、こんなところに何故?
間にある瓦礫を飛んでってあそこまで行くことはできそうだが……。
む、誰か来るぞ。
答えはすぐに分かった。
子供の近くにある扉が開き、リゾット達が現れた。
そこに元々あった地面は崩れ落ちて、扉の所にだけ足場が残っていた。
壁の真ん中に扉だけがあるみたいに見える。
リゾット「おいおいおいおい、何だこりゃあ、何で生きてやがるんだ」
にやにやと笑っているな。
驚いてない。
わかっていたのか。
私達がそう簡単に死なないとやっと学んだのかもしれない。
おまけに手前の手下が盾を構えいる。投擲はだめそうだ。
学んだなリゾット。
リゾット「そういやあのフェアリーが一緒じゃねえな? チビ虫とは、はぐれたのか? 残念だぜ、高く売れるのによ」
アリエスタ「誰がチビだって!?」
お前にじゃないから反応しないでいいぞ。
あっちの方、スライムの湖に落ちた品が全て溶かされている中の一つで、妙なことが起きているのが横目に見えるな。
リゾット「おおっと動くなよ! ナイフ投げも駄目だ! こいつらに当たっちまうからなぁ、くっくっくっ」
馬鹿な。
ミウ「ひっく、びえぇん、やぁ゛~」
フィン「離にゃせ! 悪者!」
手下の一人がリゾットの背後から、両手それぞれに、泣き喚く小さな猫人の子供達の首根っこを捕まえて掲げて見せて現れた。
何故? 私を尾けて? いや、それは、ないはずだ。
アリエスタ「なんだあのガキ共!? って、お前なんか知ってるっぽいな!?」
彼は私の表情を見て気が付いた。
リゾット「くっくっくっ、玄関口の“ネズミ捕り”からいいもんが引っかかったぜ。ったく、人のアジト付近をウロウロしてしまいにゃ入り込んで来やがってよお」
奴は黒杖を肩にかけて泣く子達を平気で笑って見てる。
「“この前”もそうだ、どこから入りこみやがるんだか。しょうがねぇな獣人のガキってのは」
この前の子とは、あそこで泣いてる茶色の子のことだろうか。
ミウ「あ! るーな! るーな!」
フィン「ルーナ姉ちゃん!? さっきの小っちゃい人も! 捕まったにゃ! 助けてにゃ!」
アリエスタ「誰が小っちゃいだ!」
私に気が付き、二人は手を伸ばし暴れる。
捕まえている盗賊「コラア大人しくしろ!」
「「ぴやっ!?」」
アリエスタ「おい、あのチビ猫共、知り合いかよ! さっきとかなんとかって、おまえ尾けられてた系?」
らしいな。
リゾット「なんだなんだ? おまえら知り合いか? くっくっくっ、話しが早いじゃねぇかぁ。
おい、暴れるな、暴れんなっつってんだろこらあ! 大人しくしねぇと“毒スラ池”ん中に落っことしちまうぞ! おい!」
手下に指示し、扉の外、崩れかけの足場ぎりぎりから、二人をぶら下げる。
下は緑の毒の湖だ。
ミウ「みゃあああんっ! たかいよ! やだぁ! るーなぁ!」
フィン「にゃあ! 落とさないで!」
二人とも泣いてすっかり怖がってしまっている。
「やめろ!!」
アリエスタ「てめえぶっ殺すぞ!」
彼は魔力を練り始めた。
リゾット「おおっとぉ! ったくやっかましい連中だぜ、そこのクソチビ! 魔法もなしだからな! おい、お前、それ寄こせ! いいかガキ共、見てろよ、見ろって! 落ちたら、こうだ!」
別の手下が齧っている果実を奪い取り、奴は二人の前で落として見せた。
ヒュ~~~ドプンッ。
毒スライム達は侵入してきた物体にまとわりつき、果実はすぐに変色し、溶けて小さくなった。
齧っていた手下「あっ……」
ミウ「ひぅっ!」
フィン「にゃあーー! 溶けた! やだぁ!」
二人とも漏らしてしまい、落ちていった尿もスライムが溶かした。
下衆め、許さん。
パキッ!
その時、ルーナの足元のがれきに小さなひびが入り、周囲のスライムが揺れ動き始めた。
アリエスタ「っ……」
すぐ傍で起きたその様に驚き彼女を見上げると共に、彼は周囲の変化に、木箱と中の薬品を溶かすスライムの周囲に異変が起きているのに気が付く。
(あん?)
リゾット「お~怖ぇ怖ぇ、そんなヤベえとこの中から睨んできてもなぁ? くっくっくっ、わかったか? 圧倒的に俺様が上手なんだよ、散々邪魔してくれた恨みをようやく晴らせるぜ? おいクソチビ! 少しでも魔術の気配がしたら考えがあるぜ! 見ろ!」
アリエスタ「ああん!?」
奴は外套から小瓶を出した。濃い緑の液体が透明なその中に見える。
また毒か。
あと、何だ?
あっちの、木箱の液体を溶かしたスライムが激しく振動している。
アリエスタも気付いてるな。
そしてどうしたものか、周囲のスライムもこちらに群がって来たな。
刺激してしまったのか?
「……よぉく聞けよ、こいつは一滴で、オーガもぶち殺す猛毒中の猛毒の、“濃縮毒”だ。
こいつを“精製”するのにゃ大変な手間がかかってんだよ、おっと! あぶねぇ、零しちまった」
奴は小瓶の栓を慎重に外しながら言った。
ユラユラと揺らして自慢し、そして、わざと二人の目の前で少し垂らした。
あれはとても危ない匂いがする。
ジュワアアッ!
「むっ!?」
はるか下の湖に垂れたそれに、スライム達が急激に反応した。
死んだ?
たった一滴で周囲のスライムの色が紫に変化して、死滅したぞ。
開いた穴を繕うように死骸を瞬く間に溶かし食う他のスライム達。
毒に耐性があるはずでは……。
アリエスタ「はああ!?」
兄妹「ふにゃあああ!」
「くっくっくっ、わかったか? 俺様の言う通りに大人しくしねぇと、手元が狂って、猫共に落ちちまうなぁ?」
そう言って、毒の小瓶を二人の頭上に持っていった。
蓋はすぐに閉じたのは見ていた。
脅しだ。
アリエスタ「てめえ!」
ミウ「うにゃあああんっ、うにゃあああん!」
フィン「にゃああんっ!にゃああんっ!」
リゾット「あ~ったくうるせえな! おいっ、一匹落っことせ」
アリエスタ「ちょっ! ――」
――ズガアアアンッ!
盗賊「ひぃっ!」
二人を捕まえる盗賊の頭のすぐそばの壁に、気が付けば小剣が半ばまでめり込んでいた。
一瞬の事だった。
賊共「「!?」」
リゾット「てめ――『貴様らが動くな、二人に手を出せば全員殺す』――ぇひいぃ!!」
この時。
激怒した竜の瞳が極限まで収束し、悪党共を見据え、ゾッとその皮膚を粟立たせたのだ。
ミウ「るーな!」
フィン「姉ちゃあーん!」――。
――――
アリエスタは見た。
ルーナから何かが出ている。
魔術に似た何かが。
師匠が本気の時にも見たことがある気がする何かが、今回は確かに見た。
怒気に反応し、周りに迫って寄り集っていたスライムが、今度は恐れるかのように離れはじめ、瓦礫の島がわりかし大きくなる。
なんだかよくわかんねぇけど、わかりやすい奴だぜ。
でも助かった。
俺も頭に血が上っちまったからな。
やっぱクールに行かねぇとな、魔術士たるもの。
あそこの盗品溶かしたスライム達も様子がいよいよおかしいぜ。
確かあれ《木箱》の魔法薬は、効果増幅薬、だったか? スライムに与えるとどうなったっけな?
……あっ。
それにルーナの奴は剣をあそこまで簡単に投げれんのか、よし、作戦を思いついたぜ。
(おいっ、ルーナ、よく聞けよ、いいこと思いついちゃったぜ俺)
読んでくださりありがとうございます。




