69話 下水
緑の煙につっこんで勢いそのまま、弩の罠を台座事蹴っ飛ばす。
薄目を開け、通路が左右に別れていので、右に走る。
奴らの物音がする方へ。
毒の瓶ばかりあるな、今度のは糸を躱せた。
と思ったら、糸は二重に張り巡らせてあった。
結局瓶は落ちた。
おのれ。
そして、罠が連動して、天井のトゲだらけの格子がぶら下がる形で落ちて来た。
素早く、落下が勢いをつけだしてこちらに刺さる前に、棘をよけて掴み止める。
毒の煙の中で息を止めながら。
目が痛いな。
毒が効いてきているのか。
薄めに、止めた格子の向こう、通路奥に、また弩が設置してある。
ギギィバキイッ! ブオゥンッ!
格子を引きちぎって、そこにむかって思い切り投げ飛ばした。
すると、弩が囮で、通路手前の汚水の中から槍がいくつも突き出て来た。
ジャバアッズドドドドッ。
ガラアアンッ。
投げ飛ぶ格子の間に、奥の槍が通過して、格子罠がからめとられて落ちた。
少し警戒し、それらを蹴っ飛ばして破壊する。
バキンッ、パシッ、ヒュン――ガシャアアンッ!
折れ落ちる槍を掴み上げて、罠か知らないが弩に向かって投げて、破壊した。
まだ息は続いている。
煙は漂い、下に滞留してゆくな。
だがわからない、少しでも吸えばどうなるかわからん。
煙がないとこへ移動して、素早く息継ぎをしようとすると、そこにも罠があった。
カコン、ピュピュンッ
壁の、石造りの隙間から、小さな矢がいくつも飛んで来た。
ここの足元は少し盛り上がって、渇いててそれ程汚くもなかった。だからまんまと誘導された。
あいにく仕掛けの音が先に聞こえたので避けたが、矢じりに何かが塗ってあったな。
効果的だ。
まんまと罠にかかっていた。
かかる気はないのだがかかる。
リゾットの仕業か。
奴はこっちの才能があるようだ。
罠をよけたので息継ぎをする。
僅かに、鼻にツンとくる匂いを感じる。
毒の臭い?
やはり、完全に吸わないようにするのは難しいのだろうか。
毒の煙はすぐ後ろに迫っていた。
進もう。
また扉だ。
向こうに何かいるな。
それとよくわからないが、とても大人数でだ。
多分確実なのは、人、いや鼠か?
ガッ。
今度は開かなかった。向こう側を何かで塞いでいる
ドガアアンッ!
扉を思い切り蹴ると破ることができた。
罠は!?
「……(くそ)」
扉を塞いでいたのは、大きな鼠がたくさん入った檻だった。
蓋は扉に面していたようで、蹴とばされて動いた檻の開いた蓋から這い出て来た。
でか鼠達「「キイイッ!」」
怒ってるな。
いや悪かったが、事故だぞ。
十匹以上いて、大人の頭以上の大きさだ。そして死臭のする息を吐いている。
腐った肉の臭いもするな。わずかに鼻をしかめた。
なんだここは。
この小さな部屋には、人らしき骨がいくつも散らばっている。
檻の下敷きになってる骨死骸もいる。
ああ、“彼らの気配”だったのか。
背後から毒の煙が来るが、蹴とばした檻にも仕掛けてあって、当然蹴とばしたので割れて煙が充満しつつあった。
それに包まれて行く鼠共は毒に何の反応もしていない。
平気なようだ。
今頃アリエスタは下水入口で止まっているだろうか。
戻るか?
撤退するなら今だな。
逡巡する間、痛みがひどくなり目をつぶった。
やはり毒は厄介だな。
息はすでに止めてある。
――化け鼠が襲い掛かる気配。
見る、嗅ぐ、が駄目でも、動き回って息をする音ではっきりと場所がわかる。
こちらに威嚇の鳴き声を出し、まるで忍ぶつもりがないから。
それに、目をつぶると、よりはっきり連中の魔力が感じ取れていたのだ。
こいつらの魔力が高いわけでもない、“視える”ようになったんだろう。
まだ息は続くぞ。
スチャ。
私は微笑みながら、短剣全てを連中に次々と投げた。
――――
「まじかよ」
残り数匹を逆手に持つ短剣と、腰から抜きざまに小剣で斬り別けた後、アリエスタの声がした。
やはり背後から近づいていた気配は、彼だったか。
顔を向けると彼の背格好をした魔力の塊が見える。
杖が見えないな。
魔法の円が彼の上半身を包んでいる。
「え? おま、ずっと息止めてたの? 目ぇ瞑って? ……い、いやいい、今水泡で包んでやっからな。待ってろ」
彼の声が少しくぐもって聞こえて来た。
すいほう? 水の泡、か?
やはり水球を膜状にして顔まわりを包んでいるのか、それで煙を通って来れたのか。水泡か、なるほど。
む、彼の魔力の流れが指先から、私へと行って、水の感触と共に、周囲を水泡らしき魔力が覆った。
「待ってろよ、今解毒すっからな……うーん、何でかうまくできるな、俺ってば天才か? よし、目開けていいぞ、その中は安全だぜ」
ふむ?
それは恐らく、彼も位階が上がってるからじゃないだろうか。
彼がしゃべってる間、目の痛みが和らいでいく。
口を開け空気を吸い込むと、さわやかで新鮮な空気と水気を舌に感じた。
あまり臭くない。
目を開けると、淀んだ視界がすっきりし、痛みも引いていた。明らかに水球内の空気が浄化されていた。
見ると、水球下で淀んだ水が垂れている。
この水球は空気を浄化しているのか。
目を瞑った際の解毒の魔力の流れ、詠唱もしてなかった。
膜が出ているからだろうか?
もう一度魔力の流れを閉じた目で見る。
以前よりも良くなっているし、よく見えていた。
不思議だ。
それに、腕を上げたなアリエスタ。
開けると、同じように包まれているアリエスタがいた。
「すごいな、助かった。ありがとう」
「いやいや、凄えのはお前だろ、罠に面と向かってぶっ壊してって、挙句には毒牙鼠共を毒霧のなかで目と息止めて全滅だよ? どんな達人よ? 俺ってば超らくちんだったぜ?」
ちょうらくちん?
あと、毒牙鼠?
こいつら毒持ちだったのか。
毒だらけでよくわからない。
こら、死骸を蹴とばすんじゃない。
刺した得物をまだ回収してないんだ。
短剣を全て抜き取る。
魔石は全て砕いたし、あったとしてもあまり触りたくない。
拾ったそれを水泡で洗わせてもらい仕舞いながら、後は犠牲者らしき骨をかき分け、中に見えていた魔力の塊を拾い上げた。
ふむ。
魔石、ではないな、ガラス、いや宝石、だろうか? 触るとでこぼこな部分がある。
汚れていてわからないが、鎧に付いているベルのとことは違う袋に仕舞っておく。
「毒で目をやられていてけっこう痛かったぞ。この魔術はとてもすごいと思う。杖なしなのもすごいな」
「ま、まぁな。へへっ。なんでか今日は調子がいいのよ、すげー寝不足なのに」
うん?
「あと一応言っとくけど俺は毒に詳しいからな、この毒煙、けっこうやばい毒だぜ。普通、一息で倒れると思うんだけどねぇ」
と言って、私の充血していたであろう目を見た。
そうなのか、ああ、私は耐性があるのかもしれないな。
お、そう言いながらも、出した手で煙に触れ、その手を水球に戻して、舐めたぞ。
大丈夫なのか。
「ま、耐性でもあんだろ? 俺の方も鍛えられて付いてるけどな。で? こっちで合ってんのか? 音かやっぱ?」
やはりか。
「ああ、その通りだ、次の次に多分“居る”ぞ」
私は手を耳に当てた。うん、いる。
「へぇ? ほんじゃあ、とっ捕まえてこんな汚ったねぇとこからおさらばして、賞金で豪華な昼飯でも食おうぜ」
ああ、賛成だ。
だが、ガストン達にまた叱られるかもしれない。
最後の回収した刃物がビチャビチャだったので水泡で丁寧に洗ってたら、余計魔力を消費するからやめろと言われた。
ああ、これは常に魔力を放出して展開しているのか。
解毒の魔力の流れをずっと眺め続けてながら、扉を調べ、開ける。
罠はなかった。
だが最大に気を付けつつ部屋から出て通路を行く。
私が先、後ろがアリエスタだ。
少し階段のように昇りになっている。
出口か?
下水はここで終わりだろうか。
ここまで罠はない、階段の先にまた扉。
開けると、普通の部屋が見えるだけだった。
またしても安全だった。
慎重に部屋に入るが、罠はなかった。
汚水もない。
ああ、荷物が置いてあるな。盗品だろうか?
本当のただの部屋だった。
アリエスタが目ぼしいものを、当然のように素早く掴んで懐にしまっている。
地形的に、泣いていた子供はここら辺な気がする。
(なんだよっないのかよっ)
小声だな。
水壁を消すアリエスタ。
部屋の奥の扉の向こうに、奴らの気配がする。
(ほんとにいんのか? 敵?)
(あぁ)
普通に談笑しているな。
……この水増し薬でよ……そう、増やしまくって……あの方にはバレやしないぜ……。
ああ、ここまでたどり着いたと思われていないのか。
待ち構えてる感じじゃなかった。
(あ、ちょっと待て!)
ドカアアンッ!
ドアを蹴破った。
「あーあ」
手下「うわ! ぐべっ!」
ドサアッ。
リゾット「うおわあ!! ななん何だぁ!?」
一人、蹴破って蹴り飛ばした扉に巻き込まれた。
リゾットと、手下が四人だ。
「ホントに次の次にいやがったよ……っておお!? お宝がたくさん! って違ぇや、おぅおぅ観念しやがれ盗っ人共ぉ!!」
堂々と入って行くアリエスタ。
む、すでに水球を出している、三つもか。
腕を上げたな。
彼も位階が上がったのか。
リゾット「ひえっ! おっ、おまえは、イカれエルフ!? ば馬鹿な! それに……こんなところまで追って来やがったのかクソチビ!? ててめえらどうやって入って来やがった!? 罠だらけの中を!?」
前もそう呼ばれたな、仇名になったのか。
「んなもん全部ぶっ壊したに決まってんだろマヌケぇ」
……壊したのは私なんだが、実際はまんまと罠にかかりまくったマヌケだから、何も言わない。
罠が心配だが、自分たちがいる部屋にはないか。
どうやらこいつらのアジトの一つみたいだ。
灯に照らされる盗賊達と、絵や毛皮や壺、盗品の数々が散らばっている。
む、剣や槍が何本も樽の中に入っているぞ。
罠の部品や仕掛けや道具類が壁際の卓にたくさん置いてあるな。毒瓶や丸めた線等。
連中はその中で、盗んで積み上げた木箱を囲うようにして、椅子や床に座りこんで酒を飲んでいた。
アリエスタ「あっあっあっ、動くなよ? こいつが顔面にびったり貼り付いて窒息しておだぶつだぜ? 誰が食らいたい?」
お、武器を抜いた奴らが、ぴたっと止まって唾を飲み込んだな。
部屋はあまり広くない、水球はすぐに飛んでくるだろう。
盗賊達はそれぞれ曲剣や短剣を抜いている。
「……」
リゾットは黒い杖とは逆の手を外套に入れているな。
油断できないぞ。
別の出口らしき扉が奥に、壁に梯子があり、天井に壁と同じような石材の蓋のような出入口がある。
アリエスタ「よう、なんでそれ盗んだか聞かせて見ろや、一番先に吐いたやつは特別に逃がしてやってもいいぜ?」
手下「まじか! スライムに撒くのさ! それで――ドオンッ! ――ぎゅぐっ」
!
ドサアッ。
リゾットは口を滑らせた手下を、抜いた蒸気銃で即座に撃ち殺した。
キィンッ――リゾット「痛ってえ!?」
私は奴が抜いた銃に反応して短剣を蒸気銃に当て、手から弾き飛ばした。
アリエスタ「うるっせえ!?」
スライムに撒く?
弾は吐いた奴の喉に食い込んで貫通し、向こう側の石壁に穴を穿った。
相変わらず大きな音がして部屋中にこだまする。
そしてリゾットの手からガチャンと落ちる、短剣の刺さった蒸気銃の音。
む。
床下に、空間……?
響きが?
リゾット「チッ、おしゃべりやろうがぁ!」
むっ、奴の視線が下と、自分たちの足元に素早く走る。
下、むう、先程空間を感じたぞ。
いかん!
「アリエスタ――」
ガンッ。
奴は背後にある壁の、色が少し他と違う石の一つを急に思いきり叩いた。
ガチッ。
「なん――おわっ!」
私は咄嗟に飛んだ。
しかし、失敗した。
寸前で足元の床が突如ガタンと下がり、力が入らず、すぐに奴らの方へと横に床全体が動き出して体勢を崩したから。
下がった床全部が横移動して、リゾットの足元手前の、床の中に収納されるようにして入っていき、“下への穴”が現れた。
アリエスタ「ぐぺっ」
彼は体勢を崩し、移動する床の端に顎をぶつけながら下に落ちた。
「うわわわお頭ぁそんなぁああ」
それを見ながら、私とアリエスタと手下の一人が下の空間に落ちていく。
アリエスタ「うおおおてめええっ」
焦ったアリエスタの放つ水球は明後日の方向にそれぞれ飛んで弾けた。
ヒュン、バアン、バシャアアンッ!
リゾット「くっくっく、あばよお!」
また落とし穴に落ちた。
読んでくださりありがとうございます。
謎のガラス玉を毒ネズミのとこで拾いましたね。




