68話 貧民地区
泣き声の聞こえる場所にたどり着いた。
穴の中だ。
石材を組み合わせた床に穴が作られていて、その中から聞こえてくる。
子供の声だ。
間違いない。
普通じゃなくて響き渡っている音だった。
音が石と地下に響いて跳ね返って、大きくなって聞こえていたんだな。
下にいるらしき、小さな鼠の声も同じ様に響いて来てるから。
落っこちたのだろうか?
だがしかし、穴は石の“格子”で塞がっているし狭くて無理だ。
中は真っ暗だ。
目を凝らして見ると、奥が斜めになっていて下まで見えない。
臭い。
そういえば街のどこかでもこの穴は見かけたな。
地下、下水道? が街の下に広がっているのだろうか。
壊して入るか……いや、別の出入り口を探そう。
臭いがしているはずだ。
下水の臭いを探しているとなにやら物音が聞こえてくる。
む、騒がしいのが近づいて来たぞ。
路地の向こうの通りだ。
コト。
弓の先っぽが壁に当たる。油断した。
腰の小剣は抑えてたんだが。
「……」
こうしてると壁の向こう側に住んでる者の動きを感じる。寝てるな。
周囲にも割と多く気配がある。
タタタッ。
立ち止まり様子を見ていると、何人か走って来ているのが通り過ぎていくのが見えた。
「!」
あいつだ!
一瞬のことだが、確かに見た。
あの帽子、外套、黒杖っ盗賊のリゾットと、他の盗賊達だった。
なんだ?
抱えられるぐらいの大きさの木箱をいくつか持っていたな。
何から逃げてるように見えたが。
追いかけてみるか。
下水の臭いが強い方へ向かっていったし。
路地を出て奴らの背後を見る。
む! また誰か来る。
「待ちやがれくそがぁ! ってうお!? ルーナぁ!?」
あれ?
アリエスタだ。
「どけどけ! 追っかけんぞあのクソ共を!」
通り過ぎていくので付いていく。
汗だくだな。
「構わないが、どういうわけだ」
共に追いかける。
「うちから――魔法協会から薬を盗みやがったんだよ! ぜってーとっ捕まえろ! 賞金付きだぞ!」
ああ、そういうことか。わかった。薬はわからんが。
あ、連中が持ってた、中身をガチャガチャ言わせてた木箱のことかな。
一緒に追うが、走ってるここは通路じゃないな、古い下水溝? だろうか。
使われていないようだが一応、中央の溝や、周囲の小さい穴からわずかに汚水が流れて集まり、追う先へと流れていっている。
奴らの足は速く、もう見えないが、体臭で跡は追えるな。
この作りと、臭いから察するに、恐らく下水の入口に向かってるんじゃないだろうか。
「こっちは下水の入口があるのか?」
「はぁ、はぁ、知るかそんなこと! はぁ、でもよ、はぁ、どうせドブ鼠共が逃げ込むならっ下水に決まってるぜっ」
リゾット達はドブ鼠か。
アリエスタは走りつかれてるようだな。どんどん離されているぞ。先に行くか。
「先に行ってるぞ」
例の足裏に水を貼りつけて滑れば早そうだが。
「あっ! はぁ、ちょ、待って、ほっ、報酬っ山分けだからな! ぜぇっぜぇっ」
ブレないやつだな。
ビュオッ。
先に走った。
「はぁ、ええっ!? ……はぁ、はぁ、いや早っ!! 過ぎっ、あ゛あ゛あ゛~~っ、ぜえっぜえっ」
タッバッ、ズルッ、トッ。
中々足場がぬめっていて悪いが、乾いた場所を意識して踏み早めに走る。
いけるな。
ヒュオオオオッ――風が耳に通り過ぎていく。
これで転んだら痛いかもしれない。
ここら辺は多分地面より低くなっていて、陽も刺さず薄暗い。
覆いかぶさるように増築していびつになったあばら家がそれを助長させている。
バシャッ。
汚水かなにかを窓辺から放り捨てる手が見えた。
スライム――……ッ! ※Ж§Θ――。
途中、手の平程の小さなそれがが蠢いていたが無視した。
鼠を踏み潰しそうになるが頑張って避けて走った。
「チュウッ!」「キイッ!」
あった!
入口だ。
タタタッ――……。
「ふぅ」
屈めばかろうじて入れそうだな。
腐った木片やがれきやゴミやに半分埋もれて見つかり辛いい場所にある。
周囲は人の気配もないし、わざわざここに降りて来る者もいないだろう。
ごろつきもうろついていたし。
下水の臭いもひどい。
多分私は平気な方だから、皆はかなり臭ってる筈だ。
なぜ奴らはここに入って行った?
出入りしている痕跡はないが……罠だろうか?
地形的に泣いてる子はあっち側か。
「……」
なんとなくだが、もしかしてここから入って回り込めば、構造としては辿りつけるんじゃ……。
背後を一瞬見て、直ぐに入る。
アリアエスタはまだ来ない。
バキィッ。
入口を隠すようにしてる木の板は蹴っ飛ばして壊しておいた。
彼が来たらこれですぐわかるだろう。
ピチョン。
狭いのは入口だけだったようだ。
中は屈まなくてよかった。
真っ暗だが、夜目で見ることはできる。
バシャパシャ……。
主な通路になってる横の小さい通路から、連中が下水を走る水音が聞こえる。
近い。
追いついたな。
ピンッ。
!
追跡を感づかれないよう、下水をさけ脇を歩いたのが悪かったのか、また罠にかかった。
夜目でも見えない細い紐が張ってあり、当たった寸前に気が付き離れたが、仕掛けが動いてしまった。
パリンッ。
「!?」
何か瓶が落ちて割れ、そこから煙が膨れ上がる。
タッ。
息を止めて走り抜けた。
う、少し目に入った、染みるっ毒か? 酸か?
すぐ前に扉があった。
開いているか!?
蹴破ってもよいが。
ギ。
鍵はかけられていなかった。
開いた。
煙が迫る!
ギイィ――開けて入る。
カチリ。
なっ!
ドヒュンッ!
前からボルトが迫って来た。
掴み――やめた。
僅かに、表面が妙にてかっているのが見えた。
通路天井の小さい穴から、外の光が射して見えた。
何か塗ってある。
バッ――ガンッ!
扉に刺さった。
ィィィィン……。
扉の先の通路の奥に鎮座する仕掛けの弩からボルトが放たれたんだ。
「っ」
バリンッ、バリンッ。
その仕掛けと連動してるのか、また何かが落ちて割れた。
むう。
向こうに謎の煙が充満し、こちらにモクモクと迫って来るな。
煙は緑色をしてる。
背後の扉の向こうは、ああ、刺さったボルトと扉の隙間から煙が漏れて来ている。
挟まれたな。
……。
やるなリゾット。
「すぅーー……」
スチャ。
私は息を思い切り吸い込んでから、短剣を握り、迫り来る煙につっこんだ。
――昨晩のアリエスタ――
修行を度々抜け出し、金儲けにいそしんでいたアリエスタ。
昨晩魔法協会の会員である魔術士達の筆頭、会長にして、彼の師匠でもあるセレナールにとうとう捕まり、協会へと連行された。
魔道師セレナール「まったく、魔法の鞄まで無断で持ち出しよって、おまけに魔道杖に魔法薬も、ずいぶんと用意のいいことだ」
「(いや鞄じゃねーだろ――じゃねえ)あっ! ちょっ! し、師匠! 中の荷物は、金だけはあ!」
「儂は泥棒か馬鹿者! 預かっておくだけじゃ」
む、この素材は研究に使えそうじゃな、少し分けてもらおうかの。
となにやらブツブツ言っている。
セレナールの使い魔であるクラゲのような、スライムのような半透明のそれが、その水の触手を伸ばして水球に閉じ込められた彼の身体の隅々まで調べ上げて、持ち出し品を没収する。
アリエスタがバシャバシャと水球を叩いて抗議するのもおかまいなしに、触手はするりと水球を通過した。
「つ、杖がないと魔法が」
「ぬ? 横着するでない、なくとも集中する術は教えておろう」
「か、鞄がないと冒険者業が」
「はて、そんな副業をする暇があるとはの? 食事付きの修行は楽過ぎて元気が有り余っているようじゃな? もっと厳しくするかの」
「い! い、いえ師匠、ただ、俺にも将来の計画設計というものがあってですね?」
「……“守護都市”の“孤児”アリエスタよ、孤児院の恩返しにといくら稼いでも、都市の孤児はいなくならないのだぞ」
「え? いやいや、はは、何の話ですかね?」
カンッ。
「たわけ! 盗賊に囚われ己さえも守れぬ未熟者めが、儂がどれだけ探し回ったと思っておるっ、“弟子の証の杖”までなくしおって」
彼が手にする茶碗が卓に強く置かれる。
「先ほども逃げてやり過ごすところを、例の娘に励まされた口じゃろ」
「……ぐぬぬ」
「はぁ、今からそなたには罰として書庫の整理を命じる。終わるまで睡眠を禁じる――誓約――」
「な!?」
セレナールの命令に、何か魔力的な影響が及ぼされた。
声が彼に向かって振動し響き渡り、光を伴った。
「ぐえぇっ、ま、まじかよ! お、鬼だ!」
この建物に住む者の常識だが、書庫はかなり広いのである。
「愚か者めが、儂が不在の間に与えた一週間の仕事を、放っぽって抜け出すからだ。 さて、儂はぐっすり寝るとしよう」
キィ。
彼の部屋を出るセレナールと、宙に消えていく浮かぶクラゲ。
「あっ、師匠ちょい待ち! どうしてさっきルーナを無視したんですか? 同じエルフなのに」
彼は最後に気になったことを口走った。
「たわけ、先程は“お主を捕えに用向いたのみ”よ」
パタン。
師は、それだけ言って自室に戻った。
その後の独り言は、小人族の耳には入らなかった。
(ただの民草の儂ごときが、“王族同然の存在”に偶然出会ったというだけで、気軽に言葉を交わすような無礼な真似ができようか……)
――――
そして未明、書庫の整理をほぼ無理やり終え、寝不足で倒れそうな彼の耳は隣室からの物音を聞きつけた。
「ん? 気のせいか? 幻聴が聞こえやがる~」
瓶がぶつかり合う音が聞こえた気がした。
それは薬品室であった。
それと同時に、協会の入口で騒ぎが起きた。
ガラスとの割れる音と、続いて防犯の魔道具がけたたましい音を鳴り響かせたのだ。
「うわ! うるっせえ!」
協会の管理人が飛び起きて来て何か叫んでいる。
石? いたずら?
「は? うぉっ!」
ゴトン、パリンッ。
防犯音の合間に、薬品室ではっきりと物音を聞いた。
音の嵐の中、彼は忍び足で廊下を出て、隣室の扉の鍵穴をのぞきこんだ。
なんとそこには、魔法薬を盗み出しているリゾット盗賊団がいた。
(おおお!?)
彼の脳裏には、組合の手配書の賞金額しか浮かんでいなかった。
連中の持つ木箱の、協会の講師が誤って大量購入した、“効果増幅薬”とある品名札には目もくれなかった。
見ると、薬品室の勝手口の施錠が開けられ、そこから出ていくところだった。
(中庭から入りやがったんだ!)
ってかどうやって?
そっと部屋に入り、“爆裂茸の蒸留液”と、“失神香木の漬け瓶”を手に庭に出る。
いない?
カチャ……いやいた! 便所裏に奴の外套が見えた。
(そうか!)
下水から侵入しやがったのか!
逃がすかボケええ!
中庭を静かに爆走し、便所裏の汲み取り出入口の眼下を見る。
ガラ。
汲み取った糞尿を捨てる下水道の壁が壊され広げられ、連中が出入りできるようになっていた。
チャプ。
彼は、どちらか一つの瓶を、そこにたむろする不届き者に向かってぶん投げた。
(くたばれうんこ野郎!)
ビュン!
その後、まだ日も登りきらない早朝に、爆発音と共に悲鳴が巻き起こった。
下水の追走劇の後、下水を駆けまわり、滝のような汚水を浴びて汚物を洗い流しつつ、失神した数名を置きざりにして、逃げるリゾット達を貧民地区の旧下水口へと追いかけ、疲れ果てて倒れそうなところで、まさかのルーナと出くわす――。
そして、あっという間に置いて行かれた。
「はぁ、はぁ、なんであんな早ぇえわけえ?」
その後、へとへとになってたどり着いた連中の隠れ家らしき入口へ入る。
「うわ~臭せし汚ねぇな、一発で病気になるぜ、こっちか。」
小人族のアリエスタも、夜目が効く為、まだ灯を必要としなかった。
毒だ。
緑の煙が通路下部に漂っている。
危機感ゆえに、即時詠唱し、水壁を泡のように出して、身を包んだ。
水泡だ。
杖なしでもできた。
「アッブねえ、俺ってばやればできる子だな」
何故か今までよりすんなりとできていたことに彼は気付いていなかった。
毒の危険性は、師匠からさんざん各種飲まされて、解毒させられたのだ。
割れた瓶をよけて少し行くと、扉があった。
何故かボルトが突き出ていた。
「はあ?」
びくびくして少し開けて覗くと、明かりの射す通路の向こうに、破壊された台座と落ちた弩が見えた。
「罠だらけかよ、てゆうか突っ切ったのかあいつは、でたらめエルフめ」
弩の周囲も煙がまだ下部に滞留していた。
水泡が毒を跳ねのけ、水滴にして汚水にポタポタと垂らし続ける。
通路はT字路になっていたが、破壊された罠の数々が彼女の行先を示していた。
人の気配がする。
(ちょっ!? 進行形かい!)
そして蹴破られたドアをまたぐと、毒煙の中で何匹ものでかい毒牙鼠と戦うエルフがいた――。
読んでくださりありがとうございます。




