109話 洞窟4 部屋
解体が終わり素材を仕舞う。
モードの魔法袋が活躍した。
蟹の身全てと、鮫の貴重な部位。
肉や他の部位は諦めた。
ちゃんと壁にめり込んだ銛の穂先と折れた柄も回収した。
赤い布きれ、多分これ、若い蜥蜴族の漁師ラプトの失くしたものだと思う。
壊したから謝らないといけない。
けっこう手に入れた。
モードは何故か机と椅子を取り出して砂浜に置き、空きを作ったほどだ。
ゼラ「何で机と椅子が入ってるんですか?」
「どこでも机の上でしっかり書類仕事ができますよネ」
「書類仕事、をするのか?」
ゼラ「いやいや、しないですからね?」
ザバァ。
レックス「シかシ、このまま腐らセるのは惜シいでスなぁ、漁獲量不足の今は大変助かるのでスが……」
ぎょかくりょう。
崩れた出入口を偵察へ潜って来たレックスが戻って水から上がって来た後、残してゆく巨大鮫の死骸を見てそう言った。
逃げて来た入口は、完全に崩落していたのだった。
ダロム「……土魔法使いを守護都市から呼ぶでもシないと、ここへは入れまセぬな」
ふむ。
気絶してる間の事も聞かせてもらった。
池鰐が突っ込んで来て崩落したそうだ。
ちなみに伝説のモッカ様とかではなく、本物の魔物で、池鰐、レイクアリゲイドとやらだったようだ。
ゼラ「いや、そもそも出られるんですかね?」
彼は奥の岩壁の地下道らしき構造や、天井の小さな亀裂を見て言った。
モード「照明煙筒を焚いても恐らくあの小さな亀裂では効果が薄いでしょうネ」
彼女も光の差し込む上を見上げる。
ああ、ガストンに買えと言われた道具だな。
彼女も持っているようだ。
皆で岸の奥の、岩壁と同化した地下道の構造をしている部分を見た。
そこは遺跡? のように古びてボロボロで、岩壁の岩の中に隠れるように埋め込まれたようにして現れていた。
岩壁を削って作ったのか、岩壁が覆い尽くしたのかはわからないが、街の地下道に比べて、随分と長く誰も来てないように見えた。
集中すると、蟹の隠れた穴とは違い、わずかにこことは違う古い、カビと埃の臭いが漂って来ている。
壁の彫り物や刻まれた模様と共に、とても古い、夢のようなぼんやりとした、しかし薄れてかすれてよくわからない、記憶の響きを感じた。
ベル「へっくち! なんかおばあちゃんの臭いがするね?」
ふむ?
よくわからないが、水に濡れたベルや私達は、取り出した布をモードが風で乾かしてくれ、彼女も乾いたものを追加で出してくれて、拭いてある。
「眼鏡が濡れましたネ」
あと、レックスとダロムは別に平気らしい。
ゼラは私が拭いた布をモードが引き取って仕舞う時に、とっくに拭き終わっていたのに欲しがったのが謎だった。
「ルーナさんはまるで、花園に咲く薔薇のような素敵な香りがしますよ」
レックスとダロムと私「……?」
しないぞ?
モード「はぁ、さっさとあっちに行ってみましょうかネ」
そうして私達は奥地から脱出するため先に進んだ。
岩壁に近づくと、無数の穴の奥に潜む蟹たちの気配を感じた。
さらに奥まって身を縮めているのを。
私達が砂地を歩く音や、響きを感じ取ったのだろうか。
モードはそれを感じさせず歩いているが。
とにかくもう出てきて襲ってこない。
段々と岩が増え、近づくと想像以上に遺跡は大きいものだった。
実際に側に行って直接見ると、違うものなんだな。
ベル「よく作ったねー、誰が作ったの?」
モード「実は不明なんですよネ、レグトス王国誕生より古いです (ま“当て”はありますけどネ)」
何だったか? 一つの国とか?
「レグトスおうこくかー」
ゼラ「この国のことだからねベルちゃん? あとさぁこれ……下水道と同じ遺跡ですよね?」
レックス「むぅ、やはり湖の地下中に渡って広がっていたのか?」
ダロム「あぁ……驚きまシたね、ひょっとシて街まで繋がっているのでシょうか?」
ふむ、地元に住む人々は知っていたようだな。
ゼラ「あー、街の地下施設と似てるってことですか?」
モード「ええ、上の、“奥地にも遺跡は発見されてます”が、どれもほぼほぼ崩落してますけどネ」
あ、そういえば。
「盗賊のアジトでリゾットが逃げた通路も崩れたな」
ゼラ「え? じゃあ、もしここから戻れても、どの道……」
モード「そうなんですけどルーナさん、通路と言うものはえてして中継地点、出口が幾つも作られているのです、掘るときに土を出さなきゃですからネ。水を管理していたこのスイレーンの遺跡でもそれはあちこちに見られますよネ」
ダロム「モード様のおっしゃる通りでス」
ふむ。
レックス「儂は午前中の崩落の話はよく知りまセんが、盗賊のような日陰の者達が、街壁外の下水出入口から潜り込むという話は知られていまスゾ」
ネズミとか虫みたいだな。
ゼラ「あっ、いや、レックスの旦那、衛兵団がそれ、大体全部潰しちゃってますから」
対策してるのか。
ダロム「……出られサえスれば、地上から帰れまスな」
モード「ダロムさんのおっしゃる通りですネ、それじゃあ進んでみましょうか……ブツブツ……灯火よ……」
そう言いながら、彼女は小さく詠唱して、手の平に光る球を作り出し浮かべた。
ベル「わぁ~、蛍みたいっ」
モード「あっベルさん、あまり触ると消えちゃいますからネ」
ゼラ「あれ? それって掴めるんですか?」
魔法の光をベルが飛び寄って捕まえた。
指が真っ赤に照らされている。
この灯は、ゼラと私が持っていた松明は濡れて火が付かなかった為、彼女が灯を魔法で出してくれたのだ。
僅かに緑の光が古びてボロボロの石壁の周りを照らすも、遺跡の通路らしき奥は光がまるで、暗黒しか見えない。
ザァァァ……。
背後の岸の、浅瀬の水音が石壁に響いて、大きく聞こえた。
ゼラ「うわ~暗いですね、魔物居るかな?」
レックス「黴臭くてかなわん、ソれに狭いな」
ベル「レックスでっかいからねっ」
ひとしきり魔法の灯を眺めた後、またベルはレックスの頭の上に乗っている。
ダロム「モード様、陣形は如何シまシょうかの」
む。
モード「ちょっと気がかりがあるので、私が先頭で、ゼラ様、レックスさん、ダロムさんにルーナさんがしんがり、後ろでよろしいですかネ」
ふむ。
ゼラ「いいですね、それでお願いします」
レックス「冒険者のことはお任せシまス」
ダロム「御意」
「わかった」
よくわからんが。
彼女が先頭と言うことは、もしかして罠でもあるのか?
ベル「私はー?」
モード「ベルさんは自由でいいですが、前はダメですからネ?」
「はーいっ」
リゾットが逃げた先は、方角を考えるに、恐らくこの奥地とやら辺りの気がする。
港を出た時、街と下水道と奴が逃げた先を考えながら、ダロムの後をついていった。
通路の幅はレックスがなんとか通れるくらいの広さだった。
天井はレックスが二人ぶんで、入口だけ丸かったが、今は普通に平たい天井だった。
もし奴らの本拠地が近いのだとすれば、罠だらけだろうな。
ガチャガチャ、スタスタ、ドスドス。
ベル「おいしい魔物が出ると言いねーっ」
ゼラ「ベルちゃんしぃっ、そりゃそうだけどね? そんな大声じゃ魔物に襲われちゃうよ?」
(わかったー、ごめんね?)
「え? なんて?」
モード(ゼラさん、静かにっ)
レックスが背後のダロムを振り向き、冒険者ってこんな感じなのか? みたいな顔を彼に向ける。
ダロムの顔は見えないが、肩を竦めている。
私は背後に小さくなっていく明るい入口をちらと振り返った。
外から鮫や蟹の血の匂いが入って来てるな。
風の流れは外からこっちに入ってきていた。
暗闇の中を進むと、向こうが夜目で見えて来た。
これは……。
ゼラ「あれ? 行き止まりですか?」
モードが光球を小さな手に取り寄せて、目の前を塞ぐ壁に近づけよく照らして見る。
ベル(わぁー、絵が描いてあるよルーナッ、レックスみたいだね)
その壁は模様が彫られていて、その絵は、蜥蜴族のようだった。
丁度レックスぐらいの大きさの。
真っすぐな線だけで簡単に彫られていて、剥げて色あせているが色も少し塗られていた。
三又の槍も持っているな。
うん? 魚人族のようにヒレがあるな。
この街では見ない種族なんだろうか。
ゼラ「あ、これ蜥蜴族じゃなくて半魚人じゃないのかな」
半魚人……。
「魚人じゃないのか?」
レックス「ルーナ様、南の海には魚と蜥蜴の合いの子のような、海の種族が海中に棲むと聞きまス」
あいのこ?
ゼラ「えーと、確かマーマンって言ったかな?」
ダロム「この彫刻はソ奴らの特徴に似ておりまスな、海都の港でも見かけまシたゾ」
ベル(へー、おいしいかな?)
レックスとダロム「……!?」
ゼラ「べ、ベルちゃん、魔物じゃないからね? 食べちゃダメだよっ」
うーむ、彼女はオークを食べるからな。
どこら辺で線引きすればいいんだろうな。
「ほら、腰巻をしてるぞ、あと“喋るのは”食べない方がいいかもしれないな」
ゼラ「はは、ルーナさんまで」
モード「それだと裸で黙ってたら、ベルちゃんの食べ物認定になっちゃいますネ?」
ゼラ「なんか考えさせますね色々と……」
レックス「コホン、扉に見えなくもないでスが、ソのような継ぎ目はありまセぬな」
モード「ふむふむ……」
コンコン。
ゼラ「ねぇみんなこれ、向こうに道が続いてるんじゃないですかね?」
彼がモードの上から、拳の甲まで覆っている腕当ての金属の部分を石壁にぶつけて調べている。
その音の響きから、向こう側に空間があるのがわかった。
そして、外からの風がどこかの隙間に入って行く流れと音がする。
彼女の大きな耳もぴくぴく動いていて、それを聞いているようだな。
ベル(あっ、蜘蛛だっ)
レックスの上から辺りを眺めているベルが、私達が騒がしくしたのか、石床を小さな蜘蛛が走って行くのを見つけた。
蜘蛛が壁のとこまで行くと、消えた。
(隠れちゃった)
レックス「む、下に隙間がありまスな、モード殿、半魚人の彫刻部分の足元でス」
モード「はいはい……ああ、これ、下に沈むんじゃないですかネ」
ゼラ「仕掛けはないか? 皆探そう」
むっ。
蹴り壊そうとしたが、駄目なようだな?
上げかけた足を戻す。
ベル(ねぇ、背中の鱗がルーナみたいに光ってるよ?)
「うん?」
ゼラ「……えっ!?」
レックス「……む、儂ぐらいの高さから見降ろスと、何やら色が変わっておるゾ」
モード「え、ええ、反射ですかネ」
ダロム「……お、おお! なるほどっ、まるで貝殻の裏のようでスなっ」
ベル(そーなの?)
ゼラ「あっ、ホントだっ、さすがベルちゃん! ホラッ、モードさん、これがきっと仕掛けですよっ」
モード「(やれやれ、ベルさんも気が付いてましたか)え? そうですかネ? ちょっと届かないです、ゼラ様お願いしますネ」
海の半魚人らしき彫刻の背中の鱗が一枚、背を伸ばして眺めると少し色合いが変わった。
ふむ。
「私の背中にある痣はこれみたいに、鱗になってるのか?」
巻いた布越しに触ってみると、おっ、かすかに肌よりは硬いものが当たったぞ。
痣があるとか言われてた辺りだな。
一同「「っ……」」
ついに見つかった。
と皆は思った。
そして
レックス(痣?)
モード「あ、ルーナさん、協会に良い薬がないか聞いてみますからネ? (そういえば報告によるとそうだったらしいですが……なにかしらの変化をした?)」
ゼラ「剥がしちゃだめですからね? 悪化しちゃうかもですから」
二人はきれいな娘の肌に鱗が生えたという事実を彼女が知ってしまったことを心配した。
蜥蜴族の二人は鱗の件以来、彼女に感じていた崇拝に近いものを確固たるものにしていた。
が、流石に人種に近い種族が亜人種に近付く、という現象は、当人にとってみれば衝撃を受けることかも、と僅かに思った。
しかし実際の所、ルーナは大して気にしてはいなかった。
「あんまり硬くないな、皮鎧の方が丈夫そうだ」
ゼラ「! そそうですね、皮鎧の方が硬いですよね」
モード「(あら? 金属の鱗じゃないのかしら?)まぁ、残念そうな顔をして、ふふふ」
歌の魔法らしきものを唱えた時から痒かったが、鱗ができたのか?
……位階とやらが上がったせいか?
私の中のエルフじゃない方の、もう半分の血の仕業だろうか?
わけがわからんな。
硬くないのが残念だ、レックスやダロムの様な鎧の肌の方が良いのに。
「話を進めましょう。ここ、わずかに隙間もありますネ、押せるんじゃないですか?」
色の違う彫刻の鱗に魔法で風を拭きつけ埃を払い、僅かに見えた隙間を見て彼女はそう言った。
ゼラ「それじゃ押してみますよ? 罠とか大丈夫ですかねモードさん?」
彼は半魚人の彫刻の背中の色の違う鱗のような部分に指を当てて彼女を見た。
「ええ、お願いしますゼラ様、構造的に多分問題ないでしょう(多分ですけどネ)」
私もそう思うぞ。
ベル(えいっ)
カコンッ。
ゼラ「あっ」
ベルが飛び込んで鱗を両手で押す、彼女に先を越された。
「……あれ? 何も――」
――ズズズンッ。
……。
半魚人の彫刻のある壁が揺れた。
彫刻部分の輪郭、から埃が出てパラパラと落ち、ほんの僅かな隙間が出たが、それだけで終わった。
モード「……あら?」
響きからすると、引っかかっているように感じた、向こう側かな。
構造としては下に動こうとしていた。
振動で向こうが通路より広いらしいのもわかった。
そして何かが居るのも。
ガンガンッ。
ゼラ「引っかかってるんじゃないの?」
彫刻と床の隙間からさっき逃げ込んだ小さな蜘蛛が驚いて飛び出して行った。
ゴンゴンッ。
レックスも真似をして太い腕で叩いた。
ベル(えいっ)
そして、それを見ていたベルがまた鱗を押した。
カコンッ。
ズズズッ、ズズズッ。
ベル(あっ、ちょっと見えたよ!)
ダロム「おお、上が少シ開きまシたゾ」
レックス「この扉らシき彫刻の扉、下に動こうとシてまスな」
モード「う~ん、本当に引っかかってますね」
ゼラ「旦那、もっかい叩いて見て下さいよ」
レックス「ハッ」
ダロム「皆で叩きまシょう」
「よし」
ベル(はーいっ)
私も参加した。
ゴンガンガン、ドゴガァンッ!
ビキィッ!
最期、レックスと合わせて私もぶん殴った。
レックス「ッ!」
驚かれた。
ゼラ「あっ、ベルちゃんちょっと待って!」
ベル(ええーっ?)
そういえば皆“拳を槌のようにしてた”な、私は“普通に殴った”からか、彫刻がひび割れてしまった。
モード「あぁ、貴重な遺跡の彫刻が……」
「すまない」
向こうで何かが砕けて、パラパラと落ちるような音がする。
水に落ちる音も。
そして、眠りに付いているようなぼやっとした記憶が、搔き消えるように響きが止まるのを感じた。
何かを、起こしたかもしれないな……。
モード「何か……取れたみたいですネ?」
壁に耳を付けたモードも聞いたようだ。
彼女も同じように感じたのだろうか?
ゼラ「……ねぇルーナさん、今のパンチ、全力が十だとすると、幾つぐらいですか?」
彼は池鰐の噛みつきを殴り返したのを想像してそう聞いた。
ぱんち? 殴るの帝国語か?
全力が十なら、今のは……。
「? ああ、二ぐらいかな。“魔力は込めてない”ぞ」
一同「「魔力を籠める???」」
ベル(ほいっ)
カコンッ。
ズズズズズズズズズ。
一同「「あっ」」
エルフの娘がよくわからないことを言った時、フェアリーの少女が鱗の仕掛けを構わずに押した。
すると突如、普通に半魚人の彫刻が下に吸い込まれるように降りて行き、床と同じくらいの高さに引っ込んだ。
その厚みはゼラのような男性人族の胴体程度の厚さだった。
反対側には、割れて落ちた石のような、固まった苔のような、湖底に見えたような塊がいくつか散乱していた。
部屋中そんな感じだったので、それらがくっついて引っかかっていたのだろうか。
何より、一行は揃って口を閉じた。
向こうの異様な景色が見えたからだ。
ベル(わぁーっキラキラだねっ)
こちらの真っ暗な廊下まで光が漏れ出て、辺りを幻想的に揺れ動いていた。
その部屋は朝に見た下水施設の流れる水の様な小さな滝が落ち、スライムプールの様に水が溜まっていた。
そしてそれらは下からの不思議な光によって緑ががかった青に照らされ、水面の揺らめきが遺跡の壁や天井へ照らし出され、キラキラと全体を光らせていた。
足元の石畳の道は橋の様にして向こうまで続いていたが、途中階段になり溜まった水の中に消えていた。
そして、一行の眼が向いたのは、そこら中に粒粒の集まった球体だった。
まるで何かの卵の様な。
見ると、壁や水中のそこら中に穴が開いていて、洞窟の様なそれらの一部から外の光が漏れて来ているようだった。
そしてそれは、甲羅蟹達の引っ込んでいった穴と似ていた。
小さな蟹が穴に逃げ隠れるのも見えるな。
大きな奴らの気配も、かすかに奥から幾つも感じるな。
襲って来なければいいが……。
読んでくださりありがとうございます。




