107話 洞窟2 兜割
飛び出た茸の茎のような眼の間や開いた口元辺りを、風の刃が飛び込むように入ると、吐き出すように青い血が噴き出た。
レックス「蟹だと!?」
ダロム「なんと!?」
ゼラ「いきなり!?」
モード「甲羅蟹ですっ、甲羅はとても硬いのでそれ以外を狙ってくださいっ」
即座に彼女が風魔法を打ち込んだ。
あそこが弱点か?
それをまるで聞き取ったかのように、襲い掛かって来た甲羅蟹とやらがみるみると背の緑の甲羅を向け、隠れるように低くして構え出した。
ベル「何!?」
レックス「っつう!」
ゼラ「旦那っ!」
ガキインッ!
ゼラ「はあっ!?」
レックスとベルを襲った突然の奇襲に、素早くゼラが槍を突くも、恐るべき硬度で彼の鋭い突きが無効化された。
「!?」
ルーナは突然挟み込もうと迫った巨大な蟹の鋏らしきものを抑える。
力は強いが、押し負ける程ではなかった。
水中の砂の中にこれほど大量に潜んでいたことに全く気が付けなかったことに驚いていた。
ルーナが抑えた鋏が、わずかに彼女の指を斬り、ダロムが結んだ手元や胴の布に僅かに垂れる。
ブルブルと震える手。
ダロム「っ」
またシてもっ。
自分がふがいないばかりにっ。
ベル殿までっ。
彼は切れた。
「……気安く、触れるな蟹ごときガアアアッ!」
振りかぶるメイス。
蟹は甲羅を向け身を固くした。
まるで効かないとでも言うように。
バギャアッ!!
「ギイーーッ」
蟹は甲羅ごとメイスに叩き潰され、絶死した。
モード「あら?」
ゼラ「ええ!?」
ダロム「どけいレックス!」
レックス「おうよ!」
迫り跳び上がるダロムを見るや、レックスはその巨体に見合わず素早くしゃがみ回り込み、浅く片腕に食い込む鋏も力を抜きするりと抜け出て、逆に大きな蟹の鋏をがしりと掴み捕まえた。
「捕まえたゾ!」
蟹「ギギギ」
バギョグッ!
「ギギイイイッ!」
ベル「わーっ! ダロムすごい!」
ゼラ「うわっ、甲羅蟹って、数が減ってたんじゃないの!?」
モード「“あの二人のように”獲れる人がいなかったんですヨ、どうやらこの鮫の棲み処の上に隠れ棲んで、ずいぶんと増えたみたいです、ネッ」
バシュウッ!
バガンッ!
「……」
その増えた蟹が次々と何故か激怒しているダロムに叩き潰され死んでいるな。
バギャッ!
レックスの補佐が絶妙に上手く、蟹が攻撃し辛い位置から鋏と動きを封じている。
後はダロムの剛腕と驚異的なメイスの打撃を振り下ろすだけだ。
ゼラ「ああ、そういや二人って、甲羅蟹狩りの名人でしたね、すげ~」
モード「たった今復帰したみたいですネ」
む? レックスの背中の、鮫の歯型の跡、さっきより小さくなっているな。
魔法薬を飲んだからだろうか。
バゴンッ!
ダロム「はぁっ、はぁ」
レックス「フハハハ何だおいぼれっもうへばったのか! 儂はまだまだいけるゾ?」
「黙って抑えておれっ、のおあああ!!」
バッゴオンッ!!
蟹「ギギギイイーーッ!」
レックス等、へし折れて中の身が出た足に齧りつきながら次の得物を抑えているな。
「戦争なんゾに勝手に行って片腕になって帰ってきおって、だから蟹漁も漁師も辞めるだと? はっはー! 全然やれるではないか?」
ふむ?
「蟹如き片腕で十分ジゃ!」
「大方戦いに怯えて全部辞め逃げ出シて、御者なんゾをやっておったのだろう!!」
「ぬおおお黙って抑えておれ若僧がぁ!!」
どうやらあの姿が昔の二人の様子だったようだな。
見事だ。
ダロムの昔失くした腕とやらは、戦争で失ったようだな。
道具屋のダニーは5年前とか言っていたな。
6年だったか?
ゼラはニヤニヤしながら槍に寄りかかって眺めているな。
モードは魔術で漏れた蟹を殺している。
ベル「ルーナっ、鎧で助かったよ!」
うむ、無事でよかった。
「蟹おいしいかなぁ? あ! お宿でケンヌッドが言ってたゴチソウの事?」
「ケンウッドだ。ガストンがすごく美味いと言っていたな?」
「ダロムがんばれー!」
ゼラ「すっげえな、あれが正式な二つ名じゃないけど、“兜割り”のダロムか」
ブオッ!
モード「そこの貴族の人、突っ立ってないで少しは手伝ってくれませんかネ?」
「ひっ! すいませんモードさんっ、あの今、頬に風刃がかすったんですけど?」
ヴンッ。
キイィンッ!
こちらに横歩きで迫る蟹を取り出した中剣で殴るように切るが、甲羅はとても硬く、傷すらつかなかった。
ふむ、どれ。
「フッ」
ズザァッ!
ギイィィィンッ!
踏み込ん飛び砂場を吹き飛ばす、全身の力を使い突っ込んで強力な突きを放っても、後退させるだけだった。
ベル「硬いね? 甲羅はだめってモードが言ってたよ?」
うむ、そうだな。
ズァッ!
鋏を繰り出す蟹をしゃがんで、追撃するそれを飛んで避け、奴の甲羅に乗った。
斬った時、そこのところに、蟹に巡っている魔力が凝縮? いや、密集か集まるかしていたように感じた。
鋏をこちらに向けて振りかぶって来るな、背の甲羅まで届くようだ。
その前に拳当てに魔力を籠めて、ダロムの様に殴ってみる。
打撃が効くか試したい。
「ふんっ」
バゴオオォンッ!
メキメキ……。
バキイイイィィィンッ!
「っ」
いかん、拳当てが割れた。
蟹の甲羅もだが、少しだけだ。
湖の水面のように揺れて、魔力の集まりがほどけるように広がった時、亀裂はできた。
ヒュッ!
ズギャアッ!
蟹「ギギギーーッ」
奴が甲羅に立つ私を鋏で突いて来るのを上体を避けて躱した時、鋏が甲羅に突っ込んで亀裂を更に広げて、めり込み、自滅した。
ドスゥッ!
「ギギッ! ……」
ドオオンッ!
中剣を差しこみ、奴の体内の魔石部分を砕く。
ゼラ「え? 殴って倒したんですか?」
「いや、拳当てじゃだめだった」
魔法で強化してるっぽいが、あのダロムのメイスのような、打撃武器じゃないと破ることは難しいようだな。
よい武器だった。
二つに割れ握れなくなった拳当てを鞄へ仕舞う。
ブチブチッ。
惚れ惚れしながら彼らの戦いを見つつ、潰れ死んだ蟹を踏み、持っていた鋏を引っ張り抜いて、こちらに近づく更なる蟹の甲羅の“下”めがけて鋏を投げた。
ドスッ!
蟹「ギィーーーッ……」
やはり“それ”(甲羅)以外はいけるか。
ゼラ「何今の! 鋏が飛んでった?」
ピチャッ!
続けて、モードの真似をして水の刃を出そうとするも、蟹に水をかけただけだった。
強めに放ってみても、水球では少し動きを止めるくらいで、大きくしたところで通じず、次第に無視された。
ドバシャアンッ!
ズザアーッ。
蟹「……」
飛ばし方が間違っているのかもしれない。
ソニーかアリエスタの水球をちゃんと見ておけばよかったかな。
ゼラ「へ? (水球? いや、蟹が吹っ飛びかけてません? 水球かなあれ? でも効きが悪くて相性がちょっとマズいですよね)」
「……ふむ?」
モードは横目に、彼女のまわりで吹き流れる風に揺れる長髪を見ていた。
“風魔法の気配”のようなものを発現しつつあるが、まるで気が付いていないようだった。
サシャシャシャシャッ。
蟹の横移動は速いが、ピラーナよりは遅く感じる。
ヴンッ――ベルが回収してくれた木矢を取り出し構えるが、大体は退けたな。
狙う残りの蟹が巨体にしては静かな音で退がってゆくところだった。
水グモ程ではないが、砂をあまり音立てずに動いている。
“あれ”も魔法か何かなのだろうか?
だから気配も掴み辛かった。
攻撃は鋏だけか?
蟹たちは、奥の暗がりの岩壁の、幾つもある穴の奥へと消えていった。
気が付くと日差しが傾き、奥側に向き始め、岩壁の違和感、の正体を現していた。
蟹が引っ込んでいくそれは。
その一部は、地下道に似た構造の、古い人口の壁であった。
あの穴たちから微かに風の流れを感じる、どうやら脱出できそうだ。
ドサァッ。
見ると、ダロムが息を荒げて大の字になって休んでいた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
ドザァン。
傍に同様のレックスが、黙って座る。
ベル「終わりー?」
「うむ」
カチャ……他に連中の気配がないか全力で探る、浅瀬も砂地も、彼らの休む岸辺も大丈夫なようだが、もう油断はしない。
ダロム「はぁ、はぁ……くくく」
レックス「……フフン、ハハハハ!」
あれほど罵っていたが、もう気が済んだようだな。
彼らが港で対面して漁船に乗ってからずっと顔や気配にあった何か含むものは、さっぱりと消えていた。
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