98話 汚染
汚染された魚が、あの変異スライムと同じ黒い水だった。
漁師達が獲ってきた魚を買い取らないと、商人達と揉めていたのを神父が仲裁した収まった騒ぎ、その後若い漁師達が戻って来てまた騒いだ為、漁師同士で乱闘となったところに私達は出くわした。
全員殴って大人しくさせて事情を聴くと、魚がそうやら汚染されていたようだ。
あれこれ考えてやっと原因が分かった。
衛兵で貴族で蜥蜴族のハーフであるゼラが、私の前に全員片膝をついて屈んでいる漁師達の、先頭にいるレックスに事情を聞いていた。
レックス「スライムでスか?」
ゼラ「ところでルーナさん、そろそろ……」
チラチラと視線で彼が合図してるな。
漁師達を。
あ、怪我人が足が痛むのを我慢してぷるぷるさせて無理に膝をついてるな。
何をやってるんだこいつらは?
アリエスタ「いつまで跪いてんのこいつら? ルーナなんとか言ってやれよ」
ひざまづくというのかこれらは?
「レックス、もうやめてくれないか、あと、レックスだけ話を聞かせてくれ」
「ハッルーナ様! おいっ、サっサと立てボケ共! 解散! 散りやがれ! 今度騒ぎやがったら直々に儂がぶっ殺スからな!」
皆立ったな。
そして散った。
アリエスタ「わお!」
ベル「あはははすごーい! ばいばーい! もう喧嘩しちゃだめだよーっ」
ビクター「あはは、すごいや (喋り方が全然違う)」
解散を言われた漁師たちは次々と私にお辞儀をして去ってゆく。
荒らした港を掃除したり、途中だった仕事を再開したり、観衆達に合流したり。
「スいまセんでシた姉さん」「っス」「エルフ様」「竜眼の姉さん」「エルフの姉サん」
「ルーナ様」「スいやセんっシた」「なんだよ雷公ジャねえジャねえか! 誰だ勘違いした馬鹿は!?」「エルフって白かったのか?」「セレナール様もソうだろっマヌケ!」
「まだ痛いにゃ~」「惚れまシた!」「強かったっス!」「おつかれっシた」「失礼シまス!」
ふむ?
どうも雷と関りのある、有名なエルフがいるようだな、セレナールじゃないんだよな?
ガストン「すっげーな、荒くれの漁師達を絞めやがったよ、咆哮が決め手だったかね? (レックスの旦那はこらえたみたいだったけどな)」
しめる?
レックスがガストン達を思い切り睨んだな。
ガストン「いやいや、俺に苦情は言うなよ旦那」
ゼラ「あはは、ちょっと出所がバレたみたいね」
あ、わかったぞ、私がマルコの技を使ったからかもしれない。
ガストン「で、話を戻すけどよ、汚染って、いよいよきな臭くなってきたな旦那、獲ってきた魚全部がそうなのかい?」
レックス「……いや、奥地で獲ったものだけだ」
彼は大きな腕で湖の向こう側を指さした。
ベル「霧が出てるねー、あたしのいた森みたい」
兄妹「「ああ」」
奥地とやらはここからは森が邪魔していて見えないな。
遠く、霧が立ち込めて見通しも悪い。
アリエスタ「何だ、依頼の森の方じゃん」
ビクター「ここから湖を真っすぐ行けば近道ですね……」
ガストン「……あの透明スライムが原因なのか? 大量に湖にいる?」
ゼラ「あの水そんなやばいの? まだ調べてないんだよな」
「水にはスライムを捕まえる時に触れたが、ただの汚い水だ」
ぬるぬるだがな。
ガストン「何だって?」
ビクター「ただの水?」
レックス「? 何の話をシておるのでス?」
ビクター「あ、それがですね……」
彼がレックスに少し怯えながらも、下水道で見つけた透明なスライムの説明した。
レックス「何だと!? シュー、ジャ、ジャあ儂らの美シき湖と恵みを、汚シてる連中がいると!?」
美しき湖と恵み……。
ビクター「ひえっ、そ、そうです」
レックスがわなわなと震えて激怒しているな。
湖を愛、してるのか。
愛。
意味は知ってる。
そして、とても強い言葉だった気がする。
何よりも全てにおいて、遥かに……。
ゼラ「ええ、その通り、ルーナさんと俺達はベイリ村からこっち、ずっとその連中らしき一味とカチ合い続けて潰しまくってる、功労者なんですからね?」
レックス「なっ、なんと! 流石ルーナ様……」
ビクター「はは、なんか前にもみた光景だな」
アリエスタ「さりげなく途中参加してなんも活躍してないあんたも入ったな?」
ゼラ「随分な言い草じゃないかアリエスタ君、共に地底で奮闘した仲じゃないか」
「あんたは縄でのんびり降りて来ただけだろがっ」
ベル「あたしもいたよー!」
「お前いつまでおっさんの頭上占領してんだよっ」
ガストン「ほう、じゃあこれは何なんだろうな?」
彼はたばこに火を灯して煙を吸いながら、魚の内部の焦げたような腐食したような状態をパイプで示した。
アリエスタ「なぁこれさ、スライムの酸による溶解反応に似てない?」
溶解、反応、難しい言葉を使うな。
ビクター「おお!? すごい、アリエスタさん」
「へっ、まぁなっ、嫌と言うほど師匠の“座学”で詰め込まれてっからな、学があんのさっ、おかげで金を稼ぐ時間もクソもないぜ」
ソニー「ちょっと、こっちまで聞こえてますよー先輩っ、サボって抜け出して、盗賊に捕まってたじゃないですか! 聞きましたよー!?」
「なっ、今はそんなことはいいの!」
ベル「ねえねえ、アリになにがあるってー?」
「うるせえっ」
ゼラ「ああ、そういえばそうだね、うん?」
ガストン「あ! もしかして湖で話に出た小せえスライムを食べちまって中がこうなったってのか?」
ビクター「えと、食べられたスライムが、酸を出したから?」
アリエスタ「うーん、スライムを食う生き物はどいつも酸耐性があるはずなんだけどな」
ゼラ「あれか、水ごと飲みこんで、中で融合して大きくなったんじゃないの?」
ガストン「ええ? そんなことあるか?」
ふむ、謎が解けたかもな。
む、背後に誰か来たな。
人が多くざわめきもあって、ちょっと難しかった。
モード「はい、大当たりですネ」
中々上手く潜んだな。
一同「「のわっ!」」
モードがいた。
ゼラとの話によると、迷宮の門の立ち合いを頼まれ団長らと見に行く途中、気になったことがあり別れ、守護隊長レガリアに会いに行っていたそうだ。
それと、何故か後ろに控える護衛の男達に混じってダロムがいるな。
ベル「あ、モードだ! ダロムもいるー」
レックス「ダロムぅ?」
む、彼を知ってるのか?
そして初めてレックスが不機嫌そうに言ったな。
ダロムは困っている感じでこちらに頭を下げている。
漁師達「おい、あの片腕の蜥蜴族……」「“兜割”ジャねえか……」「何シに来やがった」「いや、普通に買い物だろ?」「やべえぞ、“若頭”の機嫌が悪くなる……」
ダロムを見て言っているな、兜、わり?
モード「ちょっと新発見がありましてネ、スライムを分けてもらいに行って見てみたら、融合して数が減っていましたネ、きれいな水を足したせいかもしれませんネ」
チャポン。
と言って、覆いを巻いた瓶を取り出した。
あの透明スライムが入っているのか?
覆いはまた増え始めないよう、陽の光を避けるためのものか。
ゼラ「こんちはダロム。あ、それレガリア隊長から分けてもらったんですか? スライムですよねその中?」
モード「あれ? ゼラ副長様もこちらに? ビショビショですネ、湖に落ちたんですか? その恰好であまりこちらに近付かないでもらうと助かりますネ」
「え? まあ、はは」
今のは、嫌み、と言うか本当に水が嫌なようだな、モードは。
すまいないゼラ、ぶっ飛ばした中に混ざっていたとは……。
モードは素早く彼の腹の足跡を見て、周囲を見回し、少し驚き、最後に私を見つめた。
「……随分激しい運動だったみたいですネ」
これは何があったかバレたな。
ガストン「やぁモードさん、それにダロムも? ちょっとこっちはバタバタしてて、丁度終わったとこですよ」
ビクター(ケンウッドさんと帰ったんじゃなかったかな?)
アリエスタ「はー、あんたも気付いちゃったのかよ? くっそ情報料売り損ねた!」
ソニー「あ、モードさ~んっ、……今先輩、失礼なこと言ってました!? あれ? ダロムさんもいます?」
彼女が治療魔法を終え戻って来た。
ダロム「こんにちはソニー様……同胞の治療を感謝致シまス」
ビシッ。
レックス「フンッ!」
? 彼が尾を床木に、不機嫌そうに叩きつけたな。
アリエスタ「そんなことよりソニー、謎の異変の原因がわかったぜ!」
ガストン「スライムを食ったのが異変の原因だってのが分かったとこなんですけどね、モードさんもそこに行きついたんすか?」
「ええ、そうなんですが、更に発見がありましてネ、汚染水に用があって、それで魚を見に来たのです」
彼女はとことことダロムを連れてこちらに来た。
護衛は入口で待つようだな。
ちょっとここは人が多いからな。
ベル「やっほーモードダロム!」
アリエスタ「混ぜるなっ」
レックス「これはモード殿、ソれが例の……」
モードは一瞬、レックスの頭上のベルを見て体が止まり、彼に話しかけられ元に戻った。
「ええレックスさん、そうですネ、ちょっと確認したいことがあって寄りましたネ、汚染水を集めて欲しいのですネ」
その後、集まって来た衛兵達をゼラが落ち着かせ説明をしてくれた。
レックスが漁師達に指示し、モードが汚染水を集めさせていた。
ベル「集めてー」
アリエスタ「指揮んなっ」
ずっとレックスの頭の上に乗ってるな、気に入ったのか?
彼も何も言ってこないんだな。
ガストン「ダロムはどうして?」
ダロム「あ、いえ……夕飯の魚を買いに来ただけなんでスが、早めに来てなくてよかったと、心底ホッとシておりまス」
「ああ、ははは……」
魚は買えそうにないぞ?
彼らが話す声を聞くと、どうやら宿に戻らずケンウッドが仕事をずっとしてるので、夕飯を作って食べさせる為なようだ。
蜥蜴人の子供「ひぅっ!」
むう、手伝いに来た蜥蜴人の子供に怯えられた……。
母親らしき蜥蜴人「これっ……エルフ様」
彼女や集まって来た他の人々、亜人、特に蜥蜴族にお辞儀をされるな。
人々「エルフ様」「エルフ様」「竜眼様」「蜥蜴の眼のお姉ちゃん」
ちょっとやりすぎたかもしれない。
アリエスタ「すっげ~……? なーにしょぼくれてんのよ?」
ソニー「ま、まあまあルーナさん」
ビクター「夕飯は猫屋にしましょうねルーナさん」
アリエスタ「なぁ! 何始めんだよ? さっさと依頼やりに行きたいんですけどー?」
ソニー「先輩っ! お魚の問題の方が重要ですっ」
「俺あんま食わないんだよね、魚」
「もーっ、憎ったらしいこと言うっ、そんなだから受付のラウナさんとかに嫌われてるんですよ?」
「へん、知るかよ、あんなぺちゃっ鼻」
「せぇん輩いぃ~~っ!」
「おいっ、水球まで出すことか!? いつの間に無詠唱でっ!? やめろこら! わるっ、悪かった!」
漁師達「おい、あのコ、治療に、水球まで」「スげえ魔術士だべな」
「見ねえガキだな、新人冒険者か?」「流石、魔法協会の魔法使いだな~」
「隻狼と同郷だってよ……」「もう一人の緑髪の坊主は兄貴か?」
「あれ? あいつ、男だったのか?」
ビクター「……」
彼は今の、聞こえたのか?
うーん、遠目に見れば、彼も女に見えるかもしれないな?
ガストン「まあまあ、この問題を解決した方が、俺は結構金になると踏んでるんだけどね」
アリエスタ「おいっ、これか? 汚ったねえ水って? ほらよっ、そっちも早く持ってこいって、どんどん集めようぜ!」
ビクター「あはは、手の平を変えるってこう言うのかな」
ソニー「……はぁ、その内ルーナさんにも愛想つかされちゃいますからねっ」
ふむ?
モード「そんなにいらないです。まぁ、見せた方が早いですネ」
大きな桶に港中から集めた汚染水を注ぎ込んでいる。
魚の内部の部分だけえぐったり、獲れ溜まった魚を避けた籠の底等から異臭を放つ水が集められた。
モード「ガストンさんはちょっと離れるか、それを吸い終わっちゃってください」
ガストン「へ? あ、はい」
?
タバコの火を消させたな……。
ダロム「……」
レックス「……」
彼女の背後に立っているダロムは、レックスと、何故か睨み合うようにお互いを見ているな。
いや、単に二人共、そういう顔なだけかもしれない。
ゼラ「……やれやれ、騒ぎに集まって来た守護隊の皆は一部だけ居ててもらって、皆帰らせましたからね。で、何ですかこれ? 真っ黒じゃないの、臭いし……煙草吸っていいかな?」
漂っていた煙草の臭いに、自分も吸いたくなったようだな。
見ると、戻って来たゼラの後ろに守護隊が数人付いて来ていた。
衛兵の任務中じゃないのか?
ガストン「だめだ、火を近づけるとマズイらしい。よく見ろゼラ……これ上にだけ浮いて来てんだよ」
ずっと見ていたのでわかるぞ。
魚の肉は沈んで言って、黒い水の方が浮かんで来たのを。
木みたいに軽いのかもしれない。
アリエスタ「“分離”してんだな。水の方が重いんだよ」
モード「ええ、その通りですネ」
ビクター「え?」
ゼラ「ふーん」
ガストン「あぁ、なるほど」
分離……。
アリエスタは、実は賢いのかもしれないな。
「おいっ、今お前、こいつ、結構賢いな? って思っただろ!」
「ああ、よくわかったな」
一同「「!」」
「この野郎!」
ベル「キャハハハ!」
乗っかっているレックスが驚いているな。
ガストン「まぁまぁ、落ち着けって、そんないっつもカリカリしてると、白髪が増えるぞ?」
アリエスタ「ええ? マジで!?」
ゼラ「まだ若いのにかわいそうに」
「いや、生えてねえから! ざっけんなよおっさん共!」
モード「また若い子をいじってるんですか? ルーナさんまで混ざって……昔の旋風みたいに騒がしいですネ」
ソニー「はぁ……なんだかこれ、お昼のお汁の、浮いてる油みたいです」
ビクター「臭いがきついけどね……」
ガストン「油か」
モード「ええ、ソニーさんはよく気が付きましたね、その通り、油ですネ」
彼女が別の手桶をダロムの片腕から受け取り、黒い水だけを掬い取った。
そして、風魔法をかけ包み込み始めた。
ビュウッ!
あ、これは下水道の崩落現場で見た魔術かな。
ピチャッ……。
包んだ状態の桶の中で、更にモードが魔術を唱え、黒い水を浮かび上がらせ、一つにまとめるかのように小さく、縮ませた。
ビシュッ! ボタボタッ。
これは、更に分離させたのか。
水が床板に垂れ落ちた。
残ったのはさらに濃くなって少なくなった黒い水だ。
ビシャッ。
モード「用があるのはこっちですネ」
魔術を終わらせ桶にそれを垂らした。
見事だ。
アリエスタ「ふーん、中々の魔力操作じゃんか、やるじゃんモードさん」
ゼラ「こらっ、生意気言うんじゃないのっ」
ソニー「お料理に便利そう……」
ベル「ねー、お料理してるの?」
アリエスタ「違えよっ、この臭いでよく言うな!」
真剣な眼で見てるな。
ゼラ「……水気を取って凝縮させたわけか、更に“粘着性”が増してますね?」
ガストン「目つぶしに良さそうだな」
うむ。
レックス「? ま、まサか」
ダロム「……うむ」
モード「ちょっと離れててくださいネ、……焔よ……」
む、火魔術の呪文か、風球に包んだ状態だが?
ボウッ。
彼女は懐から取り出した松明に、火を点け、それをねばつく黒い液体に近づけた。
ボオオウッ!
おお。
一同「「な!! 燃えた!?」」
周囲で眺めていた人々も驚いて声を上げあげた。
兄妹「!?」
ゼラ「おわっ、びっくりしたぁ!」
ガストン「あ? これ」
アリエスタ「はあ? これって」
ベル「すごーい、水が燃えてるー!」
レックス「……燃える水だ」
ダロム「うむ」
これが何か知ってるようだな。
モード「一部ご存じの方もいますが、石油、タールに似たものですネ」
?
兄妹やベル「石油? タール?」
私もわからない。
ガストン「ああ、こういう真っ黒い水がある場所があんのさ、洞窟の奥とかにもな、火が付くから灯にもなるし、ドワーフ達がよく使ってんのさ」
ふうん、脂みたいなものなのか。
ゼラ「あれ? 全然温かくないな、これ石炭からもできるって話じゃなかった?」
手をかざしてるが、炎は遮られているぞ。
ガストン「いや、風球で包んでるから無駄だろ」
「あー、そゆことね」
モード「ええ、加工時に副産物として出ますネ」
石炭? ああ、鍛冶屋の炉で燃えてたあれか。
確か、本にも書いていたな。
ソニー「あれ? 木からも作るのじゃなくてですか?」
ビクター「故郷の村で作ってましたけど」
ガストン「ああ、木タールだろ? 間違ってないぜ」
どうやら、彼らの故郷の村でもあるものらしい。
「もっといい香りがするんですよ? 好きだよねお兄ちゃんも」
「うん、このタールは違うんだ……」
ふむ。
ベル「あー、ぽこぽこ池かー! 匂いも似てるね」
アリエスタ「知っとんのかいっ」
モード「天然のタール池ですネ?」
ソニー「かわいい呼び名だねっ」
ゼラ「あはは、落ちたら上がって来れない、底なし沼だからね? ……」
アリエスタ「へ~、たった今知ったんだけど、スライムからもできるらしいな?」
一同「「!」」「……まさか」
ふむ、木と石で二種類あるのか、そしてここに三種類目ができたのか。
レックス「な、何故スライムから、タールが……」
これも変異丸の仕業か。
バシュウッ!
モード「と言うわけで、至急、奥地の湖を調査する必要がありますネ」
風球と内で燃えるタールごと、また念動の魔術で一気に凝縮させ、真っ黒な小石になったそれを小さな手の平で転がし観察しながら、眼鏡を輝かせ、彼女はそう言った。
読んでくださりありがとうございます。




