第8話〜新しい一日の始まりでした〜
洞穴の入口に集めてきた太めの枝を斜めに組み始めた。一本ずつ角度を確かめ、外から奥が覗けないように慎重に配置していく。
枝と枝の隙間には大きな葉を差し込んだ。完全に塞ぐわけではない。内側からは外の様子がぼんやりと分かる程度。だが外から見れば、影が重なっているだけに見えるはずだ。
「これで、少なくとも丸見えにはならないな」
洞穴の少し外、入口から手を伸ばせば届く位置に焚き火を置く。焚き火がぱちぱちと音を立て、暖かな光を揺らす。
「明かりで魔物は近寄りませんし、目隠しも完璧ですね!安心して眠れますよ」
「いや、まだです」
静かに首を振り、拾ってきた小石と貝殻を、ツタでより合わせ、枝に吊るしていく。
一つ、二つ。
入口を横切れば必ず触れる位置だ。軽く指で揺らすと、乾いた音が、小さく洞穴に響いた。
「鳴子です。何か入ってくれば、音が鳴る」
「なるほど!寝てても音で分かるんですね!」
「魔物が来ない前提でも、保険は必要です」
干し草の上に腰を下ろすと、地面の冷たさはほとんど感じなかった。昨日とは明らかに違う。ただ耐える夜ではない。考えて、準備して、選び取った夜だ。
「よし。これで今夜は越えられる」
「じゃあ、そろそろお休みになりますか?」
「いえ、まだ眠るには早いですね。夜でもできることはありますから」
干し草を追加で錬金する。消費したMPは1だった。これなら、細かい調整に使っても問題ない。
錬金された干し草は、先ほどよりも繊維が揃い、ふわりと軽かった。
黄金色に近い色合いが、焚き火の光を受けて柔らかく揺れる。それを手でほぐしながら、厚みを均一に整えていく。壁際には少し多めに。背中が冷えやすい部分だ。
「よし」
「これは快適ですね!」
干し草に手を置くと、沈み込みすぎず、しかし硬さもない。昨日、地面に直接座って眠った時とは雲泥の差だった。
「これで体力の回復効率が上がります」
「回復効率って言い方が真面目ですね」
「生き延びるには大事なことですから」
次に焚き火のそばへ移動し、細い枝とツタを手元に集めた。
「今度は、何を作るんですか?」
「採取用の籠です」
枝を輪にしツタで固定する。そこから細枝を交互に編み込んでいく。
「籠ですか、あ、なるほど!木の実とか、枝とか、まとめて運べますね!」
「ええ。素手で持てる量には限界がありますから。一回の探索で持ち帰れる量が増えれば、その分、探索回数を減らせます。無駄な移動が減るだけで、リスクも体力消費も下がります」
「行ったり来たりするのめんどいですもんね!」
編み目は粗いが実用には十分だ。底を少し厚めにし、側面は軽さ重視。完成した籠を持ち上げると、思った以上にしっかりしていた。
「よし、これなら使える」
「明日からの探索がちょっと楽しみになりますね」
「ええ。出来ることが増えるのはいいことです」
「出来ることが増えると言えば!APシステム確認しなくていいんですか?」
「そういえばそんなのありましたね」
「忘れてたんですか!?」
「冗談ですよ。落ち着いてから見てみようと思ってました。APシステムオープン」
目の前に淡く光が浮かび上がり、レントの意識は視界いっぱいの光の海に包まれた。システムウィンドウが、半透明の光で浮かび上がる。
「スキルの項目、結構色々あるんですね。採集や釣り、料理、あと裁縫や鍛冶、革細工なんかもあるみたいです」
「レントさんが好きそうな生活系スキルを中心に取り揃えてみました!」
「やっぱり商売っ気がありますよね」
「まあまあ、錬金釜の方も見てみてください!」
「機能拡張もすごいですね。効率強化や品質改善、時計機能なんてのもあります。これ、どれから取ろうか迷っちゃいますね」
「そうそう! 他にもドライヤーとか、子守唄とか目が大きくなる映えカメラとか触手とか、変わり種も色々用意してありますよ!」
「ここまで幅広いの本当に俺向けなんですか?」
「そ、そうなんですよねー!」
「なんですか、その『やっちゃいました』みたいな反応は」
「うっ、実は自分でも全部覚えてるわけじゃなくて、えへへ」
「覚えてないんですか?」
「ええと、だいたいは分かるんですけど、勢いで追加した機能がちょこちょこ混ざってるんです。作ってると楽しくなっちゃって。いやっ、あの、だいたいは分かるんですよ!?でも、なんでこんな項目あるんだろってやつもちょっとあって。深夜テンションで作ったんです。レントさんが喜ぶかなーって思って」
「めちゃくちゃ早口ですね。でも、未知の領域が多いってことは、それだけ探る価値があるってことでもありますね」
スキル一覧には、何ができるのか一目では分からないような不可思議な項目もたくさんあった。
「自分で試して、見つけるしかない」
未知を開拓する感覚。錬金術師である前に、好奇心旺盛なゲーマーとしての血が騒いだ。
「レントさん、なんだか楽しそうな顔してますね!ほんとはちょっと心配してたんです。レントさんが気に入らなかったらどうしようって」
「面白そうだと思いましたよ。変わり種はともかく、まずは生活の安定を優先することですかね」
夜の静けさの中、焚き火の揺らぎ、干し草の香り、波の音――。ただの生き延びる夜が暮らしの一部へと変わっていく。明日からは、いよいよ拠点づくりだ。
「ねえ、レントさん」
眠気に沈みかけた意識の中で、キュリシアが楽しそうに声をかけた。
「明日、何を錬金する予定なんですか?」
「さあ、それは起きてからのお楽しみです」
「え〜!気になります!」
明るく弾む声に、レントは小さく笑った。眠りに落ちる直前、もう一度だけ、システムウィンドウを開く。取得可能なスキルや錬金釜の拡張項目が、視界いっぱいに広がった。
「明日が楽しみだな」
どれを選ぶかでこの島での生き方は大きく変わる。焚き火の揺らぎを見つめながら、レントは小さく息を吐く。昨日より暖かく、昨日より安全で、昨日より、ちゃんと生きている。
明日になればできることはもっと増える。
その確信を胸にレントは静かに目を閉じた。
―――
焚き火の残り火が静かに赤く揺れる。
洞穴の奥で干し草に身を沈めたレントは、眠りに落ちてからしばらく、海の波音と風の匂いに包まれていた。
熟睡とまではいかないが、昨夜のように寒さに震えながら目を覚ますことはない。瞼を開けると、外が徐々に明るくなっていることに気づいた。
洞穴の入口から差し込む淡い朝日の光が干し草の山を黄金色に染めていた。焚き火の赤い残り火と混ざり合い、なんとも言えない柔らかな温もりを作り出す。
体を軽く伸ばし、肩を回す。地面に直に座って眠った時とは違い、干し草の寝心地のおかげで体の疲れはかなり回復していた。指先でふわりと干し草を触ると、柔らかさと弾力がまだ残っていることを感じる。
「干し草のおかげでよく眠れたな」
小さく呟くと意識が少しずつ覚醒する。ステータスを確認してみると、MPも完全に回復していた。錬金の力を存分に使える状態になっていることが視界の端に表示され、自然と胸が高鳴る。
頭の中に女神キュリシアの明るい声が響く。
「おはようございます、レントさん!よく寝れましたか?」
「おはようございます、キュリシアさん。十分寝れたました」
「ふふ、いい寝顔でしたよ。干し草の寝心地、気に入ったみたいですね!」
「おかげで昨日より体が軽いです」
「よかったです!じゃあ、今日は何を錬金して遊びましょうか?」
レントは少し考え込み、視界に映る洞穴と焚き火、干し草、手作りの籠を見回す。昨日準備したものがすぐ手に届く安心感。
昨日の夜、細かく整えた生活道具が、今日の行動の自由を生むことを肌で感じる。
「さあ、今日は何をしましょうか」
「ふふ、楽しみですね!どんなものを作るか、わくわくします!」
波の音、鳥の声、風に揺れる葉の音。昨日とは違う静かで新鮮な朝の空気が、これからの一日を祝福しているようだった。
レントは胸の奥に、小さな高揚を感じたまま、もう一度深呼吸をする。
「さあ、行きましょう」
「はい、私もついていきます!今日もいっぱい楽しみましょう!」
波の音を聞きながら、レントは軽く笑った。夜を越えた先に広がる一日。
無人島での生活の、新たな始まりだった。




