第7話〜眠れる場所が必要でした〜
レントは太めの枝、ツタを慎重に抱え、海風に押されながら洞穴へ向かう。
波の音と潮の匂いが徐々に強くなる。
洞穴にたどり着くと、昨夜避難した場所が再び目の前に広がった。
「ここなら、少なくとも今夜は安全だ」
荷物を下ろし、周囲を一度見回す。入口は狭く、奥は暗い。外から覗き込まれなければ、中の様子は分からないだろう。
「よし、次は釜を運ぼう」
釜に近づいて両手で抱え上げると、どしりとした重みが腕に食い込む。
「うっ、重っ、でも、これがないと何も始まらないからな」
歯を食いしばり、時折休みながら、レントは釜を慎重に洞穴へと運び続ける。
「レントさん、なんでそんなツラそうなんですか? 顔がゆでダコみたいですよ?」
「あなたの用意した錬金釜が重いんですよ!」
「えっ?わたしのせいですか!?」
「これ絶対想定以上の重さでしょ!」
「大丈夫ですよ。そんなに重いのは最初だけです。鍛えられれば、自然と持てるようになりますから」
「それ、慰めになってないです」
木漏れ日の中を、釜の重みと汗を感じながら歩き続ける。
「着いた!」
洞穴の中に着くと、レントは釜をそっと地面に降ろす。どすん、と重い音が響き、肩と腕が一気に軽くなった。
女神が感心したように言う。
「お疲れ様です。よく頑張りましたね」
レントは洞穴の奥に釜を運び入れると、壁際に安定するように置く。
「ねえねえ、レントさん、次は何を錬金するんですか?」
「出来てからのお楽しみです」
「えー!?もったいぶりますね!じゃあ、武器ですか? ナイフとか、槍とか!」
「違います」
「えっ、違うんですか?じゃあ、防具?」
「まあ、見ててください。夜を越えるのに一番必要なのは、武器じゃないです」
レントは素材を錬金釜へ入れ、手をかざした。
「次に作るのはこれです」
次の瞬間——光が、生まれた。
釜の中から淡い白光が立ち上がり、やがてそれは、朝焼けのような黄金色へと変わっていった。
光は水面に差す陽光のように、静かに波打つ。
洞穴の壁に反射した光が、岩肌を柔らかく撫で、影を丸く溶かしていく。
黄金の光は、釜の中で幾重にも重なり合い、まるで細い光の糸が、丁寧に織り込まれていくようだった。
レントは、釜の中へ手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、それは、ふわりと形を受け止めた。想像していた以上に軽い。
握れば沈み、離せば戻る。
空気を含み指の間をすり抜ける。
色は、くすんだ金。
レントはそれを両腕で抱え、洞穴の地面へ広げた。
黄金色が岩肌を覆う。冷たさが消えた。
まるで、大地の上に柔らかな雲を敷いたかのように、足裏から伝わっていた硬さが遠のいていく。
《干し草の錬金に成功しました》
釜の中から取り出されたそれは、ただ刈り取った草とは明らかに違っていた。水分が抜け、軽く、指で押すとふわりと弾力が返ってくる。
ゆっくりと腰を下ろし、深く頷いた。
その様子を見ていた女神キュリシアが、間の抜けた声を出す。
「え?なんで?」
「え?」
「なんで干し草なんですか?もっとこう、武器とか、道具とかじゃなくて?」
レントは一瞬だけ言葉に詰まり、洞穴の奥へ視線を向けた。
「昨日、ここで、何も敷かずに座って寝たんです」
キュリシアがはっと息を呑む。
「えっ、それは!」
「正直、かなりきつかったです。地面は冷たいし、背中も痛いし、眠った気がしなかった。朝起きた時、体が重くて」
干し草をひとつかみ持ち上げ、指の間で確かめる。
「だから分かったんです。まず必要なのは、武器でも道具でもない。ちゃんと眠れる場所です」
干し草を広げながら、少し楽しそうに語り出す。
「干し草は地面の冷えを遮断できるし、体重も分散できるんです。今日はゆっくり寝れそうです」
「昨日の経験から、ここまで考えたんですね」
昨日の冷たい地面の感触を思い出しながら、レントはその上に手を置いた。それだけで、昨日とは違うと分かる。
「失敗したからです。でも、生きてる限り、失敗はやり直せます」
レントは洞穴の入口から外を眺め、女神に問いかけた。
「ところで、魔物って、光とか音には反応するんですか?」
「反応はしますよ。でも、性質としては光が苦手で、明るい場所はできるだけ避ける傾向がありますね。音には本能的にビクッとはしますが、知恵がないので、姿が見えない相手を探すなんてことはしません」
「じゃあ、焚き火自体は逆に避ける、ってことか」
「そうですね。強い光は危険と判断して寄ってきません。暗いところから明かりの近くに踏み込むのって、魔物にとっては怖いんですよ」
「ってことは、洞穴の前に焚き火を置いて、木の枝で目隠しを作っておけば」
「かなり安全になりますね!光があるので魔物は近づきにくいし、外からはレントさんの姿が見えない。理想的と言えます!」
「よし、決まりですね。それなら安全に夜を過ごせそうです」
次の作業は、火を起こすための火打石づくりだ。
レントは海岸で拾ってきた拳大の石を錬金釜に入れる。
「火打石を錬金してください」
しばらくして光が収束し、釜の中に黒く硬質な石が姿を現す。
《火打石の錬金に成功しました》
レントは火打石を手に取り、火をつけようと擦ってみる。しかし、火花は全く出ない。
「やっぱり金属片が無いと無理か」
「金属が無いなら、摩擦で火を起こす方法もありますよ!」
「摩擦、つまり、木と木ですね」
「はい!でも、そのままでは大変です。錬金で形状を整えてやれば、かなり楽になります」
レントは素材を前に考え込む。
「いや、MPも少なくなったし、このくらいは自分の力で作ってみます」
レントは集めた木の枝やツタを手に取りながら考える。
「昨日は失敗したから工夫してみるか」
テレビ番組の記憶を呼び起こしながら、乾いた細い枝を選び、尖った石で形を整える。
少し曲がっていても、力が均等に伝わるように削っておく。
次に、厚めの木片を火皿用にする。木片の中央に小さなくぼみを作り、細い枝を置いた時に安定するように工夫する。
「よし、弦はツタを使おう」
レントは森から集めてきたツタを数本より合わせ、弓の長さに合わせて強く引けるように結ぶ。
「これで弓の完成かな」
細い枝と火皿を配置し、ツタの弦をセットする。
試しに弓を前後に動かしてみると、細い枝が火皿のくぼみの中で滑らかに回転する。
「おお、いい感じだ」
干し草も近くに置き、火種ができたらすぐに移せるように準備する。
「器用ですね、レントさん!その調子で頑張ってください!」
手作り道具で火種作りの準備が整ったレントは、深呼吸して弓を握る。
「よし、これで本番だ!」
弓を前後に動かすたびに摩擦で煙が立ち、やがて小さな火種が出来る。
火種を干し草に移すと、ぱちぱちと炎が立ち上がる。
「ついた!火だ!」
自作の道具で、無事に焚き火を起こせたことに安堵しながら、レントは火の暖かさをじっくりと感じた。
女神の拍手する音が頭の中に響く。
「すごいです!これで夜も安心ですね!」
洞窟前に広がる暖かい光と、達成感。これで、ひとまず夜を過ごす仮拠点は確保できた。
「昨日は木の実しか食べてないから、腹減ったな」
レントは昨日仕留めた蛇の肉を取り出した。
飲料水を精製した際に釜の底から拾った塩の結晶。
指先でつまめるほどの、ほんの少量。
だが、確かに味付けとして使える。
「塩、本当に助かるな。これがあるだけで、かなり違うはず」
レントは枝を削り、小さな串を作って蛇肉を刺す。焚き火の横に座り、炎の端に肉をかざす。
じゅ、と薄く音が鳴る。
やがて、脂が少しずつ表面から滲み出て、白っぽかった肉が香ばしいきつね色に変わっていく。
「うまそうだな」
軽く塩をひとつまみ振りかける。
女神が羨ましそうに声をかける。
「いいなぁ〜、私、味わえないのがつらいです」
「ほら、見てるだけでも美味しい気持ちにはなりますよ?」
「なりますけど〜! 実際に食べたらもっといいじゃないですかぁ!」
レントは苦笑しながら肉を火からあげ、一口かじる。
「っ、うまい」
「おおっ!いいですね! 反応が完全に美味しいやつの顔です!」
「味がしっかりしてるし、疲れた体にも染みる。焚き火で暖かいし、やっと落ち着けた気がします」
洞穴の奥では海の静かな音が響き、入口では焚き火の光がゆらゆらと揺れる。
森の向こうから、かすかな物音が聞こえる。葉の擦れる音、枝の折れる音。
レントは無意識に干し草の上に座り直した。
――2日目の夜がやって来る。




