第5話〜熟練度が上がりました〜
一歩踏み出しかけてぴたりと足を止めた。
「いや、待て」
釜に伸ばしかけた手を引っ込め、砂浜に腰を下ろす。
「MPが0になったんだったな。回復するまで待つしかないか」
その瞬間。やけに元気な声が頭の中に響いた。
「はいはーい!お待たせしましたー!」
「キュリシアさん?随分元気ですね」
「えへへ。詫び石配布の許可が降りました!」
「詫び石?」
「はい!無人島スタートになっちゃったので!」
その瞬間、体の奥からぽわっと温かい感覚が広がった。
胸の中心から、手足へと力が満ちていく。
視界に、ステータス表示が浮かび上がる。
―――
MP:10/10
―――
「おお、回復してる」
「はい!今回限定!一回きりです!」
「限定なんですね」
「甘やかしすぎると、成長しなくなっちゃいますから!」
どこか楽しそうに言う声に、レントは思わず笑った。
「助かります。正直、ここで何もできず待つのはちょっと不安でした」
「でも、本当に大変な場所にしちゃったのは事実なので」
「大丈夫ですよ。こうしてサポートしてもらってますし」
「そう言ってもらえると救われます」
声が少し柔らかくなる。
レントは立ち上がり、改めて錬金釜を見つめた。
「じゃあ、改めて錬金始めますか」
手元には太めの木の枝がある。
――カラン、と釜に枝を投入する。
《木の枝を検出しました》
「木の板を錬金してください!」
釜の縁が淡く光を帯び、内部がまぶしい白い光で包まれる。
空気が微かに振動し、ほのかに木の香りが漂う。
《木の板の錬金を開始します――MP2を消費します》
胸の奥からじんわりと力が抜ける。
目が少し眩むが、すぐに感覚は戻った。
《木の板の錬金に成功しました》
光が収まると、釜の中には平たく整った木の板が置かれていた。
「じゃあ、次は板を皿にしてみよう」
釜に板を投入する。
《木の板を検出しました》
「木の皿を錬金してください!」
《木の皿の錬金を開始します――MP3を消費します》
釜は再び白い光に包まれる。
《木の皿の錬金に成功しました》
光が収まると釜の中には丸く整った木の皿が置かれていた。
「やった、木の皿になったぞ!」
皿を手に取り、感触を確かめる。
滑らかで丈夫そうだ。少し重いが、確実に実用できる。
「これなら、食料を置いたり、水を少し入れたりもできるな」
小さな達成感が胸の奥に広がった。
「これで熟練度も少し上がったはず。次は何を作ろうかな」
レントは砂浜を見渡し、手元の材料と新しい可能性に思いを巡らせた。
「よし、海水を試してみるか」
木の皿をゆっくり海に沈め、海水をすくう。
皿一杯分で、感覚的には500mlほどだろう。
無人島の静かな海風に混じり、波の音だけが聞こえる。
《海水を検出しました》
「飲料水を精製してください!」
釜の縁に手をかざすと、釜は淡く光を帯び、内部は光に包まれて中の様子は見えなくなった。
《飲料水の精製を開始します――MP3を消費します》
胸の奥がひりつくように熱くなる感覚。
力がじんわりと抜けていく。
息を詰める間もなく、光が収まり静寂が戻った。
《飲料水の精製に成功しました》
釜を傾け木の皿で水をすくう。
透明で清らかな水だ。
喉を潤すと、疲れた体にすっと力が戻る。
「海水を素材にして飲料水が作れるなら、飲み物には困らないな。あれ?」
底の方にかすかに白く光る塊が残っているのが目に入った。
指先でそっとすくい上げようとすると、大半は水に溶けてしまったが、わずかに取り出すことができた。
ザラザラとした感触。ぺろりと舐めてみる。塩だ。
「なるほど、海水を飲料水に錬金すると塩も出来るのか。これで味付けもできるな」
捕まえた蛇の肉を思い出す。
焼くときにほんの少し塩を振れば、ぐっと美味しくなるだろう。
貝殻の皿の上に塩をそっと移し、釜を眺める。
すると、釜の縁から淡い光が再び立ち上り、機械的な声が頭の中で響いた。
《錬金術の熟練度が2に上がりました》
《新しい素材『石』『草』が使用可能になりました》
《レベルが1から2に上昇しました》
「おお!」
「わぁっ!レントさん、やりましたね!熟練度とレベルが上がりましたよ!」
空中にステータスウィンドウがふわりと浮かぶ。
そこには、レベルアップによって少しだけ上昇した数値が表示されていた。
―――
【ステータス】
名前:レント
職業:大釜使い
レベル:2
HP:20/20
MP:2/12
力:5
体力:6
敏捷:7
魔力:8
精神:9
【固有スキル】
錬金術
熟練度:2
―――
「あ、MPが残り2!?やばっ、0になったら気絶するんだった!」
危うく、無理をして命取りになるところだったことに、思わず背筋がぞくっとする。
「次からはちゃんと気をつけよう」
そして、熟練度の上昇によって新たに解放された素材を確認する。
「石と草、これで新しいアイテムを作れるようになるんだな」
「やりましたね!次はもっといろいろ作れますよ!」
「新しい素材を使って、いろいろ試してみたかったけど」
しかし、MPはまだ2しかなく、0になったら危険だ。
「ちょっと待つしかないか」
そう考え、森で採ってきた木の実や果実の束を手に取り、キュリシアに呼びかけた。
「キュリシアさん、これ、何て名前ですか?あと、食べられますか?」
すると、女神の声が頭の中で弾んだ。
「はい!えっと、まずその赤い小さな実ですね。今、検索しますね!」
小さな間があり、パラパラという紙をめくるような音が頭の中に響く。
「赤い実は食べられます!『スイーツベリー』といって、甘みがありますね」
「なるほど。じゃあ、この黄色い実は?」
「検索中……検索中……うーん……あ、食べられます!『サンフルーツ』です!酸味が強いですが栄養は豊富です」
「この青い実は?」
「検索……えっと……『ブルースプラウト』、食べられます」
「この緑色の葉っぱは?」
「葉っぱ?食用かどうか調べます……『ミントリーフ』、はい、大丈夫です。ただし、量を多く摂ると少しお腹が……」
質問は次々と続き、女神の声が、明らかに事務作業に追われる担当者のそれになっていた。
「……えっと、レントさん……これ、全部質問すると……かなり時間かかりますね……」
「はい、でも一応安全か確認しておきたいんです」
「……わかりました、でも……ふぅ……、ちょっと面倒くさ……」
突然、女神の声がはっきりと宣言口調に変わる。
「よし、わかりました!ここで新システムを導入します!その名も『APシステム』です!」
「え、APシステム?」
「はい!『AP』は『アルケミックポイント』の略です!」
「アルケミックポイント?」
「錬金に成功したり、実績を解除することで手に入るポイントです!これを使うと、新しいスキルを入手したり、錬金釜の機能の拡張ができるようになります!」
「なるほど。それで質問の手間を省ける感じですか?」
「その通りです!今までの錬金や実績解除《初めての水素材の錬金》《初めての木素材の錬金》で、少し手に入っています!試しにレントさんに新しいスキルを覚えさせちゃいます!」
「え、勝手に?」
「はい!スキル《鑑定》、レベル:1、覚えました!試してみてください」
「それじゃあ、『鑑定』!」
スキルを唱えると、それぞれの木の実や果実の名前や食用の可否、栄養の簡単な情報まで、文字と光で浮かび上がった。
「おぉ!これなら安全かどうかすぐ分かりますね」
「はい!これからは錬金や探索の効率がぐっと上がりますよ!」
「じゃあ、MPが回復するまで錬金は出来ないし、森で素材集めに行こうかな」
「レントさん、素材集めもいいんですが」
女神の声が少し心配そうに響く。
「まだ拠点作りとかはしなくて大丈夫ですか? 夜になったら魔物が来ちゃいますよ?」
魔物?
その単語が、頭の中で何度も反響する。
夜まで、残された時間はほとんどなかった。




