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錬金サバイバル〜女神のくしゃみで無人島転生になりました〜  作者: 桜木まくら


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第39話〜おじいちゃんの話を聞いてたら島が浮きました〜

球と台座が静かに脈打っている。まるで心臓のように規則正しく光が明滅し、そのたびに空気がわずかに震えた。淡い光は中央から広がり、やがて周囲に配置された六つの台座へと伝播していく。形の異なるくぼみがそれぞれ微かに共鳴し、装置全体がゆっくりと目を覚ましていくのが分かった。


「……これ、動き出したってことか?」


「はい。機構の起動を確認しました」


アリーナの声は変わらず淡々としているが、その視線は装置の変化を一つ残らず追っていた。


そのとき――


《コア認証が承認されました》


どこからともなく、無機質な声が響いた。


「……は?」


《環境維持機構を再起動します――汚染因子の排除を開始》


次の瞬間だった。床に広がっていたスライムの残骸が、ふっと揺らぐ。アリーナが回収しきれず、水たまりのように広がっていたそれが、輪郭を失い、さらさらと崩れていく。まるで熱を加えられた雪のように、音もなく、痕跡すら残さず消えていく。


「……えっ、なにこれ?レントくん」


「全部消えちゃうよ?」


さっきまで確かに存在していた敵の名残が、次々と消失していく。床だけではない。壁に張り付いていたものも、天井に飛び散っていたものも、すべてが同じように崩れ、消えていく。


鼻につく臭気が消え、湿った重さが抜けていく。代わりに、妙に澄んだ、冷たいほどの清浄さが満ちていく。


「……空気が変わった?」


レントは思わず息を吸い込んだ。さっきまでの空気とは、まるで別物だ。


「環境の浄化が開始されています」


「浄化……?」


「当該空間における異常要因の除去と推定されます。魔力反応の消失を複数検知しました」


「つまり……?」


「この施設内に存在していた魔物が、消滅しています」


「……は?全部か?」


「はい、マスター。現在、敵対反応は検出されません」


ルビーが、きょろきょろと辺りを見回した。


「えっと……もう、襲ってこないの?」


「その可能性が極めて高いです」


ついさっきまで命のやり取りをしていた相手が、まるで最初から存在しなかったかのように消え去る。それは安堵であると同時に、どこか現実感のない光景だった。


「……安全になったってことか」


「はい。この空間は現在、安定状態にあります」


その言葉に、メイがほっと息を吐いた。


「よかった……もう溺れるのは嫌だよ」


レントの視線は、再び中央の台座へと戻っていた。


「……魔物がいなくなったのは良かったとして、これが本命だろ」


光はさらに強くなっている。球と台座の明滅は徐々に速度を上げ、まるで何かの準備が進行しているようだった。


そして――


《昇降機構、起動準備》

空気が震えた。床の奥から低い振動が伝わってくる。ほんのわずかに、床が沈んだ気がした。


「……おい、これ……」


「はい。昇降機構が作動します」


「レントくん……これ……大丈夫なの?」


《上昇を開始します》


床が、持ち上がる。遅れて身体が反応した。足元から押し上げられる感覚。重さが増したように、わずかに膝が沈む。


「昇降機構って、エレベーターってことか……!」


「レントくん、上がってるよ……!」


周囲の壁――いや、柵のように囲まれたこの部屋ごと、ゆっくりと上昇を始めていた。ギィィ……と、重厚な駆動音。床の隙間から風が吹き上げ、下の暗闇が離れていく。


「これ、落ちたりしないよね!?」


「その可能性は低いと判断します」


「低いって、落ちる可能性もあるってこと!?」


ルビーがぎゅっとレントにしがみつく。上昇はゆっくりだが、確実だった。暗かった通路が遠ざかり、代わりに岩肌が見えてくる。縦に伸びる空間をまっすぐに貫くように進んでいく。


そのとき――


《音声記録を再生します》


機械音声が、静かに告げた。

一拍の間。そして――


『おお、聞こえとるかのう』


軽く、どこか間の抜けた老人の声が流れ出す。小さな咳払い。


「……おじいちゃんの声!」


『わしの名はバルドリック。この島の管理人じゃ』


「管理人……」


『と言っても、大したことはしとらん。ただの見張り役みたいなもんじゃな。島が壊れんように、のんびり眺めとるだけじゃ』


「のんびりって……」


思わず小さくツッコむが、当然返答はない。


『この島はな、なかなかいいところじゃぞ。海には魚も多いし、水はきれいじゃし、森も育つ。わしはよく、湖の近くで昼寝しとるわい。あそこ、風の通りが良くてのう。気持ちよくてつい寝過ぎるんじゃ』


「湖の近くって……小屋のことかな?」


『あと畑じゃな。最初は全然育たんで苦労したが、慣れりゃどうとでもなる。土のクセを覚えりゃ、あとは勝手に育つ』


レントが、わずかに目を細める。自分たちがやってきたことと、重なる。


『島の暮らしは、慣れれば悪くない。誰にも邪魔されんし、好きなことを好きなだけできる。ただし――それに満足するかどうかは、また別の話じゃがな』


上昇は続き、やがて、岩肌の向こうに光が広がる。視界が、一気に開けた。眩い光。吹き抜ける風。眼下には島の全景があった。森、湖、海岸、そして拠点。そのすべてが、ひとつの景色として広がっている。


『……おっと、そろそろ山の頂上に着く頃じゃな。ちゃんと立っとれよ、転ぶぞい』


足元を見れば、確かにわずかに揺れている。上昇が緩やかに減速していき。低い音をたてながら止まった。わずかな振動が、完全に消える。


風が、抜ける。頂上に到達したその場所は、柵に囲まれた簡素な足場でしかないはずなのに、視界の広がりだけはどこまでも自由だった。見下ろせば、森も湖も、拠点としていた場所さえも小さく収まっている。


「……すごい……きれい」


思わず漏れたのはメイだった。ルビーも柵に身を乗り出し、目を輝かせる。


「ねえ見て!あそこ、ボクたちの畑じゃない!?」


「ほんとだ……あんなに小さく……」


『さて、ここまではただの余談じゃ。ここからが本題になる。この島はな、単なる無人島ではない――かつて魔王城へ渡るための中継拠点として使われていた場所じゃ』


「……は?」


間の抜けた声が、思わず漏れる。


「ま、魔王城って……どういうこと?」


「ボクたち、そんなとこに住んでたの!?」


メイが困惑気味に振り返る。ルビーは一歩後ずさりながら、半ば悲鳴のように声を上げた。


『わしは、仲間と協力して魔王を討伐してな。役割としては、賢者みたいなことをやっておった』


「……ちょっと待て、情報が多すぎる」


「賢者って……すごい人……だよね?」


「いや、すごい人で済ませていいレベルじゃないだろ……」


「つまり……おじいちゃん、めちゃくちゃ強い人だったってこと?」


「……たぶんな」


『魔王討伐のあと、この場所の管理を任されてな。それ以来、ここで暮らしながら装置の維持をしておった、というわけじゃ』


「管理人ってレベルじゃないよね……」


メイが苦笑混じりに呟く。レントも同意するように肩をすくめた。


『……勇者のやつもあんなに怒ることないのにのう。みんなの緊張をほぐそうと思って僧侶と魔法使いにタッチしただけじゃというのに……』


「おじいちゃん!?」


「……遊び人じゃねぇか」


『……おほん。いや、遊び人ではないぞ、きちんと悟りを開いて転職しておるからの。緊張すると前職の癖が出てしまうというかなんというか……ほら、さすがに魔王戦ともなるとさすがのわしでも緊張するもんじゃし』


「魔王戦で奇行に走ったのかよ、そりゃ勇者も怒るだろ」


「……賢者って……すごい人……だよね?」


『俗世を離れるためにも無人島の管理をすることになったわけじゃ……で、本題はここからになる』


音声が、わずかに間を取る。空気が、切り替わる。


『中央の装置と、その周囲に配置された六つの台座。あれらはすべて、ひとつの機構として繋がっておる』


「該当装置の構造と一致します。解析結果と矛盾はありません」


『中央の鍵で起動し、残り六つを揃えたとき、天界への道が開く』


「……天界?」


「神様のいる場所……ってこと?」


『天界には女神がおる。そこへ至った者には、ひとつだけ願いを叶える機会が与えられる』


「願いを叶える……」


「え、それすごくない!?なんでも叶うの!?」


「いや、落ち着け。そういう話ほど怪しいだろ普通……」


『……ここまで聞けば、眉に唾をつけたくなる気持ちも分かるがの』


「ほら見ろ、完全に今の俺の思考読んだぞ」


『じゃが、これは作り話ではない。わしらも実際にその道を通り、願いを叶えてもろうた』


その一言に、場の空気が変わる。軽口では済まされない重みが乗る。


「……本当に、叶うんだ……」


レントは黙ったまま考え込む。だが、その中でひとつだけどうしても引っかかる。――女神。その存在にはっきりとした記憶がある。


「キュリシアさんだろ、それ」


「女神様のこと、知ってるの!?」


「知ってるも何も……女神様の手違いで、俺ここに飛ばされたんだよ」


「えぇ!?」


『……まあ、多少抜けておるところはあるかもしれんがの』


音声が、わずかに遅れて重なる。ぴたりと合った。まるで、今の会話を聞いていたかのように。


「……怖っ」


ルビーが小さく呟いた。メイも苦笑する。


「これ、ほんとに録音……だよね?」


「……先読み精度、高すぎだろ」


「心理パターンからの予測と推測されます」


「いや、さらっと言うけどそれ普通にヤバいからな?」


『……さて、ここまで聞けば、大体のことは分かったじゃろう。残り六つの鍵はわしの仲間が世界各地へ持っていった。その全てを揃えたとき、はじめて道は完全に開く。ここから先はおぬしら次第じゃ』


その言葉には、これまでの軽さとは違う、確かな重みがあった。


『願いを叶えるための冒険か。それとも、今を守るための安住か――どちらを選ぶも自由じゃ』


しばらくの沈黙のあと、メイが口を開いた。


「……あたし、もし、本当に願いが叶うなら……記憶、取り戻したい。自分が誰なのか、どこから来たのか……ちゃんと知りたい」


「……そりゃ、そうだよな」


自然な願いだった。すると、今度はルビーが勢いよく手を挙げる。


「ボクもある!美味しいもの、いっぱい食べたい!」


「……お前な」


思わず呆れた声が出る。だがルビーはまったく気にしない。


「だってさ!この島でもご飯は美味しかったけど、もっとすごいの絶対あるでしょ!?」


「まあ……それは否定できないけど」


メイがくすっと笑う。張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


「レントくんは?」


メイが静かに問いかける。レントは少しだけ視線を外し、空を見上げた。思い浮かぶのは、あの女神の顔。いい加減で、雑で、でも確かに助けられた存在。


「……俺か。正直、願いって言われてもピンと来てねぇんだけどさ……でもまあ……もう一回、会って文句くらいは言っときたいな」


「文句?」


「手違いで無人島送りにした件とかな」


「それは言うべきだと思う!」


「……あと、礼もな」


その一言に、メイとルビーが少しだけ驚いた顔をする。


「最初はどうなるかと思ったけど、この島でやってこれたのは、キュリシアさんのサポートがあったからだし……ちゃんと会って、言っときたい」


風が、やわらかく吹き抜ける。そしてレントは、ふと思い出したように隣を見る。


「あー、そうだ。アリーナはどうなんだ?」


「……私、ですか?」


「俺たちは理由あるけどさ。お前は?」


アリーナはわずかに間を置いた。いつも通り無表情のまま、だが確かに思考しているように。


「……目的、あります」


「聞かせてくれるか?」


「私は現在、マスターの思考分析を行っています。しかし、分析精度には限界があります」


「さらっと怖いこと言うな、んで、限界って?」


「はい。特に感情に関する理解が不十分です。感情は非効率です。しかし、理解しなければ、マスターの最適解を導けません」


「感情……」


「人間の行動には、論理以外の要因が多く含まれます。それらの理解を深めることで、分析精度は向上します」


「つまり?」


「外の世界に出ることで、より多くの人間と接触し、感情を観測・学習することが可能になります」


そこでようやく、意図が繋がる。ルビーがぱっと笑う。


「そっかー!アリーナっぽい!」


「それが、アリーナちゃんのやりたいことなんだね」


「はい」


迷いのない返答だった。レントは小さく息を吐く。

そして、全員を見渡した。それぞれ違う理由。だが、同じ方向を向いている。


……このままここで暮らすこともできる。魔物の脅威はなくなった。食料もある。仲間もいる。


それでも——


「……決まりだな。行くか」


『……最後にひとつだけ言っておく。この島はな——浮く』


「……は?今なんて言った?」


『もともと、この島は魔王城へ渡るための中継拠点じゃった。地上からでは届かん場所じゃったからの』


理解が、遅れてやってくる。メイが息を呑む。


「……つまり、この島ごと……」


『空へ向かう……そしてその先にあるものはおぬしら自身で確かめるんじゃ』


その言葉と同時に、すべての音が消えた。風も、空気も、時間さえも止まったかのような静寂。


そして——


――ゴゥン……!


重低音が島の奥底から響き上がる。足元が震える。いや、違う。揺れているのではない。


「……これ……」


「……動いてる……?」


レントは、柵の外へ視線を向ける。そして、はっきりと理解する。


「……上がってる」


無人島そのものが、ゆっくりと空へ浮かび上がっていた。風が強くなる。視界が広がる。誰も言葉を発しない。ただ、その光景を見ていることしかできなかった。


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