第32話~騒がしい新入りが増えました~
名前を与えられた桃髪の少女は、椅子に座りながら足をぶらぶらと揺らしていた。耳はぴんと立ち、尻尾はぶんぶん揺れている。その様子を見ながらレントは深く息を吐く。
「名前は決めた。泊めもした。だが、ここに住むかどうかは別問題だ。うちは宿屋でも食堂でもねぇ」
ルビーは少し考え、それからにぱっと笑った。
「じゃあ住む!ごはんおいしいもん!」
「だろうと思ったよ」
「でも、ルビーちゃんらしいかも」
「らしいで済ませるな。食料は無限じゃねぇんだぞ。働かざる者食うべからずだ」
「じゃあボク、ちゃんと役に立つよ!」
「例えば?」
「この島のこといっぱい知ってるよ!食べられる木の実の場所に、お水がきれいなところ!あと、近道!」
「……便利だな」
「すごいでしょ?」
「地理情報の保有は有用です。同行価値ありと判断します」
「あたしも案内してくれる子がいるの、心強いと思う」
レントはしばらく黙り込み、それからルビーを見る。
「……条件付きだ」
「じょうけん?」
「一つ、勝手に人の飯を盗まない。二つ、危ない場所に一人で行かない。三つ、ちゃんと働け」
ルビーは真剣な顔になり、数秒考え込んだ。
「……おやつ出る?」
「働き次第だ」
「やる!」
「交渉成立です」
「してねぇよ。押し切られただけだ」
レントは立ち上がり、ルビーの頭にぽんと手を置いた。
「じゃあ今日から仮採用だ。問題起こしたらすぐ追い出す」
「やったー!」
意味を半分も分かっていないまま、ルビーはその場でぴょんと跳ねた。耳も尻尾も嬉しそうに揺れている。
「よろしくね、みんな!」
「うん、よろしくね。ルビーちゃん」
メイが微笑み、アリーナも小さく一礼した。
「歓迎します。新規労働力」
「そこは仲間って言え」
レントは呆れながらも、口元だけ少し緩める。
こうして拠点に、また一人騒がしい住人が増えたのだった。
―――
ルビーが拠点に加わってからというもの、静けさという言葉はどこかへ消えた。
「レントー!おなかすいたー!」
「さっき食っただろうが!」
「食べたのはさっき!今はいまだよ!」
「意味分かんねぇよ!」
拠点の中を駆け回るルビーを追う気力もなく、レントは額を押さえた。尻尾をぶんぶん振りながら跳ね回る桃髪の少女は、今日も元気だけは有り余っている。
メイはそんな様子を見て、くすくすと笑っていた。
「なんだか賑やかになったね」
「騒がしいの間違いだ」
「活動量、高水準。健康的です」
「評価が甘いんだよ、お前は」
アリーナはいつも通り無表情のまま、淡々と告げる。ルビーは机の上へ飛び乗ると、胸を張って宣言した。
「ボク、今日もいっぱいがんばれるよ!」
「そうか。じゃあちょうどいい。今日は拠点整備を進める。前から準備してた水路を通す。ついでに風呂も完成させる」
一瞬の沈黙のあと、ルビーの耳がぴんと跳ねた。
「おふろ!?」
「知ってるのか?」
「ごくらく、ごくらく〜!ってやつ!」
「合ってるような違うような……」
「でも、お風呂入れたら嬉しいな……」
「水を毎回運ぶのも限界だからな。生活楽にするためにも必要だ」
「衛生環境の改善、疲労回復、士気向上。極めて合理的です」
「最後だけ軍隊みたいな言い方すんな」
レントはため息をつき、それから全員を見回した。
「作業分担する。俺とアリーナで水路。メイとルビーは畑の整備だ」
「はいっ」
レントはふと思い出したように手を打った。
「その前に、道具を増やすか。掘るならあれ作らないとな」
袋の中には川辺で集めておいた砂鉄がまとめてある。レントは素材ツリーを確認する。
素材『鉄』――解放。
ようやく木や石だけに頼らずに済む。文明が一段階進んだ気分だった。
「アリーナ、スコップいけるか?」
「可能です」
レントが袋の砂鉄を差し出すと、アリーナは帽子へ手を添えた。黒地に金の紋様が刻まれた錬金帽子が、静かに光を帯びる。
「素材投入。鉄、木材、石材を検出しました」
砂鉄と柄に使う木材、補強用の石材が帽子へ吸い込まれていく。同時に、レントの体から力が抜ける感覚が走った。
帽子から光が溢れ、鉄製スコップが現れた。刃先は鋭く、柄は手に馴染む太さ。量産品どころか職人仕上げだ。
「……相変わらず仕事が丁寧すぎる」
レントはスコップを肩に担ぎ外へ出る。アリーナもその後に続いた。
川から拠点までのルートには、以前打ち込んでおいた目印が点々と並んでいた。目印に沿って、新しいスコップを地面へ突き立てる。
「よし。ここを掘って、途中は竹樋でつなぐ」
「了解しました、マスター」
鉄の刃先は木製道具とは比べものにならないほど土へ食い込んだ。レントは手応えの違いに思わず口元を上げる。
「……文明って最高だな」
レントが土を掘り返し、石をどけ、汗をぬぐいながら溝を伸ばしていく。ある程度掘り進めたところで、アリーナは帽子へ手を添えた。
「素材を投入します」
近くに集めていた石、土、竹を錬金帽子の中へ投入。次の瞬間、帽子から淡い光が溢れ、投入された素材が形を変えて現れる。滑らかに加工された石材。寸分違わず割られた竹樋。土を固めた均一な壁材。人の手なら何時間もかかる工程が、一瞬で終わっていた。
レントは完成した石材を運び、溝の側面へ据えていく。アリーナが竹樋を並べ、接合部の角度を微調整する。
少し離れた畑の方からは、メイの慌てた声とルビーの元気な笑い声が聞こえてくる。
「ルビーちゃん!一か所に埋めすぎだよ!」
「いっぱい植えたほうがいっぱいできると思って!」
「そういう仕組みじゃないの!」
「……あっちも大変そうだな」
そう呟くと、レントは再びスコップを握り直した。
「よし、もうひと踏ん張りだ。今日中に水、通すぞ」
「はい、マスター」
―――
「ルビーちゃん、そこはもう耕したところだよ?」
「えっ、そうなの!?」
「うん、ふかふかになってるでしょ?」
「じゃあもっとふかふかにする!」
「しなくていいよ!?」
メイが慌てて止める横で、ルビーは木の棒を握りしめ、全力で土を突いていた。せっかく均した畝が見る見るうちに崩れていく。
「ボク、畑づくり得意かもしれない!」
「たぶん違うかな……!」
メイは苦笑しながら、崩れた土を手早く整え直していく。手つきは慣れたものだった。鍬もない簡易な道具しかなくとも、身体が自然と最適な動きを選んでいる。
「すごいね、メイ。なんでもできるんだ」
「え、えっと……あたしも、なんでできるのか分からないんだけど……」
自分で言いながら、少しだけ寂しそうに笑う。記憶はない。けれど、手だけは覚えている。土のほぐし方も、種を植える間隔も、水やりの加減も。その空気を感じ取ったのか、ルビーはひょいと隣にしゃがみこんだ。
「でも、できるってすごいよ!ボク、ぜんぜん分かんないもん!」
胸を張って言うことではないが、その真っすぐさにメイは思わず吹き出した。
「ふふっ……そうだね」
「うん!だからメイはすごい!」
まっすぐ褒められて、メイの頬が少し赤くなる。
「ありがとう、ルビーちゃん」
「えへへ」
尻尾をぶんぶん振るルビーに、メイの表情も柔らかくほどけていった。
その後も作業は続く。雑草を抜き、石を拾い、土をならし、種を一定の間隔で植えていく。ルビーは途中から「いっぱい植えたい欲」を封印され、一粒ずつ丁寧に置く係になっていた。
「ここに置いて、土をかぶせて……そうそう」
「できた!ボク、天才かも!」
「ルビーちゃん、すぐ調子に乗る……」
とはいえ、先ほどまでの暴走ぶりを思えば大進歩だった。しばらくすると、ルビーはぴんと耳を立てた。
「あっ、いいにおい!」
次の瞬間、桃色の影が森へ飛び込んでいく。
「ル、ルビーちゃん!?」
メイが慌てて呼ぶ間もなく、しばらくして戻ってきたルビーは、両腕いっぱいに木の実や赤い果実を抱えていた。
「とってきた!」
「すごい……こんなに?」
「このへん、いっぱいあるよ!甘いやつと、すっぱいやつと、ちょっと変なやつ!」
「ちょっと変なのは食べないでおこうね」
メイは笑いながら受け取り、食べられそうなものを選り分ける。
「でも助かるよ。保存食にもできそう」
「でしょ!」
得意げに胸を張ったあと、ルビーは畑を見回し、首を傾げた。
「でもこれ、野菜だよね?」
「うん。育てばみんなのごはんになるよ」
「ふーん……」
「ルビーちゃん、野菜きらい?」
「きらいじゃないよ?でも――ボク、お肉のほうが好き!」
ルビーがにぱっと笑うとメイもつられて吹き出した。
「そうだと思った。でも野菜も食べないとだめだよ?」
「お肉に巻けば食べる!」
「食べ方が限定的すぎるよ……」
そんなやり取りをしながら、畑の形は少しずつ整っていく。拠点のすぐそばに、小さな畑と果実の籠が並び、暮らしの土台がまた一つ増えていた。
―――
その間にも、拠点の別方向では水路工事が着々と進んでいた。掘られた溝は川から長く伸び、途中には石で補強された区画と、竹樋を繋いだ区画が続いている。距離はあるが、事前に確認した高低差を利用して緩やかな傾斜を保っていた。
最後の接続部をはめ込み、レントは腰を伸ばした。
「……よし。形にはなったな」
「施工完了率、九十八パーセント。最終確認を推奨します」
「残りの二パーセントが気になるな」
レントは川辺へ歩き、簡易的にせき止めていた石をどける。
「頼むぞ……」
水が流れ出す。小さな流れは溝へ入り、石壁の間を滑り、竹樋へと注ぎ込む。途中で勢いを落としながらも、詰まることなく拠点へ向かって走っていく。
レントとアリーナはその流れを追って足早に戻った。
拠点の終点。石と木で組んだ貯水槽へ、竹樋の先から透明な水が流れ落ちる。ぱしゃん、と澄んだ音が響いた。
「……来た」
レントがぽつりと呟く。次の瞬間、メイとルビーも駆け寄ってきた。
「わぁ……!」
「でたー!!」
ルビーは歓声を上げてその場で跳ね回る。耳も尻尾も大忙しだった。メイは両手を胸の前で合わせ、嬉しそうに水を見つめる。
「すごい……ここまで水が来るなんて……」
「これで運搬作業の手間が激減します」
「うん、すごいよアリーナちゃん!」
褒められてもアリーナの表情は変わらない。だが、ほんの少しだけ胸を張った気がした。レントは貯水槽に溜まり始めた水を見て、満足げに息を吐く。
「これで飲み水、洗い物、畑への水やり……全部かなり楽になる」
「おふろ!おふろ!」
「まあ、ここから風呂場へ引くんだけどな」
「まだ!?」
ルビーが大げさに膝をつく。
「絶望したよ……」
「勝手に絶望するな」
メイがまた笑い、拠点には明るい空気が広がった。水は絶えず流れ続ける。無人島の生活は、また一歩、確かに前へ進んでいた。




