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錬金サバイバル〜女神のくしゃみで無人島転生になりました〜  作者: 桜木まくら


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第30話〜夕食を盗まれました〜

――視線が、あった。


森の奥。木々の隙間。そのどこかに、自分たちを見ている何かがいる。理由はない。ただ、肌の奥に残るような違和感だけが、確かにそこにあった。


岩を越え、低い枝をくぐる。風のない森の中で、足音だけがやけに響いていた。


「……メイっ」


声を上げながら踏み込んだ先で、視界が開ける。そこにいたメイと、真正面から目が合った。


一瞬の静止。そして。


「きゃーっ!!」


甲高い悲鳴が森に弾けた。メイは反射的に両腕で身体を隠し、勢いよく後ずさる。顔は一気に真っ赤になり、視線が泳いでいる。


「な、なにっ……!?レ、レントくんっ……!!」


混乱と羞恥が混ざった声だった。レントは一拍遅れて状況を理解し、動きを止めた。


――肌着姿のままだった。


「……悪い」


外套を脱ぎ、メイの足元へ置いた。


「これ使ってくれ」


メイは一瞬固まり、それから慌てて外套を掴み、身体を覆うように羽織った。少し離れた場所で、アリーナは無表情のまま状況を確認している。


「周囲に敵性反応はありません。先程までの視線干渉も消失しています」


「……そうか……とりあえず、服を乾かそう」


「乾燥処理を実行します」


次の瞬間、錬金帽子から淡い風と熱が周囲に広がり、濡れた衣服へ均等に当たっていく。


「……すごいね、それ」


「ドライヤー機能です。本来は頭髪の乾燥を目的としているのですが……」


あっという間に布は湿気を失い、元の質感を取り戻していく。


「助かるよ、アリーナ」


乾いたメイド服に袖を通したメイはまだ少し落ち着かない様子だったが、やがて小さく息を吐いた。


「……あたしも大きな声出しちゃってごめんね」


「いや、俺ももっと気をつけるべきだった」


「……ねえ、そろそろ帰らない?」


「もう少し見ていきたい。水路のルート、今のうちに詰めておきたいんだが」


「でも、もう結構遅いよ?暗くなる前に戻った方がいいと思う」


メイは少し不安そうに森の奥を見た。さっきの視線の記憶が、まだ完全には消えていないのかもしれない。


「現時刻、日没まで残り約三時間。安全帰還を推奨します」


レントは川と森を見比べるように視線を動かした。


「でも、せっかく来たしな」


「それ、明日でもいいじゃん。今日無理に全部やらなくても、逃げないし」


「じゃあ、目印を付けて帰るのはどうだ?」


「合理的です。設計精度を維持しつつ、帰還リスクを低減可能」


「……うん、それならいいよ」


「決まりだな」


そんなやり取りをしながら、三人は拠点に向かって印を付けていく。


やがて拠点が見える距離まで戻る頃には、メイの表情もいつも通りに戻っていた。拠点に着くと、メイは少しだけ足を止める。


「……ごめんね、あたしのせいで、水路の作業ちゃんと進まなかった」


「気にするな。今日は収穫もあったし」


レントは袋を取り出した。中には黒く光る細かな粒。


「川で砂鉄が取れた。これで鉄の錬金ができる」


「え……?」


「方位磁針を使って集めた。思ってたよりずっと効率いい」


「磁性利用による資源回収は合理的です」


「結果的に悪くない成果だ」


メイは少しだけ目を見開いたあと、小さく息を吐いた。


「……そっか。なら、よかった」



拠点に到着し、レントとアリーナは作業の整理と資材確認。メイは調理場に立ち、食事を整えている。


「……いい匂いだな」


「今日は少し自信作かも」


火加減、肉の焼き色、野草の香りの引き出し方。どれも丁寧に調整されている。やがて食事が並ぶ。


「いただきます」


三人が手を合わせた、その瞬間だった。


――カンッ。


外から鳴子の音が鳴った。


「外周警戒装置の作動を確認。侵入反応あり」


「見に行ってくる」


「あたしも行く」


メイもすぐに立ち上がる。レントは一瞬だけ迷い、頷いた。


「離れるな」


「うん」


三人は外へ出た。外は、異様なほど静かだった。風はあるのに、音が薄い。虫の気配も、鳥の声もない。鳴子は入口の枝に吊られたまま、かすかに揺れている。


だが――


「視認可能な対象は確認できません」


レントはゆっくりと周囲を見渡す。森の奥。草むら。木の根元。何もいない。


「誤作動かもしれない。戻るぞ」


拠点へ戻ると、空気が一瞬で違っていた。先ほどまで満ちていた肉と野草の香りが、妙に薄い。


「……あれ?」


テーブルの上に並べていたはずの皿。そのひとつ肉料理の皿が、ない。


「……料理、減ってないか?」


「三皿中、一皿消失を確認」


「え……じゃあ、さっきのって……本当に何かいたってこと?」


「現象としては、短時間の侵入および料理の持ち去りです」


「……料理を狙ってるってこと?」


「可能性は高いな」


少しの沈黙のあと、レントは立ち上がる。


「捕まえる」


「え、捕まえるって……どうやって?」


「料理を使う。だがそのまま置くと持っていかれるだけだ。つまり罠を仕込む。メイ、料理をもう一度作ってくれるか?今度はわざと目立つように、だ」


「えっ……わざと?」


「ああ。匂いを強くして、量も増やす」


「……わかった、やってみる」


「次に来た瞬間、逃がさない」


―――


拠点の一角に簡易な罠が仕掛けられた。見た目はただの肉料理だが、皿の周囲には細い糸が張り巡らされ、料理を取ると即座に作動する構造になっている。


「……ほんとに来るかな」


「来る。少なくとも同じやつならな」


森の気配が変わる。風は止み、虫の音だけが遠くで揺れている。


――カンッ。


外で鳴子の音が鳴った。


「来た」


三人は外に出るフリをして部屋の様子を伺う。


次の瞬間。


光の外側、闇の中から、ぬるりとした動きでそれが姿を現す。猫と兎の中間のような体つき。しなやかで軽く、地面をほとんど音もなく滑るように移動する。

毛並みは赤みがかったピンク。松明の炎に照らされて、不気味なほど艶やかに見えた。そして額には、赤い宝石のようなもの。


「……やっと出てきたな」


「な、なにあれ……」


それは一瞬だけ料理を見ると、周囲を警戒するように首を動かした。そして料理を口にする。同時に仕掛けが作動する。糸が跳ね上がり、逃げ道が一気に閉じる。


「今だ!」


レントが踏み込む。だがその瞬間、それは滑るように体をひねり、網の隙間へと身体をねじ込もうとした。


「器用だな……!」


「拘束補助、実行します」


罠の糸がさらに締まり、ようやくその小さな獣の動きが止まる。地面に押さえつけられたそれは、暴れるでもなく、ただじっとレントを見ていた。


逃げようとする意思よりも、観察するような静けさ。レントはゆっくりと距離を詰める。


「……お前か。飯、全部持っていってたのは」


獣はしばらくじっとしていたが、次の瞬間、ふっと耳を動かした。


そして――


「……ボク、悪い獣じゃないよ」


空気が一瞬だけ止まる。メイが小さく息を呑み、アリーナは無表情のまま解析を続けている。網の中の小さな存在は、困ったように首を傾げながら、もう一度言った。


「ほんとだよ?」


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