表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金サバイバル〜女神のくしゃみで無人島転生になりました〜  作者: 桜木まくら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/40

第28話〜狼を倒したと思ったら終わってませんでした〜

最初に動いたのは、中央の一頭だった。ひときわ体格の大きい灰色の狼が、低く身を沈める。胸元の毛は厚く、首回りも太い。真正面からこちらを押し潰すような威圧感。

左手にいた一頭はそれより細身で脚が長い。地面を爪で掻き、落ち着きなく体重を揺らしている。今にも飛びかかりたくて仕方がない、とでも言うような殺気を隠そうともしない。

そして右手の一頭は他の二頭よりやや小柄。毛色も濃い灰色で、片耳の先がわずかに裂けている。


「メイ!アリーナ!川の上流に向かって逃げろ!走れ!」


「で、でも、レントくん――」


「いいから行け!」


鋭く言い切ると、メイはびくりと肩を震わせた。けれどすぐに唇を噛み、頷く。


「……わ、わかった!」


「退避行動を開始します」


二人が川沿いの上流へ駆け出す。その背を確認しながら、竹槍を構え直す。しなるような竹の感触が掌に馴染む。竹槍を構えたまま、一歩一歩、川の上流へ後退する。

鉄の斧の方が攻撃力はあるが、三頭相手に囲まれれば終わる。今は距離を取れる武器がいい。川の冷たい湿気が肌にまとわりつき、背中を嫌な汗が伝った。


「アリーナ!錬金でサポートを頼む!細かい判断はお前に任せる!使えるもん全部使え!」


「はい、マスター、了解しました」


三頭の狼が動く。体格の大きい狼Aが真正面から踏み込み、地面の小石が跳ねた。脚が長い狼Bは左へ大きく回り込み、横腹を狙う軌道を取る。小柄な狼Cは少し距離を置きながら、静かに並走してくる。


レントは槍を突き出し、狼Aの鼻先を牽制する。鋭い穂先を嫌った狼がわずかに首を引いた、その瞬間。


「投擲します」


振り向く間もなく、薄い皮の袋がレントの横を飛び抜け、狼たちの手前へ落ちた。

 

ぱんっ。


袋が弾け、灰と砂が一気に巻き上がる。白茶けた煙幕が風に広がり、狼の視界を覆った。


「よし!」


だが、甘い。狼Aはひるまない。鼻先を振り、わずかに目を細めただけで突進を止めず、灰煙の中からそのまま飛び出してくる。狼Bも横へ跳んで煙を避け、さらに角度を変えて迫ってきた。


「効かねぇのかよ!」


狼の脚が思った以上に、速い。レントは槍を引き戻し、狼Aの顔面めがけて突き出す。寸前で首を捻られ、穂先は頬の毛を掠めただけだった。代わりに鋭い牙が目前をかすめ、冷たい殺意が鼻先を通り過ぎる。


「っ……!」

 

紙一重で後ろへ飛び退いた足元で石が滑る。体勢が崩れかけたそのとき――


「防御装備を生成します」


アリーナの声と共に、錬金帽子から木の盾が現れた。腕を通して固定する、小型の木盾だ。


「助かる!」


左腕を通し、盾を構えた直後だった。狼Bが低く跳ぶ。横合いから飛び込んできた牙を、咄嗟に木盾で受ける。どんっ、と重い衝撃が腕へ突き抜け、レントの身体が半歩押し戻された。


木材が軋む音がする。まともに腕へ食らっていれば、肉ごと持っていかれていた。


「追加支援します」


今度は拳大の石が飛んだ。ごっ、と鈍い音を立て、狼Bの肩へ命中する。さすがに狼もよろめき、姿勢を乱した。


「ナイスだ、アリーナ!」


叫びながら、レントは再び下がる。上流へ、上流へ。この場で止まれば囲まれる。片方は川。もう片方は竹林。進める道幅は狭い。ここを使えば、一度に飛び込める数を減らせるはずだ。


だが狼Aは止まらない。低い唸りと共に距離を詰め、槍先を恐れながらも間合いの外から圧をかけ続ける。狼Bはその隙を狙って左右へ揺れ、狼Cもまた一定の距離を保ったままついてくる。


「レントくん、こっち、岩が多い!足場悪いよ!」


その声に前を見れば、上流側の川岸は大きな岩が点在し、道幅もさらに狭くなっていた。そこまで持ち込めば、三頭同時には来られない。


「アリーナ、もう少し下がりながら援護しろ!岩場まで行く!」


「了解しました」


背後では三頭の足音が土を蹴り、一定の間隔で迫ってくる。速い。しかも無駄がない。ただ追ってくるだけではなく、獲物が疲れる瞬間を待ちながら圧をかけているのが分かった。


「レントくん、倒れてる木があるよ!気をつけて!」


「っ!アリーナ、インベントリーへ収納!」


「はい、マスター、倒木を収納しました」


レントが叫ぶのと同時に、アリーナが走りながら片手を掲げる。倒木がふっと消える。


「やれ、アリーナ!」


「倒木を取り出します」


ごごっ、と鈍い音が響く。丸太が斜面を転がり落ちた。土を削り、石を跳ね上げながら、勢いを増して一直線に狼たちへ突っ込んでいく。


先頭の狼Aは巨体とは思えない身軽さで丸太を飛び越え、そのまま着地する。間髪入れず、細身の狼Bも後ろ脚で地を蹴り、流れるように越えてみせた。小柄な狼Cは足を止め、丸太へ正面から向かわず横へ退く。そのまま茂みの奥へ身を翻し、姿を消した。


「……一頭逃げた、残り2頭!」


言い終わるより早く、狼Aが迫る。レントは反転し、竹槍を両手で構えた。踏み込みと同時に一直線の突き。喉元を狙った、今できる最速の一撃だった。

だが、狼Aは首をわずかにずらし、そのまま槍の穂先へ食らいついた。


「なっ――」


ばきり、と乾いた音。


鋭い牙が竹を噛み砕き、槍の先端があっさりと弾け飛ぶ。手に残ったのは半ばから折れた棒だけだった。


「嘘だろ……!」


その隙を狙って、横から狼Bが飛びかかる。レントは反射的に左腕の木盾を突き出す。激突。凄まじい衝撃が腕から肩へ抜け、足が地面を滑った。


「ぐっ……!」


前脚が盾へ食い込み、牙が木材を裂く。ひびが走り、次の瞬間には盾が真ん中から砕け散った。破片が宙を舞う。このまま押し倒されれば終わる。レントは吠えるように息を吐き、半歩だけ体を沈めた。狼の勢いを真正面から受けず、肩をずらして横へ流す。


「行けぇっ!」


体重を乗せたまま、狼Bの胴へ全力でぶつかる。足場は川際のぬかるんだ石場だった。踏ん張りを失った体が傾き、そのまま岸を滑る。


どぼんっ!


大きな水しぶきが上がった。濁流に落ちた狼Bは必死にもがくが、流れは速い。石へぶつかりながら下流へ押し流され、あっという間に距離が開いていく。


「残り一頭……!」


だが安堵する暇はなかった。水しぶきの向こうから、ぬっと影が現れる。仲間が流されたことなど意に介さず、すでに目前まで迫っていた。瞳だけが冷たく細まり、獲物の急所を見定めている。


レントの手には、折れた竹槍の柄しかない。砕けた盾の残骸が足元に転がっていた。そして狼Aは、あと一歩で届く距離まで来ていた。


咄嗟に背中の斧へ手を伸ばす。柄を掴み、そのまま引き抜いた。重みが腕へ食い込む。両手で握り、渾身の力で横薙ぎに振り抜く。


だが、遅い。巨体に似合わぬ俊敏さで身を沈め、斧の軌道を紙一重で潜り抜けた。鉄刃は空しく風を裂き、勢い余って体勢が流れる。


「しまっ――」


振り切った直後の隙。そこへ牙を剥いて迫った。低く沈んだ巨体が、獲物へ飛びかかる寸前のばねのように張り詰める。


「……っ!」


鋭い牙。喉元を狙う視線。次で終わる――そう理解した瞬間だった。


「マスター、伏せてください」


反射的に地面へ身を沈める。次の瞬間、頭上を何かが唸りを上げて飛び越えていった。広がったのは巨大な投網だった。網は大きく開きながら覆いかぶさる――はずだった。


口を開き、先ほど噛み砕いた竹槍の穂先を吐き出す。鋭い竹片が網へ突き刺さり、絡まり、勢いが鈍った。そのわずかな隙に身をひねり、網の端を肩で擦り抜け、地面へ転がるように着地すると、そのまま進路を変えた。


「なっ――」


向かった先はレントではない。錬金帽子を構えたアリーナだった。


本当に危険なのは誰か。狼は正確に見抜いていた。


「アリーナ、逃げろ!」


思わず叫ぶレントをよそに、Aは牙を剥いて跳びかかった。唇の隙間から白い牙が覗き、喉奥で低く唸った。距離はもうない。絶体絶命のピンチ。


「千載一遇の好機です」


いつも通りの、妙に落ち着いた声だった。その手には、いつの間にか筒状の道具が握られている。竹を加工して作られた細長い筒。片側には握り手、後部には押し込むための棒。


「加圧式流体射出筒です」


アリーナは無表情のまま筒先を狼の口内へ向け、引き金代わりの押し棒を全力で押し込んだ。

次の瞬間。


ぶしゅっ――!


水が噴き出した。


「水鉄砲じゃねえか!」


否、射出されたのは水ではない。白い湯気をまとった『熱湯』が一直線に狼の喉奥へ叩き込まれる。


「ガァァッ!?」


巨狼が絶叫した。空中で身をよじり、着地に失敗して地面を転がる。口を振り、舌を出し、喉を焼かれた苦痛にのたうつ。


「今だぁっ!」


レントは地面へ転がった鉄の斧を掴み、全力で駆けた。両手で柄を握る。踏み込み、腰を回し、全身の力を一撃へ叩き込む。


衝撃音が響く。


振り下ろされた鉄の刃が、首筋へ深々と食い込んだ。骨を砕く感覚。


巨体が大きく揺れ、そのまま横倒しに崩れ落ちる。四肢が二、三度痙攣し、やがて完全に動きを止めた。


「……はぁ、はぁ……やったか?」


斧を握ったまま、肩で息をする。全身が汗で濡れていた。腕も足も震えている。


「討伐を確認しました」


「助かったぁ……」


力が抜け、レントはその場に膝をつく。狼三頭の脅威を退けて終わり。


――そう思った、その時だった。


「きゃあっ!」


背後から短い悲鳴が響く。メイの声だった。少し離れた上流の岩陰。そこにいたはずのメイへ、濃い灰色の影が飛びかかっていた。


岩陰から飛び出した小柄な影。

裂けた片耳が、陽光に揺れた。


逃げたはずの狼Cが、牙を剥いていた。


間に合わない。そう理解した刹那――


メイのメイド服が赤く染まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ