第2話〜転生したら無人島に金属の塊が置かれてました〜
目を閉じて深呼吸。
改めてゆっくりと目を開ける。
「夢じゃない、か」
立ち上がると、海風が頬を撫でた。
足元の砂がさらさらと流れ落ち、波の音が静かに寄せては返す。
それは、砂の上にぽつんとあった。
異様な存在感を放つ金属の塊。
近づくと、それはただの金属ではなく、どこか鈍く深い光を放つ釜だった。
「なんでこんなもんが浜辺に?ただの調理器具ってわけじゃないよな」
屈み込み、釜の縁に手を触れる。
黒金色の胴体に金色の紋様が刻まれている。
冷たくも熱くもない。
ただ、普通よりも大きいだけの釜。
「重そうだな。でも、砂浜に置きっぱなしも嫌だし」
ため息をつきながら両腕で抱える。
腰を入れて持ち上げると、釜の底が砂を擦り、鈍い音が響いた。
「ぐっ、これ、マジで重い!いや、今はそれよりも、現状の把握が先か」
釜の移動は諦め、あたりを見回し、少し離れた丘の上へと足を向けた。
傾斜を登るたびに、潮風の香りが強くなる。
やがて丘の頂に立つと視界が一気に開けた。
南側には白い砂浜と、どこまでも続く青い海。
日光を受けた波がきらきらと輝き、遠くの水平線は蜃気楼のように揺れている。
一方、北を見れば、濃い緑の森がうねるように広がっていた。
さらにその奥には、雲をまとった山の稜線が見える。
小川のような光の筋が山腹を流れ、滝の音がかすかに届く。
「人が住んでいるような気配は、ないな」
軽く息を吐き、手を額にかざした。
風が砂を舞い上げ、遠くの海鳥が鳴いた。
「もしかして、無人島、か?」
その言葉が口からこぼれた瞬間、現実がようやく胸の奥に沈んでいく。
『人混みは苦手だから、人里から離れた場所がいいですね』
あの言葉を思い出して、レントは乾いた笑いを漏らした。
「さすがに無人島は離れすぎてるって」
見下ろすと、さっき目覚めた砂浜が広がっていた。
波がゆっくりと寄せては返し、陽光を反射して眩しい。
「マジで、誰もいない」
草原の真ん中、少し平らな場所を選び腰を下ろす。
風に混じる潮の匂いが、どこか遠い世界の現実を思い出させた。
「とりあえず、ここに拠点を作っていくってことでいいか。さて、これからどうするかな」
周辺を歩き回り、島の様子を頭に叩き込んでいく。
森は意外と近かった。
緑の密度が濃く、地面は柔らかく湿っている。
木々の間を縫うように歩いていくと、大小の倒木がいくつも転がっていた。
「これ、燃料にできるかな?」
手で触れると、少し冷たい。
水分を含んでいる。
だが乾いている枝も混じっていた。
レントは枝の束を何本か拾い、草原に戻る。
その途中、低木の間に青色の丸い実を見つけた。
「おっ、なんだこれ。ブルーベリーっぽいけど、食べられるかな?」
試しに一粒、つまんで匂いを嗅いでみる。
甘い香り。毒のような刺激臭はない。
一応、指先に果汁をつけて少し舐めてみる。
舌が痺れる感じもない。
「いや、毒があったらマズいし、一旦持ち帰るか」
腕いっぱいに木材を抱えて拠点に戻る頃には、太陽が傾き始めていた。
西の空がオレンジ色に染まり、潮風が冷たさを帯びてくる。
「よし、ここに置いてっと。暗くなる前に火を起こそう」
枝を組んで火を起こす準備をする。
小枝を細かく裂き、落ちていた石を二つ手に取る。
見よう見まねで石を打ち合わせる。
――カン。カン。
火花は出ない。
もう少し強く。
カン。カン。カン。
やっぱり火はつかない。
「ゲームなら、『火打ち石を入手しました』って出るんだけどな」
ぼやきながら今度は摩擦式を試す。
枝を両手で挟み、勢いよく擦る。
数分後、腕がだるくなり、手のひらの皮が赤くなった。
煙どころか木の粉すら熱を持たない。
「湿気てるな、これ」
息を吐くと冷たい風が頬を撫でた。
空を見上げると雲が広がっている。
潮の匂いが強くなった。
次の瞬間、ぽつり、と頬に水滴が落ちた。
「マジかよ、うそだろ」
ぽつ、ぽつ――。
やがて、雨は容赦なく降り始めた。
火起こしどころではない。
丘の上は吹きさらしで、雨をしのぐ場所がない。
枝を集めた努力が一瞬で無駄になる。
服が肌に張りつく。
体温が奪われていく。
唇が震え、指先が動かなくなる。
「確か、海岸の方に洞穴があったはず」
―――
砂浜に着く頃には全身がずぶ濡れだった。
海岸の端に岩が張り出している。
その下にできた洞穴のような深めの窪み。
波打ち際より少し高い場所。
そこならなんとか雨宿りができそうだ。
レントは洞穴に身を滑り込ませた。
潮風が吹き込み体温が奪われていく。
冷たい石肌に背を預け肩を抱いた。
洞穴の入り口から目覚めた砂浜が見える。
なぜか目を引く謎の釜。
「なんで、よりによってこんな無人島なんだよ」
雨音だけが世界を支配していた。
火も灯りもない。
目を閉じても眠れないまま、夜が過ぎていく。
耳の奥に、ゲームの効果音のような幻聴が響く気がする。
レベル1。スキルなし。所持金ゼロ。
そんな表示が頭に浮かんで、思わず苦笑した。
「まぁ、最初はみんなそんなもんだよな」
ぐぅぅ。
お腹の音が鳴る。
「カップ麺、食べたいな」
土砂降りの雨の中、無人島生活1日目はこうして過ぎていった。
―――
朝。
世界がしんと静まり返っていた。
雨は止み、雲の切れ間から光が差し込んでいる。
体を起こすと、筋肉がぎしぎしと痛んだ。
服は湿って重い。
だが、命は繋がっている。
海が朝日に照らされ銀色に光っていた。
夜の雨で空気が澄んでいる。
釜の表面にも雨水の粒が光っていた。
「釜の中に水が溜まってる。これ、飲めるかな?」
中を覗くと、底に澄んだ水が溜まっている。
量は多くない。
喉が渇いていた。
手を伸ばしかけて、ぴたりと止まる。
「いや、待て。煮沸しないと」
独り言のように呟いた瞬間だった。
――ピッ。
耳の奥で機械的な音がした。
そして、合成音声のような女性の声が響いた。
《雨水を検出しました。飲料水を精製しますか?》
釜の紋様の一部が、水滴に反応するように淡く光った気がした。
波の音が遠のき、心臓の鼓動だけが響いていた。




