第1話〜気がつくと真っ白な空間にいました〜
気がつくと、目の前は真っ白な空間だった。
黒鉄錬人は、まるでVRの待機画面の中にでもいるような気分で、ぼんやりと足元を見た。
地面らしきものはない。
それでもなぜか落ちない。
「あれ?寝落ちした?」
さっきまでスマホでゲームしてたはずだ。
デイリーミッションもクリアして、あとは寝るだけのはずだった。
そのとき、柔らかな声が響いた。
「黒鉄錬人さん、あなた、今、ちょっと死んでます」
「はい?」
視線の先に、白い光の中から誰かが現れる。
淡い金髪、透き通る肌、ゆらめく羽衣。
完璧な美貌――いわゆる『女神』ってやつだった。
ただし、顔がちょっと引きつっている。
「死んでます、ってそんな軽いノリで言われても困るんですけど!?」
「ですよねぇ。私も困ってるんですよぉ!」
女神は両手で顔を覆い、肩を震わせていた。
罪悪感というより、完全に『やらかした人』の顔だ。
「どういうことですか、説明してください!」
「えっとですね、黒鉄錬人さんの魂の流れがちょっと誤配送されちゃいまして。ホントはこんなミス絶対しちゃいけないんですけど」
「誤配送て?」
「トラックが違う便に乗っちゃったみたいな。で、戻そうと思ったら、もう登録が消えてたんです」
「消えちゃった!?」
「ほんと私もびっくりしましたぁ」
……いやいやいや、死んでるのにそのテンションはおかしいだろ。
女神は後ろで控える白猫に視線をやる。
「ねえ、ミルフィ。あの時くしゃみしたの、ミルフィのせいだよね?」
「にゃう?」
「猫アレルギーですか!?」
「ええ。神でもアレルギーはあるんです」
どうやら、女神は本気で失敗したらしい。
「とにかく、元の世界のデータはもう戻せません。なので、代わりに別の世界で新しい人生を――」
「転生、ってやつですか?」
「はい!異世界ファンタジー!剣と魔法の!冒険と浪漫があふれる世界です!」
女神はやたら明るく両手を広げた。
テンションが怖い。
「お詫びとして、特別なスキルをひとつ授けます!
どんな力でもいいですよ!無双系?魔王特攻?お金持ちになれるのもあるし!やっぱり女子にモテるやつとか!?」
「いえ、結構です」
「えっ?」
「俺はゲームでも、努力して少しずつ強くなってく方が好きです。RPGはそういうのが楽しいんで」
「え、真面目?いや、いいんですけど?じゃあ、なにか希望は?」
「うーん、最近ハマってるのはサンドボックスのゲームなんですけど、クラフト、みたいなのってあります?素材集めたり、組み立てたりするのが昔から好きだったんです」
「サ、サンドボックス?クラフト?」
……さすがに分からなかったか。
「えっと、例えば錬金術みたいに素材を集めてアイテムを作ったり」
「レ、レンキンジュツ?」
女神は小首をかしげた。
……なんでそこでカタコトになるんだ?
「魔女とかが大きい釜でいろいろ混ぜて、ポーションとか爆薬とか作るやつです」
「あー!なるほど!大きい釜で混ぜるやつですね!シチューみたいな!なるほどなるほど!もちろん知ってましたよ!」
……絶対知らなかっただろ。
女神は満足げに頷くと、くるりと指を回して光のパネルを呼び出した。
まるでゲームのキャラメイク画面のように、幾つもの選択肢が宙に浮かぶ。
「では次に、転生先の家系を決めましょう!」
「家系ですか?」
「はいっ。せっかくの異世界転生ですからね!設定は大事です!」
女神は指先で光のリストを指し示した。
【勇者の家系】
【貴族の家系】
【商人の家系】
【魔族の家系】
「勇者とか、貴族とか魔族まであるんですか」
「人気ですよ!今期は魔族ルートが熱いです!悪役令嬢なんかも根強い人気ですね!」
「何のランキング見てるんですか、それ」
女神は胸を張って言った。
「どれにします?勇者は初期装備も豪華です!光魔法を使えば剣が光ります!」
錬人は少し考え込み、やがて小さく首を振った。
「いや、いいです。俺、今の姿のままでいいです」
「え?なんで?」
「チートスキルとか、特別な血筋とか、そういうのなくていいです。知らない世界を自分の足で冒険してみたいんです」
女神は一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた。
「せっかくの機会ですよ?」
「ゲームと同じで少しずつ強くなる方が好きなんです。積み重ねる方が性に合ってます」
「ま、まあ、真面目なのは良いことですけど」
女神は困ったように頬を掻いた。
「では、他には希望はありますか?」
「そうですね、人混みは苦手だから、人里から離れた場所がいいですね」
「わかりましたっ!じゃあ、人里離れてて、静かで、空気もきれいな場所に転生です!」
女神はどこか得意げに笑った。
ミルフィと呼ばれた白猫が「にゃう」と心配そうに鳴く。
「改めまして、黒鉄錬人さん」
「フルネームじゃなくて、レントでいいですよ」
「ではレントさん!良き異世界ライフを!あ、ちょっと鼻が――くしゅんっ!」
ポチっ。
レントの足元に魔法陣が展開される。
「あっ!やば!」
世界が、光に包まれた。
「え、ちょっと待っ――」
レントの意識は一瞬で闇に沈んでいった。
白い空間に静寂が戻る。
女神はしばらくその場に立ち尽くし、やがて小さく息を吐いた。
「はぁ、またやっちゃいました。すぐに探さないと」
「にゃ」
足元で白猫のミルフィが小さく鳴いた。
―――
潮の香りが鼻を刺した。
日差しが肌を焼き、波の音が耳を打つ。
砂は熱を帯び、指の間にさらさらと流れ落ちる。
まぶしい光に思わず目を細める。
「ここは、海?」
レントはゆっくりと上体を起こした。
「なんだ、これ?」
足元には黒金色に光る、不自然なほど大きな釜が転がっていた。




