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錬金サバイバル〜女神のくしゃみで無人島転生になりました〜  作者: 桜木まくら


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第19話〜並んで歩き始めたのでした〜

――残りMP8。


あまりにも少ない。思いつくまま錬金を試す余裕はもう残されていなかった。それでも、手を止めるという選択肢だけは最初から存在しない。


再度板材を掴み、窓と屋根の穴から叩きつけるように降る雨をレントの体に直接かからないように障壁にする。しかし、床に溜まった水を排水しなければレントの体は確実に冷えていく。


迷っている時間はない。すぐに素材を釜へ投げ入れ、石材を作り出す。多くは作れない。最初に並べた石材の囲みの外側、水の流れを読み、最も効率の良い位置へ壁を築く。二重の石材の囲みが水の勢いを確かに抑える。


――足りない。


石材の囲みの内側、溜まった水を木桶で汲み上げ釜の中に流し込む。わずかだが水位は確実に下がっていく。


――時間が足りない。


触手でレントの体に触れる。冷たい。濡れた衣服は体温を奪っていく。布を被せ、せめて風で体温が下がるのを防ぐ。だが、これだけでは体温を上げることは出来ない。


――MPが足りない。


残りわずかなMPを使って熱いお湯を錬金する。触手で湯たんぽを拾い上げ、中身を入れ替える。レントの体へと押し当て、ほんのわずかに温もりが戻るのを確かに感じた。部屋の中に吹き込む雨と風が部屋の温度を下げ、少しずつ湯たんぽの熱を奪っていく。


視線の先で、レントは変わらず動かない。かろうじて呼吸だけが続いている。


――時間が、MPが、足りない。


……違う。足りないのは時間でもMPでもない。本当に必要なのはもっと根本的な何か。


雨を防げなくてもいい。水を完全に止められなくてもいい。移動させることができれば――それだけでいい。温めきれなくても、濡れた床の上よりは、確実にマシになる。


必要だったのは、雨を防ぐことでも、水を止めることでもない。この場所から引き離すこと。それだけで状況は変わる。


触手がレントの体へ伸びる。そのまま持ち上げようと力を込めるが、体はほとんど動かなかった。


――力が足りない。


何をすべきか理解はした。しかし、それを実現する力がない。それでも、何もせずにはいられなかった。


最後のMPを使って錬金を開始する。淡い光が膨らみ、乾いた干し草がいくつも形を成す。触手がそれを掴み、被せた布と体の間へ押し当てていく。濡れた衣服の水を吸わせ、風を遮り、ほんの少しでも熱を逃がさないように。


MPは使い切った。やれることは、すべてやった。それ以上、できることは――もう何も残っていない。


滴る水が、干し草の上で弾ける。


細かな水滴が光を受けて、きらきらと反射した。


干し草が、黄金色に輝く。


――違う。


輝いているのは、干し草じゃない。


その光は、もっと内側から滲み出ていた。


淡く、しかし確かに明滅する光。


錬金釜――アリーナ自身が、光っていた。


《錬金術の熟練度が10に上がりました》


《錬金釜のアップグレードを実行します》


《APによる素材図鑑、レシピ図鑑の解放が可能になりました》


《素材ツリーの新カテゴリーが追加されました》


《機能拡張項目が追加されました》


意識の奥に、いくつもの項目が浮かび上がる。


だが、アリーナの意識は、拡張リストの最下段に釘付けになった。


「……疑似人体。これがあれば……」


――助けられる。


「マスター、AP使用の事後報告となることをお許し下さい。――疑似人体モードを起動します」


次の瞬間。


空気がわずかに震えた。錬金釜が強く脈打つ光に包まれる。数秒の後、光の中に淡い輪郭が浮かび上がった。


細い腕。支えるための脚。それらを繋ぐ、ひとつの身体。


恐る恐る指を動かす。わずかに遅れて、思った通りに動いた。ぎこちない。けれど――動く。


一歩踏み出す。床を踏む感触。冷たい水が足元で揺れる。


視線の先にいるのは動かないままのレント。浅い呼吸だけが、かろうじて続いている。


足を進める。一歩、また一歩。


生まれたばかりのその手を、アリーナは伸ばした。


――温もりは、まだ残っていた。




―――




静かだった。


あれほど荒れ狂っていた風は止み、雨音も聞こえない。代わりに窓の外からはかすかな雫の落ちる音だけが響いていた。


温かい。


それが最初に感じたものだった。ゆっくりと意識が浮かび上がる。冷たい雨も打ちつける風もない。身体を包むのは穏やかなぬくもり。


重たい瞼を開く。見慣れた天井。木の梁。壁の質感。かすかに残る干し草の匂い。自分の部屋のベッドの上で横になっている。


指先も腕も問題なく動く。身体の奥に疲労は残っているが、あの冷え切った感覚はもうない。


胸の奥にゆっくりと安堵が広がる。

そのとき――


「……お目覚めになりましたか、マスター」


聞き慣れた声が、すぐ傍で響いた。


「アリーナ、お前が――」


反射的に視線を向ける。


そして――


息が止まった。そこに立っていたのは、見知らぬ少女だった。


黒を基調とした衣装。ところどころに走る、金の細い装飾。艶のある黒髪にも金色の光が差し込んでいる。


整った顔立ち。静かにこちらを見つめる瞳。


初めて見る少女のはずなのに。今の声は確かに聞き覚えがあった。


「体調に問題はありません。体温も安定しています」


やはり間違いない。


「……アリーナ、か?」


恐る恐る名前を口にする。少女はわずかに頷いた。


「はい。疑似人体モードにより、外部活動が可能となりました」


その言葉に思考が追いつかない。だが、あの時の記憶が、ゆっくりと浮かび上がる。


冷たい雨。沈みかけた意識。


そして、確かに感じたぬくもり。


「……お前が、運んでくれたのか」


「はい。マスターの移動および体温維持を優先行動として実行しました」


完全には理解できない。だが、一つだけははっきりしている。


「……そうか、助けてくれたんだな」


「はい。マスターの生存を確認できたことを報告します。……ですが」


一拍の間。そして、アリーナはわずかに視線を伏せた。


「救助の過程において、素材およびMPを消費。加えて、疑似人体モード解放の際にAPを使用しました。事後報告となったことを、お詫び申し上げます」


静かな、しかしどこか硬い口調。レントは一瞬きょとんとし、それから小さく息を吐いた。


「そんなこと気にするな。使えるもんは全部使っていい」


「ですが――」


「アリーナのおかげで助かった。ありがとう。それで十分だ」


「……了解しました」


その声は、ほんのわずかだけ柔らかくなっていた。


「それにしても……」


アリーナの姿はどこからどう見ても、人間の少女だった。言葉にならない感覚が胸の奥に引っかかる。


ずっとそこにあったはずの存在がまったく違う形で目の前にいる。その違和感と納得が、うまく噛み合わない。やがて、レントはぽつりと呟いた。


「……お前、そんな顔してたんだな」


「私の顔、何か変でしょうか?」


「いや……目がふたつと、鼻と口が付いてる」


「はい。それが人間です、マスター」


レントは思わず吹き出した。目の前にいるのは間違いなくアリーナだ。形が変わってもそれだけは変わらない。


レントはゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡す。割れていたはずの窓は板で塞がれ、隙間は布で埋められている。天井にも新しい木材が打ち付けられ、雨漏りの気配はない。


「建物損傷について、応急処置を完了しています」


「アリーナがやってくれたのか、助かるよ」


「なお、報告事項があります」


「なんだ?」


「窓を破損させた木材を回収しましたが、自然由来の流木ではありませんでした」


「どういうことだ?」


「表面に加工痕、金具の固定跡を確認。また、湾曲構造を有しています。これらの特徴から、当該木材は船舶構造材の一部であると推定されます」


「……船、か」


この無人島の外から来たもの。ただの木材ではなく、外の世界の確かな痕跡。レントはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「嵐の後には何か漂流しているってのはお約束だもんな。調べに行こうか」


その言葉とともに、レントの意識は塞がれた窓の向こう――嵐の去った海へと向けられた。


そして二人は並んで歩き始めたのだった。


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