第16話〜焼きたての肉がうますぎました〜
半壊した小屋の中はひどく静まり返っていた。床には落ち葉と泥が踏み固められ、じっとりと湿っていた。
「完全に廃屋だな」
「長期間の放置および大型生物の居住痕が確認出来ます」
「イノシシのねぐらになってたせいで余計に荒れてるってことか」
足元に注意しながら一歩ずつ進む。壁際に倒れた木箱が目に入った。蓋は外れ中身は散らばっている。目についたのは赤茶色に錆びついた金属。引き上げると、それはナイフだった。
「だいぶ錆びてるし刃こぼれもひどいな」
「研磨を行えば使用可能と推測されます」
「そうだな、研げば主力で使える。石のナイフよりは全然マシだ」
箱の中をさらに探ると細かい金属が指に当たる。取り出してみると錆びた釘だった。袋にまとめて放り込む。
立ち上がり周囲を見渡す。崩れた棚の下に黒ずんだ金属が見えた。木材をどけ、引きずり出す。煤と錆で変色した、鉄製の鍋だった。軽く叩くと鈍い音が返る。
「ちょっと歪んでるが、穴はなさそうだな」
「安定性に影響が出る可能性がありますが、洗浄すれば使用可能です」
床の一角、イノシシが掘り返した跡があった。土が露出し何かが埋まっている。掘り起こすと、現れたのは重みのある鉄の塊。土を払うとそれははっきりと形を見せた。
「斧の刃か?」
柄はなく、鉄のヘッド部分だけが残っている。
「木製部分は腐食により消失したと推測されます」
手に持つと、石斧とは比べ物にならない重量感。
「柄を作れば使えるな」
「石製の斧より高い性能が期待できます」
「よし、これもインベントリーだ」
斧のヘッドが光に包まれ、消える。
一度立ち上がり、小屋全体を見回した。崩れた壁。抜け落ちた屋根。沈んだ床。
「なあアリーナ、ここ、直せば使えると思うか?」
少しだけ期待を込めて問いかける。湖の近く。立地は悪くない。
「構造的損傷が深刻です。新規に建築した方が効率的です」
「だよな、場所はいいんだけどな……まあ、また来ればいいか」
そう言って歩き出した、そのとき。
ミシッ。
足元で嫌な音がした。
「……え?」
次の瞬間、床板が崩れた。
「うわっ!?」
足が沈み、体が前に傾く。とっさに手をつき、なんとか踏みとどまる。崩れた床の下に、暗い空間が口を開けていた。
「家の中に落とし穴?」
「床下収納の可能性があります」
人一人分ほどの小さな空間。その奥に、丸い物体が置いてあった。
「なんだ、あれ」
灰色の、手のひらに収まるほどの球体。ただの石にしか見えないが、妙に滑らかで、不自然なほど傷がない。
試しに鑑定してみる。
《鑑定に失敗しました》
「えっ?」
《スキルレベルが不足しています》
「レベル不足?今までそんなことなったことないぞ」
眉をひそめ、しばらく見つめるが結論は出ない。
「……考えてもしょうがないな。レベルが上がったらもう一度鑑定すればいいし、とりあえず持って帰るか」
「はい、マスター」
「ナイフ、釘、鉄鍋、斧の刃。それに謎の球か。フライパン用の粘土取りに来ただけなのに想像以上だったな」
入口へ視線を向ける。外では湖の水面が光を反射して揺れていた。
「インベントリーはまだ余裕あるな。帰りに木材と石、あと竹と粘土も回収する」
「はい、マスター。効率的な選択です」
頷き、踵を返す。
半壊した小屋を後にした。
そのときだった。
――視線。
背筋にぞわりとした感覚が走る。
風が吹き、木々の葉がざわりと揺れた。
ゆっくりと視線を巡らせる。
だがそこには、静かな森が広がっているだけだった。
「気のせい、か」
レントはその場を後にした。
―――
丘の上の拠点に戻った頃には、日が傾き始めていた。背負っていた錬金釜を下ろし、軽く肩を回す。森での戦闘と探索。思っていた以上に体力を使っていた。拠点に戻ると、まず最初にイノシシの解体を済ませた。作業を終え、戦利品の確認をする。
まずは解体したイノシシ。赤身の肉、白く艶のある脂、しっかりとした骨。分厚い皮は丸めて脇に置く。
腰の袋から取り出したものを並べる。錆びたナイフ、釘、薬草。木の実と色とりどりのキノコ。
そして、インベントリーから素材を取り出す。
木材、石、竹。木桶に入った粘土の塊。鉄鍋、斧の刃、謎の球。
改めて並べられた素材を見渡す。
「それにしても、めちゃくちゃ収穫あったな」
「はい、マスター。探索成果は非常に良好です」
「さて、本来の目的だ。フライパン、作れるか?」
「可能です。形状をイメージしてください」
平らな底。持ち手。火にかけられる厚み。
頭の中で形を組み立てる。
「フライパンの錬金を開始します」
釜の中に淡い光が満ちる。やがて光が収まり、そこに残っていたのは黒く焼き締まった、無駄のないシンプルなフライパンだった。
「フライパンの錬金に成功しました」
手に取ると、ずっしりとした重み。表面は滑らかで、しっかりと硬い。
「おお、いいなこれ。よし、早速使うか」
かまどに火を入れ、フライパンをかける。じわじわと熱が伝わっていく。切り分けたイノシシ肉をそっと置く。
ジュウゥゥッ!!
激しい音と共に脂が弾けた。一気に広がる香ばしい匂い。肉の表面がじわじわと焼け、赤からこんがりとした茶色へと変わっていく。脂が溶け出しフライパンの上で泡立つ。
「マスター、焼肉の錬金も可能です」
「ん?」
「MPは消費しますが、時間短縮になり効率的です」
「いや、それはやめとく」
肉をひっくり返す。ジュッ、とさらに強い音。香ばしい匂いが一段と濃くなる。
「こうやって焼くのがいいんだよ」
火の音。肉の焼ける音。立ち上る匂い。
「料理っていうのはこういうのも含めて楽しむものなんだ」
「記憶しました」
肉の表面にこんがりと焼き色がつく。端から脂が滴り、火に落ちて小さく弾けた。その隣で刻んだ野草とキノコも放り込む。じゅわ、と水分が飛び、香りがさらに広がる。草の青い匂いと、きのこの旨みが混ざる。
軽くかき混ぜると、しんなりとして色が変わる。肉を皿代わりの木板に取り、野草炒めを添える。
焼き上がった肉を一切れ持ち上げる。表面はカリッと焼け、中からは肉汁がにじむ。
「いただきます」
かぶりつく。
――じゅわっ。
脂が口いっぱいに広がる。噛むほどに、濃い旨みがあふれ出す。
「うまっ」
思わず声が漏れた。続けて野草を口に運ぶ。ほろ苦さと香ばしさが、肉の脂とよく合う。
「これ、最高だな……」
空を見上げると、夕焼けが広がっていた。かまどの火がぱちりと音を立てる。
「いい一日だったな」
「はい、マスター」
レントはもう一口、肉を頬張った。
「アリーナにも食べさせてやりたいな」
夕焼けの中、かまどの火が静かに揺れていた。




