第14話〜森の奥で湖を見つけました〜
朝の空気はひんやりとしていた。
今日は森の探索。山腹に見える川は森へと繋がっている。
海水を真水へと錬金しているが、近くに水源があるなら生活はぐっと楽になるし、食料や素材も期待できる。
目標は料理のレパートリーを増やすためのフライパン作りに粘土を確保すること。
床に装備を並べていく。石ナイフ、石斧、ロープ、皮の水筒、干し肉を数枚、そして火打石セット。
皮の手袋をはめ、脛当ての紐を結ぶ。厚めの皮で簡易の胸当ても作った。最後に錬金釜を背負い、ベルトを締める。最軽量化した錬金釜の重さはほとんど気にならない。
「よし、準備完了だ。さあ、アリーナ」
「はい、マスター」
「森の探索を開始する」
レントは拠点を下り、森へ向かって歩き出した。
―――
森の中は薄暗かった。枝が空を覆い、地面には落ち葉が厚く積もっている。
森の探索は何度もしてきた。薪になる枝を拾ったり、食べられそうな木の実を探したり。生活に必要な素材を集めるために往復した場所だ。
だが今日は違う。見慣れた森の、その奥へと進む。安全面を考えてこれまで探索してきたのは入り口付近だけ。ここからは未知の領域だ。
ひんやりとした空気が頬を撫でた。風が枝を揺らし、葉が擦れる音が遠くへ流れていく。
「やっぱり森の中は冷えるな」
「マスター、小型動物の足跡を発見しました」
アリーナの声に足元を見ると、土の上にはいくつかの足跡が残っていた。
「鹿かな?肉が手に入れば助かるけどな」
そう言って歩いていると、落ち葉の隙間から白いものが覗いていた。小さなキノコだった。鑑定すると食用可とのこと。腰の袋に入れる。
少し歩くと森の中に開けた場所があった。足元には太陽の光を反射してキラキラ輝く草が生えている。
「この草はなんだ?」
「薬効成分が含まれた草です、マスター」
「薬草ってことか、何かに使えるかもしれないな」
数株を引き抜き、これも腰の袋に入れる。少し離れた場所に倒木があるのが見えた。持ち帰りたいが、運ぶのは大変だ。だが――。
「アリーナ、インベントリー」
「はい、マスター。木材を収納しました」
アリーナの声の瞬間、木材がすっと消える。錬金釜に追加した機能、インベントリーレベル1。収納出来るのは十種類、一種類につき十スタック。重量制限は無い。
「これめちゃくちゃ便利だな。助かるよ、アリーナ」
「お役に立てて光栄です、マスター」
木材や石など、重い素材はインベントリーに入れてしまえばいい。帰りは素材運びになりそうだ。
呟きながら、さらに森の奥へと進んだ。すると足元の土に深く刻まれた跡が見えた。蹄の跡。しかもさっき見つけた足跡よりも大きい。
周囲を見渡すが、森は静かだった。襲ってこないなら問題ない。
しばらく歩いたところで違和感を覚えた。風の音が変わったのだ。それまでの葉が擦れる音ではなく、乾いた軽い音。カン、カン、と細く硬いものが揺れてぶつかるような音。
前方、木々の隙間から柔らかな光が差している。すると、森の景色が変わった。
背の高い、細い緑の植物の群れ。風が吹くたびにしなるように揺れている。細い幹同士が触れ合い、乾いた音を鳴らしている。
「竹だ!」
真っ直ぐに伸びた竹が何十本も並び、空へ向かって伸びている。葉の隙間から光が差し込み、地面には斑模様の影が落ちていた。
竹は万能素材だ。水筒、容器、釣り竿。思いつくだけでもいくらでも用途がある。
レントは一本の竹に近づき、手で軽く叩いた。コン、と乾いた音が返る。
石斧を取り出し、竹の根元に斧を当てる。竹は木ほど硬くない。何度か斧を振るうと、メキッと音を立てて倒れた。
倒れた竹を持ち上げると、思ったより軽い。だが、そのまま持ち運ぶのは面倒だ。
「アリーナ、これもインベントリーへ」
「はい、マスター。インベントリーへ収納しました」
「空けていた予備の素材ツリーは『竹』に決まりだな」
さっそくウィンドウを開き『竹』を解放する。そのときだった。竹林の奥から、さらさらと、かすかな音が聞こえた。水が流れる音だ。
竹林の奥の地面がわずかに下っている。その先から確かに水の音が聞こえていた。
奥へ進むにつれ、水の音は少しずつ大きくなっていった。風に揺れる竹の葉の音とは明らかに違う。
「間違いない」
自然と歩みが早くなる。竹の間を抜けた瞬間、視界が開けた。
「……おお」
思わず声が漏れる。そこには川が流れていた。
透明な水が、陽の光を反射しながら静かに流れている。底には丸い石が並び、水は驚くほど澄んでいた。手を水に入れると、ひんやりとした冷たい感触が指先に広がった。
両手ですくい口へ運ぶ。ごくり、と飲み込む。
「……うまい」
思わず笑みがこぼれた。海水を錬金して作った水とは違う、自然の水だ。
「これで水には困らないな」
レントは川の流れを眺めた。水はそれほど速くない。浅い場所では底までよく見える。目を凝らすと小さな魚が数匹、流れの中を泳いでいた。
川岸には丸い石がいくつも転がっている。手頃な大きさの石だ。
「こういう石も使えそうだな」
手に取り重さを確かめる。硬い石なら工具や砥石に使えるかもしれない。
「石材をインベントリーへ収納しました」
さらに川岸を観察すると、少し離れた場所で地面の色が変わっているのに気づいた。川の水が少し溜まった場所だ。
指で土を掘る。湿った土が指にまとわりついた。指でこねると粘りがある。
「これ、粘土っぽいな」
粘土があれば、器が作れる。鍋、皿、そして――フライパン。
「ミッションクリアだ。それにしてもここはかなりいい場所だな」
粘土を手に取り、立ち上がったそのとき。川の上流の方から、さらに広い水面がちらりと見えた。
「水域の拡大を確認しました」
「せっかくだ。ちょっと見ていくか」
川の上流へ歩くと、そこには湖が広がっていた。風に揺れた水面が光を反射し、きらきらと輝いている。岸辺には丸い石が転がり、浅瀬では小さな魚の影が群れになって泳いでいた。
「魚、結構いるな」
「淡水湖と判断します。水生生物を多数確認。周辺の生態系は安定していると推測されます」
流れのない水面。岸辺には水草が揺れ、湖の周囲には動物が通ったような細い道も見える。
水が集まる場所には、必ず生き物が集まる。魚、鳥、そして、水を求める森の動物。岸辺にはいくつもの足跡が残っていた。小さなもの、大きなもの。鹿のような形のものもある。
「……ここ、狩り場にもなりそうだな」
もし罠を設置すれば、食料の確保はかなり安定するはずだ。さらに湖畔は比較的開けている。
「資源確保地点として有望と判断します」
「だよな」
森の中より視界もいい。湖があるなら水にも困らない。もしここに第二拠点を作れば、かなり楽になるかもしれない。そんなことを考えながら湖畔を歩いていると――
「マスター、人工構造物が確認できます」
「……人工構造物?」
湖畔の木々の間に、何かが見える。近づいていくと、それが何なのか分かった。
「……小屋か?」
湖のほとりに小さな木造の建物が立っていた。しかし、それはすでに半ば崩れていた。
屋根は片側が落ち、板が斜めに垂れ下がっている。壁は黒く変色し、ところどころ板が剥がれていた。入口だった場所には扉がなく、外れた板が地面に落ちている。
「長期間放置されているようです」
「やっぱりか、前の生存者か?」
湖の立地を考えれば納得できる。魚が取れ、動物も来る。水もある。サバイバルするなら確かに悪くない場所だ。
「中に入ってみるか」
この森を知る手がかりが残っているかもしれない。レントは足元の板を踏み越え、半壊した小屋へとゆっくり近づいていった。
崩れた壁の横に立ち、小屋の中を覗き込んだ。屋根は半分ほど崩れ落ち、隙間から細い光が差し込んでいる。床には落ち葉が積もり、長い間使われていないことが一目で分かった。
「……完全に廃屋だな」
誰かがここで生活していたのは間違いない。だが今は、ただの朽ちかけた木の箱にしか見えない。
そのときだった。
――ガサッ。
小屋の奥から何かが動く音がした。




