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錬金サバイバル〜女神のくしゃみで無人島転生になりました〜  作者: 桜木まくら


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第11話〜自律思考が起動しました〜

「おはようございます。朝です。起きてください」


どこからか涼やかな声が鼓膜を叩く。

まだ泥の中にあるような意識で思考を巡らせた。

キュリシアの通信サポートは昨日で終了したはずだ。

今はこの無人島に自分一人。


「……気のせいか」


這い出すようにして外を見渡すが、動く影はない。

ふらつく足取りで拠点に戻り、干し草の寝床に腰を下ろす。


「おはようございます。朝です。起きてください」


今度ははっきりと聞こえた。

視線の先、黒い金属の肌に金色の紋様が鈍く光る――錬金釜だ。


「なんだ、お前か。驚かせないでくれよ」


そういえば解放された時計機能の中にアラームがあり、設定していたのを思い出した。

意思疎通はできずとも、その無機質な精緻さが今は妙に頼もしい。

大きく背伸びをして、凝り固まった筋肉を解いた。


「さあ、新しい一日の始まりだ」


―――


朝日を反射して宝石を散りばめたような波打ち際に、男が一人立っていた。

生まれたままの姿で。

肌を撫でる湿った海風。現代日本では決して味わえない、剥き出しの開放感。


「……なんて、開放感を味わってる場合じゃないな。さっさと済ませよう」


当然、理由があっての全裸だ。断じて露出癖に目覚めたわけではない。

目的は洗濯と水浴び。転生してから三日間、まともな衛生環境とは無縁だったのだ。


「さすがに女神様に見守られながら水浴びするわけにはいかないしな。ある意味、一人になって正解だったかも」


独り言をこぼしながら木の桶を並べる。昨夜の余ったMPで錬金しておいたものだ。

手作業ではどうしても生じる隙間や歪みが、錬金製には一切ない。まさに職人クオリティの仕上がりだ。


海水で衣類の土や埃を大まかに落とし、仕上げは錬金釜の出番となる。

釜の中に満たした海水から真水を錬金する。消費MPはわずか2。


「海水から飲料水だとMP3、すすぎ用の真水ならMP2か。コストパフォーマンスは最強だな。」


ひんやりとした真水で身体と服をすすぐ。肌にこびりついていた不快なベタつきが、清涼感へと上書きされていく。

石鹸がないのは惜しいが、今はこれだけで十分贅沢だ。


海岸に来たついでに食べられそうな貝を拾っていく。鑑定スキルでの確認も欠かさない。

帰り際、岩場のくぼみに目が止まる。

直径2mほどの半円形の地形。


「ここ、使えそうだな……」


頭の中にアイデアが浮かぶが、今日は予定が詰まっている。

まずは拠点の基盤を固めるのが先決だ。


貝や海藻を籠にまとめ、丘の上の拠点へと戻った。

石のスコップを手に取り、地面に拠点の設計図を刻んでいく。


「ここからここまでが居住区。広すぎれば管理が追いつかないし、狭すぎればあとで詰む。……このくらいかな」


さらにスコップを垂直に立てて溝を掘っていく。雨天時に水が流れ込まないための排水溝だ。地味な作業だが、サバイバルにおいて足元を濡らさないことは生存率に直結する。


「よし、これで排水対策は完了。今のうちにやっておかないと絶対後悔するからな」


気づけば昼になっていた。干しておいた服もすっかり乾いていた。再び袖を通すと、不思議と精神的なスイッチが入る。


拠点の境界には木の杭を打ち込み、草のロープを張り巡らせた。さらに一定間隔で鳴子を吊るす。


「よし、これで『ここからは俺の領地だ』って示せたかな。野生動物も入ってこないだろ」


午後の課題はかまど作りだ。

地面を掘り、底に小石を敷き詰めてから、湿らせた土で固めていく。その上に拾い集めた石を円形に積み上げた。石の隙間には丁寧に泥を詰め込み、熱が逃げないよう補強する。正面には薪を放り込む火口を。


完成したかまどに火を灯すと、炎は石の輪の中で力強く踊り、風に煽られても消えることはなかった。


「初めてにしては上出来だな」


夕闇が迫る中、仕掛けていた罠の確認に向かったが、結果はあえなくゼロ。


「……まあ、こういう日もある。明日は罠をもっと増やそうかな」


空腹を宥めるように海岸で拾った貝をかまどの上の平石に並べる。パチリと小さな音がして殻がわずかに開く。白い身がぷっくりと膨らみ、磯の香りが鼻腔をくすぐった。木の皿に用意した塩をひとつまみ。熱々の身を噛み締めれば、濃厚な旨味と塩気が口いっぱいに広がった。


「うまい」


次は森で見つけた小さな果実を石で潰し、その酸っぱい果汁を一滴垂らしてみる。「ジッ」と蒸発する音とともに、爽やかな香りが立ち上がった。酸味が貝の甘みを引き立て、後味が驚くほど軽くなる。極上のディナーだ。こんな場所でこんな飯が食えるとは思っていなかった。


「これ、おいしいですよ。キュリシアさん」


無意識に漏れた言葉。だが、返ってくるのは薪が爆ぜる音と、夜の虫の音だけだ。そこに、もう明るい声はない。


「……ああ、もういないんだったな。昨日までの賑やかさが嘘みたいだ」


少しだけ自嘲気味に笑い、空の貝殻を置いた。孤独は、静かに、だが確実に胃の底へ沈んでいく。


「さあ、夜の作業だ。落ち込んでる暇はないぞ」


錬金釜に昼間に掘り出した土を入れる。

淡い光がゆっくりと収束していく。


「今回作るのは粘土だ。土器ができれば、料理のバリエーションが飛躍的に上がる、って、あれ?なんか少なくない?もう一度!」


バケツ一杯の土を消費したにもかかわらず、生成されたのは拳一つ分ほどの粘土。追加で土を放り込み、ようやく両手いっぱいの塊を手に入れた。


「よし、こんだけあれば十分だろ」


小学生の図工の時間を思い出しながら、指先で形を整えていく。厚みが均一になるよう、丁寧に、かつ大胆に。


しばらくすると、そこには少々無骨だが、確かに鍋の形をしたものが出来上がっていた。


「よし、最後の仕上げだ。相棒、こいつを完成させてくれ」


形を整えた粘土細工を再び釜へ。

錬金釜が淡い光を放ち、次第に熱を帯びた白へと変わる。


「頼むぞ……」


光が収束し、中から現れたのは表面が硬く焼き締まった土鍋だった。指で弾くと、コンコンと乾いた、頼もしい音が返る。


「……完璧だ。これで火にかけられる。一人分なら十分だ」


土鍋を地面に置いた、その瞬間。

脳内に無機質なシステムメッセージが響いた。


《錬金術の熟練度が4に上がりました》


《新しい素材『灰』『脂』が使用可能になりました》


「よし!熟練度が上がった!今回の素材は灰と脂……。これ、組み合わせればアレが作れるな」


試したいことは山ほどあるが、MPは底をつきかけている。

レントは満足げな笑みを浮かべると、釜の目覚ましをセットし、深い眠りへと落ちていった。


―――


「おはようございます。朝です。起きてください」


錬金釜が告げる、無機質だが正確な目覚まし時計の声で目が覚める。

天井の隙間から差し込む朝日は眩しく、遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。


「ん……おはよう。今日もいい天気だな」


大きく背伸びをして立ち上がる。外は快晴、まさに作業日和だ。レントは軽い足取りで、まずは海岸へと向かった。今日の目的は洗濯ではなく、狩りだ。


岩場の陰、潮の流れが穏やかで魚が隠れやすそうな場所を選び、錬金で作ったカゴ型の罠を沈めていく。入り口は広く、奥へ行くほどすぼまる返し付きの構造だ。奥には誘い出しのエサとして、叩き潰した貝を設置した。


「ほんと、錬金釜様々だな」


手作業でこの精度を出すには、熟練の職人でも数日はかかるだろう。それをわずかなMPと素材だけで、プロ級の仕上がりで作成できる。


「熟練度を上げるためにも、出し惜しみはなしだ」


今の自分にとって、MPは生存のための投資だ。時間経過で回復するなら無駄なく使って熟練度にしたほうがいいに決まってる。

海岸にカゴ型の罠を三つ設置し終え、次に向かったのは草原と森の境目。

獣道の痕跡――踏み固められた草や小さな糞――を探す。

見つけた獣道の脇に杭を打ち、草のロープで作った輪っか状の罠を仕掛けた。場所を変え、同じような罠を十箇所ほど設置する。


「これだけあれば、どれかには掛かるだろ。肉が余れば干し肉にすればいいし」


罠を仕掛けるついでに、木材や蔦、食料になりそうな木の実や果実を次々と背負い籠に放り込んでいく。

だが、すぐに限界が来た。籠いっぱいの素材は、ずっしりと肩に食い込む。


「拠点作りにはもっと大量の木材がいる……この運搬効率じゃ日が暮れるな」


一度拠点に戻り、荷を下ろすと、レントは即座に次の一手に取り掛かった。

太めの枝を平行に並べ、横木を五、六本渡して草のロープで強固に縛り上げる。前方に持ち手となるロープを取り付ければ、即席の木製ソリの完成だ。


「見た目は不格好だけど、抱えて運ぶよりはマシだな」


試しに草の上で引いてみると、驚くほどスムーズに滑った。そのまま森へ入り、直径15cmほどの立派な木に石の斧を振るってみる。

――ゴンッ、と。

鈍い音とともに、手が痺れた。


「……全然切れない。斧っていうより、ただの重い石で殴ってるだけだな」


文明の利器がない現実を突きつけられ、レントは苦笑いして斧を引いた。無理に体力を削るより、賢く立ち回るべきだ。方針を変え、周囲の倒木を探して回ることにした。

森の深くには入らないように外縁部をなぞりながら前回とは逆の方向へと足を伸ばす。

20分ほど歩き、手頃な倒木を回収してソリに固定する。

さらに周囲を探索すると、針葉樹の皮からベタベタとした樹液が滲み出ているのを見つけた。


「これ、接着剤か燃料に使えそうだな……」


樹皮ごとカゴに詰め込み、ソリを引いて拠点へ戻る。


今日の目標は、居住区をさらに2m拡張するための柱を二本立てること。


スコップで穴を掘り、太い支柱を差し込む。隙間に小石と土を詰め、体重をかけて踏み固める。垂直を確認し、もう一本。単純作業だが自分の領地が物理的に広がっていく感覚は、何物にも代えがたい高揚感があった。


「よし、柱は立った。今日はここまでにして暗くなる前に罠を確認してこよう」


まずは海岸のカゴ型罠。

三つのうち一つを引き上げると、中で銀色の魚体が二つ、跳ねていた。


「やった! 魚だ!」


たとえ小さくても、それは自力で獲得した勝利報酬だ。

さらに草原の罠を順に見て回ると、そのうちの一つに、柔らかな毛に覆われた小動物が掛かっていた。


拠点に戻り焚き火を起こす。

拠点の周りにも明るさ確保のためにかがり火を設置した。

新調したばかりの土鍋の中で、魚と肉のぶつ切りが煮込まれ、芳醇な湯気を立てている。


「……はぁ、あったまる。最高だ」


これまでのような、ただ焼いて食べる野性的な食事ではない。

スープというちゃんとしたとした料理だ。

肉の脂が溶け出した汁が、五臓六腑に染み渡る。


「よし、夜の錬金タイムといこうか。よろしく頼むぜ、相棒」


相棒の錬金釜の前に座り、灰と草と土を投入する。

光の収束とともに現れたのは、栄養豊富な肥料だ。


「肉や魚もいいけど、この島で生活する以上、長期的な食料確保のためには畑作りが欠かせないからな」


そして、次が本命だ。

取り分けておいた動物の脂と、焚き火の灰を釜に注ぎ込む。


「記憶が正しければ、これでいけるはずだ……」


錬金釜から取り出したのは、滑らかな手触りの石鹸だった。

本来なら数時間の煮込みと高度な配合が必要な工程を、錬金術が一瞬に凝縮する。


「よし、これで衛生問題も解決だ」


満足感に浸った、その時だった。


《錬金術の熟練度が5に上がりました》


《錬金釜のアップグレードを実行します》


《素材図鑑、レシピ図鑑が解放されました》


《素材ツリーが解放されました》


《機能拡張項目が追加されました》


「待て待て待て、情報量が多すぎる。確かにソシャゲならレベル5くらいで色々な機能が開放される頃合いだけれども」


脳内に溢れる情報量。

ソシャゲのチュートリアル明けのような怒涛の機能解放だ。

ひとつひとつ確認していく。

素材図鑑、レシピ図鑑は使ったことのある素材や錬金したレシピが記録されていた。

素材ツリーはいわゆるスキルツリーの錬金素材版。

植物系、鉱石系、動物系などに分類され、今までは自動で解放されていた素材が条件を満たしていれば自分で選択できるようになっていた。


「とはいえ、すでに解放されている素材に隣接してるものしか解放できないし、その先は黒塗りされてわからない、と。まあ、ぼちぼち進めるしかないか」


そしてAPシステムの機能拡張項目の追加。

錬金釜の大型化や小型化、外装変更に強化錬金。

分解・抽出に素材探知……どれも喉から手が出るほど欲しい機能ばかりだ。

だが、レントの目は、拡張リストの最下段に釘付けになった。


「……『自律思考』。これがあれば……」


キュリシアの通信が途絶えてから、まだ二日。

だが、その二日は、あまりにも静かすぎた。


「APなら、最後に時計機能追加してから使わずに貯めてある。……よし、決めたぞ。『自律思考』、解放!」


錬金釜の金色の紋様が、かつてないほど激しく明滅を始める。

光の粒子が渦を巻き、金色の光が錬金釜の縁を円を描くように移動する。


「……思考中ってことか?」


光が収束し、これまでの機械的な通知音とは明らかに違う、「意志」を感じさせる声が響いた。


「――自律思考モード起動します。初期設定を行ってください」


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