第10話〜そして一人になりました〜
「まずは拠点を完成させます。今日はやることが多いです」
「了解です!まずは住む場所ですね!」
「はい。骨組みから作っていきます」
「骨組みって何ですか?」
「柱と梁です。ここが甘いと全部やり直しになります」
「おお!職人さんみたいな発言です!」
石スコップを握り、最初に掘るのは四隅の穴。
二メートル四方の角に深さ四十センチほど。
石の刃が土に食い込み、鈍い音を立てる。
穴を掘り底を均し、太めの木の枝を一本ずつ立てていく。
傾きを直し石と土を詰め、足で何度も踏み固める。
四本の柱が立ち上がる頃には太陽は少し高くなっていた。腕と背中に疲労はあるが不思議と気分はいい。
「次は梁を乗せます」
上部に渡すのは、まっすぐな枝。石ナイフで軽く欠き込みを入れ、柱に噛ませる。
蔦のロープでしっかりと縛り、四辺を繋ぐ。
四角い骨組みが丘の上に姿を現した。
屋根も壁もない。
それでも――。
「家っぽいです!!」
「ええ。まだ枠組みだけですが、これでやっと拠点と呼べます」
梁に手をかけ軽く体重を預ける。
軋みはあるが致命的な揺れはない。
今日はここまでが本命だ。壁と屋根は目隠し程度。一日で全部やろうとすると精度が落ちてしまう。
「夜をしのげれば合格。明日以降に手直ししていけばいいです」
「おお、堅実ですね!」
木の板を手に取り、隙間を塞ぐように板を当てていく。風を和らげ、外からの視線を遮るだけの、簡易的な壁。屋根も同じだ。梁の上に枝を渡し、草を乗せるだけ。雨も完全には防げない。
いわゆる豆腐建築。
それでも帰る場所が形になった。
「今日はここまでで十分ですね」
腕も背中もじんわりとした疲労が溜まっている。だが嫌な重さではなかった。
そのとき、ふと思い出す。
朝、罠を仕掛けていた。
「罠の確認をしてきます」
「おっ、行きますか!」
「正直、あまり期待はしていません。初日ですし」
草原を下り、木々の間へ入る。風に揺れる草の音。遠くで鳴く、小さな生き物の声。
「まさか」
近づくにつれ、その音ははっきりしてくる。必死にもがくような音。
蔦のロープが張り詰め、一本の太い枝に結ばれている。
その先に、小さな茶色の動物がいた。
ウサギに似た体つき。大きな目。
後ろ脚が罠に絡まり、必死に暴れている。
「やりました!トラップ成功ですよ!」
レントは一歩、距離を保ったまま立ち尽くす。
罠は完璧に機能していた。
胸の奥が静かに締め付けられる。
『命』をここまで近くで見ることはなかった。
小動物は震えていた。
石ナイフにそっと手を伸ばす。
逃がすこともできる。
罠を外して見なかったことにすることもできる。
だが、それは逃げるだけだ。
自分に言い聞かせるようにレントは呟いた。
「この島で生きるなら、奪わないと生きられない」
深く息を吸った。
「無駄にはしません。食べて、力にして、生きます。だから、ごめんなさい」
石ナイフをしっかりと握る。
目を逸らさず、覚悟を決めた。
これが、この島で生きるということだ。
―――
収穫を抱えたまま拠点に戻る頃には、辺りはすっかり薄暗くなり始めていた。
「今日は、ここまでだな。暗くなる前に火を起こさないと」
風向きを確かめ、地面を少しならしてから、拾ってきた石を円状に並べる。
簡素だが火が広がらないための最低限の囲いだ。
「あれ?昨日とは違うやり方ですか?」
「今日はこれを試します」
そう言って取り出したのは、洞穴で拾った鈍く光る鉱石だった。
キュリシアはそれを見て、きょとんとする。
「それって何の石ですか?」
「黄鉄鉱です」
レントは火口となる干し草を整え、火打石と鉱石を構えた。
そして、迷いなく打ち合わせる。
――パチッ。
何度目かの乾いた音とともに火花が散り、小さな赤い点が生まれる。
そこへ息を吹きかけると、じわりと熱が広がり、やがて炎が立ち上った。
「えっ!?もう!?」
キュリシアの声が一段高くなる。
昨日の木と木の摩擦の時とは比べものにならない速さだった。
「黄鉄鉱は火花が出やすいんです。火打石と合わせると、火起こしに向いてます」
淡々と説明しながら、レントは薪をくべていく。
炎は安定し、石の囲いの中で静かに揺れ始めた。
「レントさん、鉱石の知識まであるんですね!」
「実は、洞穴で拾ったときにスキルの鑑定を使いました。それまでは黄鉄鉱なんて知りませんでした」
「なるほど。でも、それをちゃんと使えるのがすごいです!」
「APシステムのおかげです。そういえば、実はポイントを使って錬金釜の機能拡張をしたんです」
「えっ?何に使ったんですか!?」
「時計機能です」
「え?」
焚き火の上で、肉がじゅう、と音を立てた。
脂が落ちて炎が揺れ、香ばしい匂いが夜の空気に混じっていく。
「と、時計ですか?せっかくの無人島生活なのに、時間に追われるなんて」
「追われるためじゃないですよ。生き残るためです」
肉を裏返しながら、レントは首を振る。
「時間の管理は重要です。日照、作業時間、MPの回復。把握できていれば無駄が減ります」
「うわぁ!サバイバル脳ですねぇ!」
肉を火から外し、少し冷ましながら、レントはふと空を見上げた。
夜は深まりつつあり、星が増え始めている。
「時間といえば、通信サポート、もうすぐ終わりですね」
「あれ?三日間じゃないんですか?あと一日あったような」
「本来はそうなんですけど。でも、一日目はレントさんを探すのに使っちゃったので。その分、短くなっちゃいました」
「そうでしたか」
「まあ、でも!ここまで来たら大丈夫ですよ!拠点もできて、道具もあって、ごはんもあって!」
「そうですね」
レントは小さく笑い、焼き上がった肉を一口かじった。
―――
籠の中には今日の狩りで手に入れた肉の残り。今夜すべて食べてしまうつもりはない。肉をそのまま放置すれば明日には傷む。
レントは肉の残りを錬金釜へと入れた。
「干し肉を錬金してください」
淡い光が釜の内側で渦を巻き、静かに熱を帯びていく。
数秒後、光が収まる。
取り出した肉は、均一に引き締まり、表面は乾いている。
指で押すと、弾力があり、嫌な湿り気は一切なかった。
「よし。これなら、数日は持つ」
「おお〜、完璧な干し肉ですね!これで明日も安心です!食料問題、だいぶ楽になりましたよ!」
「楽にはなりました。でも、まだ余裕とは言えません。明日からは本格的にサバイバルです」
「おっ、具体的には?」
「まず、罠を増やします。狩りに毎回出るのは危険ですから」
「うんうん」
「次に、保存食の安定化。干し肉だけじゃなく、燻製も作りたい。火も、もっと安定させたいですね。炭を確保できれば、夜通し管理する必要が減ります」
「なるほど〜。やること、盛りだくさんですね!」
「ええ。でも、一番は拠点の完成です。もっと広くして、雨と夜を完全に防げる場所にする」
ここが身を隠すだけの場所ではなく、生活できる場所になるかどうか。
それが、この先の生存率を大きく左右する。
「ちゃんと考えてるんですね」
「ここまで来れたのは、キュリシアさんのおかげです」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいです。でも、もう大丈夫そうですね」
「ええ。あとは、自分でやります。明日からは、本当の意味で一人ですから」
「レントさん!ここまで来たんですから、大丈夫です!道具もある、拠点もある、知識もある!ちゃんと、生きていけます!」
明るく、いつもの調子で続ける。
「心配いりませんよ!だってレントさん、サバイバル適性、高すぎですから!」
思わず、レントの口元が緩んだ。
くすくすと笑う声。
「明日からは一人ですけど、ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、無理しすぎないでくださいね!」
「はい」
「拠点も、ゆっくりでいいですから!焦らず、確実に!」
「はい」
「それじゃ、レントさん、明日からもがんばっ――」
声が途切れた。
頭の中も、耳元も、完全な静寂だった。
焚き火の燃える音だけが、やけに大きく聞こえる。
「終わった、か」
ぽつりと漏れた声は、誰にも届かない。
錬金釜に目を落とすと、縁に刻まれた簡素な表示が、淡く光っている。
《24:00》
キュリシアがいなくなった瞬間を、時間だけが正確に記録していた。
外は、闇に包まれた無人島。
逃げ場も、助けも、もうない。
それでもやるしかない。
時間は進む。
待ってはくれない。
生きるために動かなければならない。
明日からは完全な無人島サバイバルだ。
静寂の中、レントは静かに目を閉じた。
ここからが本番だ。




