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壬玖  作者: 丹午心月


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七、暫しの別れ

 学校は春休みに入っていて、虹介は祥介と共に庚漆こうしつ村へ行った際に買った土産を俊亮しゅんすけに渡す為、大介と手を繋いで桜並木を下っていた。虹介が大介とこうして過ごすのも残り僅かだ。

 この季節は引っ越しが多いが、川上から出て行く者が少ない為、この辺りに引っ越してくる者も当然ながら少ない。しかし、この日は引っ越しであろう荷カル車と擦れ違った。

「兄ちゃん、引っこしみたいだぞ?」

ほろなしが二台もいたな。三月中に引っ越すのが一般的だけど、遠い村から来たのかもな」

「もう四月なのにな」

 その二台から少し遅れてもう一台が通る。それには人も乗っていた。

「うしろにも人がのってるぞ?」

「本当だな。五人家族なんだろうな」

 最後と思しき幌カル車との擦れ違い様に、乗っている少年が気になって見ていた。

「虹介」

「あ、うん」

 大介に呼ばれて顔を向けると目が合った。

「幌を上げていて丸見えだからって、じっと見るなよ。失礼だろう?」

「ごめん。気を付ける」

 気付けば繋いでいる手が伸びていて、虹介は早足で大介に近寄った。それからは余所見をせずに歩き、高村家に到着する。玄関戸を開けたのは大介だった。

「しゅーんーちゃーん! オレが来たよー!」

 大声を張り上げる役目はやはり虹介だった。奥から足音が聞こえて来て、俊亮の姿が見える。

「虹介、と大ちゃん。いらっしゃい」

 二人は敷居を跨いだ。俊亮は笑顔で式台まで下りて来る。

「虹介は久し振りだな。元気にしていたか?」

「うん、元気だぞ」

「ほら、渡せよ」

 大介に肩を軽く叩かれ、手に持っていた紙袋を差し出す。

「こうしつ村へ行って来たから、おみやげ」

「いつもありがとう。悪いな」

 そう言いながら膝を屈めて受け取り、笑顔になる。

「この前、すいちゃんからおかしをもらったからな。おれいはしないと」

 すいとは俊亮の姉の翠の事だ。

「本人は来ずに、荷物だけ届いたんだけどな」

「せんべい、うまかったよ」

「手紙を出すから、書いておくわ」

「うん。それと、またすいちゃんのごはんが食いたいってかいてよ」

「それも書いておくわ」

 俊亮は大介を見たが大介は虹介を見ていて、思わず微笑んでしまった。

「大ちゃん、今日は上がって行くか?」

 声を掛けられて俊亮を見る。

「いや、もう少し下って買い物をして帰ろうと思っているんだよ」

「それは残念」

「それと、これは俺から」

 差し出した籠にはフルーツトマト二個と水菜二束が載っていた。ちなみに、水菜は何故か大きくならなかった物の一種だ。

「お、水菜とトマト。ありがとう。味噌汁にするわ」

 満面の笑みを浮かべて籠ごと受け取った。大介は険しい顔になる。

「新鮮なんだからサラダにしろよ……」

「両方作るわ。ありがとう」

「オレは買いものがあるからもう行くよ。またな!」

 虹介が先に一人で外へ出た。二人はその後ろ姿を見る。

「虹介、待てよ! 悪い、もう行くわ。明日出発だからいち年後にな」

 軽く挙手をして虹介を追い掛けた。

「おう、またな。気を付けて行けよ! ありがとう!」

 下駄を履きながら叫び、大介の後ろ姿が門を出て曲がり、姿が見えくなると戸を閉めた。慌ただしい別れとなった。


 大介の師匠になる人物は、竜次郎の兄弟子で庚漆村に住んでいる。一年から二年、そこで修行をしてから、次は竜次郎に弟子入りする事になっていた。ちなみに、竜次郎の兄弟子は色目だ。

 修業は四月五日からで、四日に到着するとして、二日である明日の朝に壬玖じんく村を出発する。その為の買い物をしに商店街へ向かっているのだが、そこは色目にも友好的だった。

 主に食べ物を買い、乗り合いカル車に乗って帰路に就いた。


 今夜は隣の澤川家も招いての夕食会だった。尋子も早い内に来て一緒に料理を拵え、五人で囲炉裏を囲み、ご馳走にに舌鼓を打った。

「いよいよ大介が修行に出るんだねぇ……」

 尋子が感じ入っていると、竜次郎が渋い顔になる。

「すぐに戻って来るんだから泣くなよ」

「泣かないよ」

 竜次郎に顔を向け、語気を強めて言ったがすぐに口を押えた。

「おっと、いけない。ケンカ腰になっちゃった」

 そして笑顔の絶えない虹介を見る。

「虹介は大介がいなくなって寂しくないの?」

 そう訊かれ、訝し気な顔をして首を傾げた。虹介は大介がいなくなる事よりも、明日からの旅路が楽しみで仕方がなかった。今度の旅は竜次郎も同行するが、クルーも同行する。キュウは当然付いて来るから、虹介にとっては家族旅行でしかなかった。

「オレはあすからのたびがたのしみ。五日はこうしつ村でかんこうができるからな」

「でも、送った後、大介と一二年は会えなくなるんだよ?」

「三日はいっしょだからなぁ。それにそのときにならないと、そのときのことは分からないな」

 そう微笑む虹介を目の当たりにして、尋子は虹介の事が心配になった。

「別れは翠としか経験していないからなぁ……」

 苦笑しながら祥介が言った。

「ん? すいちゃんがどうかしたか? もらったせんべいはうまかったぞ?」

「それよりも、虹の字は五日に観光するんだろう? 母ちゃんの土産を一緒に買っておいてくれよ」

「ええ? それは自分で買ってよ」

 眉を寄せて竜次郎に言うと、尋子が笑顔になる。

「お土産は無事に帰って来てくれるだけでいいよ。昨日もらったばっかりだからね」

 虹介に向かって言い、虹介は「分かった」と頷いた。


 翌日、その笑顔に見送られて出発する。四人は防護帽、防護眼鏡を装着し、肌を見せないように覆面と手袋もしていた。

 命潭めいたん湖の西側に壬玖村、東側に庚漆村があるのだが、命潭湖の南側には大きな森があり、獣の棲み処となっている為に安全面から迂回をする。約三千キロメートルという距離を、一日目と二日目で各十三時間走り、三日目に八時間走って庚漆村に到着する予定となる。やや強行軍だ。

 先頭を行く大介は虹介と相乗りで、手綱を握る虹介が荷物持ちのカルカルを、その後方にいる祥介は竜次郎が乗るカルカルを引いている。キュウは虹介の懐に、最後尾にはクルーがいた。

 一日目は水場で休憩を挟みながら日が暮れた後も月明りで移動し、野営場所を決めると二人用の天幕を張った。昼食は尋子が持たせてくれた弁当のお陰で豪華だったが、夕食は侘しく干し肉で済ませ、早々に就寝する。


 二日目、早起きしていた祥介が水を汲んで来ていて、それで朝支度を済ませ、祥介お手製のおじやを食べて後片付けをし、天幕を畳んで出発する。休憩を適当に取りながら移動をし、俄雨に降られたが木陰に入って雨宿りをしたついでに昼食を済ませた。行く方向には雨雲が居座っているようで、雨具を身に纏い、虹介は今日も懐にキュウを入れて走り続けた。予定より手前になるが小さな廃村があって、そこで一泊する事にする。

 四人は屋根の壊れていない家を見付けて軒先に雨具を吊るし、室内を簡単に掃除をして持って来ていた炭などを囲炉裏に入れて火をおこした。祥介と虹介はクルーとカルカルの世話をしに行き、大介はその間におじやの下拵えを始めた。とは言っても、米と乾燥野菜を一緒に炊くだけの簡単な物だった為、米を洗うくらいしかしていない。

「大介は家族と離れて寂しくないのか?」

「離れると言っても、一二年だからな」

「そうか」

「いけない。竜爺は師匠の弟弟子だから、言葉遣いに気を付けないとな」

「本当にそうだぞ」

「一二年後には師匠だもんなぁ……」

「まぁ、わしに対しての言葉遣いは師匠になってからでいいにしても、わしの兄さんには最初からきちんとしろよ?」

「はい、分かりました」

 頷いて微笑むと、竜次郎は苦笑した。


 おじやが炊き上がる前に二人が戻り、祥介が囲炉裏の傍に小さな樽を置いた。それから二人は濡れた服を脱ぎ、衣桁に留まっていたキュウを床に下ろしてそれを掛けた。外していた引敷ひっしきの帯を腰に巻き付け、囲炉裏の傍に来ると腰を下ろす。

「井戸は枯れていたから、水は近くの川で汲んで来たよ」

「ありがとう。井戸が枯れたからこの村も捨てられたのかも知れないな」

 竜次郎が祥介に顔を向けた。祥介は頷く。

「川は近いんだけどなぁ……」

 今度は虹介が言うと、竜次郎が虹介に顔を向ける。

「虹の字も行っていたのか?」

「うん、くくここたちのメシを取って来たんだよ」

「そうか」

「雨も小降りになって来たし、雨雲も切れ間が見えたから早めに寝て、明日はその分早く起きて出発しよう」

「分かった」

 大介と竜次郎が同時に返事をする。大介は鍋の蓋を開け、おじやの出来具合を確認する。

「もう食えるわ」

 乾いた布で鍋のつるを持って手前に持って来ると、置いてあった玉杓子で椀へ装い出した。全員に行き渡ると、みなが一様に合掌をして「いただきます」と食べ始める。虹介は食べながら、隣にいるキュウに干し肉を食い千切って与えていた。それを見ながら食べていた大介を、祥介が見ていた。


 三日目、寝袋に入った時間が早かった所為で、変な時間に起きてしまった大介は星空を見ようと外へ出た。戸のない小屋からクルーが出て来て、大介の背中に頭を擦り付けて立ち止まった。クルーの目の位置は、大介のそれより高い事もあり、頭を下げて大介を見た。

「今日、庚漆村に着いたらお別れだな。一二年とは言え、寂しくなるなぁ……」

 そう言いながら額を撫でると、クルーが目を閉じていた。大介が生まれる前から祥介の側にいるクルーにとって大介は息子も同然だった。それは虹介にも言えるのだが、虚弱だった大介がここまで大きくなれた事は奇跡であり、いつまでも守りたくもあった。

 暫くクルーの首に抱き付いて顔を埋めていたのだが、クルーが動いて腕に寒さを感じた。すると、クルーに押されて家の戸の前へ連れて行かれた。苦笑すると「おやすみ」と言って静かに中へ入る。

 祥介は大介が戻って来た物音を聞いて目を閉じた。クルーは戸が閉まった後も暫くいて、それから戸のない小屋へ徐に戻った。


 二時半に起きた祥介は水を汲みに一人で出掛け、樽に濁り水を汲むとその中にジョウモウソウという植物の穂を二本、ほぐしながら入れて蓋をした。戻ると大きな桶に入れ、半時間も放置すると濁りが沈殿する。玉杓子で上辺を掬い取り、残りは常備している携帯過器を通した。掬った水を先に沸かして水筒四本に入れ、もう一度沸かしておじやを拵え、最後に別の鍋で濾過した水も沸かして囲炉裏の脇へ置いた。

「おーい、そろそろ起きろよ。四時を過ぎたぞ。起きろよー!」

 寝袋で眠っている三人は芋虫のようにうごめいた。

 三人が置き出すまでに、沸かした湯に布巾を浸けて絞って体を拭き、起きて来た寝惚け眼の虹介の顔も体も拭く。伐って来た小枝を嚙み解し、それで歯を磨いた。それを終えた虹介から朝食を摂り始める。

 五時半になると廃村を出発し、短い休憩を挟みながら移動を続け、十八時に庚漆村に到着した。村に入ってすぐのカルカル牧場に四頭とクルーを預け、近くの乗り場からカル車に乗って宿屋へ向かった。

 庚漆村の北側にもある山脈から川が流れていて、それと命潭湖の間に村があった。山脈の一峰いっぽう赤葉あかば山があり、その山腹に大介が弟子入りする杉村の家があった。竜次郎はそこまで同行する為、宿屋に着くなり入浴すると夕食も摂らずに就寝した。

 竜次郎は隣室にいるとは言え、障子を隔てているだけで、気を遣った三人は静かに夕食を摂っていた。竜次郎の食事は祥介と大介が半分にした。

 食後はいつものように三人で入浴した。宿泊客は六組で十人いたが、三人が浴場を独占している。

「いよいよ明日から修行だな」

「うん。住み込みだから、家事もやらされるんだろうな」

 そう言うと口を開けて「あー……」と言いながら上を向いた。

「それは仕方がない。それ込みの修行だからな」

「はぁーあ」

 大きな大きな溜息を吐く。

「かじやになるのはやめて、うちにいろよ」

 笑顔で虹介が言い、大介は「んー」と少し考えた振りをして虹介を見る。

「頑張るわ」

「なんだよぉ、うちが一番だぞ?」

「一二年したら帰るわ。その時は知らせるから、父さんと迎えに来てくれよ?」

「わかった……」

 不満気に頷くと大介の方へ行く。

「あらいっこしよう」

「いいぞ」

 二人が仲良く背中を流し合っている様を見ていた祥介は、浴槽のへりに座って体を冷やし、再度湯船に浸かって温まった。


 翌日、六時に朝食を摂り、七時になると大介と竜次郎が出掛けた。大介は幾度となく振り返り、宿屋の前で手を振っている虹介に手を振った。虹介は大介の姿が見えなくなると部屋に帰り、祥介に抱き付いて泣いた。

 十一時になると商店街へ行き、先に物色してから肉を買い、定食屋で昼食を摂った。その後はカルカル牧場へ行ってクルー等の様子を見た。クルーに肉を食べさせ、祥介はカルカル等の体調を確認する。それから商店街へ戻って目星を付けていた物を買い、宿屋へ戻ると十六時を過ぎていたが、竜次郎はまだ戻っていなかった。

 竜次郎が十八時を過ぎてから戻り、すぐに夕食となった。虹介は二十時には就寝していたが、二人は酒を飲みながら話していた。


 翌朝、三人は九時に宿屋を出てカルカル牧場へ行き、帰路に就いた。往路と違って更に移動速度を落とし、四日掛けて壬玖村を目指す。始業式のある九日に到着するが、祥介の許可を得ていて休む事になっている。

 大介がおらず、虹介の心には穴が空いたようだった。

(これがつづくのかぁ……。いつかはなれるんだろか?)

 虹介の寂しい思いに気付いたのか、飛ぶ事に飽きたのか、休憩中はキュウが側に付いていた。二人はそれを無言で見ていた。


 九日の十五時過ぎに家に到着し、夜は尋子の手料理をご馳走になった。

 虹介は翌日から登校し、再度退屈な日々が始まる。祥介はクルーを連れて深懐しんかい山へ入山し、一人の間は事ある毎に泣いていた。その度にキュウやカルカル等が寄り添ってくれ、何とか泣き止み、その度に泣かないでおこうと思うのだが、ふとした時にはやはり涙が零れた。


 三日後、祥介が大量の肉を持って帰宅すると、澤川家と郡司家と高山家を招待して焼肉会が催された。

 皆は楽し気に、そして美味し気に食べていた。

 虹介は大介の事を思うと、寂しさから楽しめなかったが、皆もそうだという事は理解していて、気遣われないように愛想笑いをしていた。

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